tennin5sui
DOODLEセリフいただいて短い話かくやつ!今回はマロさんからいただきました
(https://x.com/namdegnah/status/1805277781770797414?s=46&t=I8SllO0WqrU48dJMDg8mOg)
「俺に言うことがあるだろう」 駅前のチェーンの喫茶店は盛況らしく、蜜柑と檸檬が座席に座った直後に、サラリーマンらしき男が駆け込んできた。慌ただしくカウンター席に座り、アイスコーヒーを注文する。二人はテーブル席に腰を下ろし、先ほどのサラリーマンに倣ったわけではないが、メニューを差し出される前に飲み物を注文した。
席につき、荷物を下ろす。蜜柑はカバンの中から単行本をとりだした。その本を置くか置かないかのところで、檸檬が
「なあ蜜柑。俺に言うことがあるだろ」
と切り出してきた。蜜柑は檸檬から視線を逸らし、店内を見回す。店員が水とおしぼりを持ってきたので、テーブルの上に置いた単行本を端に避ける。徐々に夏らしい暑さが目立つようになってきたものの、冷房の効いた店内では温かいおしぼりが嬉しい。
2267席につき、荷物を下ろす。蜜柑はカバンの中から単行本をとりだした。その本を置くか置かないかのところで、檸檬が
「なあ蜜柑。俺に言うことがあるだろ」
と切り出してきた。蜜柑は檸檬から視線を逸らし、店内を見回す。店員が水とおしぼりを持ってきたので、テーブルの上に置いた単行本を端に避ける。徐々に夏らしい暑さが目立つようになってきたものの、冷房の効いた店内では温かいおしぼりが嬉しい。
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DOODLEセリフをいただいて短いお話を書くやつ!今回はshishiriさんからいただきました
https://x.com/shishi04149290/status/1805005658552680833
「指一本、触れさせない」 仕事の用事で書類を複製する必要ができた。依頼主が書類を一部しか持参してきておらず、檸檬の分が足りなくなったためだ。
たしかに、契約には蜜柑一人しかやって来ていない。とはいえ、コンビを組んでいる者たちだと分かって依頼をしてきていて、書類が一人分しかないのは、あまりに無作法ではないだろうか、と思わないでもないが、請けてしまったものは仕方がない。
たしか、コンビニにはコピー機が設置されていたはずだ。運良く駐車場の広いコンビニを道の脇に発見した。昼過ぎで、車はまばらだ。なるべく車の少ないところに駐車して、書類を片手に入店する。入り口近く、雑誌のラックの側にコピー機が設置してあるが、既に先客がいた。大学生くらいの青年で、課題のレポートの出力でもしているのか、機械から吐き出される紙は、すでにダブルクリップで留めるような厚みに達している。
1283たしかに、契約には蜜柑一人しかやって来ていない。とはいえ、コンビを組んでいる者たちだと分かって依頼をしてきていて、書類が一人分しかないのは、あまりに無作法ではないだろうか、と思わないでもないが、請けてしまったものは仕方がない。
たしか、コンビニにはコピー機が設置されていたはずだ。運良く駐車場の広いコンビニを道の脇に発見した。昼過ぎで、車はまばらだ。なるべく車の少ないところに駐車して、書類を片手に入店する。入り口近く、雑誌のラックの側にコピー機が設置してあるが、既に先客がいた。大学生くらいの青年で、課題のレポートの出力でもしているのか、機械から吐き出される紙は、すでにダブルクリップで留めるような厚みに達している。
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DOODLE部屋になにかが住んでいる……にしようとしたのに失敗した怪奇!勝手に進んでいくセーブデータ ゲーム機の電源を入れ、セーブデータを選択しようとしたところで、ん?と頭を捻った。電源を落としてゲームソフトを取り出し、タイトルを確認する。有名な横スクロールゲームのタイトルだ。画面の中の小さなキャラクターがちょこまかと動き、敵を避けたり、攻撃したりしながら、ゴールへ向かう。間違いなく、檸檬が借り受けたソフトだ。
もう一度セットし直して、電源ボタンを押す。タイトル画面でAボタンを押すと、ナンバリングされたセーブデータのスロットが三つ並ぶ。それぞれ別のデータを保存することができ、任意でつけられるプレイヤー名と、進行度を表す章番号が表示され、檸檬はそのうちの上から二番目のデータを進めていた。一番上のデータは持ち主のもので、ゲーム機ごと渡された際に、このデータを触ってはならない、と厳命されている。
2786もう一度セットし直して、電源ボタンを押す。タイトル画面でAボタンを押すと、ナンバリングされたセーブデータのスロットが三つ並ぶ。それぞれ別のデータを保存することができ、任意でつけられるプレイヤー名と、進行度を表す章番号が表示され、檸檬はそのうちの上から二番目のデータを進めていた。一番上のデータは持ち主のもので、ゲーム機ごと渡された際に、このデータを触ってはならない、と厳命されている。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「動物園」 男の暴れっぷりはそれは大変なもので、起き抜けに、よくこんなにも元気に動けるもんだと感心した。
「俺たちもよ、痛めつけたいってわけじゃねえのによ。あんなに抵抗されると、参っちまうよな」
檸檬は男から奪った、また嵌めていた指が付属したままの指輪を宙に放り投げてはキャッチして遊んでいる。夜空に上げられた指と指輪は、宙に舞うと黒っぽい影になって、また元の通り檸檬の手元に戻ってくる。
「おい、依頼された品物で遊ぶな。指輪がどこかへ飛んで行ったらどうする気だ」
檸檬の乱暴な扱いに不安を覚え、釘を刺す。檸檬は叱られたのが気に食わないのか、不満げな様子を隠さずに
「面倒がないように、わざわざ寝込みを狙って行ってやったってのによ。指輪が外れないなんて思うか?」
1803「俺たちもよ、痛めつけたいってわけじゃねえのによ。あんなに抵抗されると、参っちまうよな」
