raixxx_3am
DOODLE恋人同士になったふたりが初めて出会いの場面を振り返るお話。Splash!21の無配でした。(2024/12/15)lullaby「そういえばさ、まだ話してなかったと思うんだけど」
淡い暗がりの中、じいっとこちらを見つめてくれる温かなまなざしをやわらかに細めるようにしながら、吐息まじりの優しい言葉がそっとこぼれる。
「前に話したでしょ、郁弥と最初に会ったのがいつだったかってこと」
「あぁ、中学の時だっけ?」
顔を合わせたことくらいなら何度かはあれど、きっとこちらのことにきちんと〝気づいて〟くれたのは初めてだったはずのあの瞬間のことをありありと脳裏に思い返せば、どこかためらいがちに瞼を伏せるようにしながら、訥々と言葉は続く。
「……そうじゃなかったんだよね、ほんとうは。どうにも言えなくって、あの時は」
「うん、」
促すようにそっと吐息を洩らせば、答える代わりのようなやわらかな笑みがふっと浮かぶ。どこか無防備で幼くて優しい――あの日、あの瞬間に目にした〝それ〟の面影をかすかに宿したかのような、穏やかな色を帯びた囁き声が静かにこぼされる。
6720淡い暗がりの中、じいっとこちらを見つめてくれる温かなまなざしをやわらかに細めるようにしながら、吐息まじりの優しい言葉がそっとこぼれる。
「前に話したでしょ、郁弥と最初に会ったのがいつだったかってこと」
「あぁ、中学の時だっけ?」
顔を合わせたことくらいなら何度かはあれど、きっとこちらのことにきちんと〝気づいて〟くれたのは初めてだったはずのあの瞬間のことをありありと脳裏に思い返せば、どこかためらいがちに瞼を伏せるようにしながら、訥々と言葉は続く。
「……そうじゃなかったんだよね、ほんとうは。どうにも言えなくって、あの時は」
「うん、」
促すようにそっと吐息を洩らせば、答える代わりのようなやわらかな笑みがふっと浮かぶ。どこか無防備で幼くて優しい――あの日、あの瞬間に目にした〝それ〟の面影をかすかに宿したかのような、穏やかな色を帯びた囁き声が静かにこぼされる。
raixxx_3am
DONEブックサンタ企画で書いたお話、恋愛未満。日和くんにとっての愛情や好意は相手に「都合のいい役割」をこなすことで得られる成果報酬のようなものとして捉えていたからこそ、貴澄くんが「当たり前のもの」として差し出してくれる好意に戸惑いながらも少しずつ心を開いていけるようになったんじゃないかと思っています。
(2024.12.22)
幼い頃からずっと、クリスマスの訪れを手放しで喜ぶことが出来ないままだった。
片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
4803片付けるのが面倒だから、と申し訳程度に出された卓上サイズのクリマスツリーは高学年に上がる頃には出番すら無くなっていたし、サンタさんからのプレゼントは如何にも大人が選んだお行儀の良さそうな本、と相場が決まっていて、〝本当に欲しいもの〟を貰えたことは一度もなかった。
ただでさえ慌ただしい年末の貴重な時間を割いてまで、他の子どもたちと同じように、一年に一度の特別な日を演出してくれたことへの感謝が少しもないわけではない。
仕事帰りにデパートで買ってきてくれたとってきのご馳走、お砂糖細工のサンタさんが乗ったぴかぴかのクリスマスケーキ、「いい子にして早く寝ないとサンタさんが来てくれないわよ」だなんてお決まりの文句とともに追いやられた子供部屋でベットサイドの明かりを頼りに読んだ本――ふわふわのベッドにはふかふかのあたたかな毛布、寂しい時にはいつだって寄り添ってくれた大きなしろくまのぬいぐるみ、本棚の中には、部屋の中に居ながら世界中のあちこちへの旅に連れ出してくれる沢山の本たち――申し分なんてないほど何もかもに恵まれたこの暮らしこそが何よりものかけがえのない〝贈り物〟で、愛情の証だなんてもので、それらを疑うつもりはすこしもなくて、それでも――ほんとうに欲しいものはいつだってお金でなんて買えないもので、けれども、それらをありのままに口にするのはいつでも躊躇われるばかりだった。
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MENU「Dearest」2024年12月15日 COMIC CITY TOKYO151内Splash!21発行A5サイズ174頁/1300円
DF8話での出会いから少し先の未来まで、少しずつお互いを知っていきながら〝ふたりだけの絆〟を築いていくお話。全年齢向け。
書下ろしからの試し読みです。
ハッピーネバーエンディング「あー、あー、ぁー」
おおきく口を開けて、なけなしとでも言わんばかりの発声練習に明け暮れる。
一時期を思えば随分とましにはなったものだけれど、ひどく不明瞭ですべての語尾に濁点がついたようなひどく情けない声色には、ただ苦笑いしか浮かべることが出来ない。
出席ってどうすればいいんだろう? マスク姿で一生懸命手でも上げていればどうにか気づいてもらえるかな? 誰か仲の良い子に説明してもらう―のも得策ではない気がするし。
やれやれ、と深いため息を吐きながら、ひとまずはまだたっぷりと目盛りの残ったうがい薬で念入りにうがいをする。
「熱や頭痛が治まったのならひとまずは問題はないでしょう。日常生活は通常通りに過ごしていただいて構いません。乾燥を防ぐためにも、マスクは任意ですが引き続き着用されることを推奨致します」
4894おおきく口を開けて、なけなしとでも言わんばかりの発声練習に明け暮れる。
一時期を思えば随分とましにはなったものだけれど、ひどく不明瞭ですべての語尾に濁点がついたようなひどく情けない声色には、ただ苦笑いしか浮かべることが出来ない。
出席ってどうすればいいんだろう? マスク姿で一生懸命手でも上げていればどうにか気づいてもらえるかな? 誰か仲の良い子に説明してもらう―のも得策ではない気がするし。
やれやれ、と深いため息を吐きながら、ひとまずはまだたっぷりと目盛りの残ったうがい薬で念入りにうがいをする。
「熱や頭痛が治まったのならひとまずは問題はないでしょう。日常生活は通常通りに過ごしていただいて構いません。乾燥を防ぐためにも、マスクは任意ですが引き続き着用されることを推奨致します」
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MENU12月新刊の試し読み。ある朝起きたら貴澄くんに猫耳が生えてきていてあらあまあまあそれは大変ね、ってだけのお話。(2024/11/13)
仔猫のフーガ カーテンの隙間からこぼれるやわらかく温かな光が、重くふさがった瞼の上を微かによぎる。
ああ、もうそんな時間か。ちいさく息を吐き、ぴったりとくっついた瞼をはがすようにしながら、ぼんやりと滲んだ視界の上を滑り落ちていく光の粒をぼうっと眺める。
