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    甘味。/konpeito

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    甘味。/konpeito

    MAIKINGクロリン/恋のエチュード/書きかけ売り言葉に買い言葉だった。
     あの日はふたりで酒瓶を五本開けていて、お互いにずいぶん酔っていたのは自覚していた。
    「相変わらず色恋の噂一つ聞かないが、そんなんでいざというとき大丈夫なのかよ」
    「大丈夫ってなにが」
     強かに酔った頭でどうにか聞き返す。ハイボールの入ったグラスを傾けたクロウ・アームブラストが器用に片眉をあげた。こんなときだって惚れ惚れするほどいい男だ。ふん、と鼻で笑われてリィン・シュバルツァーの眉間に皺が寄った。
    「そんなんじゃ、いざ本命ができたときにデートのひとつもスマートにできなくて恥かくぞ」
    「本気じゃない相手とデートするなんて、相手に失礼じゃないか」
    「真面目」
    「そんなに言うくらいだ、もちろんクロウはデートのひとつやふたつスマートにできるんだろうな」
     妙に棘のある言い方をしてしまう。呆れたようなその眼差しが、彼は本命でない相手ともデートできるといっているようだった。
    「へえ。そんじゃあいっちょ試してみるか?」
    「ああ。クロウのお手並み拝見といこうか」
     そのまま話の流れでお互いの休日の摺り合わせをおこない、結局二週間後にある第二分校の休養日にクロウが合わせる形 1612

    甘味。/konpeito

    TRAININGクロリン/綻ぶ笑顔は花のよう薄暗い倉庫のなか、無造作に積まれたコンテナに囲まれたクロウは、両手を後ろで縛られていた。
    「ってー。口んなか切れてるなこりゃ」
     動かすだけで口のなかに広がる鉄の味に眉をしかめた。尋問された際に切れたのだろう。拘束されているせいで頬についた汚れでさえ、ぬぐうこともできない。
     痛む唇をもごもごさせていると、見張りの厳しい視線が刺さる。えへらと笑みを浮かべてごまかした。
     最近帝都で暗躍している組織の本拠地を調査するためこうして敵にわざと捕まったクロウは、あらかじめブーツのなかに仕込んでおいたナイフを袖の内側へ移動させ、脱出する機会を窺っていた。
    「さてと。腹も減ったし、そろそろ帰るとしますかね」
     複数ついていた見張りが無線で呼び出されていった頃だった。拘束を解くためにかかる時間。見張りを無力化する時間。この場から脱出する時間を計算したうえでいよいよ動き出した。
     脱出前に雇い主の情報を聞き出したり、メインシステムへ侵入していくらか情報をせしめていこうと、ひとり取り残された見張りを視界に納めながら袖の内側に隠していたナイフで縄に切れ目を入れていく。あともう少しで切れる。そのときだった。 845

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ100day
    クロリン/創から数年後
    想い出をめくる
    「またアルバム見てたのか」
     マグカップを手渡され、革張りのずっしり重いアルバムをひらいたままローテーブルに下ろした。ソファに座るリィンの隣へ腰掛けたクロウはからかいながらも優しい目でそれを眺めている。
    「ああ。先月、ユウナたちの同窓会へ行っただろう。そのときに撮った写真がアルティナから送られてきたから」
    「全員が揃ったのは卒業してから初めてだったな」
     彼らが第二分校を卒業してはや数年。それぞれの立場や事情もあり、毎年同窓会の話題が登るものの実現には至っていなかった。
     飲み干したマグカップをアルバムの隣においた彼が、ほかのページに貼られた写真に目を走らせているのを寄りかかって見つめた。卒業式に撮ったものや、彼らが家族と撮ったものもある。卒業後、リィンと再会したときに撮った写真も収められていた。
    「寂しいか」
     肩に預けていた頭を持ち上げる。クロウの目を見返すと、そういう顔してたぞと額を小突かれた。
    「そうだな。教え子が卒業していくのは寂しい。でも、巣立っていく人たちだけじゃないから。クロウが俺の隣にいてくれるから、寂しいけれど笑顔で見送れるんだ」
    「そっか」
     ふと、ARCUSを取 837

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創、夢幻回廊にて
    ねこねこerror
    ――空間移送の際に異常を感知しました。
     意識が浮上する直前、抑揚のない音が流れてくる。目蓋をあげれば創まりの円庭が広がっていた。
    「つまり、ここへ連れてくるときに起こった異常とやらのせいでみんなに猫の耳と尻尾が生えちゃったってこと?」
     エステルが地毛とよく似た色の、自身の頭頂部を占拠する猫耳をつつく。ロイドは目を閉じて同様に生えた猫耳が動かせるのか試しているようだった。リィンの頭の上にも黒い猫耳がついている。ゆったり揺れる黒い尾が視界の端をよぎった。
    「ああ。戻るときには影響しないそうだ」
     それなら問題ないわね、と笑ったエステルは仲間と階層へ向かい、苦い顔で笑ったロイドも支援課の面々とともに星霊樹の方角へ去っていくのを見送る。
    「ということで、今回はこのまま訓練に出ようと思う」
     Ⅶ組の生徒らのところへ話し合いの結果を持ち帰ったリィンは、生徒を引き連れ千年宝庫で装備を整えていた。
    「あの人も行くんですか」
     アルティナの指差す先には、石盤の前でクロチルダたちと談笑しているクロウがいた。彼にも銀色の猫耳がついていて、その光景についつい眦が下がる。
    「強敵の出る階層を攻略するからクロ 855

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後日談時空
    a secret in the gift
    「そういえばクロウさん、リィン教官からお返しもう受け取りました?」
     頼んでいた釘を持ってきたユウナに問われ、受け取る手が止まった。
     急遽、学院祭で演劇をする運びになったⅦ組に例外として大道具係を買って出たクロウは、舞台に飾る背景をペンキで描いていた。
    「だから、先月一緒にチョコ作ったじゃないですか。アレのお返しですよ」
    「いや、リィンには俺が作ったなんて言ってねえし」
    「でも、クロウさんのチョコを食べた教官、本当に嬉しそうだったから気がついてると思いますよ? それに、貰いっぱなしにするような人でもないですし」
     納得のいっていない彼女はそのまま劇の予行練習のため、退室していった。
    「なあ、休憩しないか」
     まだ温かい缶コーヒーを持ってきたリィンとプルタブをあける。
    「もしかしなくてもお前、飲み物配り歩いてんのか」
    「生徒の自主性に任せたいとかで、教官は手伝えないんだ。これくらいはしてやりたくて」
    「ったく、お前らしいよ」
     肩を小突いたクロウに照れているらしいリィンとしばしの休息をとった。
    「その、クロウ」
     飲みかけの缶を揺らしていたリィンが顔をあげる。
    「先月のお返しだ。クロウ 847

