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    両片想い

    mia_amamiya

    MOURNING大正軸両片想い杏千。ちょっとだけ流血表現があります。
    EGOIST「あ」と思った時には遅かった。
    打ち込み稽古に使用している木製の打ち込み台が、千寿郎の一撃で細かく割れ、鋭い破片が千寿郎目掛けて飛んでくる。
    ここ数日ミシミシと嫌な音を立てていたので、新しいものを作らなくては、と思っていたのに。やらなければならないことを後回しにするなんて、と反省しているうちに、左眉の上にピリリと痛みが走った。次いで、生温かくどろりとした感触が瞼を伝い、目の前が赤く染まる。
    「……やってしまった」
    情けなく萎んだ声で傷口を抑えると、そのまま井戸端へ向かう。桶に水を汲み、水面に己を映せば、ぼたぼたと赤い雫が指の隙間から垂れ落ちた。痛みに眉を顰めながら傷口を洗い、然程深くはないことに一先ず安堵する。きっと数日もすれば傷は塞がるだろうし、一週間もすれば何事もなかったように跡形もなく消えているのではないだろうか。掌に付着する血に、先日帰宅した兄の身体に新たに刻まれていた傷がまざまざと思い出される。「大したことは無い。蝶屋敷に寄るほどの傷でもなかった」そう言って笑った兄の腕に巻かれていた包帯には、じわりと血が滲んでいた。あの時に千寿郎の胸に走った痛みと比べれば、取るに足らないものだ。
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