見慣れた部屋の見慣れた天井――傍らには、すっかり肌に馴染んだ大切な相手のぬくもり。ひどくありふれた幸福のありかに、それでも、心からの感嘆のため息を洩らしたい気持ちになりながら、ゆっくりと身じろぎをして、ベッドの片側を埋めてくれる相手の姿を確かめる。
(よかった、ちゃんといてくれる。)
どうやらきょうは先に目を覚ますことに成功したらしい。昨日から幾分か疲れているようすだったし、無理もないのだろうけれど。
5024ああ、もうそんな時間か。ちいさく息を吐き、ぴったりとくっついた瞼をはがすようにしながら、ぼんやりと滲んだ視界の上を滑り落ちていく光の粒をぼうっと眺める。
見慣れた部屋の見慣れた天井――傍らには、すっかり肌に馴染んだ大切な相手のぬくもり。ひどくありふれた幸福のありかに、それでも、心からの感嘆のため息を洩らしたい気持ちになりながら、ゆっくりと身じろぎをして、ベッドの片側を埋めてくれる相手の姿を確かめる。
(よかった、ちゃんといてくれる。)
どうやらきょうは先に目を覚ますことに成功したらしい。昨日から幾分か疲れているようすだったし、無理もないのだろうけれど。
raixxx_3am
DOODLEひよちゃんは幼少期のコミュニケーションが足りていないことと「察する」能力の高さから本音を押し殺すのが常になってしまったんだろうし、郁弥くんとは真逆のタイプな貴澄くんに心地よさを感じる反面、甘えすぎていないか不安になるんじゃないかな、ふたりには沢山お話をしてお互いの気持ちを確かめ合って欲しいな、と思うあまりに話ばっかしてんな僕の小説。(2024/05/12)
君のこと なんて曇りのひとつもない、おだやかな優しい顔で笑う人なんだろう。たぶんそれが、はじめて彼の存在を胸に焼き付けられたその瞬間からいままで、変わらずにあり続ける想いだった。
「あのね、鴫野くん。聞きたいことがあるんだけど……すこしだけ」
「ん、なあに?」
二人掛けのごくこじんまりとしたソファのもう片側――いつしか定位置となった場所に腰を下ろした相手からは、ぱちぱち、とゆっくりのまばたきをこぼしながら、まばゆい光を放つような、あたたかなまなざしがまっすぐにこちらへと注がれる。
些か慎重すぎたろうか――いや、大切なことを話すのには、最低限の礼儀作法は欠かせないことなはずだし。そっと胸に手を当て、ささやかな決意を込めるかのように僕は話を切り出す。
3709「あのね、鴫野くん。聞きたいことがあるんだけど……すこしだけ」
「ん、なあに?」
二人掛けのごくこじんまりとしたソファのもう片側――いつしか定位置となった場所に腰を下ろした相手からは、ぱちぱち、とゆっくりのまばたきをこぼしながら、まばゆい光を放つような、あたたかなまなざしがまっすぐにこちらへと注がれる。
些か慎重すぎたろうか――いや、大切なことを話すのには、最低限の礼儀作法は欠かせないことなはずだし。そっと胸に手を当て、ささやかな決意を込めるかのように僕は話を切り出す。
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DOODLE買い物の行きかえりに通る土手に菜の花が満開になっていて綺麗でいいなぁと思ったのをきっかけに書こうと思ったら菜の花の季節が過ぎていました。(2024/05/05)
はるのひ「遠野くんねえ、見て」
ちょんちょん、と遠慮がちにカーディガンの袖を引いてみせながら、軽やかに弾んだ声が届けられる。促されるままに視線を向ければ、きらきらとまばゆくこぼれおちんばかりの明るいまなざしがこちらを捉えてくれる。
「ほら、菜の花が満開だよ」
指し示された場所――向かい側の歩道沿いの川縁では、フェンス越しに満開になった菜の花が風に揺れる様が見える。
「見ていく? せっかくだし」
「ん、ありがとう」
幸いなことに急ぎの用事だなんてものはないのだし、少しくらいの寄り道なんてちっとも問題になりやしない。まぶしげに瞼を細めたやさしい笑顔に心ごと縫い止められるような心地になりながら、折りよく青に変わった信号を渡る。
2088ちょんちょん、と遠慮がちにカーディガンの袖を引いてみせながら、軽やかに弾んだ声が届けられる。促されるままに視線を向ければ、きらきらとまばゆくこぼれおちんばかりの明るいまなざしがこちらを捉えてくれる。
「ほら、菜の花が満開だよ」
指し示された場所――向かい側の歩道沿いの川縁では、フェンス越しに満開になった菜の花が風に揺れる様が見える。
「見ていく? せっかくだし」
「ん、ありがとう」
幸いなことに急ぎの用事だなんてものはないのだし、少しくらいの寄り道なんてちっとも問題になりやしない。まぶしげに瞼を細めたやさしい笑顔に心ごと縫い止められるような心地になりながら、折りよく青に変わった信号を渡る。
raixxx_3am
DOODLEDF8話エンディング後の個人的な妄想というか願望。あの後は貴澄くんがみんなの元へ一緒に案内してくれたことで打ち解けられたんじゃないかなぁと。正直あんなかかわり方になってしまったら罪悪感と気まずさで相当ぎくしゃくするだろうし、そんな中で水泳とは直接かかわりあいのない貴澄くんが人懐っこい笑顔で話しかけてくれることが日和くんにとっては随分と救いになったんじゃないかなと思っています。ゆうがたフレンド「遠野くんってさ、郁弥と知り合ったのはいつからなの?」
くるくるとよく動くまばゆく光り輝く瞳はじいっとこちらを捉えながら、興味深げにそう投げかけてくる。
大丈夫、〝ほんとう〟のことを尋ねられてるわけじゃないことくらいはわかりきっているから――至極平静なふうを装いながら、お得意の愛想笑い混じりに僕は答える。
「中学のころだよ。アメリカに居た時に、同じチームで泳ぐことになって、それで」
「へえ、そうなんだぁ」
途端に、対峙する相手の瞳にはぱぁっと瞬くような鮮やかで優しい光が灯される。
「遠野くんも水泳留学してたんだね、さすがだよね」
「いや、僕は両親の仕事の都合でアメリカに行くことになっただけで。それで――」
3785くるくるとよく動くまばゆく光り輝く瞳はじいっとこちらを捉えながら、興味深げにそう投げかけてくる。
大丈夫、〝ほんとう〟のことを尋ねられてるわけじゃないことくらいはわかりきっているから――至極平静なふうを装いながら、お得意の愛想笑い混じりに僕は答える。
「中学のころだよ。アメリカに居た時に、同じチームで泳ぐことになって、それで」
「へえ、そうなんだぁ」
途端に、対峙する相手の瞳にはぱぁっと瞬くような鮮やかで優しい光が灯される。
「遠野くんも水泳留学してたんだね、さすがだよね」
「いや、僕は両親の仕事の都合でアメリカに行くことになっただけで。それで――」