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅳ後/兄貴分と教官と俺
    「今度はあの屋台の串焼きが食べたい」
    「おい待て。あの長蛇の列に並べってことか?」
     クロウの指差した先には長々とした列があった。最近ジュライで話題になっている屋台だ。串に刺さった肉にシーソルトがよく合う。
     スタークは笑みを深めて頷いた。
    「敗者は勝者の言うことを聞く、だよね。クロウ兄ちゃん」
     歯噛みしつつ屋台へ向かったクロウを心配そうに見送るリィンと近場のベンチに腰掛けた。遠くに見える港からの雑音や、カモメの声が聞こえる。
    「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、リィン教官。それよりどうでした。ジュライは」
    「ああ。クロウの育った街に来ているんだと思うとなんだか不思議な感覚だよ」
    「今はもう、昔の面影なんてほとんどないですけどね」
     眉を下げた彼は何も言わなかった。
    「――今でも、あのときクロウ兄ちゃんを引き止めていたら何かが変わったんじゃないかって思うんです。教官が陽霊窟で引き留めたみたいに」
     分かりやすく驚いている彼に、兄貴分の絆されてしまった理由を見つけた。
    「ユウナたちから聞きました。俺もあの日行かないでって言っていたらなんて、今さらですけど」
    「どうだろうな」
     ゆった 847

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/創後
    ふたり合わせて天下無敵
    「クロウ! そちらへいったぞ」
     昆虫型魔獣を斬り伏せたリィンの目に、クロウの背後から飛びかかる魔獣の姿が映る。
    「そっちもな」
     リィンの太刀がクロウの背後にいた魔獣を貫いた瞬間、彼の双刃剣がリィンの背後にいた魔獣を切り裂いていた。お互い、魔獣から刃を引き抜き、付着した汚れを払い落とす。
    「サンクス」
    「それはこちらの台詞だ。それにしても数が多い。困ったな」
     改めて背中合わせに得物を構え、次から次へ襲いかかってくる魔獣を始末していく。
     逃亡の時間稼ぎに魔獣をけしかけていった奴らの姿はもう見えない。不意に耳へ届いた、空を切り裂く駆動音にあちらこちらへ目をやる。林の影から姿を現した小型飛行艇の操縦席に、先ほど取り逃した人影を見つけた。
    「どうする。もたもたしてるうちに逃げられちまうぞ」
     隣でゆったり双刃剣を肩に担いだクロウからは焦燥なんて微塵も感じない。絡んだ視線に頷き合い、太刀を鞘へ収める。
    「一気に切り抜ける。神気合一。緋空斬!」
    「まあ、そうなるわな」
     一足先に小型艇の真下へ回り込んだクロウが武器を捨て、構える。その姿に彼の意図を汲み取り、さらに速度をあげた。
    「リィン!  844

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後
    側にいるからできること
    「うん、やっぱりクロウのフィッシュバーガーは美味しいな」
     両手で包んだバーガーを頬張ったリィンが破顔する。フライドポテトを齧っていたクロウはその幸せそうな顔を眺めながら、自身もバーガーへ手を伸ばした。こうして彼と食卓を囲むようになって随分経つ。
     休養日の昼下がり。恋人と向かい合い、久方ぶりの故郷の味に舌鼓を打つのだった。
    「魚以外の材料、用意してくれてありがとう」
     使った皿を洗うリィンは上機嫌だった。彼から受け取った皿の水気を拭き取り、棚へ戻していく。料理をしなかったほうが皿を洗う、いつのまにか決まった分担だ。
    「そりゃあ、ルセットのリーザさんが今日はまたフィッシュバーガー作られるんですってね、なんてパンを届けにきたら察しないほうが難しいだろ。だから昨日の夜、入念に釣具の点検していたわけね」
    「ああ。ジョゼットさんに頼んで海釣りに。ルセット、クロウの教えたレシピが人気メニューになっているらしいぞ。如水庵から魚を卸してもらうようになったって」
    「らしいな。ラドーのじいさんも言ってたわ。だいたいお前にも教えてやっただろ。ジュライ特製フィッシュバーガーの作り方。自分で作りゃあいいじゃね 844

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/いつかの未来
    不意打ちラブサイン
    「おはよう。さて、ホームルームをはじめようか」
     扉をあけ、Ⅶ組の教室に入ったリィンは当たり前な顔で机に座る銀髪に目を見開いた。
    「おはようございます、リィン教官」
     伊達眼鏡をかけ、生徒らに混じって着席しているクロウがにこやかな笑顔を向けてくる。入り口で固まっているリィンへ手を振ってくる余裕さも見せられ、つい顔をしかめた。
    「なんでクロウがここにいるんだ」
     どうにか無事にホームルームを終え、クロウを廊下へ引っ張り出す。無抵抗についてきた彼は整っていた髪を手櫛で乱した。
    「今日はこっちで頼まれ事があったんだよ。そのついで」
     眼鏡を外してリィンにかけさせたクロウは満足そうな顔をしている。そっちのほうが似合うぜ、なんて口角をあげる男に苛立ちが募った。
    「だとしても、昨日連絡してきたときに教えてくれてもよかっただろう」
    「あのな、察しろ」
    「なにを」
     素直に疑問をぶつけると、渋い紅茶を飲んだような顔になる。長い長いため息を吐き出す彼に毒気が抜かれた。
    「昨日話してたら、お前の顔が見たくなったんだよ。察しろっていうのはそういうこと。それと、明日休みなんだろ。そう言ってたもんな。帝都に宿と 831

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/いつかの未来
    回避不能の会心の一撃
    「クロウ、出たぞ」
     降ってきた声に読んでいた雑誌から目をあげると、ほのかに湯気を纏ったリィンがこちらを見下ろしていた。風呂上がりの湿った髪をしきりにタオルで拭っている。
    「お、リィン今日は風呂長かったな。さてと、俺も入ってくるかね」
     石鹸の香りを腕のなかに閉じ込め、胸一杯に吸い込みそうなところをどうにか思い留まる。伸ばしかけた手で頭を掻き、重い腰をあげた。
    「その、クロウ……」
     くん、と袖を引かれ、風呂場へ向かう足が止められた。クロウの袖を掴んだまま視線を彷徨わせているリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返している。
     普段は外に跳ねている横髪は濡れて大人しく、赤く色付いた頬にまつ毛の影が落ちて妙に色気がある。
     シャツから覗く、無防備な喉仏から視線を逸らしているとふたたび袖を引かれた。
    「クロウ、待ってる、から」
     言葉を絞り出すたび頬に赤みが増し、のぼせたような顔になっていく。
     遅々とした思考で、これがリィンからのお誘いだと理解するまですっかり硬直してしまったうえ、渇いて張り付いた喉からは上手く言葉が出てこない。
     くぐり抜けてきた修羅場の数が霞んだ。
     そうこうしているう 818

