800
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TRAINING執監狡宜。800文字チャレンジ45日目。
ただ、呟いただけ(言えるはずがない) 佐々山を亡くして以来、狡噛は人が変わってしまった。潜在犯堕ちして執行官になったのもそうだが、彼はあのお人好しな男を、猟犬として有用だった男をトレースするようになってしまった。煙草も酒も、もしかしたら女も。それでも俺が落ち着いていられるのは、彼とまだ寝ているからだった。もし寝ていなかったら、全てを共有していなかったら、それこそ発狂していたかもしれない。そんなものにすがるなんて、馬鹿げているのかもしれないけれど。
セックスを終えて狡噛の部屋を持する時、俺は何も言わない。狡噛は俺に何も言わないし、これまでのように甘い言葉もくれない。それどころか俺を突き放そうとする。なのに俺を抱く。執行官は不自由な身柄だからかもしれない。理由などないのかもしれない。これまでの地続きで抱いてくれているだけなのかもしれない。それでも、俺は狡噛が寝てくれていることに救われていた。
831セックスを終えて狡噛の部屋を持する時、俺は何も言わない。狡噛は俺に何も言わないし、これまでのように甘い言葉もくれない。それどころか俺を突き放そうとする。なのに俺を抱く。執行官は不自由な身柄だからかもしれない。理由などないのかもしれない。これまでの地続きで抱いてくれているだけなのかもしれない。それでも、俺は狡噛が寝てくれていることに救われていた。
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TRAINING祭り終わりの話。800文字チャレンジ44日目。
祭りのあと(花火) 出島では入国者によって数多くの祭りが催される。俺たちはそれが大々的であればあるほど警備に駆り出される羽目になる。行動課は実働部隊だって? それは名目上のことでしかない。そもそも人員を割き辛い公安局の人数とドローンの数では祭りの警護には足りず、海外調整局で余っているのは俺たちくらいのものだった。それに祭りの日は事件がよく起こる。俺たちが想像もしないものが。
今日はチャイニーズマフィアと繋がった公安局員を逮捕する羽目になった。詳細は省くが、スキャンダルが世に出る前に裁けて良かった。恩も売れたというものだ。そんな俺たちは日本風の縁日を歩きながら、水っぽいビールを飲んでいた。花城の奢りだ。彼女はその逮捕した公安局員を須郷と護送してしまって、俺たちは二人きりだった。ギノは汗をかいた首筋を拭いながら水のようなビールを飲んでいる。俺はもう少し濃いものが欲しくて、チップを握らせて瓶ビールを頼んだ。
874今日はチャイニーズマフィアと繋がった公安局員を逮捕する羽目になった。詳細は省くが、スキャンダルが世に出る前に裁けて良かった。恩も売れたというものだ。そんな俺たちは日本風の縁日を歩きながら、水っぽいビールを飲んでいた。花城の奢りだ。彼女はその逮捕した公安局員を須郷と護送してしまって、俺たちは二人きりだった。ギノは汗をかいた首筋を拭いながら水のようなビールを飲んでいる。俺はもう少し濃いものが欲しくて、チップを握らせて瓶ビールを頼んだ。
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TRAINING日本に帰って来た狡噛さんと、父親と和解した宜野座さん。800文字チャレンジ43日目。
長い旅(終わりに) 長い旅の末にお前がいた。日本に帰って来たらお前がいた。その時運命だと思った。こんなに巡り巡ってお前に会うなんて、それこそ運命だと思った。同じ仕事につき、同じものを追いかけて、また以前のように寝るようになったら、それこそ運命じゃないか。なぁギノ。お前はそうじゃないのか。お前は違うのか。お前は俺とは違った旅をしたのか。
長い旅と言っても、俺の旅は血生臭いものだ。手足がちぎれた子供、息の代わりに血を吐き出す男、自爆テロの身代わりにされる女。そんな中を歩いて来た。でも俺はギノの旅を知らない。彼は自分の旅について語らなかった。どうやって父親との確執にケリをつけたのかなんて、俺の一番知りたいことを話してくれなかった。彼は俺とは違って旅を大切な秘密にしていた。俺のように軽い口をしていなかった。どれだけ酔っても喋らず、セックスの最中にねだっても許してくれなかった。けれど今日はどういうわけか、彼は自分の旅について語り始めていた。そして俺は知った。今日は彼の父親の命日なのだと。
880長い旅と言っても、俺の旅は血生臭いものだ。手足がちぎれた子供、息の代わりに血を吐き出す男、自爆テロの身代わりにされる女。そんな中を歩いて来た。でも俺はギノの旅を知らない。彼は自分の旅について語らなかった。どうやって父親との確執にケリをつけたのかなんて、俺の一番知りたいことを話してくれなかった。彼は俺とは違って旅を大切な秘密にしていた。俺のように軽い口をしていなかった。どれだけ酔っても喋らず、セックスの最中にねだっても許してくれなかった。けれど今日はどういうわけか、彼は自分の旅について語り始めていた。そして俺は知った。今日は彼の父親の命日なのだと。
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TRAINING二人の母親のこと。潜在犯堕ちした狡噛さんのお話。
800文字チャレンジ42日目。
優しい嘘(なんてつけない) 狡噛があえて俺につく嘘に気づいたのは、彼と関係を持ってしばらく経ってのことだった。それはほとんどが家族のことだった。母親との関係を彼は口にせず、俺に黙っていた。授業参観って年でもないから俺は彼の母親とすぐには会わなかったが、時折行く狡噛の家で二人並んで撮られた写真を見ることはあった。狡噛と同じ色の目をした、さっぱりとした女の人に見えた。けれど彼は俺がそれを見ていると知ると写真たてを隠そうとしてしまうのだ。多分、母親の話題になることを避けて、なぜなら俺の母はユーストレス欠乏症で寝たきりだから、だから俺は母と喋ることも出来ない可哀想な子どもだから。最初のうちは狡噛にそんなこと気にするなと言った。俺の父は潜在犯だったし、それは皆が知っていたし、今さら気遣われてもどうにもならないと。でも、狡噛は何度も俺に嘘をついた。母さんとは最近話してないな、なんて、手ずからの料理を食べさせてもらいながら、そんなふうに俺を優しく拒絶した。
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INFO※4/7更新4/25妖言で発行予定の五悠本「ブルー・ラスト・リゾート」の全年齢部分(仕上げ済)です。
部数アンケートご協力ありがとうございました。
R-18部分サンプル→https://cutt.ly/1xBL1o6
ところどころ飛び飛びです。
B5表紙込60P会場頒布価格800円
ノベルティ:しおり
2021/4/25 超妖言2021内放課後ユートピア
スペース:Aホールケ30b【微粒子】 14
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TRAININGうなされる狡噛さんのお話。800文字チャレンジ41日目。