檸檬は男から奪った、また嵌めていた指が付属したままの指輪を宙に放り投げてはキャッチして遊んでいる。夜空に上げられた指と指輪は、宙に舞うと黒っぽい影になって、また元の通り檸檬の手元に戻ってくる。
「おい、依頼された品物で遊ぶな。指輪がどこかへ飛んで行ったらどうする気だ」
檸檬の乱暴な扱いに不安を覚え、釘を刺す。檸檬は叱られたのが気に食わないのか、不満げな様子を隠さずに
「面倒がないように、わざわざ寝込みを狙って行ってやったってのによ。指輪が外れないなんて思うか?」
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DOODLE2024年猫の日猫の抱っこが下手くそ蜜柑 朝から雨が降った。
日頃から仲良くさせていただいている野良猫は元気だろうか。寒い思いをしていないかと、足早に帰り道を歩く。登下校の道中には、あまり車の入っていない、ビルに併設された私用の駐車場がある。私のお気に入りの野良猫ご用達の日向ぼっこスポットだが、今朝は姿が見えず、アスファルトが濡れて黒っぽくなっていた。
猫は灰色の体を駐車場に横たえて、私が近寄っていくと、無愛想な小さな目をこちらに向けることなく、やれやれといった顔で座り直す。隣に座ると、寒い日には、膝に乗って来ることもあった。
雨が降るのは今日が初めてではないし、猫がいつもの場所にいないのも、もちろん初めてではない。私が心配しているのは、自動車を運転する人たちに向けた「野生動物に注意!」のポスターが、最近貼られ始めたからだ。
1475日頃から仲良くさせていただいている野良猫は元気だろうか。寒い思いをしていないかと、足早に帰り道を歩く。登下校の道中には、あまり車の入っていない、ビルに併設された私用の駐車場がある。私のお気に入りの野良猫ご用達の日向ぼっこスポットだが、今朝は姿が見えず、アスファルトが濡れて黒っぽくなっていた。
猫は灰色の体を駐車場に横たえて、私が近寄っていくと、無愛想な小さな目をこちらに向けることなく、やれやれといった顔で座り直す。隣に座ると、寒い日には、膝に乗って来ることもあった。
雨が降るのは今日が初めてではないし、猫がいつもの場所にいないのも、もちろん初めてではない。私が心配しているのは、自動車を運転する人たちに向けた「野生動物に注意!」のポスターが、最近貼られ始めたからだ。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」ほとんど前回でおしまいだったから蛇足かもしれない
第八話 人気がなくなったはずの廃墟は、最初に訪れた時と変わらない雰囲気を保っていた。
庭に飛んでいた虫が一匹居なくなったからといって、人間の目には何も変わらないように見えるのと同じで、すぐ目の前にいた少女が消えたというのに、この庭は淡白な静かさに覆われている。
二人は唾を吐きかけられた目を擦りながら周囲を見回した。改めて見れば、廃墟は和風と洋風の過渡期に建てられたかのような様相をしていた。当時から見れば最先端、今眺めてみると中途半端の古臭い家で、その上誰も住みたがらないであろう田舎にあるのならば、打ち捨てらるのも頷ける。
「ハロウィンが何だか知らねえけど、随分好き勝手遊んでいきやがったな、あいつ」
檸檬が先ほどまで少女が座っていた辺りをスニーカーの爪先で突きながら言う。
1077庭に飛んでいた虫が一匹居なくなったからといって、人間の目には何も変わらないように見えるのと同じで、すぐ目の前にいた少女が消えたというのに、この庭は淡白な静かさに覆われている。
二人は唾を吐きかけられた目を擦りながら周囲を見回した。改めて見れば、廃墟は和風と洋風の過渡期に建てられたかのような様相をしていた。当時から見れば最先端、今眺めてみると中途半端の古臭い家で、その上誰も住みたがらないであろう田舎にあるのならば、打ち捨てらるのも頷ける。
「ハロウィンが何だか知らねえけど、随分好き勝手遊んでいきやがったな、あいつ」
檸檬が先ほどまで少女が座っていた辺りをスニーカーの爪先で突きながら言う。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」またぼんやりした話になっちゃった
第七話 まだ六歳くらいの子どもに耳打ちされたのは、
「あの子はねえ、お城のとこにいてねえ、色んなお話をしてくれるの。すごく綺麗なの」
という要領の得ない説明で、詳しく聞こうと顔を上げたところで、きゃあきゃあと悲鳴のような、楽しげな声を上げて駆けて逃げてしまった。校内へ回って捕まえて、案内しろと言っても良かったが、もう少し年上の少年がいかにも不審げな目線を向けてきていたので、檸檬に「仕方ない。それらしい場所を探すぞ」と耳打ちをしてその場は立ち去ることにした。
仕事に疲れて屋外で夜を明かして以来、二人の目玉は不調をきたしていた。
目が覚めて、見回した草原には、朝露のような光が散っており、眩暈かと幾度もまばたきをしてみたがおさまらない。檸檬も同じ症状を発していたようで、手持ちの目薬を打ってみたが治らず、応急措置としてガーゼの眼帯を装着したところで、この症状の問題点が浮き彫りになった。
1667「あの子はねえ、お城のとこにいてねえ、色んなお話をしてくれるの。すごく綺麗なの」
という要領の得ない説明で、詳しく聞こうと顔を上げたところで、きゃあきゃあと悲鳴のような、楽しげな声を上げて駆けて逃げてしまった。校内へ回って捕まえて、案内しろと言っても良かったが、もう少し年上の少年がいかにも不審げな目線を向けてきていたので、檸檬に「仕方ない。それらしい場所を探すぞ」と耳打ちをしてその場は立ち去ることにした。
仕事に疲れて屋外で夜を明かして以来、二人の目玉は不調をきたしていた。
目が覚めて、見回した草原には、朝露のような光が散っており、眩暈かと幾度もまばたきをしてみたがおさまらない。檸檬も同じ症状を発していたようで、手持ちの目薬を打ってみたが治らず、応急措置としてガーゼの眼帯を装着したところで、この症状の問題点が浮き彫りになった。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」今日あたりでモブが出張るのもおしまい、のはず!
