掌編
サクライロ
REHABILIとっても久々に二人を描いて、幸せな気持ちになりました。やっぱりこの二人が大好き。遅刻ですが、フローラの日に寄せて。
フローラ単体絵はすっかり描けない体質になったようです。
このイラストをモチーフに掌編も書きました。
https://crepu.net/post/913019
くるっぷに投稿しています。登録なくても読めるはず…なので、良かったら。 2
さめしば
TRAINING冬駿の掌編お題台詞「もう、ついて来いって言わないんですか?」で書きました。⚠️未来捏造要素あり
今度は命令じゃない「……ねえ駿君。もう、ついて来いって言わないんですか?」
すぐ隣から静かに降ってきた声は、言いようもなく重い響きと化し、俺の鼓膜を震わせた。思わずぱっと見上げてみれば、声の主はとっくに俺のことを見つめている。
「……冬居、そりゃどういう」
「はぐらかさないで。お願い」
切羽詰まった台詞に、思い詰めたような表情。縋るみたいな色をして俺を捉える、この瞳。身長なんかとうの昔に抜かしていったくせに、子どもの頃と変わることなく冬居は見上げるように俺を見る。自分より小さい相手に上目遣いだなんて、まったく器用な真似をする奴だ。
テーブル上にちらりと目をやる。部屋に入ってすぐ気付いてはいたのだ、これ見よがしに広げた進路希望調査票の存在には。そういえば飲み物を拝借しに一階へ寄ったとき、「進路の相談乗ってやってね、駿君。迷惑じゃなければだけど」とおばさんに話しかけられたことも思い出した。そっか、もうそんな時期なんだな。今一度、隣の男へと視線を戻してみる。数秒前と変わらず、その両目はじっと俺に向けられていた。
1742すぐ隣から静かに降ってきた声は、言いようもなく重い響きと化し、俺の鼓膜を震わせた。思わずぱっと見上げてみれば、声の主はとっくに俺のことを見つめている。
「……冬居、そりゃどういう」
「はぐらかさないで。お願い」
切羽詰まった台詞に、思い詰めたような表情。縋るみたいな色をして俺を捉える、この瞳。身長なんかとうの昔に抜かしていったくせに、子どもの頃と変わることなく冬居は見上げるように俺を見る。自分より小さい相手に上目遣いだなんて、まったく器用な真似をする奴だ。
テーブル上にちらりと目をやる。部屋に入ってすぐ気付いてはいたのだ、これ見よがしに広げた進路希望調査票の存在には。そういえば飲み物を拝借しに一階へ寄ったとき、「進路の相談乗ってやってね、駿君。迷惑じゃなければだけど」とおばさんに話しかけられたことも思い出した。そっか、もうそんな時期なんだな。今一度、隣の男へと視線を戻してみる。数秒前と変わらず、その両目はじっと俺に向けられていた。
鹿ノ戸
DONE以前から断続的にかけらのようなものを描いているαΩ夫夫のひとつですただ単に仲が良いだけの掌編 特になんの筋もありません……
[ご注意]
特殊設定たくさんです
・オメガバース世界(ですが大変ゆるふわ味
・年下αアーサーさん×年上Ω菊さん/つがい
・社会人既婚二人暮らしの穏やか園芸趣味生活
・甘味
・甘味
・甘味
※アーサーさんにαの牙があります
※菊さんのうなじにつがいのしるしの痕があります
腐の極み的ベタ設定てんこ盛りの世界線
朝菊ならなんでも大丈夫な方向けです🙏 [2023.02.05]
. 5
まるやま
DONE読ロにきちんとドライヤーで髪を乾かして欲しい読ドvsドライヤーをしたくない読ロが駆け引きする掌編【読切ドラロナ】ドライヤーによる駆け引きは引き分け ある夜。ドラルク城にて。
帰城後すぐにお風呂で汗と泥をすっかり綺麗にした退治人くんが、どっかりとソファに腰を落とした。
いつもと変わらぬ黒いインナーとボトムスを身につけたスタイルで部屋に戻ってきた彼を見た私は、ミネラルウォーターのペットボトルを渡しつつ隣に腰掛け、常々思っていた疑問を投げかける。
「ねぇ退治人くん。なんでいつもドライヤーで乾かさないの?」
お湯も滴る美しい男は、手のなかにおさめたよく冷えた水のボトルを無言で開栓したあと、私の問いかけに対して、まるで独り言のように言葉を零した。
「……ドライヤー?」
「何その反応。まさか、君、ドライヤーを知らない……?」
「馬鹿にすんな。知ってるっつの」
3505帰城後すぐにお風呂で汗と泥をすっかり綺麗にした退治人くんが、どっかりとソファに腰を落とした。
いつもと変わらぬ黒いインナーとボトムスを身につけたスタイルで部屋に戻ってきた彼を見た私は、ミネラルウォーターのペットボトルを渡しつつ隣に腰掛け、常々思っていた疑問を投げかける。
「ねぇ退治人くん。なんでいつもドライヤーで乾かさないの?」
お湯も滴る美しい男は、手のなかにおさめたよく冷えた水のボトルを無言で開栓したあと、私の問いかけに対して、まるで独り言のように言葉を零した。
「……ドライヤー?」
「何その反応。まさか、君、ドライヤーを知らない……?」
