雪とおうち「雪を見たことがない、だと」
雪が降っていると聞き、BAR Fの外へ飛び出していった焔を目で追いながら、うるうはつぶやいた。
「だからあんなに元気いっぱいに飛び出していったんやねえ」
カウンター越しに寶が声をかける。
「焔もさ、雪が降ったときくらい、家にいればいいのに。おうちだとそうしてたよ。秋までにいっぱい食料を溜め込んでおいて、あったかい家の中で春までおしゃべりしたり、ゲームしたりして過ごすんだ」
コーヒーカップで手を温めながら樹果が言った。
寶もうるうも黙っていた。
「そういえば、僕も雪を見たことは無かったな。人間界の雪は。僕のいたところのように水で満たされてはいなかったから」
「え、じゃあ見にいきなよ!」
何かを取り繕うように樹果が言い、「そうする」とうるうは樹果に笑いかけてから、コートも羽織らずBAR Fを出ていった。
「樹果くん、ええ仕事するな」
「怒った?」
「いんや。何を?」
樹果は寶の表情をうかがい、とぎれとぎれに話し出す。
「昔そうだったのは本当。でもあれは、今はなくなっちゃったおうちの話」
はじめから与えられなかったものと、途中から失われたものと、傷が深いのはどちらのほうだろう。