かなしい 逃げようよと言ったとき嬉しそうにしてくれた。その訳を知っている。
窓ガラスの向こう側、古そうな平家の扉が開くのが見えた。咄嗟に身を助手席におさまるように屈める。一言二言言葉を聞き取れない程度の会話が流れてきたなら続いて向かってくる足音が、そして運転席側のドアが開く音がして男が乗り込んできた。腕の中には大きな紙袋。こっちへ渡してシートベルトを着ける。
「待たせたね。行こうか」
口から出たのは空咳だった。大丈夫かと尋ねられて頷く。喉の奥まで上がっていた言葉を無理矢理留めたから少し誤作動を起こしただけだ、掠れて小さい声でなら喋ることも出来る。けどそれでは男にとって不十分だったようだ。心配そうに背をさすっていたのを止め、下ろした荷物をさっと開く。
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