「馬鹿にすんな。知ってるっつの」
まるやま
DONE読ロにとびきり特製のシチューを作ってあげる読ドの掌編⚠️ふたり以外のキャラの死を匂わせる表現があります。
【読切ドラロナ】tocană specială とある静かな満月の夜。ドラルク城にて。
「今日は君が好きな赤身肉が手に入ったから、私の得意料理であるシチューをこしらえてみたよ」
さあスプーンを持ちたまえ。
おかわりはいっぱいあるから、おなかいっぱいになるまで食べるといい。ただ、今日の肉は、かなり脂肪分が少なくてね。よくよく煮込んだのだけれど、硬かったらすまない。あとクセの強い香りがするから、いつもより香辛料を効かせてみたのだよ。
「どうかな? 退治人くんのお口に合うといいのだけれど」
そう言いながら、シチューの入った皿を満面の笑みを浮かべながら俺の前にサーブした痩躯の吸血鬼は、さあ召し上がれと促す。
俺は無言で皿を見下ろしつつ、机の端に置いたスマホが、さっきからずっとひっきりなしに通知音を鳴らし続けていることに気づき、視線を向けた。
2247「今日は君が好きな赤身肉が手に入ったから、私の得意料理であるシチューをこしらえてみたよ」
さあスプーンを持ちたまえ。
おかわりはいっぱいあるから、おなかいっぱいになるまで食べるといい。ただ、今日の肉は、かなり脂肪分が少なくてね。よくよく煮込んだのだけれど、硬かったらすまない。あとクセの強い香りがするから、いつもより香辛料を効かせてみたのだよ。
「どうかな? 退治人くんのお口に合うといいのだけれど」
そう言いながら、シチューの入った皿を満面の笑みを浮かべながら俺の前にサーブした痩躯の吸血鬼は、さあ召し上がれと促す。
俺は無言で皿を見下ろしつつ、机の端に置いたスマホが、さっきからずっとひっきりなしに通知音を鳴らし続けていることに気づき、視線を向けた。
まるやま
DONE30年ほど読ロ専用の口説き文句を考えている読ドの掌編【読切ドラロナ】『キミ専用の口説き文句』 退治人君を口説き落とすのは、一筋縄じゃいかない。
長く歩んできた吸血鬼生の中で、恋愛要素を含んだ娯楽を無数に嗜んできたが、それらから得た『懸想した相手をこちらに振り向かせる方法』を手当り次第に彼に試してみたけれど、振り向きかける気配すら見せないのだから、それはもう相当に手強い男だと言える。
私がいくら優しくしても、ユーモアを見せても、甘い言葉を囁いても、手料理をふるまっても、かの男はいつもシンプルな感謝を口にするだけだ。「そりゃどーも」と。
それでも出会った頃よりは、ずっといろんな貌を見せてくれるようになった。
彼の中にある私の肩書きは『ドアバンした吸血鬼』から『相棒の吸血鬼』になったし、手料理だって最初は視界にすら入れてくれなかったのが、どうにか口に運んでくれるようになったし、彼専用に整えた我が家の客間でたまに仮眠も取ってくれるようになった。
1480長く歩んできた吸血鬼生の中で、恋愛要素を含んだ娯楽を無数に嗜んできたが、それらから得た『懸想した相手をこちらに振り向かせる方法』を手当り次第に彼に試してみたけれど、振り向きかける気配すら見せないのだから、それはもう相当に手強い男だと言える。
私がいくら優しくしても、ユーモアを見せても、甘い言葉を囁いても、手料理をふるまっても、かの男はいつもシンプルな感謝を口にするだけだ。「そりゃどーも」と。
それでも出会った頃よりは、ずっといろんな貌を見せてくれるようになった。
彼の中にある私の肩書きは『ドアバンした吸血鬼』から『相棒の吸血鬼』になったし、手料理だって最初は視界にすら入れてくれなかったのが、どうにか口に運んでくれるようになったし、彼専用に整えた我が家の客間でたまに仮眠も取ってくれるようになった。
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DONE2023.1.14-15に催された #ff6_web_fes のワンライ企画向けにしたためた掌編です。お題は🪄【武器交換】⚔
マッシュとストラゴスが武器を交換……!? 7
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DONE「MDZSオンライン交流会 新年会2」 開催おめでとうございます!大遅刻ですがあけおめ掌編です。今年も良き一年でありますように。
※曦澄のつもりがほぼ叔父甥です…この金凌さんはデキてることを知りません。
邪も避けて通る 春節は準備もそれなりに忙しいが、主たる宗主の仕事はむしろ明けてからで、門弟や家僕など身内への振る舞いにはじまり関係各所への挨拶回りなど息つく暇も無い。
数年前になんとなくそういう関係になった藍曦臣もまた姑蘇藍氏の主であり、状況は似たり寄ったりか加えて藍氏らしく細々とした儀式だとかに追われるのだろう。
