Recent Search
    Sign in to register your favorite tags
    Sign Up, Sign In

    土蜘蛛

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと大ガマさんとホラーっぽいもの
    車両内にて ふと気付いたら電車の中だった。ここはどこ? ――学校に行く途中、電車の中。私は誰? ――私は――私だ。別に疑う余地もない。いつもの私だ。名前も経歴も特にこれといっておかしいと感じるところはない。私は私。ここは電車の中。私はまるで今生まれたばかりのようにふと目を開いて、ふとここは一体どこなのか、今はいったいいつなのか、私は誰だったのか、と何もかもが初めてであるかのようなことを考えたけれど、どれもこれも答えは簡単だった。
     寝ぼけているみたいだ。きっとそう、お昼寝で熟睡しすぎてママに叩き起こされた夕方に似ている。どうして自分がここにいるのか、わからない。自分が何をしていたのかわからない。結果だけを目の当たりにしている感じ。耳に入れたイヤホンから好きな曲が流れている。この曲を初めて聞いたのはいつ――ずっと昔――今? いつスマホの再生ボタンを押したんだろう? ワイヤレスイヤホン、お小遣いで買うには高かった――どうして手に入れたんだっけ。おばあちゃんが――だったっけ。電車の揺れる音と音楽が混じっている。聞いた、ことがある、電車の音とこの曲の――そんなの考えたこと、あっただろうか。寄りかかった電車のドアのガラス窓に、私が映って、映って、映って、映って、これは誰?
    1335

    masasi9991

    DONEなにかと戦っていた土蜘蛛さんと大ガマさん 瞬きほどの間が、あったろうか。息を呑むほどにも長閑な場面でもなかったろう。しかし眼前に影が落ちた刹那に、己は瞬きを繰り返し、息の詰まるほどの焦燥を感じた。
     長く、長く感ぜられた刹那の合間、吾輩の前へ躍り出たその身体が引き裂かれ、真っ赤な血の弾け飛ぶまでのその刹那……そして次の瞬間には血なまぐさい匂いを胸いっぱいに吸い込み、腹の内より焔の如く沸き起こった衝動に任せ、己は術を放っていた。血を流し崩れ落ちる彼奴の身体を押しのけつつ。
    「感謝しろよ。今のは半分、おれの手柄だぜ」
     やがて四辺に静寂が訪れて、怒りを以って倒れ伏した顔を覗き込むと、先手を打ってそのようなことを言う。蒼白の顔で軽口を叩く。
     頼んだ覚えもない。見縊るな。そも、吾輩の前に出るなど思い上がりも甚だしい。
     最後の術を放ったときより胸に昂り続ける炎のままに、いくつか言葉が浮かんだものの、実際は口から出ずに引っ込んだ。
     彼奴め、言うだけ言ってスッと両目を閉じている。
     文句は引っ込んだというより喉に詰まって行き場をなくした。それより慌てて彼奴の隣へ膝をついた。
     切り裂かれ襤褸になった派手な小袖の胸元へ、手を差し伸べ 649

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと小さい大ガマさんぼうぜんと


     座敷の真ん中に座布団も敷かずに座って、少しも動こうとしなかった。
    「おおい、つちぐも」
     なんだか事情がありそうな雰囲気だが、そんなのおれの知ったことじゃない。おれは土蜘蛛に用がある。だからいつものように、天井裏の梁からその脳天向かって声をかけた。
     が、やっぱり動こうともしない。
     いんやほんとを言うと、ちょっと動いた。おれに呼ばれたのはちゃんと聞こえたらしく、その瞬間にぴくり、と。しかし返事をしない。腕組んだまま。上から見える白い額に、しかめっ面のシワが浮かんでいるのが見える。
     ということは聞こえておきながら無視を決め込んでいるってえことだ。
    「つちぐも。おい、つちぐもってば」
     何度呼んでも腕組みのまま。このやろう。
    「わかったよ。もういい」
     おれは一人でへそを曲げて、梁をつたって屋根の上へ戻る。
     と見せかけて。
    「それっ」
     天井の端から勢いよくぴょんと跳んだ。じっとしていて隙だらけの、間抜けな後頭に狙いを付けて。
     目にも留まらぬ蛙のするどい飛び蹴りを、そのどたまに食らわせてやる!
    「やめんか!」
     ところがそれも読まれていて、土蜘蛛のやつ、ひょいと首 1782

