俤柄杓の入った水桶を片手に、舗装されていない土の道を歩く。昨夜の大雨で洗われた緑は、色鮮やかに、初夏の日差しにキラキラと輝いていた。御影石の並ぶそこは霊園。線香の匂いが、少し落ち着く。ここには生者の気配がしない。
二年前まで、自分が訪れていたサバイバーはそんなところだった。世間から名を隠した男が、ひっそりとやっているバー。生き残った者、という賛歌をその店の名に込めながらも、それを作った人は、殊更それを言いふらさず、静かな佇まいをしていた。店の中には彼の気配で満ちていた。テリトリー、というのだろうか。強固な守りのまじないすらかけられているような、そんな安心する空間。初めて訪れた時より、良い店だ、と思った。
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