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    ue_no_yuka

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    DONE弐拾参
    烏頭白くして馬角を生ず 下 鳶翔が聞いたミトロフ族の伝説によると、大陸に渡ったのは五人。月衡が匿った武士、月衡の兄・宵衡(よいひら)、その息子・吟千代(ぎんちよ)と吟千代の妻・瑠璃姫(るりひめ)、そして刀鍛冶・忠蘭(ちゅうらん)だった。忠蘭は神通力を使ってその手からありとあらゆる物質を生み出すことができた。忠蘭が作る武器は人智を超え、特に刀は天を穿ち海を割った。忠蘭の弟子となった吟千代がその業を受け継ぎ、その後優秀な職人の一族として代々モンゴル皇帝に仕えたため、大陸に渡った奥原氏は「ミトロフ(鉄を操りし者)」と呼ばれるようになった。現在その奇跡のような業は受け継がれていないが、ミトロフ族は遊牧民族でありながらその集落に鍛冶場を持っており、集落の移動は一帯にいくつも点在する、先祖が作った窯の場所を指標にする。ミトロフ族は忠蘭を神の遣いとして崇め、忠蘭が刀を作る際に使っていたとされる鉱物のついた首飾りを、代々一族の長の証として身に着けていた。ミトロフ族ではその鉱物を「ゾーロン・チューラ(柔らかい石)」と呼んだ。ゾーロン・チューラを使った刀はよく切れるのに、しなる鞭ように柔らかかったという。軽く熱するとぼうっと紫や青色に輝いて美しいが、素のまま身に着けていると人体に害があり、体調不良や目眩、幻覚作用を引き起こすことがある。そのためミトロフ族の首飾りは、ゾーロン・チューラをその毒素を吸収するとされる黒い鉱物の粉末を練りこんだ金具で覆っている。その黒い鉱物は忠蘭がゾーロン・チューラを使った刀を作った時、それを使う武人に必ず共に持つように言っていたものだった。忠蘭の言いつけを守らなかった武人達は皆、ゾーロン・チューラによってその身を蝕まれていったのだった。
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    DONE弐拾弐
    烏頭白くして馬角を生ず 上 鳶翔は清鳳の死後、その言葉を頼りに花雫家について調べ始めた。しかし一人で仕事の片手間ではなかなか成果が得られず、最初の二年ほどは殆ど進展がなかった。そこで鳶翔は当時大学で民俗学を勉強していた寛久に協力を求めた。二人は花雫家、特に雲雀に勘づかれないよう調査を始めた。

    そんな時、都内の名のある大学で教鞭を執っている鷹山の従叔父・大智(たいち)から二人に連絡があった。大智は花雫家の正当な血を受け継ぐ人間だったが、花雫家に巣食う闇に疑念を持ち、宗家とは長いこと疎遠になっているようだった。大智は物心ついた頃から毎日日記をつけることを欠かさないとても生真面目な人物だった。しかし、ある時日記を読み返した際に、全く記憶にない出来事が記されていることがあった。初めはそんなこともあったかと思って受け流していたが、成長するにつれてごくたまに生活に支障をきたすほどの記憶喪失が起こるようになり、記憶を失ったことに焦ったことすらもいつの間にかまるっきり忘れてしまっていることに気付いた。何が本当で何が嘘か、普通の人間なら混乱して鬱にでもなってしまいそうな状況だったが、大智は昔から一日も欠かさず続けてきたその日記を信じていた。大智は日記を頼りに原因を探っていき、母親の実家である花雫家がその発端となっていると考えたのだった。鳶翔と寛久は大智と連絡を取りながら調査を進めた。
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    DONE拾玖
    トビがタカを生む 上 翌日一月二日、鍛冶屋敷一行は初詣にやってきていた。鍛冶屋敷の裏にある社のお参りは昨日のうちに終え、今日は里の中にある大きい寺や神社をまわる予定だ。鷹山はもちろん、鳶翔も人の多いところはあまり好きではないらしく、一行は早めに屋敷を出て、毎年特に参拝客が多い寺にやってきた。朝が早いと言えど正月だからか既にまばらに人がいた。その寺は小さな山一帯が一つの寺になっていて、山の中にいくつも小さな寺や神社が点在している。一行はひとつずつ丁寧に参拝していった。
    「これがかの有名な金色殿…!」
    美鶴は金色に輝くその寺を見て目を輝かせた。屋根のてっぺんから縁下の柱まで余すところなく金箔が貼られ、中の柱には上から下まで見事な螺鈿細工が施されていた。金色殿は奥原四代の遺体が安置されている寺院で、初代・暁衡の時代に建立されたものだ。奥原氏が滅んだ後は一度廃れてしまうが、後の世の人々が約四度に渡って修復を行った。特に江戸時代に行われた修復作業には花雫家が多大な支援を行っていたらしい。しかし、上から下まで金箔張りの寺院は修復にも莫大な金がかかり、春夏秋冬雨風に晒すことは出来ないため、昭和末期にコンクリートの堂の中に移され、全面ガラス張りで、現在では近付いて細部を見ることはできなくなっている。全面金箔なんて京都の金閣寺よりすごいじゃないかと興味を持ってやってきた観光客をことごとく落胆させ、旅行の口コミサイトでは「がっかり寺」なんて呼ばれていたりする。しかし、美鶴はそれでも興味津々な様子で眺めていた。鳶翔と鷹山はその金ピカの寺をまるでハリボテだと思いながら見ていた。
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    DONE拾漆
    籠鳥檻鷹 中の下 鷹山は暗闇の中にぽつりと浮かぶ灯火に向かって冷たい廊下を歩いていた。灯火から声がするのだ。誰の声とも分からない、穏やかで優しい声。鷹山はただぼんやりと灯火に向かって歩いていた。奥の間に入ると皆正座して、真ん中に立つ雲雀を見ていた。雲雀は鷹山を見てにこりと笑った。背後の扉がひとりでに閉まった。
    「鷹山も、そこに座りなさい。」
    雲雀に言われて、鷹山は近くにあった座布団の上に腰を下ろした。部屋の中には沢山の灯火があって、鷹山は揺れるその炎をただ見つめていた。ふと鷹山は無数に点る灯火の中に、刀掛けに乗った一振の美しい刀があることに気付いた。鷹山は吸い込まれるようにその刀に魅入った。錆、刃こぼれひとつない美しい刀身は、灯火に照らされて揺らめくように輝いていた。雲雀は刀を手に取ると、灯火に刀を近付けた。刀身が灯火を写して炎の色に染まり、ぼんやりと光った。雲雀は部屋の真ん中で舞を舞い始めた。鷹山はただその一振の刀をじっと見つめていた。その美しさ、包み込まれるような温かな光、どこからともなく聞こえる優しい声。その心地良さは眠気のようで酔気のようで、何もかもがどうでも良くなるような、そんな感覚だった。優しい声は止めどなく語りかけた。
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    DONE
    立つ鳥跡を濁さず 上「仕事の関係で暫く留守にさせて頂きます。ゴメンなさい!」