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DOODLEきすひよ、初めてのプレゼントのお話。これ(https://poipiku.com/5919829/9628396.html)の後日談だけど読んでなくても別に大丈夫。(2024/03/14)A Small, Good Thing 「ぱんかぱーん、ぱんかぱーん、ぱんぱかぱんぱーかぱんぱんぱーん♪」
高らかに口ずさまれるファンファーレの音色とともに、ロゴ入りのリボンが結ばれた紙袋が向かい側から差し出される。
「遠野くん、はいどうぞ」
「あぁ、うん……ありがとう。僕も」
満面の笑みに迎え入れられ、どこか照れくさい気持ちを隠せずにいながら、こちらもまた、同じ包みをそろりとテーブルの下の荷物かごから差し出すようにする。
「わぁ、ありがとう! 嬉しいなぁ、すっごく。よかったよね、いいのが買えて。ね、これって開けちゃっても平気?」
「あぁ、いいけど……」
曖昧な相槌で答えながら、受け取ったばかりのこちらの紙袋の中身を思わずちらりと覗き見る。
「じゃあ僕も開けさせてもらうね、いい?」
1632高らかに口ずさまれるファンファーレの音色とともに、ロゴ入りのリボンが結ばれた紙袋が向かい側から差し出される。
「遠野くん、はいどうぞ」
「あぁ、うん……ありがとう。僕も」
満面の笑みに迎え入れられ、どこか照れくさい気持ちを隠せずにいながら、こちらもまた、同じ包みをそろりとテーブルの下の荷物かごから差し出すようにする。
「わぁ、ありがとう! 嬉しいなぁ、すっごく。よかったよね、いいのが買えて。ね、これって開けちゃっても平気?」
「あぁ、いいけど……」
曖昧な相槌で答えながら、受け取ったばかりのこちらの紙袋の中身を思わずちらりと覗き見る。
「じゃあ僕も開けさせてもらうね、いい?」
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DOODLEこれ(https://poipiku.com/5919829/9722395.html)の後日談だけど読んでなくても別に大丈夫。「無理に話さなくっていい」はやさしさなのと裏腹に言葉を封じてしまっている側面もあるよなぁとぐるぐる思ったので書きました。ふたりともちゃんと話し合ったり、弱さや迷いを打ち明けあえるいい子なんだと思うきっとおそらくたぶんという夢を見ています
(2024/2/11)
repose「遠野くんあのね、ちょっと……いい?」
夕食の片づけを終えたタイミングを見計らうように、背中越しにつつ、と袖を引っ張られる。ふたりで過ごす時間にしばしば為される、すこし子どもじみて他愛もないスキンシップのひとつ――それでもその声色には、いつもとは異なったいびつな色が宿されている。
「うん、どうかした?」
努めて穏やかに。そう言い聞かせながら振り返れば、おおかた予想したとおりのどこかくぐもったくすんだ色を宿したまなざしがじいっとこちらを捉えてくれている。
「あのね、ちょっと遠野くんに話したいことがあって……落ち着いてからのほうがいいよなって思ってたから。それで」
もの言いたげに揺れるまなざしの奥で、こちらを映し出した影があわく滲む。いつもよりもほんの少し幼くて頼りなげで、それでいてひどく優しい――こうしてふたりだけで過ごす時間が増えてから初めて知ることになったその色に、もう何度目なのかわからないほどのやわらかにくすんだ感情をかき立てられる。
2877夕食の片づけを終えたタイミングを見計らうように、背中越しにつつ、と袖を引っ張られる。ふたりで過ごす時間にしばしば為される、すこし子どもじみて他愛もないスキンシップのひとつ――それでもその声色には、いつもとは異なったいびつな色が宿されている。
「うん、どうかした?」
努めて穏やかに。そう言い聞かせながら振り返れば、おおかた予想したとおりのどこかくぐもったくすんだ色を宿したまなざしがじいっとこちらを捉えてくれている。
「あのね、ちょっと遠野くんに話したいことがあって……落ち着いてからのほうがいいよなって思ってたから。それで」
もの言いたげに揺れるまなざしの奥で、こちらを映し出した影があわく滲む。いつもよりもほんの少し幼くて頼りなげで、それでいてひどく優しい――こうしてふたりだけで過ごす時間が増えてから初めて知ることになったその色に、もう何度目なのかわからないほどのやわらかにくすんだ感情をかき立てられる。
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DOODLE海に落ちる夕日をふたりで見るお話。きすひよ(未満)(2023/11/23 Splash!20無配)
re-collect 絶え間なく繰り返される波の音が、記憶の澱をしずかにかき混ぜる。ずっと遠い過去に置き去りにしたままのもの、なくしてしまったと思っていた儚くて優しい思い出、容易く消し去ることなんて出来やしない鈍い痛みたち。
到底数えきることなど出来るはずもないそれらのひとつひとつは、不思議な心地よさを携えるようにしながら、これまでまるで見たことのない新しい景色を心の奥へと静かに刻みつけていく。
風になびくちぎれ雲を漂わせた深く澄んだ青い空が、まばゆいほどに明るい茜色に染め上げられていく。
刻一刻と姿形を変えていくあたたかで穏やかなグラデーションのその下では、次第に闇夜色に染め上げられていく波の上へと、まっすぐな光の道筋が通る。
5996到底数えきることなど出来るはずもないそれらのひとつひとつは、不思議な心地よさを携えるようにしながら、これまでまるで見たことのない新しい景色を心の奥へと静かに刻みつけていく。
風になびくちぎれ雲を漂わせた深く澄んだ青い空が、まばゆいほどに明るい茜色に染め上げられていく。
刻一刻と姿形を変えていくあたたかで穏やかなグラデーションのその下では、次第に闇夜色に染め上げられていく波の上へと、まっすぐな光の道筋が通る。
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DOODLE貴澄くんにスペアキーを預けるお話。(付き合ってるきすひよ)Beehive ポケットの中ではもうずうっと、ことり、と固くて冷たい金属製の〝それ〟が出番を待ち構えたままでいる。
まぁまぁ、そう焦らないでよ――なだめるような心地になりながらポケットづたいになぞりあげ、ぬるい息を吐く――何度目かのルーティーンを終えたところで、あらかじめ用意しておいたせりふを頭の中で思い起こすようにする。
物事にはしかるべきタイミングだなんてものが何よりも重要――いや、時には勢いに任せることだって求められることだけれど。
迎え入れてすぐ、はなんだか違う。いっそのこと帰り際にでも、とも思ったけれど、なんだかそれもよくない気がする。有無を言わさず、みたいな感じがするし。
