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    甘味。/konpeito

    800文字チャレンジだったりssを投げる場所

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    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅰ夏至祭前/夏の気まぐれ
    「クロウ先輩、こんなところでサボりですか」
     最近は見慣れるようになった銀髪が、校舎の隅に植えられた、樹木の根元に寝転んでいた。
     額に滲んだ汗を半袖で拭う。ここはちょうど風の通り道のようで、涼やかな風が吹き抜けていた。
    「クロウ、先輩?」
     先ほどの呆れた声は形を潜め、心配の色が帯びる。膝を折り、彼の顔を覗き込んだ。
     目蓋は閉じ、胸部がわずかに上下している。耳を澄ませば、微かな寝息まで聞こえてきた。
    「ね、寝てる……」
     すわ熱中症か脱水症状か、と肝を冷やされたリィンは安堵しながらも恨みがましい目を向けた。
     健やかな寝顔を晒す彼は、いっこうに起きる様子がない。
     しばし逡巡してから彼の隣へ腰を下ろした。
    「先日の、旧校舎ではありがとうございました。エリゼを助けられたのは先輩たちのおかげです。それから、――俺の力のこと、黙っていてくれて、ありがとうございます」
     見上げた木漏れ日を、吹き抜けた風が揺らしていく。寄りかかった幹が冷たい。汗はもうすっかり引いていた。
    「俺、あのとき先輩たちの目が変わってしまうんじゃって、思って、怖かった、です」
     クロウやパトリックを巻き込んでしまった 845

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/鈍い鈍いも好きのうち
    「だから、俺だってリィンのことが好きだって」
     ようやく見つけた背中が吠えた。あがった息を整え、その肩を叩く。
    「俺もクロウのこと好きだぞ。相棒、だからな」
     振り返り、なぜか硬直しているクロウに向かって、気恥ずかしげにはにかんだ。
     放課後の第二分校食堂に、不自然な静寂が訪れる。
    「すまない。クロウが来ていると聞いて、探していたんだ」
     あれからクロウの周りに集まっていた女生徒らは散っていき、ふたり残った食堂で並んで珈琲を飲んでいた。
     リィンが顔を出した途端、満面に喜色を浮かべた彼女らの顔に、落胆の色が広がっていく光景にはうろたえた。口々に気にしなくていいと聞かされても、気にしないで済むような性格でもない。
    「で、結局みんな集まってなんの話をしていたんだ」
    「あー。ほら、もうすぐあいつらも卒業だろ」
     卒業。クロウのその言葉にぎこちなく頷く。
     今月の末には、もう二年生になって一年経つ彼らを見送るのだ。初めてリィンが受け持った生徒の卒業でもある。同級生らの一年早い卒業を見送ったときに似た物悲しさに包まれていた。
    「お前さんも、難儀な職業を選んだもんだよなあ」
     テーブルに頬杖をつき 827

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/過去捏造/異国で出会った初恋の人
    「んじゃ、俺はちょっとこの辺探索してるわ。十五時までには戻ってくるから」
     祖父と入った百貨店⦅プラザ・ビフロスト⦆からひとり飛び出したクロウは、初めて来た街に目を輝かせた。九歳の誕生日を迎えたばかりの目には、どれもこれも目新しく映る。
     エレボニア帝国の中心、帝都ヘイムダルは、故郷とは比べ物にならないほど巨大な都市だった。ヴァンクール通りを抜け、トラムに乗り、ドライケルス広場へ出る。そうして背の高い銅像をまじまじと見上げていたときだった。微かに鼻を啜る音が耳に入った。
    「お前、ここで何してんの」
     音を頼りに銅像の裏側を覗くと、膝を抱えた黒髪の子どもがいた。クロウが声をかけた途端、顔をあげる。こぼれそうな涙に怯んだ。
    「知らない人とは、話しちゃいけないんです」
     ぐぐぐ、と涙が競り上がっている。律儀な迷子だ。頬を掻いたクロウは膝を折り、迷子の頭を撫でた。
    「俺、クロウ。お前は」
    「リィン……」
    「リィン、俺の名前分かる?」
     リィンの眉根が不機嫌そうに寄る。
    「それくらい分かる。クロウだ」
    「そうだ。んじゃ、俺は知らないヤツじゃないな」
     固まったリィンが、あれそうだっけと戸惑いなが 828

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/待ち合わせもいとおかし
    「そこのお兄さん、今ヒマ?」
     読んでいた本から顔をあげる。目の前には待ち合わせ相手のクロウがいた。
     また新調したのだろう、蒼みがかった灰色のライダースジャケットを羽織った姿は、今日もかっこいい。黒い革の手袋もよく似合っていた。ファッションには疎いが、クロウが選んだものには間違いがないことを俺はよく知っている。俺が今着ている服も、以前に選んでもらったものだった。
    「新手のナンパか? それに暇ではないな。待ち合わせ相手待ちだ」
     俺の座るベンチの隣りに、落ち葉を払ってクロウが座った。本を読ませてくれるつもりなのだろう。紙の栞を挟み、本を閉じる。クロウの眉があがった。気にしなくていいと首を振る。気遣いは素直に嬉しかった。
    「こんなにキレイなお兄さんを待たせるなんてな。どんなヤツなんだ」
    「嫌になるくらいかっこいい奴、かな」
     クロウの顔が、渋い紅茶を飲んだときのものになる。あのときは、それでも捨てずに最後まで飲み干していたのを思い出して笑った。
    「前は顔を赤くして、そりゃあもう初々しかったのに」
     俺がクロウの言葉に振り回されていたのは、もう随分昔の話だ。あの頃は安易に気持ちも言葉にでき 836

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅳ後両片思いクロリン/エリオット視点
    恋は盲目
    「なあ。エリオットは知ってるか。リィンの好きなヤツが誰か」
     一瞬思考が止まったエリオットは思わず、それってクロウのことだよねと口走りそうになった。
    「え、っと。なんでそんな話になったの」
     今日は、クロウと喫茶店で待ち合わせていた。そこに現れた彼があんまり悲壮な雰囲気を醸し出していたので、見事な肩透かしを食らってしまう。
     ふたりの微妙な関係に周囲は歯噛みしつつも、温かく見守っていこうと決めていた。ふたりとも大切な友人だ。幸せになってほしかった。
     巨イナル黄昏によって引き起こされた大戦終結後、リィンは忙しいながらも平和な日々を過ごしているようだった。クロウもまた、一度終わった生をふたたび歩みはじめたところだ。彼らなりの速度というものがあるだろう。
    「このあいだ、バレンタインがあっただろ。リィンはもらったのかって話になったんだが、新Ⅶの連中が、アイツは本命がいるからチョコは全部断ったって」
     はあ、と気のない相槌をしてしまった。注文していたカフェオレが美味しい。
    「しかも、よくよく聞いたらいい加減でお調子者で? 頼りがいがあって面倒見はいいらしいが、今はあっちこっちをフラフラしている 858