親しい関係になったからといって仕事より優先されるものはないから、顔をあわせての新年の挨拶は早くとも月も変わった頃ぐらいになるだろうか。
そのような具合であるので、普段は筆マメな御仁だが年始が近づくにつれて届く文も目に見えて減る。……とはいっても筆無精からしてみれば、それでも結構な頻度であるが。
今年も進物に添えられた姑蘇藍氏の紋入りの挨拶状とは別に、月白色の料紙に金と黒の流麗な筆致で一年の平穏を祈る詩と干支が描かれた書も届いた。
1732数年前になんとなくそういう関係になった藍曦臣もまた姑蘇藍氏の主であり、状況は似たり寄ったりか加えて藍氏らしく細々とした儀式だとかに追われるのだろう。
親しい関係になったからといって仕事より優先されるものはないから、顔をあわせての新年の挨拶は早くとも月も変わった頃ぐらいになるだろうか。
そのような具合であるので、普段は筆マメな御仁だが年始が近づくにつれて届く文も目に見えて減る。……とはいっても筆無精からしてみれば、それでも結構な頻度であるが。
今年も進物に添えられた姑蘇藍氏の紋入りの挨拶状とは別に、月白色の料紙に金と黒の流麗な筆致で一年の平穏を祈る詩と干支が描かれた書も届いた。
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INFO嘉辰盈月リンク集🎉祝こきょむざ二周年💠🌸
https://pictsquare.net/gxin3q0je5e49emce5ciq3dtf4xfrl9x
平安絵巻風の会場をお散歩できます!
アバター配布: https://poipiku.com/1791508/8028130.html
本イベント用に無惨様と琥鴞くんのアバターを用意しました。使ってやってください!
・琥鴞くんについて ※準備中
・こきょむざについて ※準備中
・カラー絵まとめ(2022/7/31~12/30) ※準備中
らくがきまとめたち 2022(他むざ受けカプまじるのであとでキャプションかきます)
・8月 https://poipiku.com/1791508/7121011.html
・9月 https://poipiku.com/1791508/7121013.html
・10月 https://poipiku.com/1791508/7121016.html
・11月 https://poipiku.com/1791508/7121016.html
・12月 https://poipiku.com/1791508/8070505.html毎日ちまちま描いてるアナログ絵のまとめです。眺めているとこきょむざを感じられます🌸 随時追加予定
🍉7月のwebオンリーの再展示
・カラー絵(2020~2022/7/30): https://poipiku.com/1791508/7203598.html
見ごたえたっぷりのカラー絵まとめです!
・小説リンク集: https://poipiku.com/1791508/7206499.html
お勧め解説付きの掌編~短編小説リンク集です。短いので気軽に読んでみてね!
・R18らくがきまとめ(2022/1/1~7/30): https://poipiku.com/1791508/7212378.html
おとなのフレンズ向けのアナログおえかきです。えっちな無惨様が見れます♡ 3
16natuki_mirm
DONE「あずが風邪をひいてることにまちが気付いたら」という設定での掌編を、学生・魔王if・編作ifの3本詰め合わせました。11/27開催のいる明日Webアフター用のネップリでした。【イルアズ】ぼくはきみだけのまほうつかいまだ付き合っていない学生のふたり編
なんとなく、頭が重い感じはしていた。
このところ急に冷え込んできたものだから、たぶんそのせいだろう。日頃から身体は鍛えているし、体調管理には気を使っているつもりではあったが、このところは大きな学校行事も無ければ目立ったトラブルもないので、気が緩んだのかもしれない。
――私もまだまだ自己管理が甘い……
移動教室から王の教室の主教室まで戻ってきて、自席の机の上に教科書を置いたところでついに、気のせいだと思っていた頭痛がどうやら現実のものらしい、と観念した。無意識のうちに、ふう、とため息が漏れる。
すると。
「アズくん、調子悪い?」
今まさにアリスの隣の席に腰を下ろそうとしていた入間が、ぱっとアリスの方を振り向いた。大きな瞳にじっと見つめられれば、アリスに嘘などつけるわけもなく。
6446なんとなく、頭が重い感じはしていた。
このところ急に冷え込んできたものだから、たぶんそのせいだろう。日頃から身体は鍛えているし、体調管理には気を使っているつもりではあったが、このところは大きな学校行事も無ければ目立ったトラブルもないので、気が緩んだのかもしれない。
