遠雷 事務所の引っ越しが済んでしばらくして、プロキオンと話さなくなったのに気づいた。部屋は広くなったけど、以前みたいに三人で一緒にいることはなくなっていった。ろくにガスコンロも使えないあの子が泣いてたのはいつの話だっけ? そうシリウスに聞くと、
「さあな」
そっけない返事がかえってきた。
シリウスも、事務所にいることは少なくなっていった。誰かと会っているらしいけど、詳しいことは聞かなかった。その人のことを話すシリウスの瞳の輝きや、ふとした時の何か柔らかいものを撫でるような仕草で、何がおこっているかはだいたいわかったから。
僕たちは仲が良く見えていたと思う。
貰った手紙やアンケートにも仲の良さを誉められ、誰もとくに否定しなかった。
シリウスは仕事をみごとに演じていた。本気になっているのは僕だけで、舞台の上でだけは見つめあえるし、笑い合える。嘘をついているのは僕たちふたり同じで、シリウスは舞台上で嘘をついて、僕は舞台を降りてから嘘をつきはじめる。
大丈夫、これまでと一緒で、何も起こらない。そう遠くない破滅にうすうす気づいていながら、胸の奥にとどろきはじめた不安を隠して、一瞬さす光のためだけに演技を続ける。