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/ティナ視点/創、後日談の前
    わたしも貴方も彼の相棒
    「ブリューナク、照射」
    「おっと、今の当たってたらヤバかったな」
     黒の戦術殻から照射された光線を難なく避ける男にふたたび構える。
    「……クラウ=ソラス」
     訓練で精も根も尽きたアルティナはカレイジャスⅡ艦内、総合訓練所の天井を眺めさせられていた。同じく先ほどまで動き回っていたはずのクロウは床にゆったり座っている。
    「貴方は、帝国へ戻ったら、また教官の前からいなくなるんでしょう」
     上がった息が整わないまま言葉を振り絞った。隣に並びたいリィンにも、彼に並ぶこの男にも力が及ばない。悔しさが目尻に浮かんだ。
    「いなくなるって」
    「そうじゃないですか。貴方が一度いなくなって、どれだけあの人が悲しい思いをしたのか、分からない貴方ではないでしょう」
    「そうだよな。お前はずっと、あいつを見てきたんだもんな」
     追憶に浸っているらしい彼が目を細めた。どうにか起き上がり、その顔をじっと睨む。
    「あの人の相棒だというのなら、なぜ側を離れるんですか」
    「なあ知ってるか。あいつ、黄昏が終わった今も、お前さんが直したネックレス大事に持ってるんだよ。お守りみたいにさ」
    「エリン、の、」
    「そ。大事な生徒からもら 812

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/チョコレートに隠された秘密
    Ⅳと創のあいだ
    「教官、少しお時間頂けますか」
    「ん? ああ。構わないぞ」
     教官室で書類仕事を片付けていると、放課後はいつも部活に勤しんでいるはずのアルティナがリィンの元へやってきた。彼女からの頼まれごとは珍しく、一も二もなく了承する。
     一瞬ほっとしたような表情を見せた彼女とともにリーブス第二分校の食堂へと向かった。
    「アル、教官呼んできてくれてありがとう」
    「おふたりとも、お待たせしました」
     食堂へ入るとリィンを先導していたアルティナが、先に来て待っていたらしいユウナとミュゼの元へ駆け出した。
    「ユウナ、ミュゼもいたのか」
    「はい。これ、あたしたちからです。受け取ってくれますよね」
     ユウナの差し出したプレートには、いくつかのチョコレートを使ったお菓子が乗せられている。それぞれ一目で誰がどれを作ったのか分かる見た目をしていた。
    「リィン教官、いつもありがとうございます!」
    「ありがとうございます」
    「私からは愛もたっぷり詰めました」
    「そうか。今日はバレンタインか。ありがとう。大切に食べるよ。この兎のパンケーキはアルティナだろう。みっしぃはユウナだな。ミュゼはこの薔薇の形をしたこれだろう。それ 829

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/Ⅳ後/本音を覆い隠すチョコレート
    「あれ、クロウさん来ていたんですか。アルも一緒?」
     背後からした声に振り返ると、リィンの担当クラス、Ⅶ組所属のユウナが目をぱちくりさせていた。
     クロウの隣で包丁を構えたアルティナは、まな板のうえに鎮座するチョコレートの塊と睨み合ったままだ。こちらが手を貸そうとした途端、言い表せない気迫を感じて静観していた。
    「ユウナさんお静かに。現在、秘匿任務中です」
    「ということで、いつもの如くリィンにはナイショで頼むわ」
     溶けたチョコレートと生クリームの入ったボウルを片手に、人差し指を口元に添える。当のユウナからは呆れた目を向けられ、小さく肩をすくめた。
    「またそんなこと言って。教官、会いたがっていましたよ」
    「……。クラウ=ソラス」
    「おいおい! 待て、頼むから待て」
     包丁が刺さったままの塊と対峙したアルティナが片手を掲げて黒の戦術殻を召喚しようとするのを、ふたりががりで止めた。
     リーヴス第二分校の食堂は、翌日に控えたバレンタインの準備に励む女生徒の戦場となっていた。
     ユウナも持ってきたエプロンを装着し、ふたりに並ぶ。女生徒らの熱気漂う食堂は甘いカカオの香りが充満していた。
    「どうせ 836

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅱその後/クロ+リン/幸福な悪夢
    「クロウ先輩、卒業おめでとうございます」
     一輪のカーネーションをクロウへ差し出した。ライノの花に似た色の、丁寧にラッピングされているそれは、在校生から卒業生へ感謝の気持ちを伝えるためのものだった。
    「なんか企んでやがるのか」
     一向に受け取る気配のないクロウへカーネーションを押し付ける。ようやく受け取ってくれたそれを検分する彼にため息が出た。
    「そんなんじゃないから」
    「だったらいつも通りにしろよ」
    「でも……」
     言い淀むリィンの肩を叩くクロウは別れを惜しむ涙もなく、普段と全く変わらない。明日から会えないなんて考えもしない振る舞いだった。
    「いいからいいから。それにお前から先輩なんて呼ばれると、こっちの調子が狂うんだよな」
    「分かった。クロウ、卒業おめでとう」
    「おう、あんがとな。トワたちにはもう渡したのか」
    「ああ。先に会えて。クロウは卒業後はジュライへ帰るんだろう。寂しくなるな」
    「男との別れを惜しんだってなんにも出ないんだからな。まあ、俺もお前さんの顔が見れなくなると思うと寂しくなるぜ」
     とん、と彼の大きな手がリィンの頭を撫でた。滲んだ涙をごまかすために瞬きを繰り返す。
    811

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    Ⅰ学院祭前/くっついてないクロリン
    ラストノート
    帝都近郊、トリスタの街に建つトールズ士官学院第三学生寮の一室にて、白熱した議論が繰り広げられていた。
    「確かに見栄えはするかもしれないが、さすがにここまでの露出は」
    「いーや、試しにここのデザインをこう、こうするだろ」
     リィンのベッドに散らばった紙を拾いあげ、同じようなデザインを描いたクロウがさらに袖を描き加えていく。短いスカートはそのままなんだな、とは言い出せない気迫に固唾を呑んで見守った。
    「ほれ、見比べてみな。断然、こっちのデザインのほうがいいだろ」
    「うーん……」
     クロウの言い分は理解したものの、果たしてこれが受け入れられるのか疑問は残る。ステージ上では映えるのは間違いないだろうが、同級生らが着てくれるかはまた別の問題だった。
    「あのな、俺は腹出しからヘソチラまで譲歩してやったんだ。ここの露出は絶対に譲れねえ。それに作っちまえばこっちのもんだ」
    「いや、それは」
     遮るようなノックの音で同時に扉を見やった。返事をすればエリオットだったので、辺りに散乱する紙をかき集めてから扉をあける。
    「リィン、クロウもここにいたんだね。そろそろ夕食だから降りてきなよ」
    「わざわざ呼びに来て 821