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/Ⅰ学院祭後
    今だけは優しい夢を
    「クロウ。貴方も分かっているのでしょう。間も無く御伽噺の幕が上がろうとしていることを」
     蒼の導き手、ヴィータが歌うように言った。悲しい声だった。
     彼女の語る御伽噺も、その結末のすり替えもクロウにはなんの興味もなかった。ただ祖父の仇討ちを遂行する。それだけだ。
    「ああ。分かってる。もうすぐこんな学院生活ともオサラバだってな」
     自室で双拳銃の調整をしている手は止めず、宵闇に溶けそうな淡い光を放つ魔女を横目に頷く。蒼の騎神による試しの試練を一度は通った身だ。残された時間が少ないなんて理解していた。おそらく騎神にリィンが起動者として選ばれるだろうことも想定済みだ。
     ガタン。列車の揺れで目が覚める。隣りに座るリィンはクロウの肩に寄りかかり、眠っているようだった。
    「寝ちまってたか。トリスタは――、まだだったな」
     放課後にリィンとふたり、帝都にあるブティックへ学院祭でのライブの成功を知らせた帰り道だった。
     列車の窓から見える夕日は燃えるように赤い。
     後夜祭の夜、焚き火で赤く照らされた彼の顔がちらついた。置いていかないでと迷子のような目をしていた彼に、繋がりを許してしまった。
     なんて 767

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/レモン味はキスの味
    創後の話
    十月最後の日。オーレリア分校長の思いつきではじまったリーヴス第二分校のハロウィンは、生徒会の尽力により大盛況のまま幕を閉じた。
    「やっぱりここにいたか」
    「クロウ。ああ、少しだけ仕事を片付けていこうかと」
     職員室に顔を出したクロウはまだ顔半分に包帯を巻いたままだった。ふたたび書きかけの報告書へ目を落とす。
    「そういうのはまた明日にすりゃあいいんだよ」
    「まあ、そうなんだが」
     紙のうえで止まっていた手をふたたび動かす。軽く頭を撫でた彼が近くの椅子へ腰掛けた気配に頬を緩めた。
     クロウが第二分校に復学したのは先月のことだった。突然やってきた彼は、学校くらいきっちり卒業しておかないとな、なんていたずらが成功した子供みたいな顔をしていた。
    「教官業おつかれさん。ほらよ、飴くらい舐めて糖分補給しとけ」
    「ああ。ありがとう」
     仕事を片付け、クロウと並んで歩く宿舎への帰り道、かわいい包みの飴玉をもらった。今日のハロウィンイベントで配られたものだろう。早速口のなかへ放り込む。レモンの味だ。
     カロ、と飴玉が転がった。柑橘特有の爽やかな酸味に目を細める。じとりと汗ばんだ手でクロウに縋り、いいように 850

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅰの頃の両片思いクロリン/夏の暑さのせい
    「ファーストキスって、本当にレモンの味がするんですか」
    「なんだよ。さっきの鵜呑みにすんな。ゼリカが言ったことだぞ」
     学生会館の階段を降りるリィンは心ここに在らずだった。先ほど生徒会室でアンゼリカから聞かされた話を反芻しているのだろう。
    「クロウ先輩のファーストキスは、どうでしたか」
     降り途中の階段で、足を止めたリィンがこちらを見下ろしていた。踏み込んだ質問だと自覚があるらしい。夏服の半袖から伸びた腕をしきりにさすっている。
    「それについてはコメントを控えさせて貰うぜ」
     汗ばんだ頸を拭う。口のなかで飴玉が転がり、カロ、と軽い音を立てた。爽やかな酸味が広がる。
     お節介なアンゼリカに押し付けられたレモン味の飴だ。素敵に演出してあげるといい、だなんてお節介でポケットにねじ込まれた飴だ。それを素直に口へ放り込んでいるのもどうかしている。
     夏の暑さのせいだ。
     また、飴玉が転がる。
    「なあ、ファーストキスの味。本当に知りたいか」
     クロウの問いかけにリィンは胸元のシャツを握り、戸惑いながらも頷いた。
     降りた階段をふたたび上がる。彼とのあいだにあった段差が埋まった。
     一段下から背伸び 834

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/愛してしまったが運の尽き
    捏造未来
    「アームブラスト教官って、やっぱりシュバルツァー教官と付き合っているんですか」
     放課後、クロウを呼び止めたのは噂好きの女生徒だった。彼女にかかれば三日で全校生徒、さらにはリーヴスの住人にまで噂話が流れていく。
     好奇心を隠しもせず、爛々とさせた女生徒の目に苦笑いを浮かべる。
    「そうだな。どっちだと思う?」
     クロウは噂を否定も肯定もしなかった。少し含みのある笑みを浮かべただけだ。途端に黄色い声をあげた彼女の背中を見送る。おそらく数日中にはリィンの耳へも入るだろう。
     機は熟した。
     ひたひたと外堀を埋めてきたクロウはようやく本陣へ切り込む覚悟を決めた。
     実際のところ、ふたりは数年前から同居しているものの、そこに色恋が絡むような仲ではなかった。もっとも、クロウは一方的にリィンへ想いを寄せていて、彼からも無自覚な好意をぶつけられてはいるが。
    「なあリィン。俺たち付き合ってるらしいぜ」
     昨夜からどこか落ち着かない様子のリィンを尻目に揃って朝食を食べ終え、いつも通り新聞を広げたクロウが口火を切る。
     ぶは、と彼の口から勢いよく食後の牛乳が吹き出た。グラス片手にわなわな震えている。
    「クロ 841

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/Ⅳのどこかの話/懐かしの味ふたたび
    「よっと。こんなもんかね」
     油から引き上げ休ませていた白身魚のフライをパンに挟み、次々皿へのせていく。鍋のなかで踊っていたポテトとオニオンリングも引き上げ、別の皿へのせた。
    「わあ、いい香り」
     エリンの里、ロゼのアトリエでキッチンを借りていたクロウの元へ食べ物の香りに釣られてユウナが顔を出した。続いてアッシュやクルト、アルティナにミュゼもやってくる。いつの間にかキッチンにリィンの教え子が勢揃いしていた。教官も呼びますとアルティナがいそいそ通信を入れるのを横目に料理を仕上げていく。
    「もうできるぜ。せっかくお前らが釣った魚、美味しく食わなきゃ損だろ」
    「へへへ。ありがとうございます。へえ、これが噂のクロウさん特製フィッシュバーガーですか」
    「噂? なんだそりゃ」
    「リィン教官が作ってくれたときに言ってたんです。あのときは、あいつが作ったものには及ばないけどなんて言ってましたけど。本家がいいのは分かりますけど、教官のも美味しかったんですよ」
     あの人、謙遜が過ぎますよね。なんて言うユウナに教え子一同が同意を示す。相棒の愛されっぷりに目を細めた。
     不意に馴染んだ気配を感知する。リィンの 811

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/ひとり占めしたい
    「ほらよ、リィン。エリゼちゃんとアルティナから手紙来てるぞ」
     ふたり揃ってまとまってとれた休日。普段より少しだけゆっくり起きたリィンは、玄関から入ってきた恋人の背中へ腕を回した。鍛え上げられた厚い胸板が腹立たしい。
    「クロウが、……起きたらいなかった」
     クロウの胸元に顔を埋め、くぐもった声で不満を訴える。彼は喉奥で笑っているのか、触れている首元から振動が伝わってきた。
    「そりゃすまんかった。あんまり気持ち良さそうな顔で寝てたもんだから起こしちまうのが惜しくてな」
    「そんなの気にしなくていいのに」
    「まだ寝ぼけてんなあ」
     起きていると抗議しても躱される。くつくつ笑う彼に抱きついたままソファに誘導された。
     隣りに座れば身体が離れてしまう。
     まごまごしているうちに腕を引かれ、クロウの膝上に乗り上げた。彼の胸にひたりと頬をつける。リィンを押し上げる強靭な鼓動に目を閉じた。
    「もう一回寝とけ。用があるなら間に合うよう起こすから」
     背中を撫で、あやす手つきにため息が出る。リィンより少し高い彼の体温が心地よかった。
    「クロウ、と、釣りに行きたい」
    「了解。久しぶりにオルディスまで出て海釣 815