――私もまだまだ自己管理が甘い……
移動教室から王の教室の主教室まで戻ってきて、自席の机の上に教科書を置いたところでついに、気のせいだと思っていた頭痛がどうやら現実のものらしい、と観念した。無意識のうちに、ふう、とため息が漏れる。
すると。
「アズくん、調子悪い?」
今まさにアリスの隣の席に腰を下ろそうとしていた入間が、ぱっとアリスの方を振り向いた。大きな瞳にじっと見つめられれば、アリスに嘘などつけるわけもなく。
先代🔞お仕事募集中
PAST掌編にも満たないうちカプおじさまの独白『大人を甘く見るな』 危険な橋を渡っていると、自分でも思う。
あってはならない成り行きに身を任せ、年端もいかない少女に溺れて互いを貪り合い……事が済めば週に一度の約束を取り付けて別れる。
それを繰り返してもう一年になるが、そうやって私を受け容れる彼女は不気味な程に物分かりが良い。
私は唯一、彼女のそういうところが好きではなかった。
「惚れた方の負け……か」
断言をすれば、私は彼女を好いている。
そして彼女が私にそうなるように仕向け、若さに似合わない手練手管を用いた事も理解している。
だが、彼女もまた私と同じなのだ。力と欲を持て余し、それをぶつけ合える相手が出来たのだから。
「——面白い」
それで勝ったつもりなら、腹を抱えて笑ってしまうよ。
464あってはならない成り行きに身を任せ、年端もいかない少女に溺れて互いを貪り合い……事が済めば週に一度の約束を取り付けて別れる。
それを繰り返してもう一年になるが、そうやって私を受け容れる彼女は不気味な程に物分かりが良い。
私は唯一、彼女のそういうところが好きではなかった。
「惚れた方の負け……か」
断言をすれば、私は彼女を好いている。
そして彼女が私にそうなるように仕向け、若さに似合わない手練手管を用いた事も理解している。
だが、彼女もまた私と同じなのだ。力と欲を持て余し、それをぶつけ合える相手が出来たのだから。
「——面白い」
それで勝ったつもりなら、腹を抱えて笑ってしまうよ。
金魚飴
MEMOAIのべりすとに書いてもらったオリジナル掌編小学校の国語の教科書っぽさがある
追憶渡辺将也は、野口洋介の家に下宿している書生であった。洋介は市会議員で、なかなかの資産家である。数年前に妻を亡くしてから、独り身を貫く男やもめである。将也は、その家に住み込んで、雑務を手伝いながら大学に通っていた。いつものように将也が大学から帰って来ると、居間に洋介の姿はなく、二階の書斎を覗いて見ると、洋介は机に向かって何か書き物をしていた。
「何を書いているんですか?」
将也は何気なくそう聞いた。すると洋介は筆を止めて顔を上げ、少し照れたような表情を浮かべた。そして小さな声で答えた。
「小説だよ」
「小説? 珍しいものをお書きになっていますね」
「ああ……。最近、ちょっと興味があってね」
「どのような話なのですか?」
5086「何を書いているんですか?」
将也は何気なくそう聞いた。すると洋介は筆を止めて顔を上げ、少し照れたような表情を浮かべた。そして小さな声で答えた。
「小説だよ」
「小説? 珍しいものをお書きになっていますね」
「ああ……。最近、ちょっと興味があってね」
「どのような話なのですか?」
nxtsmnico
REHABILI武のふたりの掌編 / 前後左右はあまり考えていませんデウスエクスマキナの憂鬱 死人のような寝顔は十年経っても変わらないらしい。
静かに眠る男を、わずかに上方から眺めて九頭竜智生の唇はゆるく弧を描いた。
隣には細く寝息を立てる相棒の姿がある。
昔から死んだように眠る男だ。寝息も細ければ寝返りもほとんどうたない。絵に描いたような寝姿だと思っていた。それを智生はふたたび眺めている。同じ寝床につきながら。
本来幻影に睡眠は必要無い。
だから智生に眠りはいらない。
それでも寝台の半分を与えられたのは、そのように振る舞うことを求められているからだ。まだ人であれと望まれているからだ。
誰に?
問うまでもない。
記憶にあるのより白けた髪に指先で触れる。
心労から白髪が増えた、というふうではない。間近で見るそれは髪の色素そのものが薄くなってしまったようにみてとれた。目元には消えることのない隈。かつての夜の化身のようだった、あの面影はどこにもない。いまは閉ざされている黄金の瞳、それ以外は。
1012静かに眠る男を、わずかに上方から眺めて九頭竜智生の唇はゆるく弧を描いた。
隣には細く寝息を立てる相棒の姿がある。
昔から死んだように眠る男だ。寝息も細ければ寝返りもほとんどうたない。絵に描いたような寝姿だと思っていた。それを智生はふたたび眺めている。同じ寝床につきながら。
本来幻影に睡眠は必要無い。
だから智生に眠りはいらない。
それでも寝台の半分を与えられたのは、そのように振る舞うことを求められているからだ。まだ人であれと望まれているからだ。
誰に?