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/クロウが分校生やっている
    夕暮れに溶ける
    「クロウ、ここにいたのか」
    「んあ?」
     机に突っ伏している頭へ手刀を入れた。のろのろ起き上がり、寝ぼけ眼で見上げてくるクロウをリィンは呆れた顔で眺める。
     放課後、教官室で書類仕事を終えてから校内を巡回している途中、Ⅶ組の教室で見慣れた銀髪を見つけて驚かされた。
    「なんだリィンか」
    「なんだ、じゃないだろう。今何時だと思っているんだ」
     腕を組んで指摘してやれば、ARCUSで時刻を確認したクロウが目を白黒させていた。
    「……アイツら、起こしていかなかったな」
    「あのな。ユウナたちはクラスメイトだが、あくまでクロウが年上だっていうところは忘れてないでくれ。頼むから」
     分かってる分かってると繰り返した彼が背中を伸ばしている。
     突然クロウがリーヴス第二分校へ編入してきてひと月余り、いまだ制服に身を包んだ姿が見慣れない。学生時代は身に付けていたバンダナまで装着して、ますます落ち着かなかった。
    「んで、リィン教官はお仕事終わったのかよ」
    「ああ。お前がぐっすり寝ているあいだにな」
     机を挟んで向こうにいる彼が立ち上がり、かけていた眼鏡を引き抜かれる。目を伏せた瞬間、掠め取るようなキスをされ 779

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅳ後/クロリン/覚悟の結末
    巨イナル黄昏の終幕とともに世界大戦も終わりを告げた。今はまだ、トールズ関係者や大戦に関わった者たちはその後始末に奔走していた。
     クロスベル市の南、エリム湖畔に建てられた聖ウルスラ医科大学は、そんな喧騒を忘れさせるような静けさに包まれている。至宝の力によりふたたび肉体を得たクロウは、一時的にその一室へ滞在させられていた。
     検査室から指定の病室へ戻ってくると、廊下に見知った顔を見つけて肩をすくめた。
     贄の影響が抜け、濡羽色の髪と紫黒の瞳へ戻ったリィンが心ここに在らずといった調子で立ち尽くしている。その肩を叩き、病室へ招き入れた。
    「ったく、検査結果が分かったらすぐにARCUSで連絡してやるって言っただろ」
    「その、ユウナたちから邪魔だからここにいるようにと言われて」
     ベッドに座るクロウの傍ら、勧めた椅子に腰掛け、頬をかく彼は弱り果てているようだった。生徒らにけしかけられる光景がありありと見える。
    「それで、その」
     口ごもり、視線を彷徨わせる姿にすぐさま合点がいく。そんな彼へ愛嬌たっぷりにウインクを送った。
    「ああ。結果な。異常なし。健康そのものだとよ。明日からはお前らに合流するか 830

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅳ決戦前夜ミシュラムにて
    星降る夜にキスをして
    「マキアス、無事に戻れたかな」
     先に失礼すると去っていった背中を思い出し、リィンは眉を曇らせた。
    「どうだろうな、かなり酔ってたからな。お前もあんま飲みすぎるなよ」
    「分かっている」
     最初は困った様子を見せていたクロウが途中からからかうような口振りになり、つっけんどんな返事をしてしまう。からから笑う彼を横目に、ため息をついた。
     そうしていくらか酒を飲み交わした頃、そろそろお開きにしようとホテルへ向かっていた時だった。
    「少し、酔い醒ましに歩かねえか」
     そう言ったクロウに連れられてやってきたレイクビーチはすっかり静まり返っていた。窓から見上げた、星の数ほど空に浮かんでいたスカイランタンはなく、花火さえ上がっていない。
     ただ、寄せては返す波の音だけが辺りに響き渡っていた。
    「ほれ、リィンの分」
     こよりを差し出され、思わず受け取ったリィンは暗闇のなかでそれをじっと見つめた。
    「手持ち花火、にしては細くないか」
    「これは線香花火。ま、試しにやってみな」
     クロウの手で先端に火をつけられたそれは、派手なものではないが、粘り強く火花を散らしている。柔らかな炎に浮かび上がったクロウの輪郭 822

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    ジクリン(クロリン)/Ⅲ途中/届かない想い
    歓楽都市ラクウェルは、夜でも賑やかさを失わない。
     リィンは昼間に西の渓谷で遭遇した傭兵団や、別勢力らしい傭兵らの調査するため、この地へ舞い戻っていた。調査に同行してくれたアンゼリカやサラ、途中から合流したクレアとともに情報収集して回っていた、そのときだった。
    「すみません、ちょっと」
     見知った気配を察知して居ても立っても居られずに駆け出す。背後から聞こえた、サラたちの慌てるような声に気を配る余裕なんてなかった。
     飛び込んだ路地裏の奥、暗闇のなかに浮かび上がった背中を捉える。
     リィンの記憶と酷似するその背格好に特徴的な銀髪は、改めて見てもクロウにしか見えない。しかし彼はこの腕のなかで息を引き取った。もう一年以上前の話だ。
     目の前にいるこの男はクロウと別人だと理解しても、彼を求める心がそれを否定する。
    「やはりお前か。《蒼》のジークフリード」
     かけた声に振り返った彼は、こちらへ興味を示すことなくふたたび歩み出してしまった。
    「待て!」
     縋るように肩を掴む。手のひらから伝わってくる、機械に触れたような彼の体温に怯んだ。
    「お前は今、俺に構っている場合ではないと思うが?」
     仮面 795

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅱラスト前日/不器用なキス
    ユミルの里、その渓谷道の奥に顕現していた氷霊窟で用事を済ませたクロウは、貴族連合の本拠地へと帰ろうとしていた。
    「ク、ロウ……なのか」
     雪の踏み締める音で双刃剣を構える。振り返ると今はユミルに居るはずのないリィンが呆然とした顔で立っていた。
    「来てたのか」
     構えていた双刃剣を背に戻す。リィンもまた鞘から引き抜いた太刀を収めた。しかし、彼がクロウの元へ歩み寄ってくることはない。
     ふたりのあいだを冷たい風が吹き抜けていった。
    「あ、ああ。それで、こちらから嫌な気配がして」
    「それならアレだな。ま、俺が一足先に片付けさせてもらったが」
     背後にあった氷霊窟を指した。最深部で待ち構えていた魔煌兵は、先ほどクロウが倒したばかりだった。
     もしもリィンのほうが先にあの霊窟へたどり着いていたなら、あの魔煌兵とやり合っていたのは彼だったのかもしれなかった。
     今はもう、過ぎた話だ。
    「そういうわけだ。じゃあな」
     戸惑い瞳を揺らす彼に背を向け、オルディーネと向き合う。
     騎乗しようとした途端、肩を掴まれよろめいた。胸ぐらを掴まれ、崩れた体勢のままリィンの唇が押し付けられる。勢い余ってぶつかった歯 832

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片思いクロリン/Ⅰ夏頃/雨の日の失敗
    「雨、降ってきちゃったな」
    「ったく寮まであと少しってところでついてないよな」
     ようやく木の下に身を落ち着けたリィンはポケットからハンカチを取り出し、雨で濡れた顔や首筋を拭った。半袖から出た腕も拭っていると、クロウがバンダナを外して顔を拭っているところだった。ハンカチを差し出すも断られ、もう一度額を拭う。
     トリスタの公園は人気もなく寂しい。晴れているときには憩いの場になるそこも、今は急な通り雨のせいで誰もいなかった。
    「本降りになってきちまったし、ここで雨宿りしていこうぜ」
    「あ、ああ。そうだな」
     身を乗り出して雨の様子を伺う彼は、億劫そうに濡れた前髪をかき揚げている。バンダナのない、秀でた額がリィンの眼前に晒され、初めて見るその風貌に慌てて目を逸らした。
     なぜか、見てはいけないものを見てしまった心待ちになる。
    「こらこら、あんまりそっち行くと濡れるぞ」
     ぐ、と肩を掴まれて引き寄せられる。冷えた肩を掴んだ手のひらの熱さに眩暈を覚えた。頬に滴る雫を追って顔をあげると、思いのほかクロウが近い。
    「クロウ、先輩……」
     彼を呼んだ声が震える。先輩、なんて久しく使っていなかった呼び方 858

