Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    #鯉博

    leiBo

    はるち

    DOODLEドクターが他の人の料理でぷくぷくになってたら先生は浮気だって怒ると思いますか?
    「浮気じゃないですか」
    「浮気にはならないだろ」
    「じゃあこの腹はなんですか」
    「やめろやめろ触るな揉むな! 気にしているんだよ!」
     腕の中でぎゃいぎゃいと騒ぐつがいを、リーは不承不承と言った体で解放した。唇を尖らせる様はくたびれた中年の風貌に似合わずまるで少年のようだった。そんな振る舞いも似合うんだからこの男は狡い、とドクターは内心で溜息を吐いた。それが惚れた欲目と呼ばれるものであることに、本人だけが気づいていない。
     手を離せ、という言葉に従ったリーだったが、その視線は尚もドクターの腹部に注がれていた。とはいえそもそもの発端はリー自身であり、だから強くは出られないのだろう。
     きっかけはリーが自身の仕事のためにロドス本艦を一ヶ月ほど離れたことだった。出発前に、彼は龍門にいた頃からの馴染みであるジェイにこう言ったのだ。――おれがいない間、ドクターの食事の面倒を見てやってくれませんか、と。そして根が真面目なジェイは、その頼みを忠実に果たした。ドクターが夜遅くまで仕事をしているときは夜食を差し入れ、形態栄養食品やインスタントラーメンで食事を済ませようとしたときには代わりに食事を作っていた。
    2034

    はるち

    DOODLEハッピーバレンタイン
    petits fours どうもこの大地は既に二月十四日バレンタインを迎えているらしい。
     そのことにドクターが気づいたのは、カーテンを開けた時だった。差し込む朝日は徹夜明けで充血した目を容赦なく焼き、まだ休んじゃだめですよという誰かの声が日差しに混ざって眠気を部屋の片隅へと追いやる。立て込む業務に押し流されて一睡もしていない今、体感としては十三日の三十三時なのだが、しかし暦というものは往々にして人間の意志とは関係なしに進行するものだ。守るように厳命される一方で、締切が人間を待ってはくれないように。
     十四日ということは、と疲労で朦朧とした頭に一つのイメージが浮かぶ。それはここ一ヶ月に渡ってクロージャが切り盛りする購買部を始めとしてロドス内の商店街、のみならず訪れる移動都市を甘い香りで包み込んでいた祝祭だ。しかしその華やかな気配とは裏腹に、ドクターは胃の腑から急に身体が冷えていくのを自覚した。この祭りを祝う準備を、自分は何一つとしてしていない。その原因は主として危機契約にあり――、嗚呼、先日サルヴィエントの洞窟で恐魚達の相手を任せたりカジミエーシュの大通りで無冑盟の矢面に立たせたりしていたとき、彼は何と言っていた? 帰ったら奢ってもらうと言っていたのではなかったか? あのときはいつものことだと聞き流していたが、しかし今にして思えばそれは別の意味を含んでいたのではなかったか。例えばそう、バレンタインのチョコレートと言った。
    2189

    はるち

    DONE「どうも私は、死んだみたいなんだよね」
    イベリアの海から帰還したドクターは、身体が半分透けていた。幽霊となったドクターからの依頼を受けて、探偵は事態の解決に乗り出すが――
    「ご依頼、承りました」
    この謎を解く頃に、きっとあなたはもういない。

    という感じのなんちゃってSFです。アーミヤの能力及びドクターについての設定を過分に捏造しています。ご了承下さい。
    白菊よ、我もし汝を忘れなば 青々たる春の柳 家園に種うることなかれ
     交は軽薄の人と結ぶことなかれ
     楊柳茂りやすくとも 秋の初風の吹くに耐へめや
     軽薄の人は交りやすくして亦速なり
     楊柳いくたび春に染むれども 軽薄の人は絶えて訪ふ日なし
     ――引用 菊花の約 雨月物語


    「どうも私は、死んだみたいなんだよね」

     龍門の夏は暑いが、湿度が低いためか不快感はさほどない。先日任務で赴いたイベリアの潮と腐臭の混じった、肌に絡みつくような湿気を七月の太陽が焼き清めるようだった。あの人がいたならば、火炎滅菌だとでも言ったのだろうか。未だ彼の地にいるであろう人物に、そう思いを馳せながら事務所の扉を開けると、冷房の効いた暗がりから出たリーを夏の日差しと熱気が過剰な程に出迎える。日光に眩んだ鬱金の瞳は、徐々に真昼の明るさに慣れる中で、有り得ざる人影を見た。
    15295