    そう言って美鶴が出かけて行ってから二週間が経った。



    美鶴が鍜冶屋敷に住むようになって約三月が過ぎ、季節は秋真っ只中。この里の秋は短く、夏が終わったと思えば瞬く間に、深夜早朝は一桁の気温になる日々がやってくる。つかの間の天国に、虫の音や紅葉、秋の味覚を楽しむのがこの里の暮らしだ。
    鍜冶屋敷のある山も秋には豊富な食材に恵まれ、鷹山達の食卓もここ最近は彩り豊かだった。いつもは日の沈む頃には床に就く鷹山だったが、この時期だけは月を肴に縁側で晩酌するのが日課になっていた。麓で買ってきた地酒を飲むのも良かったが、美鶴が夏から仕込んでいた梅酒がこれまた絶品で、酒好きの鷹山は密かにかなり気に入っていた。その梅酒と美鶴が作った茗荷の浅漬けをつまみながら眺める月はひときわ美しく思えた。最初の頃は一人で盃を傾けていた鷹山だったが、最近は美鶴を誘って二人で晩酌することが多くなっていた。とはいえ美鶴は恐ろしく酒に弱く、鷹山の酒好きに付き合おうと無理に飲んで、目を離せばすぐに出来上がってしまうので、美鶴が潰れる度に鷹山は介抱するのが大変だった。弱いのに無理に付き合わせるのも悪いかと鷹山は思ったが、晩酌に誘われて嬉しそうににこにこしながら縁側に正座する美鶴の姿を見ていると、今日も介抱してやるかと絆されるのだった。
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    DONE
    ツルの恩返し 中美鶴が鍜冶屋敷にやってきて三週間ほど経ったある日の昼過ぎ。普段は殆ど鍛冶場にはいかない美鶴だったが、その日ばかりはどうも様子が気になった。鍛冶場から怒鳴り声が聞こえるのだ。それも鷹山のものではない。美鶴は干していた布団を取り込んで縁側に置くと、早足で鍛冶場へ向かった。

    美鶴が鍛冶場の中を覗くと、鷹山の他に中年の男が二人腰を下ろしていた。一人は沢に落ちたかのように汗で全身がびしょ濡れで、大きく開けた額及び頭頂は顔が写りそうなほど照り輝いている。だらしなく垂れ下がった贅肉は言葉を発する度にぶるぶると揺れている。もう一人はその男の付き人だろうか。小柄でやせ細っており、サイズの合わない四角いメガネは何度直してもずり落ちている。困り顔をしながら右手に持った団扇で男を扇ぎ、左手に持ったハンカチで男の汗を拭っている。美鶴は前者に見覚えがあった。男は評論家で鑑定士の蓮橋馳二(はすはし はせじ)だった。蓮橋は若い頃は美男鑑定士として骨董品鑑定番組にレギュラー出演し、業界で有名な存在だった。しかし四十を過ぎる頃から美男とは程遠い見た目になっていき、今ではヤラセ鑑定だのパパ活疑惑だので黒い噂が絶えない。三大ハラスメントの大量製造機で、テレビ局からも有名人達からも煙たがられている。そんな人物が何故ここにいるのか、美鶴はさらに気になって中を覗き続けた。
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