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと大ガマさんと巻き込まれる大やもりさん血だるまで火だるまで災難


     うわ鼻血出てる。
     うららかな午後の日差しに大ガマの鼻血は全く心臓に良くない。しかしぎょっとして目を逸らした先にも、血が点々と……いや、そんな生易しい量じゃない。おびただしい量の血を垂れ流し、庭に血痕を引きずりながらこっちに歩いてくる。
     咄嗟に目を逸らしたけど、正解は『このまま何事もなかったかのように帰宅』だったかもしれない。
    「お、大やもり」
     声をかけられてからではもう遅い。おれはカモネギだ。
    「なに、やってんの」
    「そりゃこっちのセリフだよ」
     鼻血を手の甲で擦りながら喋るから何を言ってるのか聞き取りづらい。よく見ると顔もボコボコに腫れてるし、大ガマの声が変なのは鼻血だけのせいじゃないのかも。
    「いやおれは別に頼まれたもの持ってきただけなんだけど。いや大ガマに頼まれたやつじゃないから。ただの通りすがり」
    「いや、が多いな。なんでもかんでも否定から入るんじゃねえぞ。どんどんめんどくせえ奴になる」
     喋る途中で横を向いたかと思うと庭の池に向かってプッと唾を吐いた。唾というかほとんど血の塊。汚……見たくなくてまた目線を逸らす。こいつ人んちで何やってんだ 2669

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと小さい大ガマさん出会ったばっかりの頃居候


     さてその姿になってから、幾日か過ぎた。
     これが見た目の通り只の大蛙ではなく、妖怪か、はたまた別の何かであるのか、それについては薄々感ぜられていたことではあるけれども、あの日このような姿に変わってからは疑いようもなくなった。
     妖怪である。人の子の姿に化ける。どこにでも居るものではないが、驚くほど珍しいというわけでもない。化け蛙だ。
     正体がわかれば不思議でもない。得体の知れぬ蛙にいつまでも居座られるのはどうにもこうにも納得がいかぬものであったが、こちらと同じ妖怪となれば少しは気が許せる。
     とはいえまだ幼いこれには、小難しい話も通りそうにないが。
     しかし、突如として人に化けたものだから、未だこちらが慣れぬ。当人はまだ蛙のつもりらしく、朝起きると吾輩の額の上に腹を乗せて寝ていたりする。それが只の大蛙であるならヒンヤリとするだけで大した問題でもない。しかし実際は、五つか六つか、そのくらいの童の姿なのである。ズシリと重い。鼻も口も息が詰まる。目を開けようにも開けられない。寝惚けながら振り落とし、起き上がってみると見慣れぬ童が、まんじゅうのように丸まって座敷の上に転がっている。 1374

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと小さい大ガマさんわしづかみ


     しまった、と思ったときにはもう遅い。手を出したが手遅れだ。そも、先んじて気付かれなかった己が弛んでいるのか、ぬるいのか。ともかくその首根っこをわしづかみに持ち上げたが、どうにもならぬ。
    「ゲコ」
     のんびりと一声、あくびのような抜けた声。顔の半分はある口をぱくりと開いて鳴いた後、口も目もぎゅっと閉じる。もごもごと喉と腹を動かしている。咀嚼をしておるのだろうか。
     宙吊りに掴んだ身体をこちらに向けて、その腹をまじまじと見た。
     まったくこの子蛙がこれほど大食らいだとは知らなかった。しかも量ばかりでなく妙なものも食べたがる。悪食だ。
    「お主、腹を壊しても知らぬぞ」
     丸く膨れた腹は皮膚が薄く、濡れた緑色の内側に薄っすらと内臓、血管が透けて見える。それもどうやら日頃よりもよく見えるような、と思い目を凝らして見れば、何やら内側からほんのり光っている。昼間の座敷ではよく見えぬが。さては今食ろうた数珠のせいか。
     しかし元の玉は決して光ってはいなかった。
    「お主が呑んだがために光っておるのか? おかしな蛙だ」
    「ゲコゲコ」
     可愛げもない返事と共に薄く目を開き、真黒い翡翠のような 672