第六話 校庭に城ができたんだってよ。
どこからか伝え聞いてきたように語る口調で、詰まらない冗談を友人の佐藤が言うのは珍しいことではないので、何ができたって?と一応聞き返した。
「だから、城がだよ」「シロってなんだよ」「城は城だよ。キャッスルだよ」
不毛なやりとりになりかけたのを察したのか、佐藤は焦ったそうに、いいから来いっての、と乱暴に俺の手を引っ張った。
「どうせまた公園行くんだから、今出かけたって一緒だろ」
「一緒じゃない。宿題終わってからじゃないと大変なんだよ」
頭いいんだから、帰ってすぐやれば終わるだろ、という理屈で押し切られるのは目に見えていたが、常に佐藤の行動に素直に付き従っていたら身を滅ぼす。なので、度を越した要求をされる場合は、行動の責任の一端はお前にあるんだぞ、という釘を刺すようにしている。なお今回、佐藤は「宿題なんて、昼休みまでに職員室のノートの束に紛れ込ませておけばバレねーんだよ」と、想像していたよりも邪悪な考えを披露したが、なんとか寝る前までに取り組んで宿題を終わらせたことを名誉にかけて述べておく。
2890どこからか伝え聞いてきたように語る口調で、詰まらない冗談を友人の佐藤が言うのは珍しいことではないので、何ができたって?と一応聞き返した。
「だから、城がだよ」「シロってなんだよ」「城は城だよ。キャッスルだよ」
不毛なやりとりになりかけたのを察したのか、佐藤は焦ったそうに、いいから来いっての、と乱暴に俺の手を引っ張った。
「どうせまた公園行くんだから、今出かけたって一緒だろ」
「一緒じゃない。宿題終わってからじゃないと大変なんだよ」
頭いいんだから、帰ってすぐやれば終わるだろ、という理屈で押し切られるのは目に見えていたが、常に佐藤の行動に素直に付き従っていたら身を滅ぼす。なので、度を越した要求をされる場合は、行動の責任の一端はお前にあるんだぞ、という釘を刺すようにしている。なお今回、佐藤は「宿題なんて、昼休みまでに職員室のノートの束に紛れ込ませておけばバレねーんだよ」と、想像していたよりも邪悪な考えを披露したが、なんとか寝る前までに取り組んで宿題を終わらせたことを名誉にかけて述べておく。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」ちょっと和風っぽくなっちゃった
第五話 山の方から笛の音がする。
友人にそう言ったら笑われた。
「鐘の音じゃないの」
興味なさげに返事をされる。確かに山寺の鐘の音が聞こえてくることは、たびたびある。定刻ごとに鳴る鐘の音が、夕方などにはよく響く。けれど、その聞き慣れた音とは全く違うのだ。
音楽に詳しいわけではないので、どういう名前の楽器かも分からないが、誰かが練習をしているのかもしれない。もしかしたら、お坊さんに音楽趣味があるのかもしれない。
愛理は山に目を向ける。
「そういえば、愛理、駅にお迎えに行かなきゃいけなかったんじゃないの。誰だっけほら、伯父さん?」
私も正確にはよく知らない。お世話になったおじさん、という言い方をされたから、もしかしたら親戚ですらないのかもしれない。そのおじさんが来るから、駅までお迎えに上がれ、ということらしい。バスも少ない田舎で、目的の家に辿り着くのは難易度が高いだろう。
1713友人にそう言ったら笑われた。
「鐘の音じゃないの」
興味なさげに返事をされる。確かに山寺の鐘の音が聞こえてくることは、たびたびある。定刻ごとに鳴る鐘の音が、夕方などにはよく響く。けれど、その聞き慣れた音とは全く違うのだ。
音楽に詳しいわけではないので、どういう名前の楽器かも分からないが、誰かが練習をしているのかもしれない。もしかしたら、お坊さんに音楽趣味があるのかもしれない。
愛理は山に目を向ける。
「そういえば、愛理、駅にお迎えに行かなきゃいけなかったんじゃないの。誰だっけほら、伯父さん?」
私も正確にはよく知らない。お世話になったおじさん、という言い方をされたから、もしかしたら親戚ですらないのかもしれない。そのおじさんが来るから、駅までお迎えに上がれ、ということらしい。バスも少ない田舎で、目的の家に辿り着くのは難易度が高いだろう。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」微ホラー?かも?
