人は、亡き人の声から忘れると言うらしい。
声から忘れて何を忘れるのかは、僕も分からない。
「……声から、か」
ベベンと三味線を鳴らして、深い溜息を付きながら煙管に手を伸ばす。
声から忘れられたら、それはそれで切ないのだろう。
煙管を咥えて紫煙を吐き出すと、煙さに眉を寄せる松陰先生を思い出す。
先生は煙草が好きではなかったし、僕の肺の弱さについても知っていた。
「晋作、またそんな物を吸っているのですか」
今でも鮮明に聞こえる先生の声に、手にした煙管を煙草盆へと置く。
「辞めさせたいのなら、口吸いの一つくらいしてくれても良かったじゃないですか」
今なら幾らでも軽口を叩けるのに、そう言いたい先生はもう居ない。
記憶を呼び起こしても、先生の姿は思い出せるのに顔がボヤけてしまう。
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