    masasi9991

    DONE改札に引っかかる土蜘蛛さん只、見返してやりたいのだ


     随分気が立っている。お館様の短気はいつものことですから、ただ皆んなしてハイハイと頷いておけばいいのです。いくら気が立っているとしてもお館様のこと、よほどのことでなければご命令に間違いはありませんでしょうし、よほどのことでなければそのうち気が済むでしょう。
    「車ですか。牛車か馬車か妖力車か。それとも所謂自家用車を手配しますか。それでどちらまで? は? 人間界のその辺をブラブラするだけのために、手配せよと? 馬鹿馬鹿しい。自分の足で行けってんだ」
     客間の入り口まで呼び出され、つらつら命じられるままにハイハイと返事をしていた者が、途中から随分な呆れ顔になった。どうにもよほどのことらしい。お茶と茶菓子を抱えて台所と客間をふよふよと往復してるだけのわたくしには、関係のないことのようですが。
    「遠いなんて何を今更。電車に乗ればすぐでしょう。ここ最近は人間界の駅まで直通のやつも出てるし、それにまさか、一人で電車に乗れないなんてその歳になって、まさか」
     一笑に付されてお館様は口をつぐんだ。ぐうの音も出ないという顔のようで、白い顔にカッと赤く血が登って、額には青筋が浮 976

    masasi9991

    DONE何かと戦っている土蜘蛛さんと大ガマさん落下


     足を滑らせた、かのように見えた。
     高く跳ね上がって、ご自慢の長い髪を振り上げる。同時に空が震える。よく晴れた雲ひとつない空が、水面のように波紋を広げた。
     錯覚である。しかしともかく、あれが妖気の波紋を広げた途端、そこで足を滑らせた。
     空を切り裂く波紋を残し、落下する。
     その仇は我々と異なる理を抱き、不可視であった。音ばかりは耳に届く。悲鳴のごとき轟音が響いた。
     空に巣食っていた目に見えぬ何者かが、目に見えぬ血しぶきを上げ、のたうち回りながら、逃げ去っていくのだった。
     地上では歓声が上がる。勝利と安堵の声を妖怪たちが上げている。
     仇は討った。逃げていく。しかしあれが、真っ逆さま、空から落ちる!
     仇の残した最後の一撃は、あれの胴を撃ち抜いた。だがまるで誰にも見えていない。ただ空で迂闊に足を滑らせたかのような。妖怪たちの軍勢は誰もその一撃を見ていない。だが落ちる。ただ一人、止めの一撃を放ったあれが真っ逆さまに落ちるのを、誰も気付いていない。
     勝利に酔った混沌の中を駆け抜けて、空白の――波紋も悲鳴も血反吐も音もかき消えた晴天の最中へ、たまらず飛び上がった。
     無我 548

    masasi9991

    DONE他愛のない喧嘩未満の土蜘蛛さんと大ガマさん追いかけっこ

     トン、トン、トン、と小気味の良い足音が空に響いている。閑静な町並みには些か騒がしいのではないか、と思われるのだが、かといって誰も天を見上げるものはない。
     人の耳には聞こえぬ音だ。彼奴が屋根から屋根へと伝って駆け跳ね回る足音。昨今の人家はかつて昔の城や要塞のりも高く天に向って伸び上がったものも多く、そこを跳ねる彼奴の足取りも、嘗てと異なる。時代の流れと共に少しずつ変わっている。
    「遅えなあ!」
     空で叫んだ。次いで、高らかに笑った。蛙の声色は、弾けるような音色である。これも天から地から四方八方あちらこちらへ響き渡ったが、無論それを聞いたのは吾輩だけであっただろう。人には聞こえぬし、低級の妖怪にも禄に聞こえまい。あれは疾すぎる。
    「早く捕まえねえとオレが全部食っちまうぜ」
     高い高い玻璃で造られた塔の上で一度立ち止まってそう言った。小袖の胸元に隠したそれをちらりと見せる。
     全く小癪な輩である。
    「まだ本気を出しておらぬだけだ」
     糸をたぐりたぐり、吾輩も塔を駆け上がる。笑い声がよく晴れた空に吹く風と一緒になって、ゆっくりとちぎれちぎれの雲を押し流す。
    「食い意地張って 920