第四話 潔癖というほどではないが、部屋の掃除は毎日しないと、何となく落ち着かない。かといって、平日に帰宅し、夕飯や洗濯などを全て済ませた後となると、それなりに遅い時間帯になる。掃除機などはもってのほかだ。使い捨て式の掃除用ワイパーなどを使用していたのだが、それでは取りきれないゴミが気になるようになり、シュロ箒購入した。
そもそもが綺麗好きというよりは、なんとなく座りが悪い、という心理的な問題で掃除をしていたために、箒を使っての掃除はいかにも綺麗にしました、という達成感があって、意外に気に入った。音も出ない。周囲に迷惑をかけることもない。
ただ、気になることがあった。
夜半、さて箒をかけるかと手に取り床を掃いていると、物音がするのだ。初めは隣人が騒いでいるのかと思った。これまでに隣人との騒音問題とは無縁だったので、意外に思っていたのだが、よくよく気にしてみると音は壁を隔てた向こう側ではなく、どうも室内から聞こえてくる気がする。
1954そもそもが綺麗好きというよりは、なんとなく座りが悪い、という心理的な問題で掃除をしていたために、箒を使っての掃除はいかにも綺麗にしました、という達成感があって、意外に気に入った。音も出ない。周囲に迷惑をかけることもない。
ただ、気になることがあった。
夜半、さて箒をかけるかと手に取り床を掃いていると、物音がするのだ。初めは隣人が騒いでいるのかと思った。これまでに隣人との騒音問題とは無縁だったので、意外に思っていたのだが、よくよく気にしてみると音は壁を隔てた向こう側ではなく、どうも室内から聞こえてくる気がする。
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DOODLE果物版ワンドロワンライ:お題「ハロウィン」ラブストーリーっぽい話になっちゃったけどラブストーリー書くのすごく苦手だということに気づいた
第三話 よく通っている喫茶店の店員のことが、最近気になっている。気になる人がいるのだ、友人に言ってみたところ、ドラマかよ、と笑われ、突然真顔になったかと思えば「ショートカットだろ?」と問いただされた。
「たしかにショートカットだ」
と、頭にその子の姿を思い浮かべながら答える。根本が黒くなっている脱色した明るい短髪は刈り上げに近く、いつも似たような白いトレーナー身につけ、その上に喫茶店のエプロンを掛けていて、細身のパンツがよく似合っていた。
だろうな、と分かったような顔で笑われたので、つい言い返したくなる。
「あのな、初恋否定論者の俺がこんなこと言ってるんだぞ。もっと驚くべきじゃないのか」
「初恋否定論者はえてして初恋にころっといかれるもんだろ。それにな、飯塚。おまえは初恋否定派という以上に短髪が好きだ。自覚してなかったのか」
2024「たしかにショートカットだ」
と、頭にその子の姿を思い浮かべながら答える。根本が黒くなっている脱色した明るい短髪は刈り上げに近く、いつも似たような白いトレーナー身につけ、その上に喫茶店のエプロンを掛けていて、細身のパンツがよく似合っていた。
だろうな、と分かったような顔で笑われたので、つい言い返したくなる。
「あのな、初恋否定論者の俺がこんなこと言ってるんだぞ。もっと驚くべきじゃないのか」
「初恋否定論者はえてして初恋にころっといかれるもんだろ。それにな、飯塚。おまえは初恋否定派という以上に短髪が好きだ。自覚してなかったのか」
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DOODLE果物版ワンドロワンライ:お題「ハロウィン」怪奇探偵果物!的な
第二話 信号が青になり、一歩踏み出そうとした瞬間に右足が取られ、転びそうになるのを踏ん張って堪えた。一緒に信号待ちをしていた二、三人がちらり、とこちらを見つめてくる。クスクスという笑い声が聞こえるような気がして恥ずかしくなり、何でもないような顔で大学への通学路を足早に進む。
相田歩が何もない場所で躓くようになったのはここ数日のことだ。
元々そそっかしい性格ではあった。けれど、朝布団から出た瞬間に転びそうになったり、玄関のドアでつまづいたり、日に何度も転ぶようなことはなかった。些細な事故ではあるが、これほど連続して続くと不安になるものだ。
そのうち、瑣末な事故が徐々に大きくなり、交通事故にでも巻き込まれるのではないか、と考えてみたりもする。
1117相田歩が何もない場所で躓くようになったのはここ数日のことだ。
元々そそっかしい性格ではあった。けれど、朝布団から出た瞬間に転びそうになったり、玄関のドアでつまづいたり、日に何度も転ぶようなことはなかった。些細な事故ではあるが、これほど連続して続くと不安になるものだ。
そのうち、瑣末な事故が徐々に大きくなり、交通事故にでも巻き込まれるのではないか、と考えてみたりもする。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「ハロウィン」次回に続くので今回べつに何のお話もないし楽しくはない
ハロウィン第一話 秋の夜の冷え切った空気は足先からじわじわと体温を奪っていく。
耐えきれずに目を開けた。枯れ草の増えた河原は寝心地が悪かった。枯れ果てているくせに、チクチクと尖った葉先が薄いシャツや、靴下とスラックスの隙間を狙っているかのように刺さってくる。よく見れば、小さな人影が皮膚を狙って、枯れ草を槍のように構えて突き刺してきているのだ。軽く手で払うと、笑いながら草むらに消える。
風が強く吹くと、どこに隠れていたのか、大量の虫が飛び出てきた。キリギリスの長い触覚が風に吹かれ、そしてキリギリスの背の上にも人影が見えた。こんなに小さなものが人間である訳がないのだから、人影というのも的外れなのだろうが、他の呼称が分からない。小さな生き物は触覚を手綱のように引き、器用に昆虫たちを操る。
1409耐えきれずに目を開けた。枯れ草の増えた河原は寝心地が悪かった。枯れ果てているくせに、チクチクと尖った葉先が薄いシャツや、靴下とスラックスの隙間を狙っているかのように刺さってくる。よく見れば、小さな人影が皮膚を狙って、枯れ草を槍のように構えて突き刺してきているのだ。軽く手で払うと、笑いながら草むらに消える。
風が強く吹くと、どこに隠れていたのか、大量の虫が飛び出てきた。キリギリスの長い触覚が風に吹かれ、そしてキリギリスの背の上にも人影が見えた。こんなに小さなものが人間である訳がないのだから、人影というのも的外れなのだろうが、他の呼称が分からない。小さな生き物は触覚を手綱のように引き、器用に昆虫たちを操る。
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DOODLEバーティ…アスパロ読んでないと楽しくないかも?ってくらい間口狭く書いてます。
でも読みたかったんです
某妖霊召喚児童書パロ1.妖霊召喚
空気中の水分が凍っているのか、それが蝋燭の僅かな光に反射して、部屋中が細かく光っている。厚いカーテンが微かに揺らめいた。部屋を照らす小さな電灯は一段暗くなったように見えるのに、蝋燭だけは変わらず燃え続け、炎が揺れることなく、静かに蝋が垂れるばかりだ。
気づけば部屋の中央に描かれたペンタクルの中には、溢した覚えのない水滴が落ちていた。その雫は、まるで床から浸み出しているかのように体積を増す。それと同時に、カビのような臭いが部屋中に広がっていった。水滴だったものは、膨らみながら大きな水球となり、床から浮かび上がる。身悶えするように幾度も形を変えながら、やがて水球は床に再び着地した。
2.軽薄な悪魔
1384空気中の水分が凍っているのか、それが蝋燭の僅かな光に反射して、部屋中が細かく光っている。厚いカーテンが微かに揺らめいた。部屋を照らす小さな電灯は一段暗くなったように見えるのに、蝋燭だけは変わらず燃え続け、炎が揺れることなく、静かに蝋が垂れるばかりだ。
気づけば部屋の中央に描かれたペンタクルの中には、溢した覚えのない水滴が落ちていた。その雫は、まるで床から浸み出しているかのように体積を増す。それと同時に、カビのような臭いが部屋中に広がっていった。水滴だったものは、膨らみながら大きな水球となり、床から浮かび上がる。身悶えするように幾度も形を変えながら、やがて水球は床に再び着地した。
2.軽薄な悪魔
tennin5sui
DONE絵描きさんのイラストから小説書かせていただきました!柴田さんのこちらのイラストです( https://twitter.com/8takigami8/status/1612415597790531585?s=20 )
ありがとうございます!