昼食の片づけを終えて、録画していたドキュメンタリー番組(絵画修復士と俳優が海外の美術館のバックヤードに潜入する、だなんて特集番組で、予想以上に見応えのあるものだった)を並んで見た後――ぬるくなったコーヒーを淹れなおしてすこし一息ついて、おそらくは近況報告だとか、次の休みにはまたどこかにいこうか、なんだかんだでこうして家でふたりきりで過ごすのも悪くないのだけれど、なんて話になって――うん、やっぱり〝いま〟がいい。
4854まぁまぁ、そう焦らないでよ――なだめるような心地になりながらポケットづたいになぞりあげ、ぬるい息を吐く――何度目かのルーティーンを終えたところで、あらかじめ用意しておいたせりふを頭の中で思い起こすようにする。
物事にはしかるべきタイミングだなんてものが何よりも重要――いや、時には勢いに任せることだって求められることだけれど。
迎え入れてすぐ、はなんだか違う。いっそのこと帰り際にでも、とも思ったけれど、なんだかそれもよくない気がする。有無を言わさず、みたいな感じがするし。
昼食の片づけを終えて、録画していたドキュメンタリー番組(絵画修復士と俳優が海外の美術館のバックヤードに潜入する、だなんて特集番組で、予想以上に見応えのあるものだった)を並んで見た後――ぬるくなったコーヒーを淹れなおしてすこし一息ついて、おそらくは近況報告だとか、次の休みにはまたどこかにいこうか、なんだかんだでこうして家でふたりきりで過ごすのも悪くないのだけれど、なんて話になって――うん、やっぱり〝いま〟がいい。
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DOODLEきすひよ。ベッド問題。エッチな描写はないです。波間にて「ねえ、遠野くん。ほんとにいいの? 無理してない?」
ぎしり、とわずかにフレームの軋む音を立てながらいつになく弱気な口ぶりでかけられる言葉に、胸がつまされるような心地を味わう。困ったな、こんな顔させたいわけなんかじゃないのに――ふぅ、とわざとらしく息を吐き、どこか物憂げに揺れるまなざしをじいっと見つめながら答える。
「……そんなことないけど。鴫野くんは嫌だった? そんなに」
ちょっとショックなんだけどなぁ。
わざとらしく意地悪めいた口ぶりで答えれば、かすかに潤んだ瞳がじいっとこちらを捕らえる。
ちょっとくらいはうぬぼれてもいいのかな、こういう時って。それだけ大切に思われてる証、だなんて思ってもいいんだろうし。
2508ぎしり、とわずかにフレームの軋む音を立てながらいつになく弱気な口ぶりでかけられる言葉に、胸がつまされるような心地を味わう。困ったな、こんな顔させたいわけなんかじゃないのに――ふぅ、とわざとらしく息を吐き、どこか物憂げに揺れるまなざしをじいっと見つめながら答える。
「……そんなことないけど。鴫野くんは嫌だった? そんなに」
ちょっとショックなんだけどなぁ。
わざとらしく意地悪めいた口ぶりで答えれば、かすかに潤んだ瞳がじいっとこちらを捕らえる。
ちょっとくらいはうぬぼれてもいいのかな、こういう時って。それだけ大切に思われてる証、だなんて思ってもいいんだろうし。
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DOODLEきすひよ(未満)まだお友だち同士だけど何となくうっすらとお互いに矢印はある感じ。このふたりの関係が「なんとなく波長があうから一緒にいると心地よい、落ち着く」になっていく過程とその後の可能性を100万字くらい見ていたい……ので自分で気が向いた時に書いていければと思っています。Magic days. そういえばさ、まだ言ってなかったよね?
同じ高さからまっすぐにこちらへと向けられるまなざしとともに、おだやかな言葉がそっと手渡される。
「叔父さんがさ、今度遠野くんに遊びにきてもらいなさいって言ってくれてて。遠野くんの都合のいい日ってある?」
「……あぁ、ええっと」
言いたいことはたくさんあるけれど、ひとまずは。ぱちぱち、とまばたきをこぼしたのちに、ゆっくりと唇を押し開くようにして答える。
「いや、いいんだけど……なんでそんな話になったの?」
顔を合わせたことはないはずだけれど――まあそりゃあそうだ、大学生ともなればそれが当たり前だし。
戸惑いを隠せないこちらをよそに、すっかり見慣れてしまったあの得意げな笑顔で鴫野くんは答えて見せる。
3500同じ高さからまっすぐにこちらへと向けられるまなざしとともに、おだやかな言葉がそっと手渡される。
「叔父さんがさ、今度遠野くんに遊びにきてもらいなさいって言ってくれてて。遠野くんの都合のいい日ってある?」
「……あぁ、ええっと」
言いたいことはたくさんあるけれど、ひとまずは。ぱちぱち、とまばたきをこぼしたのちに、ゆっくりと唇を押し開くようにして答える。
「いや、いいんだけど……なんでそんな話になったの?」
顔を合わせたことはないはずだけれど――まあそりゃあそうだ、大学生ともなればそれが当たり前だし。
戸惑いを隠せないこちらをよそに、すっかり見慣れてしまったあの得意げな笑顔で鴫野くんは答えて見せる。
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DOODLEお付き合いしはじめてまもないふたり、食べ物の好き嫌いは? のお話。DFイベントであった郁弥くんの偏食ネタがちょこっとあります。ふたりで一緒にごはんを作ったりとかしててほしいです、カワイイね。アイドンライク「そういえばさ、聞いておかなきゃって思ったんだけど……鴫野くんは、なにか食べられないものってあったりする? アレルギーとかがあるなら教えてほしいんだけど」
ことり、とかすかな音を立ててコーヒーカップを置きながら投げかけた問いかけを前に、軽やかにそうっとかぶりを振っての返答が届けられる。
「ああ、うん。別になんでも。アレルギーとかもないし、どうしてもっていうのはないかなぁ。あ、虫とかはさすがにちょっと苦手かも」
「虫は僕もちょっと……」
「そうなんだ、よかったぁ。まぁ好き好きだからさ、とやかく言いたいわけじゃないんだけど」
軽やかに笑いながら、まだうっすらと湯気を立てるコーヒカップにそっと口をつける姿をぼうっと眺める。
4066ことり、とかすかな音を立ててコーヒーカップを置きながら投げかけた問いかけを前に、軽やかにそうっとかぶりを振っての返答が届けられる。
「ああ、うん。別になんでも。アレルギーとかもないし、どうしてもっていうのはないかなぁ。あ、虫とかはさすがにちょっと苦手かも」
「虫は僕もちょっと……」
「そうなんだ、よかったぁ。まぁ好き好きだからさ、とやかく言いたいわけじゃないんだけど」
軽やかに笑いながら、まだうっすらと湯気を立てるコーヒカップにそっと口をつける姿をぼうっと眺める。
raixxx_3am