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/一目惚れの末路
    「あれがリィン・シュバルツァーか」
     学生会館の前で右往左往している黒髪の青年がいた。おおかた、Ⅶ組の担当教官になったサラにいいように言いくるめられて生徒会室へ向かわされたに違いない。
     擦れていない、真面目そうな目が印象的な男だ。
    「さて、どの手でいくか。素直そうな顔してるからな。騙されてくれやすそうだ」
     手のなかのコインをいつものように弄ぶ。指の間を這っていくそれをポケットに入れ、彼に近づいた。
    「で? なんであのとき俺に声をかけたか思い出せたか」
     もう一度問われ、口に運びかけていたナッツを改めて口へ放り込む。
     追憶に浸っていたが、今はリィンが二十五歳を迎えた誕生祝いも含めた地酒飲み比べ会の真っ最中だ。クロウが旅先で見つけた酒をリィンへ送り、定期的に彼の元を訪れてふたりで貯まった酒瓶を空ける。なんとなくはじめたそれも、今年でもう五年目に突入していた。
    「なんだって、んなこと聞きたがるんだよ。まだまだ思い出話に花を咲かせるような歳でもないだろ」
     からかい交じりに肘で小突く。
     元々クロウの導き手であった深淵の魔女からある程度の助言を受けていたが、あの日彼に声をかけたのはほんの 765

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/今宵食べられたい
    「今日で三週間、か」
     バツの並ぶカレンダーを睨んだリィンは肩を落とした。
     クロウとセックスをしなくなってかれこれ三週間経つ。合間に二度ほどお互いの休息日が重なったものの、ベッドのなかでそわそわして待つリィンを置いて、彼は隣りで熟睡していた。
     ふたりで暮らしはじめてはや二年。
     同棲一年目は、ふたつ並んだ歯ブラシや二人分の食器にさえ喜んでいたものだった。
    「飽きた、とか」
     口からこぼれた言葉に首を振った。
     男を抱くのは確かに面倒だ。それでも毎回リィンがひとりで事前準備するのを、手伝わせろと文句をつける彼が飽きたとは到底考えられなかった。
    「……いつもクロウに誘われるばかりなんだ。俺からも誘ってみよう」
     随分前にⅦ組生徒一同からだとミュゼらから贈られた箱を開ける。
     ちょうど明日はふたりの休息日。リィンは今夜、クロウを誘う決心をした。
    「お、リィン風呂遅かったな。そろそろ寝るぞ」
     ベッドサイドの灯りで本を読んでいたクロウがこちらに目を向ける。分かりやすく固まった彼に歩み寄り、ベッドに乗り上げた。理性を捨て切れず羽織ったバスローブの下で擦れる薄着が擦れてむず痒い。
     これからク 800

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/ティナ視点/わたしの大好きな人
    創ed後
    リィン・シュバルツァーがトールズ士官学院、リーヴス第二分校に勤務する話を聞かされたアルティナ・オライオンはそうだろうなと妙な納得を得ていた。
     政府からの要請だろうと市民を守ることを第一に考える彼のことだ。上官の命令には逆らえない軍へ入る事態は元々想定していなかった。
     ノーザンブリア併合の際、鬼の力に振り回されていた彼の姿が脳裏をよぎる。三日間眠り続ける彼に付き添い、ただただ目覚めるまで待つしかなかったあの日々。
     胸のなかを占める焦燥感が理解できなかった。
    「――今後の任務は」
    「変わらない。今後も彼の支援についてくれ」
    「了解しました」
     その場を辞したアルティナは、そのまま彼の勤務先に潜入するべく行動を開始した。
    「アルティナ、こんなところにいたのか」
     キャンバスに落としていた絵筆を持ち上げ、声の主を振り返る。そこには陽だまりのような眼差しがあった。
     あの日感じた焦燥感がなんなのか、今のアルティナには理解できた。これが、守りたかったものだ。
     巨イナル黄昏を乗り越えてもなお、彼は寂しい顔を隠している。アルティナでは支援できないのも理解していた。彼の寂しさを埋められるのは、今 748

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創ed後/乱されるなら夜がいい
    「ということで、今日は茶道部の見学に来ていただきます」
     学院祭を終えたある日の放課後、二年生に進級したミュゼが教卓に立ちそう言い放った。
    「んだよエセふわ」
    「先月、クロウさんたちと軽音楽部の部活見学に行かれたそうじゃないですか。ズルいです。リィン教官には他の部活も見学する義務があると思います」
     リィンの腕にしなだれかかるミュゼは頬を膨らませている。同様に学院へ残り、今年から生徒会長を務めているアッシュは嫌そうに顔を顰めた。
     結局、日替わりで各部活を巡ることに決まり、初日である今日はミュゼの所属する茶道部を見学する流れになった。
    「着物まで準備していたんだな」
     赤を基調にした東方由来の着物へ袖を通したリィンは帯を整え、一息つく。クラスメイトの着物もそれぞれしっかり用意していた彼女によりⅦ組の面々も見学に同行していた。
    「もちろんです。クロウさんの分も用意していますので、後ほどお渡しくださいね」
     渡された深い蒼を基調とした彼らしいそれに目を細める。ふたたび旅に出た彼を思い、そのうちなと曖昧に笑った。
    「んで、それがこの着物つーわけか」
     先に自身の着物へ袖を通したリィンはクロウ 789

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    新年初めての朝/創から数年後
    クロリン
    シーツから出た腕が冷え、目が覚めた。
    「クロウ……?」
     日の出を迎え、明るい室内に瞬く。
     昨夜、年越し祝いに彼とふたりで酒を数本あけたところまでは記憶があった。
     隣りにあるはずの体温を探していた腕をふたたび引き入れ、寝返りを打つ。頭痛に耐えながら裸体にシーツを巻きつけた。
     腰周りには馴染みのある鈍い痛み。足の付け根にも痛みがあり、受け入れたような感触も残っていた。
     お互い話さないでもなんとなく昨夜はそういうことになるだろうとは予想していたが、深酒が祟って記憶が途切れてしまうのは想定外だった。
    「お、リィン起きたか。気分はどうだ」
     嗅ぎ慣れた爽やかなハーブティーの香りに知らず知らずため息が出る。
     寝室の扉を開けたクロウがトレイにポットを乗せ入ってきた。
     渡されたカップを両手で包み、ゆっくり口に含む。二日酔いで気だるい身体によく染み込んだ。肩から落ちかけたシーツを手繰り寄せる彼は今日も甲斐甲斐しい。
    「クロウ、その」
    「ぶっちゃけ、どのへんまで覚えてる」
     まだ痛む眉間を揉み、言葉を濁す。
     クロウの手が髪を梳くように頭を撫でた。柔らかい声音におずおず口をひらく。
    「ブラン 789

