名も無い凡才の話 ●
風早閃がキックボクシングを引退した。
アマチュア界隈、そして彼のプロ入りに期待を高めていたプロ界隈も、突然の引退に動揺したものの――心臓の難しい病気が原因と知ると、惜しみながらも誰も責めることはせず、彼の回復と人生を心から祈った。かの天才は、多くの人間から愛されていた。注目されていた。間違いなく、スターだった。
しかし――世界の片隅に、苛立ちと共に壁を殴った少年が居た。
閃より一つ年上の彼は、閃と同じ階級で、閃が高校生になるまでは彼こそが天才だと持て囃されていた。
しかし。彼の天下は閃によってアッサリと終わりを告げる。
――初めて相対したあの日、少年は、本物の天才を見た。そして自分が天才ではないことを、脳を揺らされたどろどろの視界で天井を見上げながら、思い知った。
2505