囚人 囚人服が縞模様だという習慣は、とうに廃れたのではなかったか、と蜜柑は抗議した。店長はこちらに背中を向けてドリンクの在庫を確認していたが、分かってないなあ、と呆れたように言うと、顔だけでこちらをチラリと振り返る。
「お客さんはね、別にリアリティを求めて来てるわけじゃないの。雰囲気がそれっぽいってことが、大事なわけ」
「だったら余計、縞々の服なんかじゃなくて、グレーのTシャツだとか、そういう服の方がしっくりくるんじゃねえの」
服の裾を引っ張りながらも、ままごとめいた状況を面白がっている様子の檸檬が口を挟む。
「あのねえ。それっぽいっていうのは、アイコンなわけ。分かる?それっぽさっていうアイコンがあって、それに則ってこそ成立するものなの。雰囲気が大事だって、さっきも言ったでしょ。本格的だったって、楽しくないわけよ」
1925「お客さんはね、別にリアリティを求めて来てるわけじゃないの。雰囲気がそれっぽいってことが、大事なわけ」
「だったら余計、縞々の服なんかじゃなくて、グレーのTシャツだとか、そういう服の方がしっくりくるんじゃねえの」
服の裾を引っ張りながらも、ままごとめいた状況を面白がっている様子の檸檬が口を挟む。
「あのねえ。それっぽいっていうのは、アイコンなわけ。分かる?それっぽさっていうアイコンがあって、それに則ってこそ成立するものなの。雰囲気が大事だって、さっきも言ったでしょ。本格的だったって、楽しくないわけよ」
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DONE絵描きさんのイラストから小説を書かせていただきました!🤧さんの、あの洗面台の前で朝の身支度をしているイラストです
ありがとうございました!
夏休み 複数人で暮らす時に、不便で困る場所はトイレ、リビング、そして朝の洗面所だ。時間のない朝は誰にとっても同じように訪れ、そして、忙しい時間は大抵の場合、被る。そうなったら、お互いの距離感を測り、気を使いながら支度をするしかない。例えば、洗面台を使う前に、キッチンに行ってお湯を沸かす、といった日頃一番にやらない行動をとったりして時間を調節し、場合によっては洗面台の使用を諦め、代わりに流しを代用することもあった。
蜜柑も檸檬も、最初は煩わしさに閉口した。しかし、よくよく考えてみれば、洗面所が混雑するのは、水道を複数人で使おうとしているためだ。洗面台の前に二人で陣取ったとしても、一人ずつ水を使えば困ることはない。そうして生活しているうちに、自然と二人は同時に洗面所を使用する術を身に付けていた。こうして他人の部屋に居座って一週間もすれば、嫌でも慣れるものだ。
1456蜜柑も檸檬も、最初は煩わしさに閉口した。しかし、よくよく考えてみれば、洗面所が混雑するのは、水道を複数人で使おうとしているためだ。洗面台の前に二人で陣取ったとしても、一人ずつ水を使えば困ることはない。そうして生活しているうちに、自然と二人は同時に洗面所を使用する術を身に付けていた。こうして他人の部屋に居座って一週間もすれば、嫌でも慣れるものだ。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「浴衣」 流れるように人が詰めかけてくる。
その人数は、道を歩く人々が片端からこの小さな部屋に雪崩れ込んできているんじゃないか、と真剣に考えてしまうほどだ。やってくる女性たちは、わざわざ着替える必要はないのではないか、というくらい華やかな色合いの外行きの服を身につけている。それでも、彼女たちは嬉々として見た目に涼しげな、薄手の布地を緩く纏わせて、観光地へ繰り出して行く。
もっとも、蜜柑も檸檬も着替えの手伝いをするわけにもいかず、裏方で、二人には用途の分からない大量の布やら紐やらの入った段ボール箱の運搬をして、表の華やかさとは真反対の汗臭いTシャツで顔を拭っていた。
古刹が道なりに並ぶ、風光明媚な観光地は夏休みに合わせたかき入れ時で、この着物店の着付けの予約はスケジュール帳一杯に詰まっていた。来る客、来る客に手際良く浴衣を当てがい、帯を締め、会計を済ませる様は夏祭りの屋台を思わせる。今日の二人は、その戦場に物資を届ける補給係という役回りだった。すなわち、単純な力仕事である。
1337その人数は、道を歩く人々が片端からこの小さな部屋に雪崩れ込んできているんじゃないか、と真剣に考えてしまうほどだ。やってくる女性たちは、わざわざ着替える必要はないのではないか、というくらい華やかな色合いの外行きの服を身につけている。それでも、彼女たちは嬉々として見た目に涼しげな、薄手の布地を緩く纏わせて、観光地へ繰り出して行く。
もっとも、蜜柑も檸檬も着替えの手伝いをするわけにもいかず、裏方で、二人には用途の分からない大量の布やら紐やらの入った段ボール箱の運搬をして、表の華やかさとは真反対の汗臭いTシャツで顔を拭っていた。
古刹が道なりに並ぶ、風光明媚な観光地は夏休みに合わせたかき入れ時で、この着物店の着付けの予約はスケジュール帳一杯に詰まっていた。来る客、来る客に手際良く浴衣を当てがい、帯を締め、会計を済ませる様は夏祭りの屋台を思わせる。今日の二人は、その戦場に物資を届ける補給係という役回りだった。すなわち、単純な力仕事である。
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DOODLE通販のお礼につけてた短文。蜜柑がだいぶもごもごしてるので苦手な方は注意です檸蜜好きなんだな、と気づいた瞬間に脳裏をよぎったのは「人生は近くで見ると悲劇だが、遠くから見ると喜劇だ」というチャップリンの言葉で、実際その通りだから笑えてしまう。俺が檸檬に対して抱く感情に甘さを見出した瞬間、痺れるような胸の痛みと莫迦莫迦しいなという嘲笑を同時に抱いた。