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創数年後/負けず嫌いに火がつく
    四方八方を魔獣に囲まれたリィンは、背後に保護した子どもを庇いながら襲いかかってくる魔獣を切り捨てていた。魔獣の数が多く、保護対象がいるなかで状況を打破する手立てもない。
    「お兄さんは遅れて登場って相場が決まってるんだよ!」
     突如上空から導力バイクが飛び込んでくる。そのバイクに跨ったまま双拳銃を構えるクロウに、子どもをコートで包み、その場で膝を折った。
    「クロウさん真面目にやってください」
     絶え間なく鳴り響いていた銃声が収まった頃、黒の戦術殻《クラウ=ソラス》に乗ってアルティナが降下してきた。
    「クロウ! アルティナも」
    「さて、リィン。お前はどうしたい」
    「教官、指示をお願いします」
     振り返ったふたりに破顔するも、すぐさま顔を引き締めた。
    「アルティナはこの子の避難を頼む。クロウは俺の援護を」
     黒の戦術殻で子どもを抱え、ふたたび上空へあがっていくアルティナを見送り、改めて周囲を囲む魔獣を見据えた。
    「クロウ、腕は鈍ってないだろうな」
     太刀を構えなおし、背中を預けるクロウへ視線を投げる。双拳銃から双刃剣に持ち替えた彼はゆったりとした動作で得物を構えていた。
    「おいおい。誰に聞い 845

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片思いクロリン/Ⅳ第一相克後
    休息、その一幕
    クロウとの第一相克を終えた一行は、エリンの里でつかの間の休息をとっていた。
     里の中心部で生徒らと戯れながら釣りを楽しむリィンをなんとなしに眺める。和気藹々と過ごしている彼らは、釣れた魚の大きさで勝負をしてるようだった。
     ルールを逸脱しない範囲でおこなわれた不意打ちともいえる第一相克は、オルディーネがヴァリマールの眷属となることで決着がついた。そして、それぞれの起動者であるリィンとクロウもまた、騎神らの影響を受けて目には見えないなにかで結ばれていた。
     お互いの感情の機微や、目を閉じて集中すれば居場所まで掴むことができる。不思議な感覚だ。
    「なんでこんなことになったかね」
    「そんなの、アンタが望んだからに決まってんじゃない」
    「黒猫……、セリーヌだったか」
     ぬっと出てきた姿に、つい懐から猫じゃらしを取り出してしまう。試しに彼女の目の前で振ってみてもいい感触は得られず、ふたたび懐へしまった。
    「本当は分かってんでしょ。あの子が望んだだけじゃ、この結果は得られなかったこと」
     不意に釣りをしていたリィンと視線が絡む。手を振ってやると遠慮がちに振り返してきた。
     じわりと胸に広がったあた 826

    甘味。/konpeito

    DONEⅡクロリン/近付けども遠い人
    フォロワーさんの呟きを書かせて頂きました。
    ナイフで服が切り裂かれた。
     その音がリィンとクロウ、ふたりしかいない部屋に寂しく響き渡る。今はもう、会話も交わせないほどふたりの距離は遠かった。
     冷えた空気が素肌を撫でる感触に身じろぎ、リィンの手首に拘束具が食い込む。擦れてできた傷に顔をしかめた。
    「クロウ、もう十分確認は済んだだろう。さっきから何度も言ってる通り、なにも持ってない」
     路地裏で偶然クロウと邂逅したリィンは抵抗虚しく両手を縛り上げられ、今はこの、小窓からわずかな光の入る小部屋へ押し込められていた。革製の拘束具はそのまま、こうして部屋のなかに唯一鎮座していた簡易ベッドのうえに投げられ、いささか乱暴な身体チェックを受けている。
     足を封じるように跨り、コートの上から全身を弄った手がなんの躊躇もなくダガーナイフを構え、リィンのシャツを切り裂いた。革手袋が腹のうえを這い、見下ろす冷たい眼差しにごくりと喉が上下する。
     腰のベルトに手をかけられ、肩が跳ねた。これから先の行為へ期待をしてしまう己を叱咤する。
    「――なんでもっと抵抗しねえんだよ」
     リィンに跨ったまま、すっかり項垂れてしまったクロウの下から這いずり出る。力無く垂 603

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン+新Ⅶ組/Ⅳ後/第二分校流節分の日の過ごし方
    「ああもう! なんで出現してくる敵がみんな鬼のお面なんかつけてるのよ!」
    「ユウナ、教官からきちんと説明を受けただろう。今日は東方由来の行事、節分というものを参考に訓練を用意したと」
     地団駄を踏むユウナへ冷静なツッコミを披露するクルトにアルティナはため息を落とした。
    「そういう話ではないかと思いますが」
    「まあまあ。これも教官からの愛の鞭、ですから」
    「それも違うと思うのですが」
     アルティナの肩に両手を置いたミュゼを見上げて否を突きつけるも、けろりと躱される。
    「んなこと置いといて、さっさと進むぞ。当然この奥にはシュバルツァーが待ってんだろうしなァ?」
     アッシュに習い、全員が目の前の扉を見つめる。
     アインヘル小要塞、最奥。Ⅶ組の面々はそれぞれの得物を構え直して突入した。
    「やっぱりリィン教官も付けてるんですか。鬼のお面……」
    「鬼役なんだ。当たり前だろう」
     げんなりするユウナとは打って変わってリィンは満面の笑みを浮かべている。彼の隣りにいる男、クロウも疲れた表情を見せていた。
    「お兄さんなんか、突然リィンに呼び出されてこれ付けさせられてんだからな」
    「ご、ご愁傷さまです」
    826

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/移り香/Ⅳ後くらい
    「リィン教官、昨日はクロウさんが来てたんですか」
    「ああ、そうだ。よく分かったな」
     授業を終えてリィンの元へ質問をしに来ていたユウナが鼻を鳴らしている。てっきり昨夜の酒が残っているのかと口元を覆うも、すぐさま否定されてしまい困惑する。
     彼女の言う通り、昨夜はふらりと訪ねてきたクロウと取り留めのない話を肴にして、翌日に響かない程度の酒を飲み交わしていた。最終列車がなくなったからと自室に転がり込んできた彼と文句を言い合いながらもひとつのベッドで夜を明かしはしたものの、職場で酒の匂いをさせたくないリィンは早朝から宿舎で風呂を浴びてきていたのだった。
     酒が残っていないとなると、なぜクロウが来ていたのをユウナが知っているのかという疑問が残る。
    「だって香りが――んぐっ」
     突然、ユウナの口が塞がれる。彼女の背後からミュゼが顔を出した。
    「ユウナさんは少しお口を閉じていましょうか」
    「教官もお気になさらず」
    「あ、ああ」
     ミュゼに続いてアルティナも現れ、ユウナを連れて廊下へと姿を消してしまった。
     香り。ユウナの言葉に引っ掛かりを覚え、ついつい己の袖に鼻先を寄せた。石鹸の香りがする程度で、 805