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/十二月三十一日
    ⅡとⅢのあいだ
    キンと冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。
     十二月三十一日。今日はリィンのクラスメイトであり、敵であり、悪友であった男の命日だ。彼を失ってからもう、一年の歳月が経とうとしている。
    「さて、行くか」
     トリスタにある第三学生寮を出発したリィンはヒンメル霊園に向かう途中、花屋に寄って小ぶりな花束を見繕った。
     クロウの墓前に供えるための花束だ。
     店員には見栄えのあるそれを幾度も勧められたが、そのなかでも大人しそうなものを選んだ。
     冬の空気が頬を撫でる。灰色の雲に覆われた空からは今にも雪が降ってきそうだった。
     導力バイクで到着したヒンメル霊園は閑散としていた。
     年の瀬は家族で過ごす者が多い。
     リィンも例外ではなかったが、いつ出されるとも分からない政府からの要請にクロウの命日もあり、落ち着いてから帰省する旨を手紙にしたためていた。ユミルにいる両親も分かってくれるだろう。
     がらんどうな霊園をひとり登っていく。クロウの墓石に膝をつき、持ってきた花束を供えた。
    「クロウ、久しぶりだな。なかなか来れないけれど。今日だけはどうしても来たくて」
     彼の名前が刻まれた墓石を撫でる。冷たい石の感触 809

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/六月の憂鬱/Ⅰの頃の話
    改稿
    「リィンくんいつもありがとうね」
    「そんな、俺は手伝いをしているだけなので」
     もはや恒例となった生徒会の手伝いを終えたリィンはその報告をしに生徒会室を訪れていた。生徒会長であるトワへの報告を済ませ、彼女から礼を受け取りその場を辞した。
     朝から少し、身体が重い。指を引っかけネクタイを緩めた。
     六月に入ってから初めての中間試験、実技試験に加え、ノルド高原での特別実習。これくらいで疲れてしまうほど柔ではないつもりだったが、身体の疲れを意識した途端に頭痛までしてきた。早く寮へ戻って寝てしまおうと歩く速度を上げた。
    「よっ、後輩くん。またトワのお手伝いか」
     学生会館からトリスタにある第三学生寮へ帰る途中だった。
    話しかけてきたクロウは寮へ帰るリィンに並んで歩きはじめる。彼の寮もトリスタにあるのだから、途中まで同じ帰り道になるかとひとり納得した。
    「クロウ先輩。ええ、そうですね」
    「ふうん? 後輩くん、バンザイ」
    「え、あっはい」
     言われるまま両手をうえに挙げる。リィンの腹から背中に回った手に驚いている間に彼の肩へ担ぎ上げられていた。
    「う、わっ」
     視界が回る。目の前にある緑の背中へ手 803

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリンⅣED後/幼い恋人
    ク幼児化
    巡回魔女として地脈を鎮める旅をしているエマから珍しく通信が入った。ちょうど現在駐留している演習地付近だったこともあり、リィンは急ぎ彼女の元へと向かった。
    「ク、ロウ……?」
    「おう」
     待ち合わせに指定された酒場にいたのはエマと不機嫌を露わにするクロウだった。床に届かない足を揺らしてはいるものの、間違いなく彼だ。垂れた目尻はそのままに、なだらかだった頬骨の曲線はまろく幼い。背格好もリィンの半分にも満たなかった。
     見慣れない彼のつむじをまじまじと観察していると、彼の鋭い視線が刺さる。
    「どうやら姉さんの仕業みたいで」
     エマの姉、彼女と同じく魔女でありクロウの導き手だったクロチルダの仕業だと語るエマは数日経てば戻るというクロウを託して再び巡回へ戻り、子どもひとりで旅は続けられないからとクロウはそのままリィンとともにリーヴスへ帰ってきていた。
    「本当にクロウなんだな」
     自室で膝のうえに抱えたクロウの幼い手のひらをふにふに握る。繋ぐとリィンより少し大きな彼の手が、今はすっぽり包み込めた。
    「それにしても、ふふ」
     幼い彼を連れ歩いているせいで生徒らにからかわれるリィンの足にしがみつき、逐 768

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    ものぐさを後悔した日/クロ+リン/ノーパン
    「エリゼに知られたら怒られそうだ」
     溜め込んだ洗濯物をどうにか洗濯機へ詰め込んだリィンは肩を落とした。
     流石にエリゼが女学院にいた頃のように片付けをしに来ることはなくなったものの、定期連絡も兼ねた通信で洗濯物は溜めないよう、掃除は定期的にするよう苦言を呈されていた。
     それを忙しいを言い訳にのらりくらりと躱していたら、とうとう今朝になって替えの下着がなくなってしまったのだ。
     妹に知られでもしたら面倒な予感しかない。
     ひとまず今日が自由行動日であることに感謝して下着を身につけていないことを誰にも悟られないよう、今日一日乗り切ろうと誓った。
     そんな日に限って予定は入る。
     夕方頃、リーヴスの近くに立ち寄るというクロウから通信が入った。
     旅に出てからもこうして顔を見せに来てくれる彼の心遣いは嬉しいのだが、いくらなんでも今日は無理だ。彼に会えないと断りをいれようとして、結局リィンの自室で会うことになった。酒は各地からクロウが送ってきたものを、つまみも道中で仕入れてくるからとお膳立てされてしまえば容易には断れなかった。
     ARCUSⅡ片手に、まだ回っている洗濯機を呆然と見つめる。夕方 868

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    英雄が死んだ日/クロ+リン/創数年後
    トワの眼前で灯りを消した。焦点の合っていなかった目に生気が戻る。
    「――あれ、クロウくんが分校に来るなんて珍しいね」
     それまでのやりとりがなかったかのように話しはじめる彼女に胸を撫で下ろした。
    「おう、ちょっとヤボ用でな」
    「そうなんだ。えっと、そちらは」
     クロウの隣にいたリィンが居心地悪そうに背後へ隠れる。人見知りなんだと告げるとくすくす笑って初めましてとトワが挨拶した。
    「じゃ、もう行くわ」
    「うん。そちらの人も」
     手を振る彼女に会釈するリィンの横顔は泣き出そうなそれだった。震える彼の手を取り、リーヴス第二分校をあとにする。
     死期が近い。クロウにそう告げた彼はひとつ依頼をしてきた。内容は、古代遺物を用いてリィンの記憶のみ消去してほしいというものだった。
     自身の死後、悲しむ顔が見たくないと語る彼はエリュシオンの見せた別の因果が深く影響しているのだと察した。またあの光景を見たくないのだろう。
     みなに死期が近いことを伝え、ともに最期の時間を過ごしたほうが彼のためだ。しかし、クロウはそれをリィンへ伝えなかった。
     彼から依頼を受けてすぐにゼムリア大陸各地へ散らばる関係者の元を巡 762

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/手合わせ願います
    戦闘シーン練習
    右から飛んできた拳を避け、足払いする。当然避けられ、距離をとったリィンが身構えた。
     来る。軸足を踏み込んだ彼によって一気に距離が詰められる。早い。
    「くっ」
     重い手刀をクロウは肘から上で受けた。衝撃で眉根が寄る。まともに受ければ骨を損傷していた。
     彼の扱う無手の型は武器のない状態で使用する技だと聞いてはいたが、威力の程度は知らなかった。
    「まだだ!」
     ガードの空いた腹を狙って放たれた足を掴んで転ばせる。瞬間、頬を彼の踵が掠めた。
    「おいおい、随分お行儀が悪くなったじゃねえか」
    「誰かさんのお陰でな」
     転んだ拍子に地面に両手をつき、身体全体をばねにして跳ねてみせた彼はコートについた埃を払っている。
     未だ痺れの残る腕を振り、ふたたび戦闘態勢に入ったリィンと対峙した。
    「それで、決着はついたんですか」
     無感情に見下ろすアルティナに首を横に振った。もう一言も話す余裕がない。隣で同じように転がっているリィンも同様だった。
    「かわいい生徒ほったらかしにしてよくやるよな」
     アッシュに言われ、最初は訓練終わりに見本として手合わせしはじめたことに思い至る。途中からお互い夢中になって止まら 867