問うまでもない。
記憶にあるのより白けた髪に指先で触れる。
心労から白髪が増えた、というふうではない。間近で見るそれは髪の色素そのものが薄くなってしまったようにみてとれた。目元には消えることのない隈。かつての夜の化身のようだった、あの面影はどこにもない。いまは閉ざされている黄金の瞳、それ以外は。
長月@一次創作
DOODLE某所に投稿した掌編小説菊の花 僕の席に花瓶が置いてあった。ご丁寧に菊の花まで生けられたそれを前にして、僕は金縛りにあったような気分になる。
恐る恐るクラスメイト達に目を向けると、誰一人として僕の方を見ようとしていなかった。田中も、佐藤も、同じ部活の連中も、昨日まで他愛のない会話をしていたはずの全員が。……触れてはいけない。そんな空気が、教室の中に充満しているようだった。
先生が教室に入ってくると、クラスメイト達は大人しく席に着いた。立ち尽くす僕に目もくれず、先生が嫌に神妙な面持ちで口を開く。
「えー。皆、既に知っていると思うが……」
次の瞬間、僕は弾かれたように教室から飛び出していた。
自宅まで戻ると、ガラス窓の向こうに母さんの後ろ姿が見えた。泣いている。小さな背中を丸めて、大きく肩を震わせて、母さんは仏壇の前で涙を流していた。
389恐る恐るクラスメイト達に目を向けると、誰一人として僕の方を見ようとしていなかった。田中も、佐藤も、同じ部活の連中も、昨日まで他愛のない会話をしていたはずの全員が。……触れてはいけない。そんな空気が、教室の中に充満しているようだった。
先生が教室に入ってくると、クラスメイト達は大人しく席に着いた。立ち尽くす僕に目もくれず、先生が嫌に神妙な面持ちで口を開く。
「えー。皆、既に知っていると思うが……」
次の瞬間、僕は弾かれたように教室から飛び出していた。
自宅まで戻ると、ガラス窓の向こうに母さんの後ろ姿が見えた。泣いている。小さな背中を丸めて、大きく肩を震わせて、母さんは仏壇の前で涙を流していた。
長月@一次創作
DOODLE某所に投稿した掌編小説哲学的ゾンビ 彼女の瞳には、人間がゾンビに映るらしい。そのことを明け透けに言うものだから、よく電波女だの何だのと陰口を叩かれているところを見掛ける。
僕はそんな彼女と仲良くしている唯一の人間──彼女から見るとゾンビ──である。彼女曰く「貴方は右目がぶら下がってて、頭から頭蓋骨がはみ出してる。要するに、どこにでも居るただのゾンビね」とのことだ。
ある日、彼女が唐突に「貴方はどうして私の話を信じるの?」と聞いてきた。やけに真剣な声色だったので、茶化してはいけないと思い襟を正す。
「信じるも何も、そもそも疑いようがないじゃないか」
そう、疑いようがないのだ。何故なら、彼女の瞳に映るものが彼女以外には分からないように、僕の瞳に映るものもまた、誰にも証明することはできない。
397僕はそんな彼女と仲良くしている唯一の人間──彼女から見るとゾンビ──である。彼女曰く「貴方は右目がぶら下がってて、頭から頭蓋骨がはみ出してる。要するに、どこにでも居るただのゾンビね」とのことだ。
ある日、彼女が唐突に「貴方はどうして私の話を信じるの?」と聞いてきた。やけに真剣な声色だったので、茶化してはいけないと思い襟を正す。
「信じるも何も、そもそも疑いようがないじゃないか」
そう、疑いようがないのだ。何故なら、彼女の瞳に映るものが彼女以外には分からないように、僕の瞳に映るものもまた、誰にも証明することはできない。
長月@一次創作
DOODLE某所に投稿した掌編小説幽霊になる才能「何を考えているんですか!」
凄まじい剣幕だった。植え込みに身体を沈めたまま、俺は「ごめん」と謝ることしかできない。
「幽霊になるのも才能が要るんです! 貴方みたいに、こんな……こんな馬鹿なことをする人、無理に決まっています!」
ぐうの音も出なかった。事実、校舎の屋上から飛び降りたにも関わらず、こうして擦り傷程度で済んでいるのだから、きっと彼女が言うように俺には才能がなかったのだろう。仮に成功していたとしても、彼女のように現世に留まることすらできなかったかもしれない。
彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。俺に才能があったら、それを拭うことができたのだろうか。……いや、そんなことをすれば彼女は余計に悲しんでしまうのだと、今しがた思い知ったばかりではないか。
397凄まじい剣幕だった。植え込みに身体を沈めたまま、俺は「ごめん」と謝ることしかできない。
「幽霊になるのも才能が要るんです! 貴方みたいに、こんな……こんな馬鹿なことをする人、無理に決まっています!」