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    付き合ってないクロリン/Ⅳ後/ハンドケア
    「んっ、なんだ?」
     手を洗った途端、指先に痛みが走った。石鹸を洗い流し、タオルで水気を拭き取ってから改めて観察してみると案の定、指先にささくれをいくつか見つけた。
    「ああ。これのせいか。傷薬……、は要らないな」
     とっさに分校内にある医務室へ行くか迷ったものの、ささくれ立った指先に出血は認められず、そのまま手袋をはめ直した。
     乾燥する季節にはよくあることだ。わずかに刺すようだった痛みも、慣れてきたのか次第に薄れていった。
    「こーら。お前またなんか隠してるだろ」
    「クロウ、またこっちに来ていたのか」
     放課後、格納庫に立ち寄るとクロウに出迎えられた。予想外の邂逅についつい頬が緩む。
    「そんなことよりお前だよお前。下手に隠し立てするようなら、裸にして全身チェックしてやるからな」
    「そんな大袈裟な。少し、指先が荒れているだけなんだ。気にしないでくれ」
     なんでもないと言い張るリィンなんてお構いなしに、見せてみろと手を引かれた。
     無駄な抵抗は諦め、ソファに並んで腰を下ろす。彼の手で手袋を剥かれ、荒れた指先が晒された。手を取られて入念に検分され、どうにも居心地が悪い。
    「こんな些細な傷でも 858

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/月夜の下でダンスを。
    創後の話
    マーテル公園内にあるクリスタルガーデンのなかから、ガラス張りの天井を眺めていた。星空の切り取られたそこから月光を取り込んだ庭は、クロウとリィン、ふたりしかいない。
     足元を照らすライトがぽつりぽつりと点灯しているだけで、風の吹かない屋内庭園は静寂を保っていた。
    「おい、なんかあったか」
     屋内庭園の奥まで見回りに行っていたクロウがリィンの元まで戻ってきていた。すぐさま首を横に振り、否定する。
    「ああ。いや、学院祭のときのことを思い出していたんだ」
    「確かにここ、ステラガルデンに少し雰囲気が似てるかもな。しっかし、あのときはお前もかわいこちゃんじゃなくてわざわざ俺を誘うなんてと驚かされたぜ」
    「仕方ないだろ。あの頃からクロウのこと……」
     顎を掴まれ、見上げさせられる。強引なそれとは裏腹に、降ってきた口付けは優しい。月明かりの下で見たクロウの瞳が赤く煌めいていた。
     背中に回された、抱き寄せる腕が熱い。
    「分かってるって」
     不意に、庭園の外からかすかに演奏が聞こえてくる。
    「ここ、音楽院が近いから生徒がよく練習しているって前にエリオットから聞いたんだ。夏至祭も近いし、たぶん」
    「そっか 826

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/湯たんぽだけじゃ、足りなくて
    「さすが豪雪地帯の冬、と言ったところか」
     鳳凰館に宿泊しているクロウは、生地の厚いカーテンの隙間から窓の外に広がる雪景色を眺めていた。夕刻から降りはじめた雪は、強くなる一方だ。
     冬のユミルに行かないか。そうリィンに誘われたクロウは、お互いの休みを利用して彼の故郷、ユミルを訪れていた。
    「おお、さみいさみい。――ん?」
     寝間着のうえに羽織ったコートの襟をかき合わせる。不意にドアの向こうへ近づく気配で振り返った。
    「リィンか。どうしたんだ」
     律儀にノックをしてから入ってくる姿に目を瞬く。彼は実家の男爵家へ、クロウはこの鳳凰館へ泊まることになっていた。
    「その、今日は特に冷えるから。湯たんぽ、持ってきたんだ」
     おそるおそる差し出されたものを受けとる。その体温ほどの温かさが冷えた身体に染みた。
    「おっ。サンキューな」
     すっかり手持ち無沙汰になってしまったリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返していた。寒さに慣れている彼が二の腕をさすっている。
    「ほれ、早く入れって。寒がりの俺にはこんなんじゃ全然足りないんだよなあ」
     腕ごと引き寄せ、彼の身体を抱き留める。そのままふたりでベッドへ雪 854

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/思い出話に花が咲く
    Ⅳ後のどこか
    「どうやってクロウと知り合ったか?」
    「はい。ずっと気になってたんです。この機会に是非、聞かせてください」
     ずい、と前のめりになったユウナが引く様子はない。彼女同様、リィンとテーブルを囲む生徒らも聞きたそうな顔をしていた。
     隣りに座る男、クロウへ視線を投げた。彼は無言で肩をすくめている。その様子から話してもよいと判断し、ユウナらと改めて向き合った。
    「クロウと最初に会ったのは、俺がトールズに入学して日が浅い頃だったな。たまたま生徒会室を探していたときに会ったんだ。そういえば、どうしてあのとき俺の名前知っていたんだ」
    「来年度クラスを新設するとかで、色々とトワに手伝わされたんだよ。そんときにな」
    「そうだったのか。まあ、それで色々あって、夏頃、期間限定でクロウが俺たちのクラスへ編入してきたんだ。そのときにミリアムもやってきて。懐かしいな。あのときは驚かされたよ」
    「でも、クロウさんって上級生だったんですよね。どうして下の学年に編入したんですか。ミュゼやアッシュみたいに同級生なら分かるんですけど」
    「ああ。クロウが一年時の単位を取り逃がしていたから、だったな」
    「くっ。言ってくれるな」 827

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後/今を永遠にする日
    求婚の日なので。
    「これ、今日の朝刊な」
    「ああ。ありがとう」
     エプロンを外し、隣の椅子にかけたクロウから新聞紙を受け取った。席についた彼と食事前の挨拶を交わし、朝食に手をつける。偶然、オレンジジュースに口をつけた彼と目が合い、笑みを交わした。
     午前五時。いつもの時間に起きたリィンは、まだクロウの眠るベッドを先に抜けだして家の前で素振りをする。ついでに軽く身体を動かしてから家に戻れば、すでに朝食がテーブルに並んでいた。日課のシャワーを終えたクロウとともに残りの準備を手伝い、こうしてふたりで朝食を摂る。食べ終えればふたり並んで食器を片付け、リィンはリーヴス第二分校へ赴き、クロウは日毎に異なる依頼をこなしに出かける。これがクロウとリィンの日課だ。
     夕刻になれば、お互いに時間が合うようなら外で待ち合わせをして夕食を済ませ、ふたり揃ってこの家へ帰ってくる。遠征で彼がいない日は、味気ない朝食をひとりで食べた。
     隣りにクロウがいない時間がいやに長く感じるようになったのは、いつからだったか。
    「そろそろ出るぞー」
    「あ、ああ。今行く」
     コートのポケットに入っていた小箱を取り出し、玄関先で待つクロウの元へ急い 831

