そろそろ帰りましょうか。その30 エレインは故郷での暫しの滞在を終えることにし、バンも甥や姪を構うのを次の機会に持ち越すことにしたので、キングとディアンヌ、そしてその子供たちは彼らを見送るべく《出口》まで見送りについて来た。
「本当に行くの、エレイン……?」
「うん、行きたいの」
何故か気づかわしげに妹を見やる兄に対し、すっきりとした表情の妹。バンは主語のない兄妹の会話を耳にして「なんだエレイン、行きたいとこ決まったのか?」と尋ねた。
《旅行チケット》の最後から二番目の旅程は《行きたいところ》と書かれている。だがまだ行先は決めていなかった。それにしてもキングの硬い表情が気にかかる。
「ま、俺はどこでもいいけどよ♪」
「バン、エレインをしっかり守ってくれよ」
「はぁ? 当たり前だっつーの♪」
バンは兄貴面するキングの腹を軽く小突いた。……つもりだったが、キングは「ぐふ」としゃがみ込んでしまう。
「ちょっと~気を付けてよね! バンと違って繊細なんだから、キングの腹筋は!」
「父上、大丈夫ですか?!」
妻と長男に気を使われたキングは、いっそう深く沈み込む。それを見たほかの者たちは声をたてて笑った。
「ったくもう。……じゃあ、《扉》を開けるよ。ランスロットによろしくね」
気を取り直し、キングは手を前にかざすと《扉》が開く。
「ばいばい、またね!」
「次は必ず一本取ります!
「行ってらっしゃい、バン、エレイン」
たくさんの別れの挨拶を背に、バンとエレインは《扉》をくぐった。
「で、どこに行くんだ?」
「すぐにわかるわ」
《扉》からはすぐに次の行き先に到着したが、バンは一瞬、どこにも行っていないのでは、という錯覚にとらわれた。というのも扉の先のこの場所も、妖精界とたいして大差ない森の中だったからである。だが空は青い。ブリタニアに戻ってきた証だ。一、二度首をぐるりと回し、それからハッと息を飲んだ。
「なんてこった、ここは」
「懐かしいでしょう。《妖精王の森》……私たちが出会った場所よ」
二人は口数少なく、静かに森を散策した。所々に焼け焦げた倒木がみられるがそれらも苔むしたり朽ちたりしており、小さな生き物の住処になっているようだ。木々は豊かで若葉は萌え、かつて大火災で失われた森だとは気づかない程度に復興している。
「へぇ、数十年でこんなになるたぁ……驚いたぜ」
「普通じゃここまでならないわ。兄さんの魔力のおかげね。でももし放っておいてもほら、こんなに」
とエレインが小さな木の芽を愛しげに手で包む。
「エレインにも出来るんだろ? 植物を、ぶあーっとよ」
「ええ、兄さんほどではないけれど。でもこの子には自分で頑張ってもらいましょ」
さらにもう少し歩くと、開けた場所に出た。どこもかしこも見覚えのある馴染んだ場所だが、その中でもいっそう思い出深い場所。
……かつての《生命の泉》があった場所だ。
泉は当然枯れて水も沸いていないがくぼ地になっていて、土が見えている。バンが何度もエレインに落っことされた崖はそのままだった。
「カカッ♪ あんときゃ必死だったぜ、泉どうとかより謎のお嬢ちゃんにしつこく吹きとばされてふざけんなってよ。ぜってぇ登り切ってやる、ってな♪」
♪一口なめれば十年長生き 一口飲めば百年長生き……
「貴方は何が目的で《生命の泉》を求めるの?」
フとエレインが尋ねる。あの時と同じ口調、《生命の泉》を数百年間、たった独りで守り続けた《生命の泉の聖女》だ。
彼女は純粋に疑問だった。永遠の命を得たいがために他者を犠牲にする事も厭わず、この地にやってくる人間たちが。そんな長い命があったとしても、もてあますしかないのを彼女はよく知っているからだ。一方でこの賊にほうには大した考えはなかった。実に単純に、「長生きすればそのうちいい事があるだろう」という、ただそれだけの、とても楽観的な答えだけ。幼い頃から到底恵まれたとは言い難い境遇で、かろうじてすりつぶされずに生きながらえた男の思考とは思えぬくらいに楽観的だ。けれどもけして自棄になっているからではない。きっと生まれつきの性分なのだ。だがその性分のおかげで、彼はここに来た。そして、理解した。
「ここに来て目的が変わった。《生命の泉》なんざどうでもいい、俺が欲しいのはそれを守っている聖女のほうだ」
もっと早くに伝えたかった。けれどもあの頃は、そんな己の気持ちにすら気づけていなかった。もっと早くに伝えていれば、あの時ああはならなかったかもしれないのに。
けれどそれももう、過ぎた事だ。二人には今がある。そしてあの時に終わってしまう筈だった未来すら。
エレインは微笑み、バンのそばに寄り添う。
「そろそろ帰りましょうか、私たちのおうちに」
「ああ、二人きりの旅は最高だが、可愛いセガレも恋しくなってきたからな~♫」
二人は腕を組んで歩き、下に降りようとする。一度だけエレインが振り返って手をかざした。
花弁が舞い散り、何もなかったくぼ地に花が咲き乱れた。
地元の村の宿で一晩過ごすことにした。そしたら驚いたぜ。アバディンエールだ!
いや、正確には違うんだが、そっくりな味だ。旨いッ! そしてさらに驚いたことにラベルに妖精と男が描かれている。思わずなんじゃこら! って叫んだら、昔聖女と盗賊がどうとかって話を聞いてもいないのに女将に聞かされた。でもってエレインを見てアラマ! だと。アラマじゃねーよ!
しかしこりゃ旨い。樽持って帰りてぇなァ。
ばんはてれかくしにおこってらべるはいらねぇなんていったけど、ちゃんともらってはっておいたわ。
けっきょくびんのおさけもかったわ。
おかげでこのたびで、とってもたくさんのあたらしいおもいでができました。
ありがとうばん
ありがとうらんすろっと
ありがとうにいさんたち
ありがとうもりのみんな
いきていればいいことありますね。ばんのいうとおりだわ。
あしたはかえります。
それで、またあたらしいおもいでがいっぱいできるわ。
それはとても、しあわせなことですね。