ナーサリーライム(子守唄をあなたに) 狡噛は時折うなされることがある。何を夢見ているのか知らないが、眉間に深い皺を寄せて、苦しそうにうめいている。最初のうちは起こしていてやったが、そうすると彼は俺から離れてシャワールームに消えるか、リビングで水を飲んで顰めつらしい顔をするかだった。だから最近はじっと寄り添うことに決めている。狡噛が苦しんでいるのなら、俺も一緒に苦しもうと手を繋ぎ、朝まで一睡もせず夜を過ごす。それを狡噛に言ったことはない。目の下にクマを作った狡噛に、酷い顔だなと言われることはあっても、彼が自分の酷い顔に気づくまでは、俺は知らないふりをするのだ。
「あなたたち、揃いも揃ってひどい顔。出勤してすぐだけど、ちょっと仮眠でもしてきたら? 幸い仕事はないし」
955「あなたたち、揃いも揃ってひどい顔。出勤してすぐだけど、ちょっと仮眠でもしてきたら? 幸い仕事はないし」
高間晴
DOODLEチェズモク800字。とある国の狭いセーフハウス。■たまには、たまにはあの人に任せてみようか。そう思ってチェズレイがモクマに確保を頼んだ極東の島国のセーフハウスは、1LKという手狭なものだった。古びたマンションの角部屋で、まずキッチンが狭いとチェズレイが文句をつける。シンク横の調理スペースは不十分だし、コンロもIHが一口だけだ。
「これじゃあろくに料理も作れないじゃないですか」
「まあそこは我慢してもらうしかないねえ」
あはは、と笑うモクマをよそにチェズレイはバスルームを覗きに行く。バス・トイレが一緒だったら絶対にここでは暮らせない。引き戸を開けてみればシステムバスだが、トイレは別のようだ。清潔感もある。ほっと息をつく。
そこでモクマに名前を呼ばれて手招きされる。なんだろうと思ってついていくとそこはベッドルームだった。そこでチェズレイはかすかに目を見開く。目の前にあるのは十分に広いダブルベッドだった。
「いや~、寝室が広いみたいだからダブルベッドなんて入れちゃった」
首の後ろ側をかきながらモクマが少し照れて笑うと、チェズレイがゆらりと顔を上げ振り返る。
「モクマさァん……」
「うん。お前さんがその顔する時って、嬉しいんだ 827
高間晴
DOODLEチェズモク800字。チェがモの遺書を見つけてしまった。■愛の言霊ヴィンウェイ、セーフハウスにて。
昼過ぎ。チェズレイがモクマの部屋に、昨晩置き忘れた懐中時計を取りに入った。事前にいつでも部屋に入っていいと言われているので、こそこそする必要はない。部屋の中はいつもと同じで、意外と整理整頓されていた。
――あの人のことだから、もっと散らかった部屋になるかと思っていたけれど。よく考えればものをほとんど持たない放浪生活を二十年も続けていた彼の部屋が散らかるなんてないのだ。
ベッドと机と椅子があって、ニンジャジャングッズが棚に並んでいる。彼が好きな酒類は「一緒に飲もう」と決めて以来はキッチンに置かれているので、その他にはなにもない。チェズレイはベッドサイドから懐中時計を取り上げる。と、ベッドのマットレスの下から何か白い紙? いや、封筒だ。そんなものがはみ出している。なんだか気になって――というよりは嫌な予感がして、半ば反射的にその封筒を引っ張り出した。
その封筒の表には『遺書』と書かれていたので、チェズレイは硬直してしまう。封がされていないようだったので、中身の折りたたまれた便箋を引き抜く。そこには丁寧な縦書きの文字が並んでいて、そ 827
高間晴
DOODLEチェズモク800字。結婚している。■いわゆるプロポーズ「チェーズレイ、これよかったら使って」
そう言ってモクマが書斎の机の上にラッピングされた細長い包みを置いた。ペンか何かでも入っているのだろうか。書き物をしていたチェズレイがそう思って開けてみると、塗り箸のような棒に藤色のとろりとした色合いのとんぼ玉がついている。
「これは、かんざしですか?」
「そうだよ。マイカの里じゃ女はよくこれを使って髪をまとめてるんだ。ほら、お前さん髪長くて時々邪魔そうにしてるから」
言われてみれば、マイカの里で見かけた女性らが、結い髪にこういった飾りのようなものを挿していたのを思い出す。
しかしチェズレイにはこんな棒一本で、どうやって髪をまとめるのかがわからない。そこでモクマは手元のタブレットで、かんざしでの髪の結い方動画を映して見せた。マイカの文化がブロッサムや他の国にも伝わりつつある今だから、こんな動画もある。一分ほどの短いものだが、聡いチェズレイにはそれだけで使い方がだいたいわかった。
「なるほど、これは便利そうですね」
そう言うとチェズレイは動画で見たとおりに髪を結い上げる。髪をまとめて上にねじると、地肌に近いところへか 849
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TRAINING初めてしたキスの話題で盛り上がる36歳。800文字チャレンジ40日目。
間接キス(ストロベリーシェイク) 初めてしたキスはいつだったか。そんなことを真面目に考える年でもないが、母によれば俺の初めてのキスは隣の犬なんだという。人間だけじゃなく動物もカウントするなんて良い母親だとともに酒を飲んでいたギノは言ったが、正直なところ、俺は彼の初めてのキスがさっきから気になってしょうがなかった。
始まりはこうだ。花城が読んでいた雑誌のカルチャー欄に、初キスの話題があった。初めてのキスを取り戻すことは自分の人生を取り戻すこと、が謳い文句の映画だ。あの場は花城の質問だけで軽く終わってしまったのだが、どうも俺たちは後を引いてしまって、官舎に戻ってまだその話をしている。酒を飲んで、簡単に作ったつまみを口にして、それからたまにくすぐり合って手のひらを合わせて。
906始まりはこうだ。花城が読んでいた雑誌のカルチャー欄に、初キスの話題があった。初めてのキスを取り戻すことは自分の人生を取り戻すこと、が謳い文句の映画だ。あの場は花城の質問だけで軽く終わってしまったのだが、どうも俺たちは後を引いてしまって、官舎に戻ってまだその話をしている。酒を飲んで、簡単に作ったつまみを口にして、それからたまにくすぐり合って手のひらを合わせて。
高間晴
DOODLEチェズモク800字。気持ちだけすけべ。■もう考えるのは止めた敵対組織を一つ潰して、チェズレイとモクマはどぶろくで祝杯をあげていた。ソファに並んで座るとぐい呑み同士を軽くぶつけて乾杯する。下戸のチェズレイは以前、モクマに付き合って痛い目を見たので本当に舐めるように飲んでいる。だが、楽しいことがあった時には飲むと決めたモクマのペースは速い。次々と杯を空けていく。
「そんなに飲んで大丈夫ですか」
「ん~、へーきへーき。今夜はとことんまで飲んじゃうからね~」
いつの間にか一升瓶の中身が半分ほどになっている。そこでチェズレイはモクマがぐい呑みを空にしたタイミングを見計らって、それを取り上げた。
「ああっ、チェズレイのいけずぅ~」
「そうやって瞳を潤ませれば私が折れるとでも思っているんですか?」
モクマが腕を伸ばしてぐい呑みを取り返そうとしてくるのを見ながら、冷静に言い放つ。そこでモクマがへらっと笑ってチェズレイの両肩を掴むと強く引き寄せた。アルコールの、どぶろく特有のほのかに甘い匂い。唇にやわらかいものが触れてキスだとわかった。
「ん、ふ……」
モクマが唇を舐めて舌を入れてこようとするのに、チェズレイは理性を総動員して 847
高間晴