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片想いクロリン/創から数年後/好きだけど言えなくて
    「なあ、リィン。好きだ」
     射抜くような目だった。不意打ちの告白に硬直する。飲みかけのグラスを包む手を、上から覆ったクロウの手が熱い。
     クロウとふたり、リィンの自室で酒瓶を空けていただけだった。旅に出たクロウから知らない地方の話を聞き、リィンは今世話をしている生徒の話をする。彼の持ち込んだ酒瓶がなくなれば終わり。今日もそうなるはずだった。
    「――すまない」
     腹の底から沸き上がった歓喜を飲み込んだ。嘘を吐いた手前、彼の真摯な目は見返せない。
    「それがお前の答えか」
    「ああ」
     覆っていた彼の手が離れていく。リィンより少し高い体温がなくなったそこが寂しい。追いかけそうになった手でグラスを強く掴んだ。
     分かったと一言残した彼はリィンの前から去っていった。
    「クロウはもう、会いに来ないかも知れないな」
     微苦笑がこぼれる。振っておきながら勝手な言い草だ。今の心地よい距離に甘え、二の足を踏んでしまったのだ。
     彼のグラスにはまだ酒が残っていた。
     それからひとり、残った酒をひたすら煽った。
    「おそようだな、リィン。珍しく酒が残ってる顔してるぞ」
     物音に目を覚ますと、相変わらずの事後ノック 856

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創から数年後/当たり前であるがゆえに
    「リィン、さっきの物件どうだった」
    「どうだもなにも。そこそこよかったと思うぞ」
     先ほどまで内見をしてきた物件は、なかなかによかった。ひとつ難を挙げるとするなら新婚向けの内装だった点くらいだ。クロウには似合わない。が、彼が誰と住むための家なのか皆目検討がつかないので、その良し悪しが分からなかった。
    「そこそこ、ねえ」
     グラスを傾けた彼は、煮え切らない様子だ。
     物件をいくつか見たい。クロウにそう誘われたリィンは休みの合った今日、すでに三箇所の下見を終えていた。今はベーカリーカフェ《ルセット》で小休憩を挟んでいるところだ。
     それにしても、どこの誰と一緒に住むような仲へ発展したのか。相棒であるリィンの預かり知らぬところで愛を育んでいた事実に多少傷つきはしたものの、何事も要領がいい彼のことだ。そういうこともあるのだろう。
    「三件め、庭の広さはよかっただろ」
    「まあ、そうだな。よかったと思うよ」
     花壇を作るならやや広いが、もしもリィンが素振りをするなら丁度いい広さだ。
    「部屋数は多すぎるな。一階はブチ抜いて導力バイクを入れちまうか」
    「いや、今は多すぎるかも知れないが、ゆくゆくは丁度良 852

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅳ後/勝負の女神が微笑んだわけ
    「これで終いだ」
     クロウの手でマスターカードが動かされ、攻撃が宣言される。こうしてリィンのマスターカードの体力はなくなり、敗北が決定した。
     ヴァンテージ・マスターズ。通称VMと呼ばれるカードゲームをクロウに教えたのはリィンだった。それまでは横で見ていた程度だと言っていた彼に初戦で苦戦を強いられたのも、今はいい思い出だ。それからは正直、一進一退。お互いに勝っては負けてを繰り返していた。
     そんな彼相手に手を抜くなんて真似は当然しなかったが、こうも差をつけられるのは正直堪えた。
    「……負けた。今日はやけに真に迫っていたな?」
     敗北を宣言したリィンは、テーブルにひろがったカードをケースへ片付けた。クロウのマスターカード、クラウンシーフは動きが読みづらく、こちらは遠隔攻撃を得意とするウィッチで迎え撃ったのだが、結果はこの有り様だ。
    「まあな。さてと、約束通りひとつだけ俺のお願い聞いてもらおうか」
     勝者の笑みを浮かべるクロウは、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどだ。勝負をする前、珍しく賭けを申し出た彼にリィンは難色を示したものの、賭けるものが金銭でなかったので、つい容認してしまったのだ。
    810

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/誰も知らない彼らの秘密
    Ⅳ第一相克後、この腕の重みに想う後アッシュ視点
    「しかし、ここまで運んでからブッ倒れるとか、パイセンも流石すぎんだろ」
     ブリオニア島にあった管理小屋で、ベッドへ倒れ込んだ途端に寝息を立てる銀髪の男をアッシュは呆れた目で見下ろした。
     リィンをここのベッドに下ろすまで疲れなんて微塵も見せなかった彼は、やはりリィン同様に消耗していたらしい。
     黒の工房からリィンを救出後、この島にある陽霊窟で相克という、騎神に選ばれた起動者同士の戦いを終えたリィンとクロウは、お互いの意思によって力の融合を拒み、新たな絆を結んだようだった。アッシュらにとっては落ち着いている印象が強い彼の、予想外な一面を見せられた気分だった。
    「ところで。結局、教官の言ってる利子ってなんなんですか」
     ユウナの素朴な疑問に答える声はない。顔を見合わせては首を振り合うリィンの同級生、旧Ⅶ組の様子にアッシュは首をさすった。
    「僕たちもその辺りは詳しく知らないんだ。以前からふたりでそういうやりとりはしていたんだけれど、どうにも改まって聞けるような雰囲気じゃなくてね」
     旧Ⅶ組を代表して答えたエリオットは、眉を下げ、返答に困っているふうだった。どうやら、このふたりのあいだにはヒン 846

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/この腕の重みに想う
    Ⅳ第一相克後
    「おいおい、こんなのってアリかよ。……ん? おい、リィン」
     クロウの肩口に顔を埋め、微動だにしなくなったリィンの身体を揺する。彼の腕は変わらずクロウを抱き締めていて、その表情は窺い知れない。
     ブリオニア島に出現した陽霊窟の最深部で行なわれた第一相克は、リィンの勝利で幕を閉じた。敗者は勝者に力として吸収される。相克をはじめる前からその事実を受け止めていたクロウは、彼に敗北した時点で覚悟を決めていた。
     そうして相克を終えるも、オルディーネからヴァリマールへ流入するはずだった力の流れが突如として変化した。それにより、オルディーネは消失を免れ、結果としてクロウの存在は、不完全ながらもこの世に繋ぎ止められたのだった。
    「これは、完全に意識を失っていますね」
    「ん。しかもリィンってば、がっつりクロウを掴んじゃってるし」
     リィンの様子を伺っていたアルティナとフィーに、彼を剥がすのは諦めるよう諭されて肩を落とす。ただでさえ贄として消耗していたところに相克をおこない、さらに予想外の事態を引き起こした代償だ。クロウもまた、相克や消失しかけた反動も相まって消耗が激しく、リィンの身体を支えるのもやっと 822