ぐうの音も出なかった。事実、校舎の屋上から飛び降りたにも関わらず、こうして擦り傷程度で済んでいるのだから、きっと彼女が言うように俺には才能がなかったのだろう。仮に成功していたとしても、彼女のように現世に留まることすらできなかったかもしれない。
彼女の瞳から大粒の涙が零れ落ちる。俺に才能があったら、それを拭うことができたのだろうか。……いや、そんなことをすれば彼女は余計に悲しんでしまうのだと、今しがた思い知ったばかりではないか。
長月@一次創作
DOODLE某所に投稿した掌編小説時刻 初めて立ち寄った時計店で、ある腕時計に一目惚れをした。即座に購入すると、店主が謝礼の後に「その時計には、時を刻む機能が付いております」と付け加えた。その時は、随分と洒落た言い方をするものだな、としか思わなかった。
その日の夜、俺はあることに気が付いた。腕時計の一から十二までの数字、その全てに切れ込みのようなものが付いているのだ。何となく弄っていると、十二と一の間がポロリと零れ落ちた。床に落ちた破片が粉々に砕け散る。……何ということだ。とんだ欠陥品ではないか。怒りに任せて腕時計をゴミ箱に投げ入れると、そのままベッドに潜り込んだ。
それからだ。俺の世界から一時間が消失してしまったのは。
最初の数日は信じられなかった。十二時を迎えると、次の瞬間には一時になっているなんて。たまたま同じ時間帯に死んだように寝落ちしてしまっただけだろう、自分自身にそう言い聞かせた。
791その日の夜、俺はあることに気が付いた。腕時計の一から十二までの数字、その全てに切れ込みのようなものが付いているのだ。何となく弄っていると、十二と一の間がポロリと零れ落ちた。床に落ちた破片が粉々に砕け散る。……何ということだ。とんだ欠陥品ではないか。怒りに任せて腕時計をゴミ箱に投げ入れると、そのままベッドに潜り込んだ。
それからだ。俺の世界から一時間が消失してしまったのは。
最初の数日は信じられなかった。十二時を迎えると、次の瞬間には一時になっているなんて。たまたま同じ時間帯に死んだように寝落ちしてしまっただけだろう、自分自身にそう言い聞かせた。
長月@一次創作
DOODLE某所に投稿した掌編小説先生「すきだ」
またか……。そう思い、私は小さく溜息を吐いた。
教師として働き始めて約三年。ようやく仕事にも慣れてきて、恋人との関係も良好そのもの。まさに公私共に絶好調──の、はずだった。彼という悩みの種が現れるまでは。
彼は、私が初めて受け持ったクラスの生徒だ。成績も素行も決して良いとは言えない、いわゆる問題児である。それだけならまだ良い。私を最も悩ませているのは、彼が私を呼び止める度に「すきだ」と口にするところだ。
無論、何度も注意した。彼にとって私は教師であり、私にとって彼は生徒。年齢だって十歳も離れている。だが、私がそうして口を酸っぱくしたところで「だから何だよ」とでも言いたげな顔をして、一向に聞き入れてくれないのだ。
389またか……。そう思い、私は小さく溜息を吐いた。
教師として働き始めて約三年。ようやく仕事にも慣れてきて、恋人との関係も良好そのもの。まさに公私共に絶好調──の、はずだった。彼という悩みの種が現れるまでは。
彼は、私が初めて受け持ったクラスの生徒だ。成績も素行も決して良いとは言えない、いわゆる問題児である。それだけならまだ良い。私を最も悩ませているのは、彼が私を呼び止める度に「すきだ」と口にするところだ。
無論、何度も注意した。彼にとって私は教師であり、私にとって彼は生徒。年齢だって十歳も離れている。だが、私がそうして口を酸っぱくしたところで「だから何だよ」とでも言いたげな顔をして、一向に聞き入れてくれないのだ。
雨月ゆづり
DONEマヨイのピアスが性癖に刺さるという、ただそれだけの動機で書き始めた掌編です。かなり短め。
ピアス「あれ、マヨちゃんこんなところにピアスの穴開けてたっけ」
マヨイのドラマの撮影が始まったり、ニキも全国ツアーが始まったりしてしばらく会えない日が続いた後。久しぶりのデートをして、夕食を済ませてから一緒に椎名家に帰って来て、ニキは気が付いた。
「お仕事で必要だったので開けましたぁ。ドラマの時、ピアスつけていたの気が付きませんでしたか?」
「いやぁ……まさか本当に開けてるとは思わなくて。マグネットピアスとか、ぱっと見普通のピアスに見えるアクセサリーもあるんで、そういうのつけてると思ってたっす」
耳の上の部分の軟骨に、塞がりかけたピアスホールがある。マヨイの髪は長くて耳が隠れがちであること、そして今日は特に、出かけていた日中はほぼずっと変装用につばの広い帽子を被っていたから、気が付かなかった。