DOODLEチェズモク800字。今度はモさんがうだうだしてる。https://poipiku.com/108543/4050417.html の続き。
ルクアロルクの描写を含みます。■最近の悩み(Side:M)
「じゃあまたコーヒー淹れてくるわ」
モクマはチェズレイの空になったカップを受け取って書斎を出た。さっき彼の手にしていた携帯の画面が、遠目でちらりと見えてしまったのを思い出す。
さすがにここまで共に過ごした上であれを見て、彼が自分以外の誰かとセックスがしたいんだなんて思うほどモクマは朴念仁ではなかった。
おじさん、求められてるんだなぁ。あんな美青年に。
ぼうっとそんなことを考えながら、キッチンでカップを洗う。
きっとチェズレイはどっちも未経験だろうから、俺がネコ側やるのが妥当なんだろう。
でも、あいつは知らないかもしれないが、セックスなんてのは時としてみっともなくて滑稽なものだ。ただでさえこんな――あの美しい男にこんなおじさんの喘ぎ声だとか痴態を晒すなんて、とてもじゃないができない。我慢すればいいだけの話だなんて言わないでほしい。人生で初めてこれだけ惚れた男に求められて触れられて、抑えられるだけの自信がないのだ。
それが恥ずかしいなんて可愛い感情ならまだどうにかできた。だが自分が抱えているのは恐怖と惨めさ、とでもいえばいいのだろうか。
も 853
高間晴
DOODLEチェズモク800字。チェズが悶々としてるだけ。■最近の悩みミカグラ島での一件が落ち着いた後、チェズレイとモクマは二人で世界征服という途方も無い夢を目指すことになった。
まずは下準備から、というわけで今はヴィンウェイのセーフハウスでゆっくり計画を練っている最中。だが、チェズレイの頭の中は相棒のことでいっぱいだった。
あァ……あの人を抱きたい。
あの指切りの時に生死を共にする約束を交わしたとはいえ、あの時には心の触れ合いさえあればよかった。それが二人で暮らすうちに、どういうわけか直接もっと肌で触れ合いたいと思い始めてしまったのだ。この、自他共に認める潔癖症の自分が。
そこまで考えて、チェズレイは書斎の陽光射し込む窓辺に立つと、さきほどモクマが淹れてくれたカフェオレを一口飲んだ。それはこれまで飲んでいたブラックコーヒーにはない優しい風味で、神経が和らぐ気がする。
あの人はファントムに似ている。だが決定的に違うのは、あの人は自分を裏切らないという確信があるところ。
でも――あの人はヘテロだし、誰が見ていてもわかるくらいずるくて逃げ癖がある。いっそのこと自分が女装して抱かれればいいのか、なんて考えるが問題はそこじゃない。 871
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TRAINING児童養護施設で子どもたちに本を読んであげる宜野座さんのお話。800文字チャレンジ39日目。
童話の王子様とお姫様(スノーホワイト) 仕事で児童養護施設を訪れた時、ギノがスーツの裾を引っ張る子どもたちに、童話を読んでやっているのを見たことがある。彼は長い髪を少し垂らして、ぼろぼろになった、今では珍しい紙の絵本を読んでやっていた。絵柄はディズニーの白雪姫。美しい白雪姫と、幼い頃に彼女と出会い、王妃に捨てられてしまった思い人をずっと探し求めていた王子様のストーリー。毒林檎を食べて仮死状態になってしまった白雪姫が、王子様のキスで目覚めるストーリー。いつの日にか王子様が来てくれるその日を私は夢に見る。
ギノの落ち着いた語り口に、子どもたちはもっと、もっとと絵本を持ち込んで、その様は花城が呆れるくらいだった。私はあなたを子守役として雇ったんじゃないんだけど? とは彼女の弁だ。俺もそう思ったが、普段ドローン任せにされている子どもたちは、人間の大人に興味津々だった。結局この日は残りの俺たちが職員に聞き込みをして、ギノは子どもたちにかかりきりだった気がする。それでも優しい、慈しむような彼の表情は、俺にとって素晴らしいものだった。もしこんな仕事をしていなかったのなら、彼はあんな表情を多くの人々に向けただろう。そう思うと、胸が少し痛んだけれど。
1024ギノの落ち着いた語り口に、子どもたちはもっと、もっとと絵本を持ち込んで、その様は花城が呆れるくらいだった。私はあなたを子守役として雇ったんじゃないんだけど? とは彼女の弁だ。俺もそう思ったが、普段ドローン任せにされている子どもたちは、人間の大人に興味津々だった。結局この日は残りの俺たちが職員に聞き込みをして、ギノは子どもたちにかかりきりだった気がする。それでも優しい、慈しむような彼の表情は、俺にとって素晴らしいものだった。もしこんな仕事をしていなかったのなら、彼はあんな表情を多くの人々に向けただろう。そう思うと、胸が少し痛んだけれど。
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DOODLEチェズモク800字。眠れない夜もある。■インソムニア同じベッドの中、モクマはチェズレイの隣で寝返りをうつ。
「眠れないんですか?」
「なんか寝付きが悪くてな。……寝酒でもするか」
起き上がろうとしたモクマの肩を押し止める。薄暗がりの中でプラチナブロンドが揺らめいた。
「寝酒は体によくありません。それだったら私が催眠をかけて差し上げます」
「えっ」
モクマは少しぎょっとする。これまで見てきたチェズレイの催眠といえば、空恐ろしいものばかりだったのだから。するとそれを見透かしたようにアメジストの瞳が瞬いて眉尻が下がる。今にも涙がこぼれ落ちてきそうだ。――モクマはこの顔にたいそう弱かった。
「モクマさん……私があなたに害のある催眠をかけるとでも?」
「い、いやそんなこと思っちゃおらんけど……」
言われてみれば確かにそうだ。この男が自分にそんなことをするはずがない。
しなやかな手によって再びベッドに背を預け、モクマは隣に横たわるチェズレイと目を合わせた。
「目を閉じて、ゆっくり呼吸してください。体の力を抜いて」
穏やかな声に、言われるとおりにモクマは従う。
「想像してください。あなたは果てのない広い草原にいます。そ 854
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TRAINING美佳ちゃんの独白。FI後の朱ちゃんとのお話。
800文字チャレンジ38日目。
灰色の時間(あなたがいるということ) 恋をすれば世界がばら色になるなんて嘘だ。だって私は長いこと恋をしているというのに、今も灰色の時間の中にいるし、それがいつか花が開くように美しいものになるという保証はない。きっと私の世界は灰色のままだ。もし色がついたとして、王陵璃華子が描いた極彩色の絵がいいところだ。
私はまだあの犯罪者に囚われていて、もういい大人なのに怖くて泣きながら目覚める時がある。そんな時誰かがそばにいてくれたらと思うのだけれど、恋をした人は近くにいてくれない。想いを伝えてもいないのだから当たり前なのだけれど、それでも私はあの人に、常守朱に側にいて欲しかった。言葉にしないでも、心細い時はそばにいて欲しかった。私は幼馴染すら見捨てた女だから、あの人は相手をしてくれないかもしれない。でも犯罪者を対等な人間として扱うあの人なら、私のこの灰色の世界を、ばら色にしてくれるかもしれないと思った。