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/一時休戦
    Ⅱ終盤、氷霊窟/あり得たかも知れない因果の話
    「まさかこれほどとは。今までの手配魔獣とは次元がちがうぞ」
     膝をついたユーシスは、傾ぐ身体を支えるように地面へ剣を突き立てていた。
    「くっ」
     後方にいるエマやエリオットの前に立ち、リィンが敵の攻撃を受け止める。四本の腕から繰り出された衝撃で、踏みしめた足が後ろへ押し戻された。
    「こんなところで、こんなところでやられるわけにはいかないんだ!」
     太刀を握りなおし、巨大な魔煌兵へ斬りかかった。しかし、リィンの攻撃は無情にも見えない壁に弾かれる。
     帝都の解放作戦前、リィン一行はユミルを訪れていた。そこで妙な冷気の流れを感じとったリィンは、辿るように到着したユミル渓谷道の最奥で、五つ目の精霊窟を発見した。そして、その最深部で待ち受けていたのは今まさに対峙している、この二対の腕を持った魔煌兵だった。
    「しまった! また攻撃が」
    「まずいっ……」
     アーツの駆動体勢に入っていた敵が、攻撃体勢へ移行する。
    「ふふ。クレセントミラー」
    「させねえよ。フリーズバレット!」
     敵の攻撃から守るようにリィンらを見えない膜が覆い、さらには敵の足元から氷柱が現れた。背後から飛び出してきた背中に息を飲む。ク 823

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後/レジストできない誘惑
    「ただい、ま?」
     一日の勤務を終えてようやくリーヴスにある宿舎へたどり着いたリィンは、自室の扉をあけたまま固まってしまった。一度、扉を閉め、あける。残念ながら目の前に広がる光景に、なんら変化は訪れなかった。
     部屋のなかへ滑り込み、後ろ手に扉を閉める。それから慎重にベッドへ歩み寄った。
    「これってクロウのコート、だよな。なんでこんなところに」
     自室のベッドのうえには、襟にファーの付いたコートが無造作に投げ出されていた。手に取ってよく見てみても、やはりクロウの愛用しているコートに似ている。
     確かにクロウは、今日も突然土産を渡しに来たと分校へ顔を出していた。けれども宿舎のほうへは寄っていなかったはずだ。いつもならば土産をリィンへ渡すのもそこそこに、こちらが引き留めるのも待たずさっさと帰ってしまうほどで、てっきり今日もそうなのだろうと、書類を片付けながら残念に思っていたほどだった。
     一体なぜ。こんなところに。疑問は尽きないが、答えも出ない。
     手にしたままのコートを見ているうちに、好奇心がむくむく沸いてくる。逡巡したのち、自前のコートを脱いでクロウのものに袖を通した。当然、彼に合わせ 851

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/あの日見た茜色/Ⅳ後
    「あんま変わってなかったな」
    「まだ俺が卒業してから一年経っていないんだぞ。そうそう変わらないだろ」
    「まあ、それもそうか」
     僅かに埃の被った机をクロウの指がなぞる。茜色で縁取られたその横顔が、リィンには寂しそうに映った。
     今日はクロウとふたり、トールズ士官学院のある帝都近郊都市、トリスタに来ていた。リィンが卒業してからは閉鎖されているままの第三学生寮や、互いによく出入りしていた生徒会室のある学生会館。それから灰の騎神、ヴァリマールと出会った旧校舎を外から眺め、最後に夕焼けで染まる校舎を思い出話に花を咲かせながら散策した。
     最後に行き着いたⅦ組の教室で、お互いが使っていた席に腰を下ろす。頬杖をつき、外を眺める姿が以前見た光景と重なった。
     まだ、クロウが帝国解放戦線のリーダーを務めていたことも、蒼の騎神、オルディーネの起動者であることも知らなかったあの頃、彼はどんな思いでこの窓から夕焼け空を眺めていたのだろう。
    「そういや、寮の部屋に置いていった俺の荷物、やっぱりなくなってたな。さすがに残っているとも思っていなかったが」
    「あるぞ。あの部屋にあったクロウの荷物、俺の部屋に」
    「へ 821

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/桃の誘惑
    「これ、桃か」
     帰宅早々、リビングテーブルの果物籠を見つけたリィンは目を輝かせた。
    「お、さすがに知ってたか。今日たまたま見つけてな。買ってきた。もう大分熟れているから追熟もいらないだろうぜ」
    「そうか。楽しみだな」
     ひとつ、桃を手に取った。赤みがかった白色の薄皮に、うっすら生えた産毛のようなそれがリィンの手をくすぐる。窪みに鼻先を埋めると、なるほど、確かにもうすっかり熟れた香りがした。
    「こらこら。それは夕食を食ってからのお楽しみだぞ」
     キッチンから夕食を運んできたクロウに釘を刺される。スープ皿にはクラムチャウダーがなみなみ入っていて、リィンの空腹を刺激した。湯気とともに立ちのぼる、磯の香りに目を細めた。
    「おっと。その前におかえり、リィン」
    「……、ただいま」
     頬に口付けられ、促されるままリィンも同じようにする。この挨拶がいまだに慣れない。赤らんだ頬をさすり、食事の席へついた。
    「そんじゃ、早速剥いていくぜ」
     ふたり並んで夕食の片付けを済ませ、フルーツナイフと皿を持ってリビングへ戻った。
     彼の手のなかにある桃は、薄皮を丁寧に剥がされ、瑞々しい果肉を晒している。中心にある 820

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/俺が遅刻をするワケ
    一人称を練習しようキャンペーン
    リィンとの待ち合わせには、ほとんど遅刻する。
     そして今回も、待ち合わせ場所には先にリィンがいた。待ち時間を潰すため持ってきただろう文庫を片手に、日陰のあるベンチで休んでいる。
     前に俺が夏向けに選んでやった、涼しげな生成りの白いジャケットに黒のスラックスを卒なく着こなした姿は、通りすがりの視線を独占していた。
     本人はあれで目立っている自覚がない、というところが困る。
     側に植わった樹木の木漏れ日がまた、憎い演出をしていた。黒と白の対比がアイツの清廉な横顔を彩っている。
     救国の英雄、灰色の騎士。俺の好きなヤツは本人の気質も相まって、それはそれはよくモテた。
     少しずれたらしい伊達眼鏡のブリッジを、中指で律儀に直している。顔を隠す目的でかけているそれは、なんとも彼に似合っていない。
     また、リィンがページをめくっている。これ以上待たせるのも悪いだろう。俺は眺めるのもそこそこにリィンへ歩み寄った。
    「よっ、待たせたな」
     声をかけた途端、本に目を落としていたリィンが顔をあげる。
     俺を視界に入れたアイツの顔が緩んでいく。こっちが気恥ずかくなるくらい、俺のことを好きなんだと教えてくれるこ 813