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/プレゼント捕獲失敗
    「これは……、ぬいぐるみ?」
     生徒一同から教官へのクリスマスプレゼントだと渡された包みを開封したリィンは、あまりに想定外の中身でうろたえた。
     入っていたのは三〇リジュほどのファンシーなぬいぐるみだ。
    「はぐはぐシリーズなのですが、このふたつは特注品です。リィン教官とクロウさんを模してみました」
     ミュゼが率先して説明してくれるなか、改めて中身をよく見た。確かに彼女の言うとおり、相棒と自身をそれぞれ模しているのがよく分かる。凜々しい眉や垂れた目尻も忠実に再現されているはぐはぐクロウに頬を綻ばせた。
    「本当は、リィン教官には本物をプレゼントしたかったんです」
     はぐはぐクロウの手を握っていると、アルティナが不機嫌を隠さず言った。
    「そうなんですよね。かなり捜索範囲を広げたのですけれど」
    「ミリアムお姉ちゃんも、見つけられなかったそうで」
    「遊撃士協会にも依頼を出したんだがな」
    「父や兄からも見つかったと連絡がなく」
    「ロイドさんたちにもクロスベルの方面を探してもらったのにダメだったんです」
     生徒らが口々に嘆いて肩を落とす様に驚き目を瞬いた。
     旅に出てから一度も会いに来ない彼のことを 847

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/メリークリスマス
    一足早いですが、思いついたときに書きたい人
    ユミルほどではないが、冬のジュライは寒い。
     リィン・シュバルツァーは港の欄干に身を預け、波が次々に砕けていく様をなんともなしに眺めていた。港に停泊している船は暗い闇の波間に揺れ、静かだ。
    「見つけた。ここにいたのか」
     後ろからリィンより大きな身体に抱きすくめられ、穏やかな声が降ってくる。見上げるように振り向くと、垂れた目尻をますます下げた恋人、クロウ・アームブラストだった。
    「クロウ。少し海が眺めたくて」
    「やっぱり山育ちには珍しいもんかね」
     彼の顎が肩口に乗せられる。寒い、寒いと言いながら彼のコートはしっかりリィンを包んでいた。
    「過保護」
    「俺も暖をとれるからいいんだよ」
     抱き込む彼に寄りかかる。びくともしない。リィンもそれなりに鍛えていると自負しているが、得物が太刀であり、元々の体質も手伝って彼ほどしっかりした筋肉は未だに得られていない。
     悔しさをぶつけるようにますます背後に体重を預けた。
    「これだけ寒けりゃ雪でも降るかもな」
     独り言のようなそれが白い息に交じる。吹き付ける海風に晒された鼻頭も赤くなっていた。
    「積もるか?」
    「わくわくすんな。お前んところほどじゃない 840

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/特別な贈り物
    創ED後
    「またクロウから荷物か」
     カプア特急便から受け取った荷物を自室へ運び込んだリィンは重荷から解放され、ため息をついた。昔はよくこちらから土産を彼に渡したものだが、今はすっかり立場が逆転している。
     彼が贈ってくるのはいつも旅先にある名産品の菓子で、食べてしまえば手元に残るものがないのがいささか寂しい。それでも、届いた連絡ついでの通信で味の感想を伝えたり、互いの近況報告が密かな楽しみだった。
    「それにしても今回は包みが少し大きいな。それにこの香りは、もしかして」
     菓子が入っているだけとは思えない、ずっしりとした重み。一抱えもある大きな荷。そして、鼻腔をくすぐるほのかな柑橘系の香り。
     期待に胸を膨らませて段ボールを開封した。
     開けた拍子に室内を特有の爽やかな香りが占める。なかには片手でなんとか掴めるほどの柚子がごろごろと入っていた。一番上に走り書きしたらしい紙が乗せられていた。
     ――寒い冬に湯船へ柚子を浮かべて風呂に入る風習があるそうだ。温泉マニアのお前にちょうどいい土産だろ。
     なるほど、柚子がこれだけあれば宿舎にある大浴場へそれぞれ半分ずつ入れても満喫できる量だ。
     クロウの細 831

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片想いクロリン/俺の好きな人の好きな人
    創ED数年後
    「悪いな、好きなやつがいるから」
     食堂裏、中庭のすみに探していた人影を見つけたリィンの足が止まる。相手の声は聞こえないもののクロウの話しぶりから、生徒からの告白を受けているのだと察した。
     若い青葉たちにとって、身近な年上の色男は刺激が強いようだった。垂れた目尻の醸し出す柔らかな印象も手伝い、すとんと恋に落ちてしまう。
     リィンもまた、初対面の一学年上の彼に淡い初恋を抱いたくちだった。
     紅耀石の瞳にライノの花。あれからもう五年以上、彼に恋している。
    「そうだな。ああ。悪いかよ。期待しているところ悪いが、残念ながら片想いだ」
     リィンからは彼の背中しか見えない。生徒の髪をぐしゃぐしゃにしてからかう風景に自分のそれが重なった。
    「どんなやつって、聞いてどうすんだよ。仕方ない。特別だからな。清々しいくらいまっすぐで、一度決めたら絶対に譲らない。そのくせ妙なところで悩んじまう。甘えベタなかわいい奴だよ」
     ちらりと見えた横顔に胸が締め付けられる。いてもたってもいられず、踵を返してその場から逃げ出した。
    「――クロウ、好きな人がいたんだな」
     認めたくない事実が口からこぼれ落ちる。
     休日だ 799

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    寒い夜もふたりなら/同棲クロリン
    「夕食の準備はこれくらいでいいか」
     野菜と肉を煮込んだ鍋を火から下ろし、愛用のエプロンを外す。
     時刻はまもなく十九時になろうかというところだった。
     隣で作っていた小鍋からマグカップにホットワインを注ぐ。シナモンスティックで混ぜながら口をつけた。喉を通過するほどよいアルコールが身体の芯から温めてくれる。恐らく冷えて帰ってくるに違いない恋人にも分けてやろうと頬を綻ばせた。
     出窓から道路を見下ろせば肩を縮めて走ってくる影を見つけた。クロウだ。
     見上げた彼と目が合い、小さく手を振る。
     ますます速度を上げた彼はあっという間に我が家へ到達していた。
    「おかえり、クロウ」
    「ただいまリィン、寒い。すげえ寒い。暖めてくれ」
     帰宅したクロウに両手を広げられ、そのなかに飛び込む。鼻の頭を赤らめた幼く見える彼の相貌が愛おしい。
    「あー、あったかい。こんな寒い日くらい残業なしにしてもいいと思わないか」
    「それはクロウが常日頃から仕事をしていればいい話なんだからな」
     今飲んでいるものを彼にも出してやろうと腕のなかで身じろぐ。離れたのはつかの間で、今度は背後から抱き込まれた。仕方なく背中にそれをつ 821