824私はまだあの犯罪者に囚われていて、もういい大人なのに怖くて泣きながら目覚める時がある。そんな時誰かがそばにいてくれたらと思うのだけれど、恋をした人は近くにいてくれない。想いを伝えてもいないのだから当たり前なのだけれど、それでも私はあの人に、常守朱に側にいて欲しかった。言葉にしないでも、心細い時はそばにいて欲しかった。私は幼馴染すら見捨てた女だから、あの人は相手をしてくれないかもしれない。でも犯罪者を対等な人間として扱うあの人なら、私のこの灰色の世界を、ばら色にしてくれるかもしれないと思った。
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TRAINING何気ない日々のやりとり。ちょっと遠慮気味に生きるのがやめられない宜野座さんのお話。
800文字チャレンジ37日目。
わかっていると君は言う(大丈夫、じゃない) ギノは物分かりがいい。俺が何も告げずに数日消えても、全て任務だと思って一言も聞こうとしない。ギノは物分かりがいい。俺が口元を赤い口紅で汚しても、ため息をついて飛行機の備品のクレンジングで洗ってくれる。ギノは物分かりがいい。俺が誰かの香水の匂いを移しても、そのまま抱かれてくれる。けれど俺は寂しくなる時がある。そんなに何もかもを誰かに捧げてしまって、お前は本当に幸せなのかと。
「ん……狡噛、まだ朝早いぞ」
「急に任務が入ってな。そろそろ出なきゃならないんだ」
母との面会を詮索されたくなくて、俺はそんな嘘をついた。母は先日から出島にやって来ていて、俺が取ったホテルで暮らしている。仕事を始める前に会っておきたかった。ただそれだけのことなのに、俺は彼に言えないでいる。
954「ん……狡噛、まだ朝早いぞ」
「急に任務が入ってな。そろそろ出なきゃならないんだ」
母との面会を詮索されたくなくて、俺はそんな嘘をついた。母は先日から出島にやって来ていて、俺が取ったホテルで暮らしている。仕事を始める前に会っておきたかった。ただそれだけのことなのに、俺は彼に言えないでいる。
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TRAINING夏の終わりの出島のお話。800文字チャレンジ36日目。
夏が終わる声(ひぐらしの鳴き声) 雑賀先生が隠居していた森の中には、様々な生物がいた。夏の終わりには夕涼みに誘われて、狡噛と訪ねることもあった。そんな日はいつもひぐらしが鳴いていて、俺は幼い頃に祖母に手を引かれて、見知らぬ人の中を通ったことを思い出す。あれは祭りか何かだったのだろうか? 記憶はあやふやで果たしてそれに行ったことすら曖昧だ。だが、あの鳴き声はいつも思い出すのだ、夏が終わる頃、もう楽しい日々も終わると、俺に教えるように。
出島でもひぐらしは鳴いた。俺はそれに懐かしい思い出を引き出されそうになって、改めてそんなんではいけないと思い直した。優しい思い出で自分を慰めてもしょうがない、今は狡噛がいる、そう思うのだ。しかし今日は何故か狡噛が俺を誘って出島のマーケットに任務帰りに寄った。なんの記念日でもないというのに花城の許可まで取って。
922出島でもひぐらしは鳴いた。俺はそれに懐かしい思い出を引き出されそうになって、改めてそんなんではいけないと思い直した。優しい思い出で自分を慰めてもしょうがない、今は狡噛がいる、そう思うのだ。しかし今日は何故か狡噛が俺を誘って出島のマーケットに任務帰りに寄った。なんの記念日でもないというのに花城の許可まで取って。
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TRAINING任務から無事に帰ってきて欲しい宜野座さんとそれに誓う狡噛さん。800文字チャレンジ35日目。
名前を呼ぶ日(言霊) 名前には言霊が宿っているのよと祖母に言われたことがある。だからみだりに名前を呼ばせてはならないし、伸元も呼んではいけない。沖縄の風習を受け継ぐそんな祖母の言葉に、幼かった俺は少し恐ろしさを感じて、しばらくの間友だちの名前を呼べなかった。俺が死んじゃえって言ったら目の前の友だちは死ぬと思っていたし、そんなふうに恐れていたから、初めてのガールフレンドにつまらないから嫌いって言われた時はどうしていいかわからなくなった。でもまぁ、それでもどうにか来ている。
言霊信仰は廃れてしまったが、かつてこの国は言霊の幸ふ国だった。シビュラシステムが歴史を閉じ込めてしまってからは、そんなことを知る者も少ないが。けれど俺は時折祖母の言葉を思い出しては、狡噛が一人任務に赴く日、「無事に帰って来いよ」と言葉を送ることにしていた。そうしたらきっと、彼が無事に俺の元にも取って来てくれるような気がして。
835言霊信仰は廃れてしまったが、かつてこの国は言霊の幸ふ国だった。シビュラシステムが歴史を閉じ込めてしまってからは、そんなことを知る者も少ないが。けれど俺は時折祖母の言葉を思い出しては、狡噛が一人任務に赴く日、「無事に帰って来いよ」と言葉を送ることにしていた。そうしたらきっと、彼が無事に俺の元にも取って来てくれるような気がして。
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TRAININGもしも公安局に入ってなかったらと空想する話。出島のマーケットに行きます。
800文字チャレンジ34日目。
カゴの鳥(唄を忘れたカナリヤ) もし何にも知ろうとしないで生きていたら、きっと狡噛には出会わなかった。もし公安局を目指していなかったら、きっと狡噛には出会わなかった。もし父を憎んでいなかったら、きっと狡噛には出会わなかった。そんなもしもやきっとを繰り返して出会った狡噛は、今も俺の隣にいる。
公安局に入っていなかったら、と考えることがある。だとすればいくつか資格は取っていたから、そっちに行ったのだろうか? 動物に携わる仕事や、植物に関係する仕事。そうしたらきっと事件に巻き込まれない限り、俺は公安局の狡噛慎也とは出会わないだろう。いや、狡噛自体、俺と出会わなかったら、公安局なんて目指さず、きっと学問の道を進んで教員にでもなってたのじゃないか。
976公安局に入っていなかったら、と考えることがある。だとすればいくつか資格は取っていたから、そっちに行ったのだろうか? 動物に携わる仕事や、植物に関係する仕事。そうしたらきっと事件に巻き込まれない限り、俺は公安局の狡噛慎也とは出会わないだろう。いや、狡噛自体、俺と出会わなかったら、公安局なんて目指さず、きっと学問の道を進んで教員にでもなってたのじゃないか。
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DOODLEチェズモク800字。嫉妬するチェズ。■わたしの一番星二人の住むセーフハウスにはグランドピアノが置かれた部屋がある。今日もチェズレイが一曲弾き終わって、黙って傍の椅子でそれを聴いていたモクマは拍手をした。応えるように立ち上がって軽く一礼する。
「ところでモクマさん。あなたも弾いてみませんか?」
「えっ、俺?」
驚いたように自分を指差すモクマを、ピアノ前の椅子に座るよう促す。困ったな、なんて言いながら満更でもなさそうだ。そんな様子に少し期待してしまう。
モクマは確かめるように、両手の指を鍵盤にそっと乗せる。そうして指先で鍵盤をゆっくり押し下げて弾き始めた。
――きらきら星だ。
多少調子外れながらも、鍵盤を間違えずに一分弱の曲を弾いてみせた。