DOODLE貴澄くんは日和くんの名前が好きなんだろうな~ってお話。RW以降の日和くんが貴澄くんと話している時のちょっと無防備で幼い、棘が抜け落ちたやわらかい雰囲気が大好きです。でもって貴澄くんのセリフの語尾には全部❤が見えるので頭がパアアンってなります。カワイイね。
春に似ている「遠野くんって春生まれなんだろうなって思ってたんだよね」
半歩後ろを歩く姿へとそっと視線を向けながら尋ねれば、すこしぎこちなく肩をすくめながらの「あぁ、」だなんてささやかな相槌がこぼれ落ちる。
「よく言われるんだよね」
レンズ越しにやわらかに細められたまなざしの奥で、知ることのない時間の積み重ねがかすかに揺らぐ。
「〝日和〟って、なんとなく春っぽい感じの言葉だもんね。小春日和とか、行楽日和とか」
「天気の良い日に生まれたからとか、そんな感じだったみたいだよ。すごく穏やかな晴れの日で病室にお日様の光が綺麗に差してたみたいで――うろ覚えだけどね、聞いたのだって随分前だし」
「寒い日が続く中でそんなふうだったからさ、余計に印象に残ったんだろうね。心の中にもぱあっとあったかい晴れ間がのぞいた、みたいな」
5353半歩後ろを歩く姿へとそっと視線を向けながら尋ねれば、すこしぎこちなく肩をすくめながらの「あぁ、」だなんてささやかな相槌がこぼれ落ちる。
「よく言われるんだよね」
レンズ越しにやわらかに細められたまなざしの奥で、知ることのない時間の積み重ねがかすかに揺らぐ。
「〝日和〟って、なんとなく春っぽい感じの言葉だもんね。小春日和とか、行楽日和とか」
「天気の良い日に生まれたからとか、そんな感じだったみたいだよ。すごく穏やかな晴れの日で病室にお日様の光が綺麗に差してたみたいで――うろ覚えだけどね、聞いたのだって随分前だし」
「寒い日が続く中でそんなふうだったからさ、余計に印象に残ったんだろうね。心の中にもぱあっとあったかい晴れ間がのぞいた、みたいな」
raixxx_3am
DOODLE貴澄くんお誕生日おめでとう(1日出遅れたけどキニシナイ!)きすひよ、付き合ってる。すごくいちゃいちゃしている。このふたりは付き合い始めても「なんとなくはずかしいから」でそう言う時(そう言う時だよ!)だけ名前で呼ぶこともあるけど、基本は苗字呼びのイメージ。
(2023/05/27)
午前零時を過ぎたら ちかちか、と瞬きながら着信の合図が鳴り響いたのは、日付が変わるほんの少し前だった。
「もしもし――ごめんね、夜分遅くに。いま、大丈夫だった?」
受話器越しに届けられるすこしくぐもったやわらかな声は、身近で直接耳にするよりもなぜだかずうっと穏やかでくすぐったくて、心地よく心を震わせてくれるのが不思議だ。
「うん、平気。もうお風呂入ったし」
答えながら、つけっぱなしだったテレビの電源をそうっと落とす。
遠野くんは? 何の気なしに尋ねれば、なんで聞くの? だなんてすこし困惑したようすの答えが返される。
「だってさ、気にならない? そういうの」
「わからなくもないけど」
苦笑いまじりに返される言葉に、ふつふつと愛おしさとしか呼べないものが膨らんでいく。
2410「もしもし――ごめんね、夜分遅くに。いま、大丈夫だった?」
受話器越しに届けられるすこしくぐもったやわらかな声は、身近で直接耳にするよりもなぜだかずうっと穏やかでくすぐったくて、心地よく心を震わせてくれるのが不思議だ。
「うん、平気。もうお風呂入ったし」
答えながら、つけっぱなしだったテレビの電源をそうっと落とす。
遠野くんは? 何の気なしに尋ねれば、なんで聞くの? だなんてすこし困惑したようすの答えが返される。
「だってさ、気にならない? そういうの」
「わからなくもないけど」
苦笑いまじりに返される言葉に、ふつふつと愛おしさとしか呼べないものが膨らんでいく。
raixxx_3am
DONERWのゲーセン事変(?)のちょっとあと、バスケの合間に貴澄くんと日和くんがおしゃべりしてるお話。恋愛要素はこの時点では特にないです。旭くんと郁弥くんもちょっとだけ出てくる。
SCENE リズミカルにボールが跳ねる音に重なり合うように、キュッキュッ、と小気味よくソールが擦れる音が響き渡る。この音にも、もう随分耳慣れたものだな、だなんて感慨をいまさらのように受け止めている自分に気づいた時、ふっと笑みがこぼれる。
屋外のコートでのプレーの開放感ももちろん気持ちいいけれど、風や陽射しの影響を受けない屋内の方が、その分だけプレーには集中できる。陽の光を直接浴びる事のない屋内プールで一年の大半を練習に明け暮れている身としては、風と光に晒されながら陸の上で思い切り身体を動かすのだって、なかなか新鮮な楽しみがあるのだけれど。
「旭いけ、その調子!」
激しい攻防戦の末にどうにかボールを手にした椎名くんの周りをぴったりと張り付くように、対戦相手がガードをかける。体格差はほぼ互角だが、だからこそ経験値の違いは如実に現れる。的確なタイミングで繰り出されるフェイクやテクニカルな低いドリブルを前に、水の中で鍛えたのであろう瞬発力溢れる動きや、諦めの悪さとあふれる熱意でカバーしながら一歩も怯む事なく奮闘するあたり、素人目に見ても中々見応えのある戦いになっているのが興味深い。
7355屋外のコートでのプレーの開放感ももちろん気持ちいいけれど、風や陽射しの影響を受けない屋内の方が、その分だけプレーには集中できる。陽の光を直接浴びる事のない屋内プールで一年の大半を練習に明け暮れている身としては、風と光に晒されながら陸の上で思い切り身体を動かすのだって、なかなか新鮮な楽しみがあるのだけれど。
「旭いけ、その調子!」
激しい攻防戦の末にどうにかボールを手にした椎名くんの周りをぴったりと張り付くように、対戦相手がガードをかける。体格差はほぼ互角だが、だからこそ経験値の違いは如実に現れる。的確なタイミングで繰り出されるフェイクやテクニカルな低いドリブルを前に、水の中で鍛えたのであろう瞬発力溢れる動きや、諦めの悪さとあふれる熱意でカバーしながら一歩も怯む事なく奮闘するあたり、素人目に見ても中々見応えのある戦いになっているのが興味深い。
raixxx_3am
DONEすごくいまさらな日和くんのお誕生日ネタ。ふたりで公園に寄り道して一緒に帰るお話。恋愛未満、×ではなく+の距離感。貴澄くんのバスケ部での戦績などいろいろ捏造があります。(2023/05/05)帰り道の途中 不慣れでいたはずのものを、いつの間にか当たり前のように穏やかに受け止められるようになっていたことに気づく瞬間がいくつもある。
いつだってごく自然にこちらへと飛び込んで来るまぶしいほどにまばゆく光輝くまなざしだとか、名前を呼んでくれる時の、すこし鼻にかかった穏やかでやわらかい響きをたたえた声だとか。
「ねえ、遠野くん。もうすぐだよね、遠野くんの誕生日って」
いつものように、くるくるとよく動くあざやかな光を宿した瞳でじいっとこちらを捉えるように見つめながら、やわらかに耳朶をくすぐるようなささやき声が落とされる。