    甘味。/konpeito

    TRAINING後ろ向きな覚悟は要らない
    Ⅳラスト、ミシュラムにて。クロリン
    本日の800文字チャレンジ/12.21改稿
    「後ろ向きな覚悟じゃ女神は微笑んでくれない、か」
     鏡の城、最奥にてベリルから聞かされた言葉だ。
     誰にも知られず抱えたものを見透かされて決まりが悪いが、おかげで覚悟も決まった。
     コートのポケットに差し込んだ指先に鎖が絡む。
     似合うと思って、そんななんでもないふうに渡された銀狼の指輪が脳裏をよぎった。あのとき渡した彼は、どんな顔をしていただろう。
     明日を見届けたあとは消える存在だ。このままなんの形も残さず、未練になりたくなかった。それが後ろ向きな覚悟なのだとしたら、出すべき答えはひとつだ。
     妙な緊張が喉に絡む。先行くリィンの指を絡めとった。
    「なあ、リィン。チケット一枚俺にくれないか」
     緩やかに上昇していく観覧車のなか、向かいに座ったリィンは夜景も目に入らない様子だった。
     当然かもしれない。彼の持っていたチケットでもう一度観覧車に乗らないかと誘ったのはクロウだった。
    「こっち。隣こねえか」
     ポケットのなかで鎖の感触を確かめ、口火を切った。
    「クロウ、」
    「リィン、こっち」
    「……分かった」
     察したリィンが渋々となりへ腰を下ろしてくれた。空いた距離を縮めると、隣の身体が強 895

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    ラブディスタンス/クロリン/生徒視点
    「なんつーか」
    「そうですねえ」
    「これってつまり、やっぱりそういうことよね」
    「……不埒です」
     アッシュ、ミュゼ、ユウナ、アルティナが本校舎二階、Ⅶ組教室の窓から担当教官を見下ろしている。
     彼らから一歩後ろに下がっているクルトは朝からこの調子のクラスメイトに肩を落とした。
     二日前、自由行動日前日。Ⅶ組の担当教官であるリィンの元へクロウが訪ねてきた。それ自体はそれほど特別な出来事でもなく、アッシュもまた大人だけで酒盛りかと茶化した程度だった。
     自由行動日当日。夕食どきにたまたま集まったクラスメイトらと、そういえば今日は教官の姿を見ていないという話になった。
     分校で水泳の自主特訓をしていたアルティナはもちろんのこと、グラウンドでテニスを楽しんでいたユウナも見かけておらず、生徒会業務で分校長に駆り出されていたアッシュ、それに巻き込まれたクルトも校舎内で見かけていなかった。ミュゼは自室で家の仕事をしていたようだが、彼が宿舎に戻った様子はないという。
     その日は、珍しいこともあるものだとそれぞれ胸騒ぎを覚えつつも部屋に戻った。
     そして今日。教室で朝の挨拶を済ませたリィンがクロウと話 872

    甘味。/konpeito

    TRAINING想像妊娠する話/クロリン
    Ⅳ中盤くらい/処女受胎
    「……赤ちゃんができたんだ」
     己と同じ真っ赤な目を潤ませた後輩兼相棒が平な腹をさする姿に、クロウは二の句が継げなかった。
    「そもそも、リィンは男だよな。そして俺も男だ」
    「そうですねえ」
    「男同士って子どもできんのか? その前にセックスさえしてねえんだが?」
     エリンの里、長の家でエマと向かい合ったクロウはひとつひとつ確認していた。
     これから黄昏や相克と向き合っていかなくてはならないのに、頭が痛くなる案件だ。
    「クロウさんこういう場面では冷静じゃなくなるんですね、意外です」
    「いや、こんなの落ち着いてられないだろ」
    「実際、リィンさんの胎内には不自然な霊力の塊りができています。眷属化したことでリィンさんの霊力とクロウさんの霊力が混ざっている影響もあるかもしれません。ですが、それだけですよ。処女受胎、ましてや同性同士での生殖はいまだ現実的ではありません」
     彼女の淹れてくれたハーブティーはすっかり冷えているのに、彼女はポットから温かいおかわりを注いでいる。その落ち着きを分けてほしい。
    「なにか、残したいんじゃないですか」
     カップをソーサーに戻したエマがぽつりとこぼした。
    「クロウさ 806

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ/クロリン
    人魚姫が乞い願うなら/以前投稿したものを加筆修正しました。続きは気が向いたら
    こんなこと、クロウくんにしか頼めないの。ARCUS越しに言い募る同級生の必死さに、クロウ・アームブラストは旅を中断して一路リーヴスへと向かった。
    「いやあ、本当に助かったよ。クロウくん今暇だもんね」
     導力バイクでリーヴス第二分校へ到着したクロウは、呼び出した張本人であるトワ・ハーシェルに出迎えられた。
    「暇……、いやこれでも旅の途中」
    「暇、だよね」
    「あっ、暇させて頂いてます」
     念を押すトワの言い知れぬ圧に慌てて頷いた。トールズ士官学院で共に過ごしていた頃より数段逞しく成長している彼女には逆らわないに限る。
    「実はね。先日の特別演習のときにちょっと困ったことになって。リィンくんなんだけど」
     医務室に居るから案内するね、と先導するトワに並んで歩く。リィン・シュバルツァーはクロウにとって学院時代の後輩であり、内戦時代は敵対し、最終的に相棒として動乱の時代を駆け抜けた男の名前だ。
    「リィンが?」
     彼のことだ。また厄介ごとに首を突っ込んだのだろう。
    「そう。街道に住み着いちゃった魔獣の討伐依頼を受けたⅦ組の付き添いで、そこを訪れたんだけどね。その植物型だった魔獣の花粉を多量に吸い込ん 886

    甘味。/konpeito

    TRAINING日記八月〜三月
    ⅡED後からⅢの間に当たる話です。捏造
    クの霊圧が強いリ
    七耀歴一二〇五、八月。
     向日葵を買って墓参りした。喜んでいるだろうか。
     また、政府から要請がきた。最近授業もまともに受けていない。出席日数を心配しなくてはならないなんて、クロウが生きていたら笑われてしまうな。
     近頃、力を使うと抑え込むのが難しくなってきた。念のため、Ⅶ組に相談しようか。
     七耀歴一二〇五、十一月。
     政府からの要請でノーザンブリアを訪れた。
     ケルディックを焼き討ちにした事実は許せない。それでも己の振るった剣は正しかったのか。クロスベルのときもそうだった。市民の避難を手助けするしかできない。守るだけでは成すべきことは成せないというのに。
     鬼の力が強くなる一方で、いつ暴走してしまうのか自分でもわからない。また、俺は誰かを傷つけてしまうのか。こわい。
     俺は、無力だ。
     七耀歴一二〇五、十二月。
     クロウを失った日が近づいている。最近また、あの日を夢に見るようになった。冷たくなっていくお前の身体を抱きしめたところで目覚めて、頬が濡れている。夢見で泣くなんてこの歳になって恥ずかしい話だが、日記になら書けてしまう。不思議だ。機会があれば勧めてくれたエマには感謝を伝えたい 892