「――はい。おじさんのピアノの十八番でした」
仕向けておいてなんだが、チェズレイは正直驚いていた。きっと片手を使って弾くのがやっとだろうと思っていたから。それと同時に、興味が湧いた。
「どこで、覚えたんですか」
「あーね。おじさん二十年くらいあちこち放浪してたでしょ? いつだったかバーで雑用の仕事してる時に、そこでピアノ弾いてたお姉さんに教えてもらったの」
若い頃のモ 871
高間晴
DOODLEチェズモク800字。戦いが始まる前に終わってしまった……■では、お手柔らかにチェズレイとモクマが生活をともにしているセーフハウスの地下には、フローリング材の敷かれた広い空間があった。そこにはジムよろしく壁に沿って懸垂器具やルームランナーが置かれている。
そこでモクマは一人、Tシャツにスウェット姿で懸垂器具に両手でぶら下がる。腕を伸ばした形からそのままゆっくりと肘を曲げていく。ぎっ、と懸垂器具が軋んで肘が肩より下になるまで体を腕力だけで持ち上げる。それを無言で繰り返す。
三十回を超えた頃、階段を降りてくるチェズレイの姿が目に入った。
「お疲れ様です、モクマさん」
「お前さんも運動かい?」
そうモクマが声をかけたのは、チェズレイも動きやすそうなTシャツとジャージ姿でまとめ髪だったから。なんてことない服装だが、この男が着るとそのままランウェイを歩けそうだ。
「ええ。戦うための肉体づくりは欠かせませんから」
「お前さん努力家だもんねぇ」
チェズレイはモクマの傍に近づいた。モクマは少し慌てて器具から降り、間合いを取ろうとして壁に張り付く。
「そう逃げなくたっていいじゃありませんか」
「いや、おじさん汗かいたから。加齢臭するとか言われた 871
時緒🍴自家通販実施中
TRAININGみんなのファーストキスの話。狡噛さんがちょっと後悔しているお話。
800文字チャレンジ33日目。
ファースト(キス) 初めてしたキスを覚えてる? 私はね、覚えてるわ、最悪だったのよ。パーティーで酔っ払って、クラスの一番かっこいい男の子とキスをした。性格は最低だったけど。
フィッシュ&チップスを食べながら花城は、酔っ払ったのかそんなことを言った。彼女が自分のプライベートな話をするのは珍しかった。大体いつもはぐらかされてしまうか、俺たちの話題に取り替えられてしまうから。でも今日は違った。花城は油できらきらと輝く唇をぽってりとさせて、かつてあった青春について語った。
ソーダのしゅわしゅわってする感覚があったの、それでキスをしてるって分かった。私が飲んでたカクテルは、炭酸を使ってなかったから。あぁ、駄目ね、私何を言ってるのかしら。
907フィッシュ&チップスを食べながら花城は、酔っ払ったのかそんなことを言った。彼女が自分のプライベートな話をするのは珍しかった。大体いつもはぐらかされてしまうか、俺たちの話題に取り替えられてしまうから。でも今日は違った。花城は油できらきらと輝く唇をぽってりとさせて、かつてあった青春について語った。
ソーダのしゅわしゅわってする感覚があったの、それでキスをしてるって分かった。私が飲んでたカクテルは、炭酸を使ってなかったから。あぁ、駄目ね、私何を言ってるのかしら。
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TRAINING美佳ちゃんのネックレスの話。800文字チャレンジ32日目。
イミテーション(コスチュームジュエリー) 二十歳の誕生日プレゼントは、正真正銘のダイヤモンドのネックレスだった。母はそれくらい持っていないさいと言い、父もそれに頷いた。でも私はどうしてか喜ぶ気にはなれず、ずっと仕舞い込んだまま今日まで来ている。私が付けるのはイミテーションのダイヤと決まっている。なぜならばそれをくれたのが先輩だから。美佳ちゃんには本物が似合うと思うんだけど、こんな仕事でしょう? 失くしたら大変だもの、コスチュームジュエリーとして使ってね。そうあの人が言ったのだ。だから私はどんな場所にも先輩がくれた本物と見まごうダイヤモンドの大ぶりのダイヤとパールを模したネックレスをつけていくことにした。母がくれた押し付けがましいものじゃなく、父が私に相応しいと言った本物のネックレスじゃなく。
855高間晴
DOODLEチェズモク800字。ツーカーの二人。■明日を待ちわびてモクマは現在、敵アジトに潜伏中だった。腕の立つ用心棒という立ち位置を得てはや数日が経つ。便宜上の『仲間』が「一緒に飲まないか」と誘ってきたが、笑って断った。与えられた個室に戻ると、ベッドに座ってこの数日でかき集めたアジトの内部構造をまとめ、タブレットでチェズレイに送信する。と、同時にタブレットの中に保存した情報を抹消する。
――やれやれ、これで明日はチェズレイのもとへ帰れるな。
そこまで考えてベッドに寝転がると、自分が帰る場所はチェズレイのところになってしまったんだな、なんて今更なことを思う。
そこでいきなりピコン、と軽い電子音が響いた。寝返りを打って見れば、メッセージアプリにチェズレイからのメッセージが入っている。
〈無事ですか〉
ただ一言だが、モクマの脳裏には心配でたまらないといった様子の彼が思い描けた。
〈大丈夫だよ〉
そこまで打って送信し、返事を待つ。数分の後にまた通知音が鳴った。
〈行き先は確認しました。明日のデートが楽しみですね。何時に行けばいいでしょうか?〉
『行き先』は内部構造図、『デート』は潜入ミッションの隠語だ。事前の打ち合わせ 846
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TRAINING狡噛さんの傷を撫でる宜野座さんのお話。800文字チャレンジ31日目。
おやすみ(明日も明後日も明明後日も) 狡噛のこめかみには弾丸がかすった傷跡がある。あと数ミリずれていたら、脳を傷つけて紛争地では助からなかった傷跡がある。俺は彼と寝る度にそれに触って、あぁ、狡噛は生きているのだと思わされた。狡噛は生きている。俺を置いて行ったりはしない。何度も確かめたのに、俺はその傷を触る度に、もし弾丸がここじゃなく違う場所を撃っていたらと思わずにはいられないのだ。自分も任務では大概無茶をしたくせに、俺は恋人が馬鹿をやったことを今でもいくらか恨んでいる。
「ギノ、くすぐったい……」
眠そうな声が聞こえる。それは恋人の声で、低くて、腰に響いて、誰のものより美しい声だった。俺が好きな声だった。それは俺を抱きしめるように響き、俺は彼の背中に腕を回す。
846「ギノ、くすぐったい……」
眠そうな声が聞こえる。それは恋人の声で、低くて、腰に響いて、誰のものより美しい声だった。俺が好きな声だった。それは俺を抱きしめるように響き、俺は彼の背中に腕を回す。
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TRAINING昼休憩で宜野座さんの部屋にやって来た狡噛さんのお話。800文字チャレンジ30日目。
ティータイム(欲求不満な昼休み) 紅茶のペットボトルを投げつけると、狡噛は曲線を描いたそれをきれいに受け止めた。アールグレイのホット、茶葉に文句をつけなきゃ結構美味い安価なもの。
「それで、捜査は進展したのか?」