身長のほぼ変わらない鴫野くんとはこうして隣を歩いていても歩幅を合わせる必要がないだなんてことや、ごく自然に目の高さが合うからこそ、いつもまっすぐにあたたかなまなざしが届いて、その度にどこか照れくさいような気持ちになるだなんてことも、ふたりで過ごす時間ができてからすぐに気づいた、いままでにはなかった小さな変化のひとつだ。
11803いつだってごく自然にこちらへと飛び込んで来るまぶしいほどにまばゆく光輝くまなざしだとか、名前を呼んでくれる時の、すこし鼻にかかった穏やかでやわらかい響きをたたえた声だとか。
「ねえ、遠野くん。もうすぐだよね、遠野くんの誕生日って」
いつものように、くるくるとよく動くあざやかな光を宿した瞳でじいっとこちらを捉えるように見つめながら、やわらかに耳朶をくすぐるようなささやき声が落とされる。
身長のほぼ変わらない鴫野くんとはこうして隣を歩いていても歩幅を合わせる必要がないだなんてことや、ごく自然に目の高さが合うからこそ、いつもまっすぐにあたたかなまなざしが届いて、その度にどこか照れくさいような気持ちになるだなんてことも、ふたりで過ごす時間ができてからすぐに気づいた、いままでにはなかった小さな変化のひとつだ。
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DOODLE付き合ってるきすひよ。怪我の手当。(2023/04/28)
いたくない いたくない「日和どうしたの、それ。怪我?」
いつものように通学のバスに揺られる最中、吊り革を持った右手をちらりと横目に見た郁弥がどこか怪訝そうなようすで声を掛ける。
「あぁ、これね」
人差し指にはぐるりと、半透明の防水素材の絆創膏が貼られている。
「紙の端でスパッて切れちゃって。大したことじゃないよ、そんなに」
「ならいいけど、包丁か何かで切ったのかなって思ったから」
「そこまでじゃないよ、心配してくれてありがとう。でも結構痛かったから、郁弥も気をつけて。乾燥してるとなりやすいみたい」
「へぇ」
揺れる車内の中、すこし動かしづらくなった指先を思わずぼうっと眺める。
絆創膏の下の傷の正体と、そのきっかけはほんとうのことだった。それでも――話すつもりがないことがひとつ、このささやかな傷の下には隠されている。
1885いつものように通学のバスに揺られる最中、吊り革を持った右手をちらりと横目に見た郁弥がどこか怪訝そうなようすで声を掛ける。
「あぁ、これね」
人差し指にはぐるりと、半透明の防水素材の絆創膏が貼られている。
「紙の端でスパッて切れちゃって。大したことじゃないよ、そんなに」
「ならいいけど、包丁か何かで切ったのかなって思ったから」
「そこまでじゃないよ、心配してくれてありがとう。でも結構痛かったから、郁弥も気をつけて。乾燥してるとなりやすいみたい」
「へぇ」
揺れる車内の中、すこし動かしづらくなった指先を思わずぼうっと眺める。
絆創膏の下の傷の正体と、そのきっかけはほんとうのことだった。それでも――話すつもりがないことがひとつ、このささやかな傷の下には隠されている。
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DONEタイトル通りのお話。うっすらと無自覚片思いな感じのきす→ひよ(2023/04/25)
きみの髪に触れたい 人との距離が近い、だなんてことはむかしからよく言われることだったし、自身でも重々自覚済みだ。おそらくは生まれつきの性分ではあるのだと思うのだれけど、そこに加えて、小3から始めたミニバスの影響は多い。
いいプレーが決まればハイタッチやフィストバンプで讃えあうのは基本事項、感極まったタイミングで自分よりも大きな相手から抱きつかれるのも、思い切り駆け寄ってチームメイトに抱きつくのだって日常茶飯事だ。
練習の合間、くしゃくしゃの笑顔を浮かべた先輩から何気ないふうに肩を抱かれたり、髪をわしゃわしゃ撫で回された時には仲間として認めてくれているのだ、という証をもらったみたいでなんだかすごく嬉しかった。
鴫野の髪はやわらかくて気持ちいい、だなんて言って順番に撫でに来られるせいで、練習や試合の帰りにはいっつもボサボサの頭で帰ることになるのだって日常茶飯事だったけれど、ちっとも嫌な気分になんてならなかったくらいだ。
4412いいプレーが決まればハイタッチやフィストバンプで讃えあうのは基本事項、感極まったタイミングで自分よりも大きな相手から抱きつかれるのも、思い切り駆け寄ってチームメイトに抱きつくのだって日常茶飯事だ。
練習の合間、くしゃくしゃの笑顔を浮かべた先輩から何気ないふうに肩を抱かれたり、髪をわしゃわしゃ撫で回された時には仲間として認めてくれているのだ、という証をもらったみたいでなんだかすごく嬉しかった。
鴫野の髪はやわらかくて気持ちいい、だなんて言って順番に撫でに来られるせいで、練習や試合の帰りにはいっつもボサボサの頭で帰ることになるのだって日常茶飯事だったけれど、ちっとも嫌な気分になんてならなかったくらいだ。
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DONEこのお話(https://poipiku.com/5919829/8597397.html)のおまけ。仲良く一緒に帰っていくきすひよ(※付き合ってるけどみんなにはまだ言ってない)を見送った後のまこ+はるがおしゃべりしてるだけ。※この世界線のまこはるはまだ何も始まっていません。
きすとひよが一言しか喋らないけど一応きすひよ…ってことにさせて(まこはるタグは勇気がなくてつけられないから笑)
ニアリーイコール「じゃあ僕たちこっちだから、ハルも真琴もまったね〜! 」
「橘くん、今日は色々とありがとう。七瀬くんもまたね」
いつも通りの控えめでやわらかな笑顔の横で、満面の笑顔と一際明るくはずんだ声が届けられる。すぐさまくるりと身を翻して歩き出す二対の背中をぼんやりと眺めていれば、話す内容こそ聞こえてこなくとも、穏やかな親密さは自然とこちらへと伝わる。
いやはや、なんと言えば良いのかは、まだうまく言葉が見つかりそうにはないのだけれど。
「どうした、真琴」
ぼんやりとその場に立ち尽くして居れば、隣を歩く幼馴染からは当然ながら疑問の声が上がる。
「――いや、なんかさ。随分仲良くなったんだなあって思って、あのふたり」
取り繕うような笑顔と共に答えれば、「ふうん」だなんていかにもな気のない生返事が返される。まあ――わかりきった話ではあるのだけれど。
6967「橘くん、今日は色々とありがとう。七瀬くんもまたね」
いつも通りの控えめでやわらかな笑顔の横で、満面の笑顔と一際明るくはずんだ声が届けられる。すぐさまくるりと身を翻して歩き出す二対の背中をぼんやりと眺めていれば、話す内容こそ聞こえてこなくとも、穏やかな親密さは自然とこちらへと伝わる。