1661マヨイのドラマの撮影が始まったり、ニキも全国ツアーが始まったりしてしばらく会えない日が続いた後。久しぶりのデートをして、夕食を済ませてから一緒に椎名家に帰って来て、ニキは気が付いた。
「お仕事で必要だったので開けましたぁ。ドラマの時、ピアスつけていたの気が付きませんでしたか?」
「いやぁ……まさか本当に開けてるとは思わなくて。マグネットピアスとか、ぱっと見普通のピアスに見えるアクセサリーもあるんで、そういうのつけてると思ってたっす」
耳の上の部分の軟骨に、塞がりかけたピアスホールがある。マヨイの髪は長くて耳が隠れがちであること、そして今日は特に、出かけていた日中はほぼずっと変装用につばの広い帽子を被っていたから、気が付かなかった。
かほる(輝海)
DONEシティーハンター冴羽獠×槇村香
月見をする獠の独白
窓の月 連日に渡る寝苦しい熱帯夜が、少しずつ遠ざかり始めた九月。特に飲み歩く用事もなく、リビングへ顔を出せば、出窓に見慣れないものを見つけた。
「ん……?」
近寄って見ると、出窓の床板に置かれた平皿の上へ、白玉団子が積み上げられていた。きっちりと三角錐に積まれた、その団子。俺は窓の外へ目を遣った。澄んだ夜空に浮かんでいたのは、目の前にある団子のような、真っ白で真ん丸な月だった。そうか。今夜は中秋の名月だったか。月明かりが眩しく思え、俺は思わず目を細めた――。
もともと、月は好きじゃなかった。見る時間と形によっては、まるで血のように紅く染まる。自分の身体まで紅く染められているようで、ガキの頃は紅い月が不気味でしょうがなかった。それだけじゃない。鬱蒼としたジャングルに身を潜め、いくら隠れようとしても、月は俺を照らそうとする。もちろん、月影ができるぐらい辺りを煌々と照らす満月は、一番嫌いだった。今でも、路地を行くときは、月から逃げるように影を選んで歩く。俺にとっちゃ、暗いほうが居心地がよかったんだ。
951「ん……?」
近寄って見ると、出窓の床板に置かれた平皿の上へ、白玉団子が積み上げられていた。きっちりと三角錐に積まれた、その団子。俺は窓の外へ目を遣った。澄んだ夜空に浮かんでいたのは、目の前にある団子のような、真っ白で真ん丸な月だった。そうか。今夜は中秋の名月だったか。月明かりが眩しく思え、俺は思わず目を細めた――。
もともと、月は好きじゃなかった。見る時間と形によっては、まるで血のように紅く染まる。自分の身体まで紅く染められているようで、ガキの頃は紅い月が不気味でしょうがなかった。それだけじゃない。鬱蒼としたジャングルに身を潜め、いくら隠れようとしても、月は俺を照らそうとする。もちろん、月影ができるぐらい辺りを煌々と照らす満月は、一番嫌いだった。今でも、路地を行くときは、月から逃げるように影を選んで歩く。俺にとっちゃ、暗いほうが居心地がよかったんだ。
はなねこ
DONEアクセスありがとうございます!こちらはおそらく数年後設定、周りから「早くつき合えよ」と思われてる程度の距離感のみちまゆ掌編です(めちゃくちゃ短くてごめんなさいっ!)
※パスワードは新刊メッセージフォームをご参照ください。 1043
mkm_ao
MENU🍳「おまえとふたりで朝食を」A5/30ページ 2022/3/27発行掌編連作ごはん本。
9話後、南城が桜屋敷邸に泊まり込みで薫の日常生活を手伝っている設定。
両片想い→告白&両想いに至るまで。
自家通販 https://mkmatome.booth.pm/items/3705681
おまえとふたりで朝食を憂愁のカルボナーラ「来週には脚のギプスが外れることになった」
「おお、よかったじゃねぇか」
ランチ営業が終わるタイミングでシア・ラ・ルーチェに立ち寄った薫が診察の結果を告げると、虎次郎は破顔した。
「リハビリは必要だがな」
もう、おまえの手を借りずとも生活に支障はない——そう伝えれば、今度は眉間にシワを刻む。
「うれしくないのか?」
薫の指摘に虎次郎は「あ〜……」と相槌ともつかない声を漏らして厨房へと入り、「パスタでいいかぁ?」と間延びした口調で訊いてきた。
「任せる」
愛抱夢にボードで殴打されて負傷したあと、薫は一時的に実家に戻るか、手伝いを雇って自宅での生活を続けるかの選択を迫られた。そこへ「俺が手伝うよ」と虎次郎が名乗りを上げたのだ。確かに虎次郎ならば、薫を抱き上げて介助できる腕力があるし、気心も知れている。何より、美味い飯にありつけることが約束されているではないか。薫に否やはなかった。
3246「おお、よかったじゃねぇか」