理由も分からない、どこにも行かないでほしいという気持ちで檸檬を縛りたいわけではない。そもそも、相棒として培った、この関係の中で出来上がった感情を、これ以上捏ねくり回す必要などあるのだろうか。今が最上な関係じゃないのか、という葛藤、そんな葛藤すら抱きたくはなかった。
今日の昼に、檸檬を褒めた。いや、褒めたというほどの言葉を掛けたわけではない。いいじゃないか、と同意した程度のことだ。それでも檸檬は、満足そうに笑った。
1175理由も分からない、どこにも行かないでほしいという気持ちで檸檬を縛りたいわけではない。そもそも、相棒として培った、この関係の中で出来上がった感情を、これ以上捏ねくり回す必要などあるのだろうか。今が最上な関係じゃないのか、という葛藤、そんな葛藤すら抱きたくはなかった。
今日の昼に、檸檬を褒めた。いや、褒めたというほどの言葉を掛けたわけではない。いいじゃないか、と同意した程度のことだ。それでも檸檬は、満足そうに笑った。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「カメラ」盗人たけだけしい「後生大事そうにカメラを抱えてるけどな、実際のところ、何が大事なのか分かってんのかよ」
檸檬の言い分は、涙目の少年には通じていないように見えた。少年が抱えているカメラはどう見ても高級品だった。一眼レフと呼ぶのだろうか。百人にカメラを描きなさい、と指示をしたら、九十九人ともこうした、レンズの部分が出っ張った、重たそうな四角い物体を描いて寄越すだろう。残りの一人は絵心がない。
ちょっと見たところ、地面に落として、土っぽくはあるが、どこも故障しているようには見えない。精密機械はいかにも壊れました、という顔をしないから、外見で故障の判断をつけるのは難しいが、少年が大袈裟に怯え過ぎているのではないか、と蜜柑は思う。
1990檸檬の言い分は、涙目の少年には通じていないように見えた。少年が抱えているカメラはどう見ても高級品だった。一眼レフと呼ぶのだろうか。百人にカメラを描きなさい、と指示をしたら、九十九人ともこうした、レンズの部分が出っ張った、重たそうな四角い物体を描いて寄越すだろう。残りの一人は絵心がない。
ちょっと見たところ、地面に落として、土っぽくはあるが、どこも故障しているようには見えない。精密機械はいかにも壊れました、という顔をしないから、外見で故障の判断をつけるのは難しいが、少年が大袈裟に怯え過ぎているのではないか、と蜜柑は思う。
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DOODLEゆるゆる版果物ドロライ:お題「扇風機」気ままに暮らす 最近檸檬がおじさんと知り合いになったらしい。おじさんとは誰だと聞いたが、俺が知るかと返された。大抵家にいるからいつ行ったって会えるのだという情報から、定年を迎えた男か、それとも有閑階級かと想像していたが、実際に会ってみるとそれなりの老人であって、のんびりした様子であったから、そのどちらとも断定しかねた。
老人はぼさついた頭で、縁側で日向ぼっこをし、檸檬の挨拶が聞こえると老眼鏡を外しながら、およそ人前に出る格好ではない襦袢姿を恥じらいもせずに、こちらに近づいてくる。背の低い生垣越しに「昼間っから何をしてるんだ」と呆れたように言い放った。
「暇だったんだよ。ほら、これがダグラスだ」
「どう見ても日本人に見えるが」
1517老人はぼさついた頭で、縁側で日向ぼっこをし、檸檬の挨拶が聞こえると老眼鏡を外しながら、およそ人前に出る格好ではない襦袢姿を恥じらいもせずに、こちらに近づいてくる。背の低い生垣越しに「昼間っから何をしてるんだ」と呆れたように言い放った。
「暇だったんだよ。ほら、これがダグラスだ」
「どう見ても日本人に見えるが」
tennin5sui
DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「雷雨」電線崩壊 ピシャリと打ち切られるように電気が消えた。その辺りで落ちたのだろうと容易に想像のつく酷い音で、雷が鳴ったのだ。
こんな夜更けに停電か、真っ暗になってしまったな、という気持ちと、いや、日中だったらもっと面倒なことになった可能性もある、と冷静な考察とが頭の中に浮かぶ。だが、檸檬の楽天的な性格であれば、どちらにしたって困りはしない。
檸檬は先ほどまでパラパラとめくっていた、蜜柑が最近読んでいる文庫本をそっと卓上に戻した。激しい稲妻を走らせた空は、一仕事終えて満足し、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながらどこかへ遠ざかっていく。
停電はすぐには復旧しないだろう。弱ったな、と頭を掻く。自分の部屋ならばよかったのだが、蜜柑の部屋のどこに懐中電灯や蝋燭なんかの非常灯が準備されているのか分からない。体を折り曲げて小さな収納に手を突っ込んでみるが、何かの書類のようなものしか入っていない。次の段、次の収納と立て続けに手を伸ばすが、鍵やら、カードやら、ガムテープのような消耗品ばかりが手に触れる。
1351こんな夜更けに停電か、真っ暗になってしまったな、という気持ちと、いや、日中だったらもっと面倒なことになった可能性もある、と冷静な考察とが頭の中に浮かぶ。だが、檸檬の楽天的な性格であれば、どちらにしたって困りはしない。
檸檬は先ほどまでパラパラとめくっていた、蜜柑が最近読んでいる文庫本をそっと卓上に戻した。激しい稲妻を走らせた空は、一仕事終えて満足し、猫のようにゴロゴロと喉を鳴らしながらどこかへ遠ざかっていく。