昼食休憩で官舎の俺の部屋に戻って来た狡噛に尋ねると(俺は今日は休日だった)、首を振ってペットボトルの蓋を開けた。そんなに簡単に仕事は進まないということだろう。だったら慰めてやるか、そう思って俺は彼のそばに行き、ソファに座り、わざとらしくしなだれかかかった。狡噛はそれに眉をあげて、そして紅茶のペットボトルに口をつける。このままキスをしてもいいかもなとは思うけれど、彼は休憩中とはいえ仕事中で、休日なのは俺だけで、つまり彼を邪魔してはいけなかった。
873「それで、捜査は進展したのか?」
昼食休憩で官舎の俺の部屋に戻って来た狡噛に尋ねると(俺は今日は休日だった)、首を振ってペットボトルの蓋を開けた。そんなに簡単に仕事は進まないということだろう。だったら慰めてやるか、そう思って俺は彼のそばに行き、ソファに座り、わざとらしくしなだれかかかった。狡噛はそれに眉をあげて、そして紅茶のペットボトルに口をつける。このままキスをしてもいいかもなとは思うけれど、彼は休憩中とはいえ仕事中で、休日なのは俺だけで、つまり彼を邪魔してはいけなかった。
高間晴
DOODLEチェズモク800字。年下の彼氏のわがままに付き合ったら反撃された。■月と太陽「あなたと、駆け落ちしたい」
――なんて突然夜中に年下の恋人が言うので、モクマは黙って笑うと車のキーを手にする。そうして携帯も持たずに二人でセーフハウスを出た。
助手席にチェズレイを乗せ、運転席へ乗り込むとハンドルを握る。軽快なエンジン音で車は発進し、そのまま郊外の方へ向かっていく。
なんであんなこと、言い出したんだか。モクマには思い当たる節があった。最近、チェズレイの率いる組織はだいぶ規模を広げてきた。その分、それをまとめる彼の負担も大きくなってきたのだ。
ちらりと助手席を窺う。彼はぼうっとした様子で、車窓から街灯もまばらな外の風景を眺めていた。
ま、たまには息抜きも必要だな。
そんなことを考えながらモクマは無言で運転する。この時間帯ともなれば道には他の車などなく、二人の乗る車はただアスファルトを滑るように走っていく。
「――着いたよ」
路側帯に車を停めて声をかけると、チェズレイはやっとモクマの方を見た。エンジンを切ってライトも消してしまうと、そのまま二人、夜のしじまに呑み込まれてしまいそうな気さえする。
チェズレイが窓から外を見る。黒く広い大海原。時 818
高間晴
DOODLEチェズモク800字。敵アジトに乗り込む当夜の話。■愛は勝つとある国に拠点を移したチェズレイとモクマ。敵アジトを見つけ、いよいよ今夜乗り込むこととなった。「ちょっと様子見てくるわ」と言い置いて、忍者装束のモクマは路地裏で漆喰の白い壁の上に軽く飛び乗ると、そのまま音もなく闇に消えていった。
そして三分ほどが経った頃、その場でタブレットを操作していたチェズレイが顔を上げる。影が目の前に舞い降りた。
「どうでした?」
「警備は手薄。入り口のところにライフルを持った見張りが二人いるだけ」
「そうですか」
ふむ、とチェズレイは思案する顔になる。
「内部も調べ通りなら楽々敵の首魁まで行けるはずだよ」
振り返って笑う顔がひきつる。その太腿に、白刃がいきなり突き立てられたのだから。
「なッ……」
「それじゃあ、今日のところはあなたを仕留めて後日出直しましょう」
チェズレイは冷ややかな声で告げると、突き立てた仕込み杖で傷を抉った。
「ぐっ……なぜ分かった……!?」
「仮面の詐欺師である私を欺くなんて百年早いんですよ」
それ以上の言葉は聞きたくないとばかりに、チェズレイは偽者の顎を下から蹴り上げて気絶させた。はあ、と息を吐く。
「モクマ 820
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TRAINING夏の思い出で征陸さんを思い出す宜野座さんと朱ちゃんのお話です。800文字チャレンジ29日目。
ひまわりの笑顔(迷路) ひまわりの迷路に行った時、母の手は汗ばんでいた。母は笑っていた。彼女の背丈以上に大きなひまわりを背景に、お父さんはどこかしらねぇとにこにこと。俺はこのまま迷路から出られないような気がして泣いてしまって母を困らせた。ねぇ、お母さん、大丈夫なの、僕たちちゃんとここから出られるの、お父さんと会えるの。俺は泣いて泣いて泣きながら母にしがみついた。母は困った顔もせず、大丈夫よ、絶対にお父さんに会えるからね、のぶちかは心配性ね、と笑った。結局俺たちは仕事場から遅れてやって来た父と迷路の近所のラムネ売りの店で再会して、でも俺は迷路の中に助けて来てくれなかった父を恨んだ。父さんのこと、ヒーローだと思ってたのに違ったんだ。それは初めての彼が全能でないと知った時のことだった。
994時緒🍴自家通販実施中
TRAINING飴玉を舐めながら色々考える宜野座さんです。800文字チャレンジ28日目。
キャンディ(これからのこと) 飴玉を舐めながらキスをする遊びを覚えたのは学生時代、飴玉を舐めながらフェラチオをするのを覚えたのも学生時代、けれどセックスをしながら飴玉を初めて舐めたのは、どうしてか三十を過ぎてからのことだった。
基本的に飲み食いをしながらセックスをするのは好きじゃなかったからこれは全部妥協で、個人的に好んだのは全てが終わって水を勧められたのを飲むくらいだった。中国じゃ飲み食いをしながら一日中セックスをしたんだぜと豆知識を披露されても、だからなんだという話だ。どうやら狡噛はそれがしたいらしかったが、俺はそういうのはいい。あまり風流なのは得意じゃないし、古代に想いを馳せてするセックスなんて御免被りたい。
話は戻って飴玉についてだが、なぜ今そんなことを考えているのかというと、今日、仕事中に警護対象から俺たちは飴玉をもらったからだ。それは小さな少女で、あなたたちにお駄賃ね、と彼女はスカートを揺らしながら笑っていた。彼女は事件の関係者の娘で、襲撃対象になっていたので俺たちが警護することになったのだが、考えすぎだったのか無事に家に着いた。それからしばらく公安局がやって来るまで守ったものの、公安局から事件が発生したとは聞かない。今はまだ、こう着状態にあるのだろう。
925基本的に飲み食いをしながらセックスをするのは好きじゃなかったからこれは全部妥協で、個人的に好んだのは全てが終わって水を勧められたのを飲むくらいだった。中国じゃ飲み食いをしながら一日中セックスをしたんだぜと豆知識を披露されても、だからなんだという話だ。どうやら狡噛はそれがしたいらしかったが、俺はそういうのはいい。あまり風流なのは得意じゃないし、古代に想いを馳せてするセックスなんて御免被りたい。
話は戻って飴玉についてだが、なぜ今そんなことを考えているのかというと、今日、仕事中に警護対象から俺たちは飴玉をもらったからだ。それは小さな少女で、あなたたちにお駄賃ね、と彼女はスカートを揺らしながら笑っていた。彼女は事件の関係者の娘で、襲撃対象になっていたので俺たちが警護することになったのだが、考えすぎだったのか無事に家に着いた。それからしばらく公安局がやって来るまで守ったものの、公安局から事件が発生したとは聞かない。今はまだ、こう着状態にあるのだろう。
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TRAINING出島での張り込みをする狡噛さんとそれを出迎える宜野座さん。800文字チャレンジ27日目。