いやはや、なんと言えば良いのかは、まだうまく言葉が見つかりそうにはないのだけれど。
「どうした、真琴」
ぼんやりとその場に立ち尽くして居れば、隣を歩く幼馴染からは当然ながら疑問の声が上がる。
「――いや、なんかさ。随分仲良くなったんだなあって思って、あのふたり」
取り繕うような笑顔と共に答えれば、「ふうん」だなんていかにもな気のない生返事が返される。まあ――わかりきった話ではあるのだけれど。
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DONE付き合ってるきすひよ。ゆっくりのんびりペースだけれどもう少しだけ距離を縮めたいな、と思っている貴澄くん、何かと敏い尚先輩を添えて。Lush Life 変化の兆しは、緩やかではありながら、確実なものだった。
たとえば別れ際、いつものように駅の改札まで見送れば何度も振り返ってはこちらへと手を振ってくれたりだとか。いままでは名残を惜しむみたいに、こちらだけが遠ざかっていく背中を見えなくなるまでずっと見送っていたのだから、これは中々の大きな変化だ。
(お願いだから気づかないでいてほしいな、なんて思ってたはずなのにね)
気持ちの形がそっくり同じだなんて思っていない。そうなってほしい、とも。
それでも、やわらかく穏やかな態度でこうして受け入れてもらえているのだと感じられた時の安堵感は何にも勝るものがある。
ひどく遠慮がちで、照れくさそうで、それでも――いままでとはあからさまに異なった色を帯びたまなざしがこちらに注がれていることに気づくたび、胸の中にはいつも、堪えようのないあたたかな感情がいくつも込み上げては心地よく心を詰まらせてくれる。
9195たとえば別れ際、いつものように駅の改札まで見送れば何度も振り返ってはこちらへと手を振ってくれたりだとか。いままでは名残を惜しむみたいに、こちらだけが遠ざかっていく背中を見えなくなるまでずっと見送っていたのだから、これは中々の大きな変化だ。
(お願いだから気づかないでいてほしいな、なんて思ってたはずなのにね)
気持ちの形がそっくり同じだなんて思っていない。そうなってほしい、とも。
それでも、やわらかく穏やかな態度でこうして受け入れてもらえているのだと感じられた時の安堵感は何にも勝るものがある。
ひどく遠慮がちで、照れくさそうで、それでも――いままでとはあからさまに異なった色を帯びたまなざしがこちらに注がれていることに気づくたび、胸の中にはいつも、堪えようのないあたたかな感情がいくつも込み上げては心地よく心を詰まらせてくれる。
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DONE付き合ってるきすひよ。帰り道。(2023/03/06)
モメント かくん。
大きな身震いを起こしたのにつれて、ぴったりと重ね合わされていた瞼がふるふると震える。
「ごめん――寝てたみたいで。重くなかった? 平気?」
眼鏡のフレームにそっと手をかけ、ごしごし、と無造作な手つきでらんぼうに瞼をこすりながらひどく恐縮したようすで声をかけられる。
「ううん、ぜんぜん。それより、遠野くんは大丈夫なの?」
間近に見つめあう眼差しに浮かぶ憂いを、すこしでも打ち消せるように――やわらかに笑いかけるようにしながら答える。
「疲れてたんでしょ、無理もないよね」
「でも……」
心底申し訳なさそうに髪をかきあげなら吐息まじりにこぼされる声に、心をしずかになぞられるような心地を味わう。
いつものように駅で落ち合ってから部屋まで招いてもらって、夕食をご馳走になって(きょうだってもちろんすごく美味しかった)、手分けして食事の片付けを終えて、前から評判だった配信のドラマを隣あって座りながら一緒に観て――主人公たちの元へと、まさに脅威が迫り来るその瞬間だった。無防備にこちらへとしなだれかかる心地よい重みと温もりに気づいたのは。
5345大きな身震いを起こしたのにつれて、ぴったりと重ね合わされていた瞼がふるふると震える。
「ごめん――寝てたみたいで。重くなかった? 平気?」
眼鏡のフレームにそっと手をかけ、ごしごし、と無造作な手つきでらんぼうに瞼をこすりながらひどく恐縮したようすで声をかけられる。
「ううん、ぜんぜん。それより、遠野くんは大丈夫なの?」
間近に見つめあう眼差しに浮かぶ憂いを、すこしでも打ち消せるように――やわらかに笑いかけるようにしながら答える。
「疲れてたんでしょ、無理もないよね」
「でも……」
心底申し訳なさそうに髪をかきあげなら吐息まじりにこぼされる声に、心をしずかになぞられるような心地を味わう。
いつものように駅で落ち合ってから部屋まで招いてもらって、夕食をご馳走になって(きょうだってもちろんすごく美味しかった)、手分けして食事の片付けを終えて、前から評判だった配信のドラマを隣あって座りながら一緒に観て――主人公たちの元へと、まさに脅威が迫り来るその瞬間だった。無防備にこちらへとしなだれかかる心地よい重みと温もりに気づいたのは。
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DONE「遠野くんの声が好き」からはじまるお話。(きすひよ、付き合ってない)(2022/11/26)
Voice(in your mind.)「遠野くんってさ、良い声だねってよく言われない?」
「なに、いきなり」
照れくささを隠せないままにぎこちなく視線を逸らすようにしても、人懐っこくこちらを追いかけるまなざしの気配はありありと伝わる。
飴玉みたいにきらきら透き通った瞳を子どもみたいに輝かせながら、いつもどおりのあのいやに嬉しそうな口ぶりで鴫野くんは言葉を続ける。
「前から思ってたんだよね――それとほら、これ。遠野くんにどことなく似てるでしょ」
しなやかな指先の示す先にあるのは、底がまあるく広がったぽってりとしたシルエットのガラスのカップに入ったコーヒーアフォガートだ。
「初めの口当たりは冷たいのに舌に乗せるとフワッとあったかくて、ほろ苦いのに甘いところとか。なんか遠野くんみたいだよね」
7618「なに、いきなり」
照れくささを隠せないままにぎこちなく視線を逸らすようにしても、人懐っこくこちらを追いかけるまなざしの気配はありありと伝わる。
飴玉みたいにきらきら透き通った瞳を子どもみたいに輝かせながら、いつもどおりのあのいやに嬉しそうな口ぶりで鴫野くんは言葉を続ける。
「前から思ってたんだよね――それとほら、これ。遠野くんにどことなく似てるでしょ」
しなやかな指先の示す先にあるのは、底がまあるく広がったぽってりとしたシルエットのガラスのカップに入ったコーヒーアフォガートだ。
「初めの口当たりは冷たいのに舌に乗せるとフワッとあったかくて、ほろ苦いのに甘いところとか。なんか遠野くんみたいだよね」