停電はすぐには復旧しないだろう。弱ったな、と頭を掻く。自分の部屋ならばよかったのだが、蜜柑の部屋のどこに懐中電灯や蝋燭なんかの非常灯が準備されているのか分からない。体を折り曲げて小さな収納に手を突っ込んでみるが、何かの書類のようなものしか入っていない。次の段、次の収納と立て続けに手を伸ばすが、鍵やら、カードやら、ガムテープのような消耗品ばかりが手に触れる。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「舞台」鏡板の松 縁側から眺めると、塀に沿って盆栽がいくつも並んでいる。大半は松だ。いくつかは梅や楓なんかで、色付くさまが鑑賞者には見目麗しく写るものだが、今は季節外れの風に晒されて白っぽく乾いて見えるので、檸檬には違いなんてさっぱり分からない。
「邪魔だ」と簡潔に述べて、蜜柑が檸檬の背中を箒で叩く。大人しく、既に蜜柑が掃いた辺りに移動すると、淡々と縁側から埃を掃き出していく。
別段、掃除をサボっている訳でなはない。流しなんかの水周りは軽く清め終えたし、埃の掃き出しを申し出た蜜柑が、未だ掃除を続けているだけだ。一人で単純な作業をしているのもつまらないだろうな、と思って、話しかけてさえいる。いっそ、親切だと言えるのではないだろうか。
1853「邪魔だ」と簡潔に述べて、蜜柑が檸檬の背中を箒で叩く。大人しく、既に蜜柑が掃いた辺りに移動すると、淡々と縁側から埃を掃き出していく。
別段、掃除をサボっている訳でなはない。流しなんかの水周りは軽く清め終えたし、埃の掃き出しを申し出た蜜柑が、未だ掃除を続けているだけだ。一人で単純な作業をしているのもつまらないだろうな、と思って、話しかけてさえいる。いっそ、親切だと言えるのではないだろうか。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「バイキング」ガラガラ籤の一等 檸檬がスーパーマーケットの籤で一等を当ててきた。意外に籤運が良いらしい。
面倒だから車で行けばいいだろうが、と思うのだが、こういうのは旅情が出るから電車の方がいいんだ、という主張も、一理あるように感じられ、電車に揺られている。荷物はトランクに入れるほどの量もなく、ボストンバックに全て収まった。網棚を見上げると、慎ましやかに二人分のカバンが鎮座している。
二人の暮らす都心からは少し離れた、そして少し寂れた温泉地は、電車を一度乗り換えた先の海沿いにある。退屈な車窓には深い緑の葉が茂り、農作物なのだろうが、一見しただけでは手入れのされていない雑木林が広がっているようにも見える。両者を判別できたのは、この辺りでは果物が栽培されているのだと、何かで読んだからだ。
1377面倒だから車で行けばいいだろうが、と思うのだが、こういうのは旅情が出るから電車の方がいいんだ、という主張も、一理あるように感じられ、電車に揺られている。荷物はトランクに入れるほどの量もなく、ボストンバックに全て収まった。網棚を見上げると、慎ましやかに二人分のカバンが鎮座している。
二人の暮らす都心からは少し離れた、そして少し寂れた温泉地は、電車を一度乗り換えた先の海沿いにある。退屈な車窓には深い緑の葉が茂り、農作物なのだろうが、一見しただけでは手入れのされていない雑木林が広がっているようにも見える。両者を判別できたのは、この辺りでは果物が栽培されているのだと、何かで読んだからだ。
tennin5sui
DONE絵描きさんのイラストから小説書かせていただきました!たさきさんのこちらのイラストからですhttps://twitter.com/tsk_2514/status/1592146810570944515?s=46&t=I8SllO0WqrU48dJMDg8mOg
ありがとうございます!
押し問答 元気出しなって、と桃に手渡された紙袋はちょうど雑誌が入るくらいの大きさで、何だこれは、と一応聞くと「ポルノ雑誌」という想定済みの答えが返ってくる。
「ポルノ雑誌屋が、つまらないものですが、って出せるものなんか、ポルノ雑誌しかないでしょ」
「いらない」
「プレゼントを返して寄越す人間がどこにいるのよ」
あんたの好きそうなの選んだんだから、と押し付けられそうになる。押し返す。桃は、はぁとため息を漏らす。
「あんた、あんまり怒ってるとこんな顔になっちゃうわよ」
などと子供を叱る調子で、カウンターの上にあった、どこかの薬局が置いて行ったらしいブロックメモにペンを走らせる。こんな顔に、と示されたイラストを見れば、下駄のような四角形に目鼻がつけられ、不機嫌そうな顔つきの男が描かれている。輪郭こそ角ばっているものの、蜜柑の似顔絵だな、と理解できる程度には似ている。
622「ポルノ雑誌屋が、つまらないものですが、って出せるものなんか、ポルノ雑誌しかないでしょ」
「いらない」
「プレゼントを返して寄越す人間がどこにいるのよ」
あんたの好きそうなの選んだんだから、と押し付けられそうになる。押し返す。桃は、はぁとため息を漏らす。
「あんた、あんまり怒ってるとこんな顔になっちゃうわよ」
などと子供を叱る調子で、カウンターの上にあった、どこかの薬局が置いて行ったらしいブロックメモにペンを走らせる。こんな顔に、と示されたイラストを見れば、下駄のような四角形に目鼻がつけられ、不機嫌そうな顔つきの男が描かれている。輪郭こそ角ばっているものの、蜜柑の似顔絵だな、と理解できる程度には似ている。
tennin5sui
DOODLE蜜柑百物語〜聞いてくれる檸檬を添えて〜春風こちらを振り向いた女は、口の端を引き攣らせるように笑う。
「天気がいいものね」
などと言うが、厚い雲は陽光を通さず、ニ、三滴ほど、つむじの辺りに雨粒が落ちてきた。
風が強い。空気が生温かい。
春になり始めたばかりの、涼しさと温かさがない交ぜになった、不愉快とも快適とも言い難い湿度の朝である。
女は散りかけた桜の木の枝に腰掛けている。
そのせいで、女の顔より白い脚ばかりが目に留まる。