冷たい頰(浴室へ) 痩せた頬に触れると、そこは思ったよりもずっと冷たかった。俺はそれを迎え入れるように包み込み、そうしてしばらくの間さすって、鼻をこすりつけてキスをする。すると彼はそれを喜んで何度も俺にひげの生えかけたそこを押し付けて、優しいキスをねだる。俺たちは玄関で、もしかしたら誰かが見ているかもしれないそこでそんな馬鹿なことをする。愛情を確かめるようなことをする。人前に出て、確かめるようなことをする。けれど確かめたところで、愛情は去ってはいかないのだろうか? 俺には分からない。ずっと逃げられた人々しか見ていなかったから、幸せなそれが想像出来ないのだ。でも、彼は丁寧に頬をこすりつける。そして俺はキスをする。その繰り返しが、俺たちのおかえりの挨拶だった。
833時緒🍴自家通販実施中
TRAINING事件終わりに出島に行って買い物をする話。800文字チャレンジ26日目。
花盗人(愛情) 花泥棒がその風流さで罪を許された狂言があるように、愛してはいけない人を愛してもその切実さで許されることがある。俺たちが担当したのは、そんな事件だった。マフィアの妻を愛した海外調整局の男がキーとなったこの事件は、男の誠実さによって解決した。詳細は省くが、生真面目な愛情が誰かを救うこともあるということだ。
俺たちはそんな仕事を終えて出島のマーケットを歩いていた。さまざまな肌の色をした人間が歩くそこは、俺がここで一番好きな場所の一つだった。ギノはどうかは知らないが、そうであってくれたら良いのにと思う。
「敵を愛するなんて、そんなこともあるんだな。それで全てうまくいくってことも」
ギノはそう言って、マーケットに並ぶリンゴを一つ取った。明日の朝食にするらしい。
870俺たちはそんな仕事を終えて出島のマーケットを歩いていた。さまざまな肌の色をした人間が歩くそこは、俺がここで一番好きな場所の一つだった。ギノはどうかは知らないが、そうであってくれたら良いのにと思う。
「敵を愛するなんて、そんなこともあるんだな。それで全てうまくいくってことも」
ギノはそう言って、マーケットに並ぶリンゴを一つ取った。明日の朝食にするらしい。
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TRAINING狡噛さんが行動課にいる理由みたいなもの。800文字チャレンジ25日目
ためらわない、迷わない(君が愛する世界) 彼を守るためにはためらってはならない。彼を愛するためには迷ってはならない。俺がここ数年で得た教訓とはその程度のものだったが、それは彼とともに過ごすにあたって、大きな意味を持った。
例えば彼と潜入捜査をする時、例えば彼と危険な銃撃戦にあたる時、俺は絶対にためらわない、彼が無茶をする性格なのを知っているから、その先を行く無茶をする。小言はあとで聞けばいい。彼が生きているということが大事なのだから。
戦場では多くの人死にを見てきた。笑ってボール遊びをしていた少年が突然バットでめったうちにされるのも見たし、ビー玉を転がしていた少女が腕をくくられて拐われるのも見た。彼らは俺の元には二度と戻らなかった。彼らはある程度戦闘技術を持っていたのにそんなだった。人を殺すなんて本当に簡単なのだ。殺されるのも簡単なのだ。生み出すのはこんなにも難しいというのに。
899例えば彼と潜入捜査をする時、例えば彼と危険な銃撃戦にあたる時、俺は絶対にためらわない、彼が無茶をする性格なのを知っているから、その先を行く無茶をする。小言はあとで聞けばいい。彼が生きているということが大事なのだから。
戦場では多くの人死にを見てきた。笑ってボール遊びをしていた少年が突然バットでめったうちにされるのも見たし、ビー玉を転がしていた少女が腕をくくられて拐われるのも見た。彼らは俺の元には二度と戻らなかった。彼らはある程度戦闘技術を持っていたのにそんなだった。人を殺すなんて本当に簡単なのだ。殺されるのも簡単なのだ。生み出すのはこんなにも難しいというのに。
高間晴
DOODLEチェズモク800字。モさんからチェズへのプレゼント。こんなんでもチェズモクと言い張る。■プレゼント夜。リビングのソファで二人飲んでいると、隣でモクマが思い出したようにポケットを探った。なんだろう、と思っているとチェズレイになにかの小瓶が渡される。
「これ、プレゼント」
それはマニキュアだった。淡く透き通ったラベンダーカラー。傾ければ中でゆらりゆらり水面が揺れる。瓶には見知った高級化粧品ブランドの名が金色で書かれている。いわゆるデパコスというやつだ。彼がどんな気持ちでこれを買いに行ったのだろう、と思うだけで小さな笑いがもれる。
「あ、気に入らんかったら捨ててくれちゃっていいから」
「そんなことしませんよ。
――ねえ、これ私に似合うと思って選んできてくれたんでしょう? 私の顔を思い浮かべながら」
モクマはぐい呑みから酒を飲みながら、「そうだよ」と答えた。
「化粧品売り場のお姉さんに、『彼女さんへのプレゼントですか?』って訊かれちゃって、方便で『はい』って答えちゃったのがなんか自分でも納得いかんけど」
「まあそこで彼氏へのプレゼントですなんて言ったら色々面倒ですしね」
まだこの世界では、異性同士での交際が当たり前で、化粧をするのも女性だけだと思われていることが 818
高間晴
DOODLEチェズモク800字(いつもより字数オーバー気味)。珍しく二日酔いのモクさん。■二日酔いの朝朝、モクマはベッドから身を起こしてずきずき痛む頭を抱える。二日酔いなんて酒を飲み始めた年の頃以来経験していない。だが、昨夜はチェズレイが隣でお酌なんてしてくれたから嬉しくなって、ちょっとばかり飲みすぎた気がする。それ以降の記憶がない。
ふいに部屋のドアをノックする音が聞こえた。チェズレイの声が「朝ごはんが出来ましたよ」と告げる。モクマは返事をして部屋を出ると洗面所へ向かう。冷たい水で顔を洗うと少しさっぱりした気がして、そのままダイニングへ。
おはようと挨拶をすればチェズレイが鮮やかに微笑む。味噌汁のいい匂いがする――と思ったのは一瞬で、吐気をかすかに覚えた。
――あ、これ完全に二日酔いだわ。
典型的な症状。食べ物の匂いがすると胃のあたりが気持ち悪くなる。頭痛もぶり返し始めた。だがチェズレイがご飯をよそってくれているのを見ると、どうにも言えない。
朝ごはんはやっぱり白米がいいな、なんて冗談半分で言ったら、その日のうちに炊飯器を取り寄せて味噌汁の作り方までマスターしてしまうのがこのチェズレイという男だ。そこまで想ってもらえるのは嬉しいが、時々、ほんの少しだけ 892
高間晴
DOODLEチェズモク800字。モクさん不在でチェズとルクの会話。■結婚妄想「なあ、チェズレイってモクマさんと付き合ってるんだろ?」
キッチンで夕食の支度の手伝いをしながらルークが訊いた。五人分の皿を食器棚から取り出している。
「ええ。そうですが何か?」
まな板の上の食材を包丁でトントンと軽快に切りながら、チェズレイはこともなげに答えた。たぶんアーロンからルークの耳に入ったのだろうと予測する。
ルークは持ってきた皿を置くと、目を輝かせてこう言った。
「モクマさんのいいところっていっぱいあるけどさ、決め手はどこだったんだ?」
チェズレイはほんの少しの思案の後に、至福の笑みを浮かべた。
「全部、ですかね」
「そっか~!」
ルークもつられたように、嬉しそうな満面の笑顔になる。チェズレイはそれが少し不思議だった。
「どうしてボスは、今の私の答えで喜ぶんですか?」