ランチ営業が終わるタイミングでシア・ラ・ルーチェに立ち寄った薫が診察の結果を告げると、虎次郎は破顔した。
「リハビリは必要だがな」
もう、おまえの手を借りずとも生活に支障はない——そう伝えれば、今度は眉間にシワを刻む。
「うれしくないのか?」
薫の指摘に虎次郎は「あ〜……」と相槌ともつかない声を漏らして厨房へと入り、「パスタでいいかぁ?」と間延びした口調で訊いてきた。
「任せる」
愛抱夢にボードで殴打されて負傷したあと、薫は一時的に実家に戻るか、手伝いを雇って自宅での生活を続けるかの選択を迫られた。そこへ「俺が手伝うよ」と虎次郎が名乗りを上げたのだ。確かに虎次郎ならば、薫を抱き上げて介助できる腕力があるし、気心も知れている。何より、美味い飯にありつけることが約束されているではないか。薫に否やはなかった。
saku8
DONEひらいてあかブータグで書いた掌編。高校三年生及岩。三人称。
地球儀 岩泉一は、慣れたしぐさで幼馴染みの部屋のふすまを開けた。主のいない部屋は、しんと静まりかえっていて、積み上げられたダンボールがところせましと置かれていた。すでにこの部屋の主は地球の裏側へと旅立っており、まもなくこのダンボールのいくつかも、主を追いかけて地球の裏側へと飛んでいく。空を飛んでいくのか、海を漂っていくのかは、岩泉にはわからないが。
主がいない部屋にやって来たのは理由があって、バレーボールの試合を録画したDVDが借りたままになっていたからだ。幼馴染みはきっと「そんなの岩ちゃんが持っててよ」と笑うだろうが、自分も十八年間過ごした宮城をまもなく離れてしまうからこそ、きちんと幼馴染みの──及川の部屋に戻しておきたかった。岩泉も慣れ親しんでいる及川の家族に渡そうとしたところ、上がって良いと言われたので、こうしてダンボールまみれの部屋に歩を進めている。
1141主がいない部屋にやって来たのは理由があって、バレーボールの試合を録画したDVDが借りたままになっていたからだ。幼馴染みはきっと「そんなの岩ちゃんが持っててよ」と笑うだろうが、自分も十八年間過ごした宮城をまもなく離れてしまうからこそ、きちんと幼馴染みの──及川の部屋に戻しておきたかった。岩泉も慣れ親しんでいる及川の家族に渡そうとしたところ、上がって良いと言われたので、こうしてダンボールまみれの部屋に歩を進めている。
いずみのかな
DONE注意書きが必要だしな、という理由で押し入れにしまっていた掌編5本です。「アイドル」…記憶喪失なんですが、ひねりなくテレ朝でやってた『刑事ゼロ』ネタ
「勉強のうた」…17年冬に発行した『早春賦』のおまけ
「新しい季節へ、きみと」…『夏を見渡す部屋』の続編のつもりでした
「プレイ ザ ゲーム」…ただの会話劇
「くちばしにチェリー」…18年に流行った魔女集会ネタの亜流でした
掌編詰め合わせアイドル「あなた、誰ですか」
そう言われたときのぞっとした気持ちを今でも覚えている。
自分が誰なのかを知らないのは、誰よりも自分自身だからだ。
「久しぶりだな」
いきなり背中を叩かれながらそう声を掛けられて、後藤は声のした方を振り向いた。
「あ、……久しぶりです」
「あら、犀川刑事部長、珍しいですね、わざわざ特車二課にお声を掛けられるなんて」
すぐ横でしのぶが涼やかに嫌味を投げかけた。
「南雲警部補は相変わらずだな」
むっとする犀川をよそにしのぶは態度を変えず、
「いえ、刑事部長におられましては、後藤警部補と大変懇意であると聞いていたので、つい」
お二人の親交を邪魔するつもりはありませんが、と続けて、少しだけ顔を硬直させた犀川の様子を、後藤はじっと眺めていた。手の震え、眉毛の動き一つ一つ、言葉に少しだけにじむ感情。そうしたものを丁寧に拾ってから、ようやく後藤は二人の間に割って入った。
14204そう言われたときのぞっとした気持ちを今でも覚えている。
自分が誰なのかを知らないのは、誰よりも自分自身だからだ。
「久しぶりだな」
いきなり背中を叩かれながらそう声を掛けられて、後藤は声のした方を振り向いた。
「あ、……久しぶりです」
「あら、犀川刑事部長、珍しいですね、わざわざ特車二課にお声を掛けられるなんて」
すぐ横でしのぶが涼やかに嫌味を投げかけた。
「南雲警部補は相変わらずだな」
むっとする犀川をよそにしのぶは態度を変えず、
「いえ、刑事部長におられましては、後藤警部補と大変懇意であると聞いていたので、つい」
お二人の親交を邪魔するつもりはありませんが、と続けて、少しだけ顔を硬直させた犀川の様子を、後藤はじっと眺めていた。手の震え、眉毛の動き一つ一つ、言葉に少しだけにじむ感情。そうしたものを丁寧に拾ってから、ようやく後藤は二人の間に割って入った。