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    日記/Ⅱエンディング後のリィンくん時系列については明らかになっていないものは捏造です。ややクロ+リン
    七耀歴一二〇五、三月。
     今日から日記をつけることにした。エマから勧められたのだが、なかなか思ったことを文字にするのは恥ずかしいので、続けられるか心配だ。
     今日は、一年早く卒業していくみんなを見送った。それぞれ未来のために歩き出している。俺もクロウに報いるためにも、前に進まなければならない。
     ヴァリマールやこの力と向き合っていくためにまだまだ鍛錬も必要だ。今はここで、頑張っていこう。
     七耀歴一二〇五、四月。
     新入生が入ってきた。一年前は自分も同じ立ち場だったはずなのに、なんだか不思議な気持ちだ。
     今年もトリスタにライノの花が咲いた。懐かしい。そういえば、クロウに初めて会った日も春の頃だった。最初はとんでもない先輩だと思ったが、いや、それ以上はやめておこう。
     今日は、進級報告にクロウの墓参りへ行った。
     供える花を買うときに、クロウの花の好みが分からなくて困ってしまった。向日葵を供えたかったが、季節ではないそうなので、夏になったら供えに行きたい。
     七耀歴一二〇五、五月。
     ひとりだけの第三学生寮にもすっかり慣れてしまった。ときどき、クロウの部屋に入らせてもらっている。すまな 801

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅰ〜Ⅱ幕間後/クロ+リン
    忘れられないモラトリアム
    今日も生徒会の雑務を手伝っていたリィンをからかったあとだった。またな、と別れてから唐突に呼び止められる。
     振り返るとこちらへ向けられていた剣呑な眼差しに嫌な予感がする。
    「なあ、クロウ。そろそろ五〇ミラは返せそうか」
    「うっ。いやあ、すまんな。あいにく手持ちがなくて」
     スラックスのポケットから布を引っ張り出し、なにも入っていないのを示した。財布の中身もほぼ空だった。
    「仕方ないな。ほら」
     差し出された小指に瞬く。視線が小指とリィンのあいだを行ったり来たりした。
    「クロウも指出して、ほら」
    「あ、ああ」
     ふたたび催促され、戸惑いながら差し出されたままの小指に絡める。
     まさかな、と苦笑いした。
     お互いに士官学院に通うような歳なんだ。これはそんな、幼少期に約束事を守らせるためにやるようなそれではない。断じて。しかし一方で相手はリィンなのだと警戒する。
    「指切りげんまん嘘ついたら針のーます、指切った」
     お決まりの台詞を口にするリィンから絡まった小指が断ち切られる。
     この歳で指切りさせられるなんて辱めを受けたクロウは項垂れるしかない。
    「おいおい。俺はお子さまじゃねえんだが」
    848

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    トラブルだろうと解決します/クロリン
    前回の続き/霊力に関して独自解釈があります。
    「それで、そんな姿になってしまったと」
     クロウの膝に抱き上げてもらったリィンは、周りから見下ろされている窮屈さに肩を落とした。
     心配させてしまっている。これから先の不安も相まって滲んできた涙を袖で拭った。後ろからハンカチを手渡され、宥めてくれる大きな手にほうとため息をつく。
    「そうなんだ。こまったことに、かんじょうがようじのからだにひっぱられてしまう」
    「それはそれは。精霊窟を出ても元の姿に戻らないのは気になりますね。先だって調査させて戴きましたが、おそらく今のリィンさんは霊力を一時的に失っている状態に近いと思われます」
     眼鏡を外して見つめてきた瞳を、固唾の呑んで見守る。
    「霊窟の最奥には主がいなかったようですし、霊力が十分に補充できれば元の姿に戻りますよ」
    「ありがとう、えま。それで! それでほじゅうのしかたはどうすればいいのか、おしえてほしい」
     ふたたび眼鏡をかけたエマが微笑んでくれた。興奮のあまり彼女に抱きつこうとした身体をクロウが抱きとめてくれて助かった。
    「それは、ですね……」
     ちら、と背後にいるクロウへ視線を投げた意味をリィンはまだ知らなかった。
     エマが提案して 863

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジオーバー
    クロ+リン/トラブルだろうと楽しみます
    特別演習に合わせて依頼されていた、街近郊に出現した精霊窟の調査を請け負ったリィンとクロウ、Ⅶ組の面々は不慮の事故によって一時撤退を余儀なくされていた。
    「すまない……、おれがもっとちゅういぶかくすすんでいれば……」
     身の丈に似合わない大人用のシャツを羽織った幼児がベッドの上で打ちひしがれている。
     リィン・シュバルツァーは今、不可思議な力によって日曜学校に通っていそうな、厳密に表すとすれば五歳程度の姿へと変貌を遂げていた。そんな子ども、もっといえば幼児が悲しんでいる姿はこちらが何もしていなくとも良心に突き刺さる。
    「いや、ただ菓子買ってもらえなくて項垂れる子どもにしか見えねーからやめろ」
     リィンたちに同行していたクロウは、見ていられないほど落ち込んだままの彼の背を叩いて宥める。ほっそりとした顎のラインにこぼれそうなくらい大きな目を潤ませた彼は、やはりリィンなのだ。
     身体は小さくなったものの、記憶が後退しなかったのは僥倖だろう。
    「今、ユウナとミュゼがお前の服を確保しに行ってるから」
    「それは、とてもふあんになるくみあわせなんだが」
     感情が取り繕えないのか、顔をしかめた彼が微笑ま 1259

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    探しものが見つかる地図/クロ←リン
    リィン・シュバルツァーが手に入れた地図は、不思議な地図だった。
     シミのような黒点のある、古い西ゼムリア大陸の描かれた地図だ。買ったときにはなかった汚れだったが、紙自体年代物の風貌だったのでそういうこともあるだろう。そのときはそれで済ませてしまった。
     しばらくして、久しぶりに地図を広げたときに違和感を覚えた。果たして汚れはこんなところにあっただろうかと。気にして日に一度見るようにすると、やはりそれは動いていた。
     そうして地図の調査をするため、汚れのある位置へ向かっていた。
    「あれ、やっぱりまた位置が変わってますね」
     隣から覗き込んだユウナ・クロフォードがもの珍しそうにしている。
    「買った店には入手元、聞けなかったんだっけか」
     列の最後尾を気怠そうにアッシュがついてきていた。私情だからと同行は強制しなかったものの、なぜかリィンの生徒全員が付き添いを申し出たのだ。
    「本当に不思議な話なんだが、同じ道を同じように歩いても買った古書店は見つからなかったんだ」
     横道を一本入った細道の先で、偶然見つけた古書店だった。人目を避けるようにあったその店は、しかしふたたび訪れようとしてもたどり着 913

    甘味。/konpeito

    TRAINING恋人が見せ場を作ってきて困ります
    捏造未来/クロリン/リ視点/翌朝しこたま後悔する
    「アルフィン皇太女殿下、お久しぶりです」
     略式の礼をしたリィン・シュバルツァーはゆっくり頭をあげる。眼前には豊かな金髪を背に流した女性が朗らかに微笑んでいた。エレボニア帝国唯一の皇位継承権を持つ皇太女、アルフィン・ライゼ・アルノールその人だ。
    「まあリィンさんそう畏まらないで? 今日もたくさんお話聞かせて頂けたら嬉しいわ」
     初めて会った頃の幼い面影を漂わせる微笑に困ってしまう。
    「できれば、お手柔らかにお願いします」
    「兄様、お久しぶりです」
     アルフィンの後ろに控えてきた女性が前に歩み出る。妹、エリゼ・シュバルツァーだ。女学院卒業後は殿下を残してユミルには戻れない、とそのまま補佐官の地位についていた。
     久方ぶりの再会についつい目尻が和らぐ。
    「エリゼ。久しぶり。どうだ、殿下の補佐は」
    「それは食事の席についてからお話しましょう。クロウさんもお久しぶりです」
     エリゼに促されるまま食事の席につく。
    「相変わらずきっついなあ」
     揃いのテールコートを見にまとったクロウが苦笑いしていた。彼は前髪を後ろへ流すように撫でつけ、秀でた額を晒している。
     普段と異なる恋人の凛々しい風貌にリィ 1639