    はるち

    DONEフォロワーさまのツイートより。
    龍門弊が足りないドクターがお金欲しさに怪しいバイトに手を出して、それが鯉先生にバレてしまうお話。
    フリー素材というお言葉に甘えて書かせていただきました。ありがとうございます!
    How much, darling? ドクターは龍門弊の枯渇に喘いでいた。
     チェルノボーグで石棺から目覚めてからというもの、金策に苦しまなかった日はなかった――ただの一日もなかった。オペレーターたちに戦場以外の場所でも経験を積んでもらうために作戦記録を見てもらうのにも時給が発生し、それを支払うのは当然ロドス側になる。昇進に当たり彼らに相応しい装備を用意するのもこちらで、費用に加えて別途材料が必要になる。それも一段落したと思えば今度はエンジニア部が新しく開発したモジュールシステムだ。既存の武器や防具に外付けのデバイスを搭載することでさらなる戦闘力の強化が望めると、このシステムの開発のために徹夜してきたと思わしきエンジニアは機械油で汚れ、隈も色濃い顔で、それでも眼光だけは少年のように輝かせて熱弁を振るっていた。全ては作戦の成功率を上げるため、犠牲も負傷者も少なく作戦を終わらせるためである。それはわかっている。わかっているのだが。
    6963

    はるち

    DONEリー先生の尾ひれを見るたびにドキドキするドクターのお話。
    その鮮やかさを覚えている 覚えているのは、黒と金。
     石棺で眠りについていた二年。あの漂白の期間に、自分はかつての記憶のほとんどを失った。それを取り戻すために、主治医であるケルシーとは幾度となくカウンセリングを行ったが、その殆どは徒労に終わった。医学的には、記憶喪失になってから一年が経過すると、記憶が戻るのはほぼ絶望的とされる。だからこれで一区切りをする、と。ケルシーは診察の前にそう前置きをし、そうして大した進展もなく、最後の診察も終わった。言ってみればこれは届かないものがあることを確認するための手続きだ。現実を諦めて受け入れるための。失われたものはもう二度と戻って来ないのだ、ということを確認するための。
     ドクターは書棚からファイルを取り出した。ケルシーとの診察の中で、自分に渡された資料の一部だ。何でもいいから思いつくものを、思い出せるものを書いてみろと言われて、白紙の上に書いた内面の投影。他者からすれば意味不明の落書きにしか見えないだろう。しかしケルシーにとっては現在の精神状態を推量するための材料であり、ドクターにとっては現在の自分を構成する断片だ。
    8593

    はるち

    DOODLE出会いと別れを繰り返す二人が性癖です
    黒鳥はかなしからずや夕の赤夜の黒にも染まずただよふ
    左様ならば、また逢いましょうあれ。
    こんなところで珍しいね。
    もちろん、君のことなら知っている。商人で有名なリー家の、ええと――
    ……そう言われるのは好きじゃない?
    ふふ。
    そうだろうね。
    私?私はただの通りすがりだよ。
    君はどこまで?……そう、あの十字路まで。せっかくだから一緒に行こうか。
    しかし、十字路、ねえ。
    ああいや、大した意味はないよ。十字路は何故、国が変わっても縁起が良くないのかと思ってね。
    過去と未来が交わるとか、この世とあの世が交わるとか。そんな謂れが多くてね。ほら、罰として罪人の死体を埋めたりするだろう?しない?ふうん。
    そうだ、こんな話を聞いたことはあるかな。
    未練のある魂は、死後に十字路に行くんだ。自分が来た道を除くと、目の前には三本に分かれた道がある。そのそれぞれが過去に、未来に、現世にと続いている。そうして選んだ道の先で、幽霊になって化けて出るのさ。いや全く、輪廻転生を是とする炎国らしい話だと思わないか?死後の審判、天国か地獄に行き先が分かれるラテラーノ教とは異なる死生観だよね。まあ、だからこそ死後どこにも行けない魂が永遠に彷徨い続けるという罰が成立するわけだけど――
    2650

    はるち

    DONEやり方は三つしかない。正しいやり方。間違ったやり方。俺のやり方だ。――引用 カジノ
    健康で文化的な最低限度の退廃「抱いてくれないか」

     その人が、ソファに座る自分の膝の上に跨る。スプリングの軋む音は、二人きりの静寂の中では雷鳴のように鮮烈だった。こうしていると、この人の方が自分よりも視線が上にある。天井からぶら下がる白熱灯のせいで逆光となり、この人の表情を見失う。
     どうしてか、この世界の生物は良いものだけを、光の差す方だけを目指して生きていくことができない。酒がもたらす酩酊で理性を溶かし、紫煙が血液に乗せる毒で緩やかに自死するように、自らを損なうことには危険な快楽があった。例えばこの人が、自らの身体をただの物質として、肉の塊として扱われることを望むように。この人が自分に初めてそれを求めた日のことを、今でも良く覚えている。酔いの覚めぬドクターを、自室まで送り届けた時のこと。あの時に、ベッドに仰向けに横たわり、そうすることを自分に求めたのだ。まるで奈落の底から手招くようだった。嫌だと言って手を離せば、その人は冗談だと言って、きっともう自分の手を引くことはないのだろう。そうして奈落の底へと引き込まれた人間が自分の他にどれほどいるのかはわからない。知りたくもない。自分がロドスにいない間に、この人がどうしているのかも。
    1606