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと大ガマさんの出会いの話袖振り合うも……


    「ナァナァ、兄さん、案内人何んか、探してんじゃねえか」
     しつこく何度も馴れ馴れしく話しかけられ、仕方なしに振り向いた。
    「お」
     と相手は驚いた顔をする。二の句を失ったかのようで、あんぐり口を開いたまま立ち止まったその男を置いて、吾輩は再び踵を返して歩き出す。街道の人の波に押されてその顔は遠ざかる。
    「あ、おい。おい。そう睨むことはねえだろうよ」
     数歩遅れて再び追いかけてくる。にしてもなんと人の多い街であろう。人もそうだが、妖怪も多い。人に紛れた者もあれば、人には隠れて往来をうろつく者もある。この中から探すのは、いかにも骨が折れる。
    「あんた田舎から出てきたんだろう」
     派手な緑の小袖を尻端折り、白いふんどしを顕にし、そのくせ肩には獣の毛皮を巻いている。いかにも傾いてだらしがない。ろくな相手ではないだろう。とはいえやくざ者と呼べるほど年季の入ったようにも見えないし、まともに取り合うだけ無駄なこと。
    「どうも歩き慣れていねえようだし、案内役を買ってやってもいいぜ」
    「田舎ではない。上方からだ」
    「やっぱりそうか。しきりにキョロキョロしてるから、そんなこったろうと 1301

    masasi9991

    DONE土蜘蛛さんと大ガマさんの出会いの話井の中

     水の湧き出るところに、そいつは落ちてきた。流れてくる水が生ぬるく濁った。なにかの死骸だろう。たまにあることだが、そのままそこで腐ってしまうと水が汚れる。この生ぬるさはきっとまだ息があるということなのだろうが、知ったことか。ともかく水から引き上げて、水源から離れたところに捨て置かなければ。
     上流へ泳いで、湧き水の泉へ、暗い水底から岸を見上げると、そのほとりから垂れ下がったような影があり、影の真ん中から赤い靄がじわじわ広がっている。白い水面を汚している。あれだ。
     湧き水によって削り取られた水底の深いところから手を伸ばし、ひっ掴んでしまおうと思った矢先、浮かび上がろうと力を込めて水底の泥を蹴ったがためか、水面は波打ち、ほとりから垂れ下がった影がつるりと落ちて、底へ沈み始めた。
     暗く深い泉の半ばですれ違う。死骸は人のそれだった。乱れた髪が水草のように絡まって、白い頬にまとわりついている。白い顔、白い頬、白い額……しかし生気を失った死骸のそれとはどうにも違う。こんなに暗い水底なのに、それはまるで光を放つほどに白かった。泥と見紛う青白い死骸の肌とは違うのだった。そしてその唇からは 1171

    masasi9991

    DONEまだ蛙の姿の小さい大ガマさんと土蜘蛛さん天気予報


     雨の匂いがすると言う。わらかぬでもない。確かに天候の変わる前、彼方より雨雲を押し運んでくる風の匂い、それは水気を含んだ彼方の土地の匂いとして、わずかに感ぜられる。
    「ヘン」
     と咳払いをした。蛙が咳払いとは不思議なものだ。蓮の葉の上に座って、小さな身体でふんぞり返る。
    「まだまだだな」
     蛙の喉から、人らしき声が。いややはり人とは少し違っている。まだうまく舌を回して言葉にするのが難しいらしく、音の一つ一つが舌っ足らずな。それに小さな身体に釣り合って、微かで、跳ねるように高い。
     その声を聞き漏らさぬために、こちらも池の淵にしゃがみ込む。
    「まだまだとはどういうことだ」
    「雨の匂いについて、まだちっともわかっちゃいないってことさ。仕方ねえな。人間てぇ、そんなもんか」
    「吾輩は妖怪だが」
    「どっちも一緒だ。どう違うのかよくわからん。少なくとも蛙じゃない」
    「蛙は特別か」
    「そうだ、特別だ。こんなに雨に親しいのは蛙だけだ」
    「それはそうかも知れぬな」
    「うん、あんたはよくわかっている。いいか、雨の匂いというのは、水の匂いや土の匂いだけを嗅いではだめだ。それだけじゃねえ、ええ、 1190