    甘味。/konpeito

    TRAINING見せ場は自分で作るものです/ふたりとも教官しています。捏造未来
    本日の800文字チャレンジ/クロリン
    「クロウ、食べるときぐらい書類はしまうよういつも言っているだろう」
     ミルクの入ったグラスが視界に入る。書類から顔をあげ、咀嚼していたパンを思わず飲み込んだ。眉間に皺を寄せた恋人、リィン・シュバルツァーが不機嫌そうにこちらを見ていた。
     彼の機嫌を損ねるのは得策ではない。
     慌てて書類をテーブルのうえに放り、クロウ・アームブラストはリィンお手製の朝食に集中した。エプロンを外して向かいに腰掛けた彼も朝食に手をつけはじめ、これ以上の雷はなさそうだとそっと胸を撫で下ろす。
    「それ、今度の特別演習に関する書類か」
     焼きたての食パンにジャムを塗りたくったリィンがジャムナイフでクロウの読んでいた紙を指してみせる。それに頷き、サラダを頬張った。大きめに千切られたレタスをどうにか口のなかへ納める。元来そうなのか、意外と大雑把な一面をときおりクロウに披露してくれた。
    「ああ。一応、俺も教官だしなあ。書類くらい目を通しておかないと」
     数日後に予定されている第二分校での特別演習には、当然リィンとともに分校で教官を勤めているクロウも参加する。
     今度の演習では帝都内で数班に分かれ、それぞれ依頼をこなしてい 1008

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    好きだと伝えたい/Ⅳ最終決戦前夜クロリン
    「ただ、聞いてくれるだけでいいんだ」
     好きだと告げたはずのリィン・シュバルツァーは控えめな笑みを浮かべていた。世界大戦前夜、ミシュラムでのことだった。
    「返事が欲しいとか、先を望んでいるとか、そういうのではないんだ。どうしても、今夜伝えないと後悔しそうだなと思ったら、ついな」
     クロウ・アームブラストは、リィンの眷属としてこの世に繋ぎ止められているだけにすぎない。彼の想いに答える権利なんてなかった。
     取り繕った笑顔から目を逸らした。強ばる頬に伸びそうな手を制した。それでも行き場のない想いが彼の名前になってこぼれる。
    「リィン……」
     一度きつく目をつむったリィンは話題を変えるでもなく話を続けた。
    「好き、なんだ。好きで好きで、なんでこんなに好きになってしまったのか、いつから好きになっていたのかもう分からないくらいなんだ」
     酒の入ったコップへあふれるほどの好きを注いだリィンは、最後に微笑んで最終決戦へ挑んだ。
    「で、あんだけ人に熱烈な告白しておいて今さら逃げるなんてどういう了見だ。おい」
     散々追いかけっこを繰り返したリィンを木の下へ追い詰めたクロウは、彼の両腕を木に縫いつけていた 850

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    寝坊するのは誰のせい/クロリン
    午前五時。
     薄暗がりにうっすら朝日が差した頃、目覚まし時計が鳴った。手を伸ばしてそれを止める。
     腕のなかで身じろぐリィンをぎゅうと抱きしめ、そのつむじに鼻先を埋めた。リィンの匂いだ。ともに生活しはじめてずいぶん経つが、同じシャンプーを使用しているのに彼らしさを残す香りを肺いっぱいに吸い込む。
    「クロウ、吸うな」
     振り払いたいのだろう、寝起きで威力の落ちたリィンの腕を受け止める。毎朝、鍛錬に勤しむ彼は意外と目覚めが悪い。
    「先に降りてるからな。水置いとくから飲めよ」
     近くに置いておいた水瓶からコップに一杯汲み、一気に飲み干した。そのままリィンの分も汲んでおく。
    「リィンおはようの挨拶な」
    「ん……おはよ」
     頬に口付け、リィンにも催促する。普段ならリィンからの口付けなんて本人が恥ずかしがって抵抗するのだが、この時間だけはされるがままだ。寝ぼけて少し舌ったらずになるところもいい。
     ベッドのうえで起き上がったものの、ぼんやりしているままのリィンを残して手早く着替えを済ませたクロウは先に階下へ降りた。
    「クロウ、おはよう」
    「おー。おはようさん」
     朝食用のスープを仕込み終えた頃、ほ 861

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    やさしい贄の育て方/ノマ√クロリン
    お前はあの方の生け贄として産まれたのだ、と両親は心の底から愛おしそうに笑った。
     生け贄。生きたまま神に供える物。なにかの目的のために支払われる犠牲。
     今年で十歳になったばかりのクロウ・アームブラストは、村長宅で特別に読ませてもらった辞書を閉じる。
     クロウの待遇は、生け贄にしては良くもなく、かといって悪くもない。まるで普通の子どものように育てられてきた。着るものには困らないし、三食しっかり与えられ、家も古めかしいくらいで不満はない。過度な体罰もなく、両親はほどほどの愛情を注いでくれている。本当に極々一般的な教育を受けてきた。
    「明日、あの方のところへ連れて行くからね」
     家族が揃った朝食でのことだった。なんでもない調子で放たれた母の言葉に衝撃を受けた。
     曖昧に頷いたクロウをおいて、両親はいつも通りにその日一日を過ごしていた。
    「クロウみたいな、きれいな銀髪の子か、赤目の子が生け贄に選ばれるの。両方揃っているなんて珍しいんだから」
     明るい調子で母が続ける。
    「あの方は、もうずいぶん昔からここに住んでいるそうでね。この村や、近くでなにかあると助けてくれたそうよ。クロウ、あの方はね。 1114

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字
    unluckyday?付き合っていないクロリン
    この日のクロウ・アームブラストは、朝からついてなかった。
     まずはじめに導力バイクの調子が悪くなった。足が無ければ旅は続けられない。クロウは仕方なく列車に導力バイクごと乗り込み、近場にあったリーヴスへ向かった。
     目的地に到着して早々、第二分校の校舎奥にある格納庫へ導力バイクを運び込んだ。格納庫内は人っ子ひとり居なかったが、この時間なら授業中なのだろうとひとりで納得する。
     その後、ついでだからとここで教官をしているリィン・シュバルツァーの顔でも拝んでいくかと居場所を聞くも、朝から特別演習のためリィンはおろか、生徒全員が出払っていると用務員のフランキーから聞きかされて肩を落とした。
    「もしかして、ツイてない……?」
     人気のない校舎をうろつくわけにもいかず、しかも肝心の修理を依頼したかったティータ・ラッセルも当然、特別演習のため不在。近場での演習だから明日には帰ってくるらしいが、結局それまで手持ち無沙汰なのには変わりなかった。
    「よし、ここまでついてなけりゃ、いっそ当たるだろ。運試しだ、運試し」
     落ち込むなんて柄ではない。気を取り直したクロウは新調したばかりのライダースジャケットを翻 852