不運だったと泣けばいい 独特の香が、鼻に纏わりつく。ここに来るのも少々久しぶりになると、息をついた。
あの日、公子から逃げ出した私は何事もなく家に帰り着いた。家族にはこっ酷く叱られ、その上服に跳ねていたらしい血を見咎められて数日家で反省するようにと謹慎を言い渡されていたのである。
流石にもう夜間に一人で外出することはしないと決めた。命の危機はもう当分御免だ。けれど、往生堂へ来ることは別である。太陽は高く、今は昼を少し過ぎた頃合いだ。
結局口実にしていた用事は、他の者が済ませてしまっている。それでもここに来たのは、件の公子のことが気にかかるのと鍾離にせめてこちらの気持ちを知って欲しかったからだ。何用と問われれば、あなたに会いたいから来た、と正面切って伝えるつもりである。どう転ぼうと、それは進展には違いない。想いを打ち明ける恐れはあるものの、部屋で反省する日々の中で覚悟ならとうに決めた。
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