桜の黒っぽい幹を散る花が彩るように、女の脚が木を染める。
薄曇りの中にある、彩度の低い色の対比ばかりが気になって、長い爪先ばかりを見つめてしまう。
「顔も見ないで、そんなところばかり見て。厭らしい子だこと」
気を悪くした風でもなく、笑い声を滲ませた声で嗜められ、気恥ずかしさにぷいとそっぽを向いた。
642「天気がいいものね」
などと言うが、厚い雲は陽光を通さず、ニ、三滴ほど、つむじの辺りに雨粒が落ちてきた。
風が強い。空気が生温かい。
春になり始めたばかりの、涼しさと温かさがない交ぜになった、不愉快とも快適とも言い難い湿度の朝である。
女は散りかけた桜の木の枝に腰掛けている。
そのせいで、女の顔より白い脚ばかりが目に留まる。
桜の黒っぽい幹を散る花が彩るように、女の脚が木を染める。
薄曇りの中にある、彩度の低い色の対比ばかりが気になって、長い爪先ばかりを見つめてしまう。
「顔も見ないで、そんなところばかり見て。厭らしい子だこと」
気を悪くした風でもなく、笑い声を滲ませた声で嗜められ、気恥ずかしさにぷいとそっぽを向いた。
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DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「シール」企業努力 湯気のせいでめくれ上がったフタに持ち上げられた箸が転げ落ちる。置く角度を調整して、フタに乗せ直し、折り返しにキッチリと爪で跡をつける。
「カップ麺のフタはよ、昔はシールがついてたよな」
熱湯の上昇気流にイライラして、このフタの折り返しを考えたやつは、きちんと自分で使ってみたのかよ、と憤る。
「シールの方が良かった」
「あれは、包装の薄いビニールから取り外すのが面倒だった」
蜜柑はフタを押さえやすい、四角形の焼きそばをタイマーにかけている余裕から、シールの悪口を言う。
「大体シールで貼ったって、それ以外の部分が浮いてきて、結局箸で押さえてただろ」
「シール以外を押さえるだけなんだから、その方が効率的に決まってる」
1299「カップ麺のフタはよ、昔はシールがついてたよな」
熱湯の上昇気流にイライラして、このフタの折り返しを考えたやつは、きちんと自分で使ってみたのかよ、と憤る。
「シールの方が良かった」
「あれは、包装の薄いビニールから取り外すのが面倒だった」
蜜柑はフタを押さえやすい、四角形の焼きそばをタイマーにかけている余裕から、シールの悪口を言う。
「大体シールで貼ったって、それ以外の部分が浮いてきて、結局箸で押さえてただろ」
「シール以外を押さえるだけなんだから、その方が効率的に決まってる」
tennin5sui
DONE絵描きさんのイラストから小説書かせていただきました!成炭さんのこちらのイラストからです(https://twitter.com/hsnh_kankan/status/1612132886509158402?s=46&t=I8SllO0WqrU48dJMDg8mOg)ありがとうございました!
果物! 下請け業者がいないと不便だな、とボヤきながら小学校によくあるような、鉄パイプのイスを脇に寄せる。
「俺たちの仕事は、情報を聞き出す、引き渡す、だろ?」
「そうだな」
「片付けてください、なんて一言も頼まれてねえぞ」
蜜柑もその発言には同感だった。拷問じみた仕事は、後片付けが面倒臭い。
本音を言えば、こんな倉庫ではなく雑木林にでも吊り下げてやりたいところだが、出涸らしのようになった相手を引き渡すためには、ある程度交通の便がいいところで行う必要がある。
一応利点もあって、帰り道が楽なところはありがたい。けれど、散々ぱら成人男性相手に、上げたり下げたり浸けたりした後に、その片付けをしなくてはならないのは嫌気が差す。その上、飛び散る液体やら何やらは、自分たちのものですらないのだ。
893「俺たちの仕事は、情報を聞き出す、引き渡す、だろ?」
「そうだな」
「片付けてください、なんて一言も頼まれてねえぞ」
蜜柑もその発言には同感だった。拷問じみた仕事は、後片付けが面倒臭い。
本音を言えば、こんな倉庫ではなく雑木林にでも吊り下げてやりたいところだが、出涸らしのようになった相手を引き渡すためには、ある程度交通の便がいいところで行う必要がある。
一応利点もあって、帰り道が楽なところはありがたい。けれど、散々ぱら成人男性相手に、上げたり下げたり浸けたりした後に、その片付けをしなくてはならないのは嫌気が差す。その上、飛び散る液体やら何やらは、自分たちのものですらないのだ。
tennin5sui
DOODLEゆるゆる果物版ドロライ:お題「変装」(女装の気持ちで書いてます)女装 これはアンコウの毒ですね、という医師の診断結果が出たため、白い肉厚な身がゴロゴロと入った湯気をたてる鍋を思い浮かべた後に、そのほのぼのとした空想を打ち消し、なんだか聞いたことがあるようなないような、と少し頭を捻る。考えている様子を察したのか、医師が助け舟を出すように、ほら毒の、と付け加えたお陰で、ああ、と記憶の扉が開いた。
鮟鱇、毒を使う殺し屋。業界ではお世辞にも名が知られているとは言えず、同じ毒使いとして圧倒的知名度を誇るスズメバチの名声に霞んでいる。二番煎じ、という口さがない評判も聞くが、地道に活動を続けているらしい。そんな健気な鮟鱇を応援していたわけではないが、頑張っているんだな、という程度の気持ちを持った事もある。
1563鮟鱇、毒を使う殺し屋。業界ではお世辞にも名が知られているとは言えず、同じ毒使いとして圧倒的知名度を誇るスズメバチの名声に霞んでいる。二番煎じ、という口さがない評判も聞くが、地道に活動を続けているらしい。そんな健気な鮟鱇を応援していたわけではないが、頑張っているんだな、という程度の気持ちを持った事もある。