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DONE付き合ってるきすひよ。ハッピーハロウィン。なんかきすひよっていうかひよきすのような気がするけど個人的にはどっちでもいいかなって思っています、カワイイから…。(2022/10/31)
いたずらさせてよ「遠野くん遠野くん、ハッピーハローウィン! いたずらとお菓子ならどっちがいい?」
「いいけど、いきなり何?」
玄関先で顔を合わせるなり、突如投げかけられた問いを前に思わず真顔でそう返せば、すこしも臆することのないようすの満面の笑みが返される。よくよく目にしてみれば、鴫野くんの着ている黒いパーカーの胸元には左右で色違いの猫の目、ポケットからはおばけがひょっこりと顔を覗かせていて、控えめな仮装とも言えなくはないことにいまさらのように気づく。
ああ、そういえばそんな日だったか。世間ではずいぶんと騒がれているようでも、身の回りでは特に話題にあがることもなかったものだからすっかり忘れていたけれど。
「いたずらって言ったらどうするつもり?」
1291「いいけど、いきなり何?」
玄関先で顔を合わせるなり、突如投げかけられた問いを前に思わず真顔でそう返せば、すこしも臆することのないようすの満面の笑みが返される。よくよく目にしてみれば、鴫野くんの着ている黒いパーカーの胸元には左右で色違いの猫の目、ポケットからはおばけがひょっこりと顔を覗かせていて、控えめな仮装とも言えなくはないことにいまさらのように気づく。
ああ、そういえばそんな日だったか。世間ではずいぶんと騒がれているようでも、身の回りでは特に話題にあがることもなかったものだからすっかり忘れていたけれど。
「いたずらって言ったらどうするつもり?」
raixxx_3am
DONEおつきあいまもないきすひよ、おうちデートからの別れ際。(2022/10/23)そろそろいかなくちゃ「ほんとにいい? 送っていかなくって」
「だいじょうぶだって」
スリッパ姿で投げかけるこちらの問いかけを前に、いつものあの、やわらかく綻んだような笑顔できっぱりと首を横に振ってみせたのち、鴫野くんは答える。
言ったでしょ、余計に寂しくなっちゃうからって。ささやくように落とされた声に、じわり、と胸の奥からは、あたたかなものがこみ上げてくるのを抑えきれなくなってしまう。
背の高さがほとんど変わらない僕たちでも、こうして上がり框の数センチを借りてしまえばいつもとはすこしだけ視線の高さが変えられてしまう。見上げられることには、もうとっくに慣れているそのはずなのに――いつもとは打って変わって、上目遣いにこちらをじいっと見つめるまなざしに秘められた温度はしびれるようにあまい。
1919「だいじょうぶだって」
スリッパ姿で投げかけるこちらの問いかけを前に、いつものあの、やわらかく綻んだような笑顔できっぱりと首を横に振ってみせたのち、鴫野くんは答える。
言ったでしょ、余計に寂しくなっちゃうからって。ささやくように落とされた声に、じわり、と胸の奥からは、あたたかなものがこみ上げてくるのを抑えきれなくなってしまう。
背の高さがほとんど変わらない僕たちでも、こうして上がり框の数センチを借りてしまえばいつもとはすこしだけ視線の高さが変えられてしまう。見上げられることには、もうとっくに慣れているそのはずなのに――いつもとは打って変わって、上目遣いにこちらをじいっと見つめるまなざしに秘められた温度はしびれるようにあまい。
raixxx_3am
DONE風邪をひいた日和くんのお見舞いにくる貴澄くんのお話。付き合ってない。両片思い…?(2022/10/10)
Breath「遠野くんってさ、ちいさいころなんて呼ばれてたの?」
マスクの不織布ごしに届けられる、すこしくぐもったやわらかなささやき声が耳朶をやさしくくすぐる。
覆い隠された唇はきっと、なだらかな弧を描いているのだろう――とくん、と心の奥をくすぐられるような心地になりながら、いつもよりもすこし掠れた声で日和は答える。
「どうって……ふつうに、日和って」
「そうじゃなくってさ――あったでしょ? あだなとか」
要領を得ていない、とでも言わんばかりに、ぱちりとまばたきをこぼしながらかけられるささやき声に、さぁっと胸の奥が熱く高鳴る。わかって聞いてるよね? ぜったい。ばつの悪さに襲われながら、うんと遠慮がちなちいさな声で渋々と返答を返す。
10924マスクの不織布ごしに届けられる、すこしくぐもったやわらかなささやき声が耳朶をやさしくくすぐる。
覆い隠された唇はきっと、なだらかな弧を描いているのだろう――とくん、と心の奥をくすぐられるような心地になりながら、いつもよりもすこし掠れた声で日和は答える。
「どうって……ふつうに、日和って」
「そうじゃなくってさ――あったでしょ? あだなとか」
要領を得ていない、とでも言わんばかりに、ぱちりとまばたきをこぼしながらかけられるささやき声に、さぁっと胸の奥が熱く高鳴る。わかって聞いてるよね? ぜったい。ばつの悪さに襲われながら、うんと遠慮がちなちいさな声で渋々と返答を返す。
raixxx_3am
DONE日和くんは郁弥が好きなんだろうな~~と思いつつ日和くんが気になって仕方ない貴澄くんと貴澄くんといると心のガードが緩まってくるし、もしかしたらぼんやりと好きなのかもしれないな~と思っている感じのきすひよ。告白話。恋は焦らず「あのね、鴫野くん。前からちょっと聞きたいことがあったんだけど――、」
「ん、なになに?」
休日の昼下がりにしては人もまばらなカフェの中、きらきらと輝くような双眸をこちらへと向けながら、わずかに身を乗り出すようにして鴫野くんは答える。
人の瞳をじいっと見つめるのは、普段からの癖なのだろう。あまりにまっすぐで温かな光を宿したそれに捉えられるたびに、いつしかぎこちなく心が軋むような不可思議な感覚を味わうようになっていた。この気持ちの正体がなになのかなんてことは、いまだによくわからないのだけれど。
「……別にそんなに、大したことじゃあないんだけどね」
ふう、と力なく息を吐き、気持ちばかり声を潜めるようにしながら日和は尋ねる。
10585「ん、なになに?」
休日の昼下がりにしては人もまばらなカフェの中、きらきらと輝くような双眸をこちらへと向けながら、わずかに身を乗り出すようにして鴫野くんは答える。
人の瞳をじいっと見つめるのは、普段からの癖なのだろう。あまりにまっすぐで温かな光を宿したそれに捉えられるたびに、いつしかぎこちなく心が軋むような不可思議な感覚を味わうようになっていた。この気持ちの正体がなになのかなんてことは、いまだによくわからないのだけれど。
「……別にそんなに、大したことじゃあないんだけどね」
ふう、と力なく息を吐き、気持ちばかり声を潜めるようにしながら日和は尋ねる。