「だって、モクマさんって僕の父さんみたいな人なんだもん。そんな自分の家族みたいな人のことを、手放しで好きだって言ってくれる人がいたらそりゃ嬉しいよ」
ルークのきらきらするエメラルドの瞳が細められる。それを見てチェズレイは、モクマに対するそれとはまた別の「好ましい」と思う気持ちを抱い 842
高間晴
DOODLEチェズモク800字。ポッキーゲームに勝敗なんてあったっけとググりました。付き合っているのか付き合ってないのか微妙なところ。■ポッキーゲーム昼下がり、ソファに座ってモクマがポッキーを食べている。そこへチェズレイが現れた。
「おや、モクマさん。お菓子ですか」
「ああ、小腹が空いたんでついコンビニで買っちゃった」
ぱきぱきと軽快な音を鳴らしてポッキーを食べるモクマ。その隣に座って、いたずらを思いついた顔でチェズレイは声をかける。
「モクマさん。ポッキーゲームしませんか」
「ええ~? おじさんが勝ったらお前さんが晩飯作ってくれるってなら乗るよ」
「それで結構です。あ、私は特に勝利報酬などいりませんので」
チェズレイはにっこり笑う。「欲がないねぇ」とモクマはポッキーの端をくわえると彼の方へ顔を向けた。ずい、とチェズレイの整った顔が近づいて反対側を唇で食む。と、モクマは気づく。
――うわ、これ予想以上にやばい。
チェズレイのいつも付けている香水が一際香って、モクマの心臓がばくばくしはじめる。その肩から流れる髪の音まで聞こえそうな距離だ。銀のまつ毛と紫水晶の瞳がきれいだな、と思う。ぱき、とチェズレイがポッキーを一口かじった。その音ではっとする。うかうかしてたらこの国宝級の顔面がどんどん近づいてくる。ルー 852
高間晴
DOODLEチェズモク800字。お揃いのマグカップ。■おそろいモクマはチェズレイとともにヴィンウェイのセーフハウスに住むことになった。あてがわれた自室で荷物を広げていると、チェズレイが顔を出す。
「モクマさん。やっぱり食器類が足りないので、買い出しについてきてくれませんか」
「おっ、いいよー」
タブレットに充電ケーブルを挿し込んで、モクマはいそいそと後をついていく。
食器店――こちらの方ではテーブルウェア専門店とでも言うのか。最寄りの店に入る。そこには洒落た食器が棚に所狭しと並んでいた。さすがチェズレイも利用するだけあって、どれも美しい芸術品のように見える。
「ええと、ボウルとプレートと……」
店内を歩きながら、モクマの押すカートに食器を次々と入れていく。
「あとはカップですが、モクマさんがお好きなものを選んでくださって結構ですよ」
「ほんと? どれにしようかなぁ……」
白磁に金の葉の模様がついたものや、ブルーが美しいソーサーつきのカップなどがあって目移りしてしまう。そこでモクマは思いついたように訊いた。
「なあ、お前さんはどれ使ってるの?」
「――そうですね、普段はこのブランドのマグカップを使っています。軽量で手首に負 825
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TRAINING雨が降った日の狡宜。宜野座さんが傘を壊してしまって……?800文字チャレンジ24日目。
雨のち晴れ(相合い傘) 出島は雨が多い。朝晴れていても、昼過ぎにはもう雨が降っていることも多い。そんなだったから、俺は仕事用の鞄に折り畳み傘を入れる癖がついた。元々何かに備えるのが好きだったからか、それとも同僚が、いや恋人がそう言う備えをしないタイプだったからか、俺は雨傘を余分に仕事場に用意していた。あいつに言わせれば、少しくらいの雨なら走ったら終わりなのだという。でも、それでもスーツが雨でよれてしまったら修復させるのが大変だし、かつてとは違ってスーツに金をかけなくなった今でも、別の意味で(主に鍛えた体型のせいで)オーダーメイドに頼らずにいられない俺からすると、やはり雨傘は必要なのだった。
けれど突然の雨はあるし、雨傘が悪くなっていることもある。今回はその両方が重なって、昼から突然雨が降り出し、手持ちの折り畳み傘はいつの間にかボロボロになってしまっていて、職場の雨傘も穴が空いてしまっていた。花城はピンクに薔薇模様の派手な傘を提案してくれたが、流石にそれをさすのは恥ずかしくて、俺はかつて友人が言った通りに官舎まで走ることにした。こういう日に限ってあの男がいないのがムカつくのだが、あれはもう帰ってしまったのだろうか? だとしたら要領がいい。俺は少しあの男にムカつきながら、雨の中走ることにした。
944けれど突然の雨はあるし、雨傘が悪くなっていることもある。今回はその両方が重なって、昼から突然雨が降り出し、手持ちの折り畳み傘はいつの間にかボロボロになってしまっていて、職場の雨傘も穴が空いてしまっていた。花城はピンクに薔薇模様の派手な傘を提案してくれたが、流石にそれをさすのは恥ずかしくて、俺はかつて友人が言った通りに官舎まで走ることにした。こういう日に限ってあの男がいないのがムカつくのだが、あれはもう帰ってしまったのだろうか? だとしたら要領がいい。俺は少しあの男にムカつきながら、雨の中走ることにした。
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TRAINING征陸さんのセーフハウスを出る狡噛さんが、あかねちゃんに書いた手紙のこととか、宜野座さんのこととかを思い出すお話。800文字チャレンジ23日目。
最後の言い訳(愛してる) ギノに手紙は書かなかった。彼に迷惑はかけられないと思った。これ以上、彼を俺の人生に巻き込んではならないと思った。常守に手紙を書いたのは、彼女が俺に夢を見ているところがあったからだ。俺は刑事ごっこが最後までしたかった。佐々山のようになりたかった。その遊びをするにはギノじゃなく、常守が適任だった。それだけだ。彼女は俺を恨むだろう。秘密を握らされて、それを皆に告白する時俺を恨むに違いない。俺とギノの仲を彼女は察しているから、ギノに伝える時も苦しいだろう。けれど彼女なら耐えられる。俺はそう思って、あのセンチメンタルな手紙を書いた。
バイクに乗りセーフハウスを出ると、妙に凪いだ気分だった。風は頬を撫でてゆくし、それは冷たいのだけれど、槙島との決着が迫っていることに、俺は終わりを感じていた。この事件が終わったら、きっと俺は処分されてしまうだろう。自分の色相が濁っていることも分かっている。人を殺そうと決めてしまったら、もう元には戻れないことくらい、一般市民でも知っている。でも、俺は槙島を、自分の双子のようなあの男を殺さねばならなかった。
852バイクに乗りセーフハウスを出ると、妙に凪いだ気分だった。風は頬を撫でてゆくし、それは冷たいのだけれど、槙島との決着が迫っていることに、俺は終わりを感じていた。この事件が終わったら、きっと俺は処分されてしまうだろう。自分の色相が濁っていることも分かっている。人を殺そうと決めてしまったら、もう元には戻れないことくらい、一般市民でも知っている。でも、俺は槙島を、自分の双子のようなあの男を殺さねばならなかった。
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TRAINING風邪をひいた宜野座さんを気遣う人々と狡噛さんの話。800文字チャレンジ22日目。
お薬(君がもらったもの) ギノが風邪をひいた。熱はそれほどないが、身体がだるく頭もぼうっとするという。彼がそんな理由で仕事を休むのは珍しいことだったので、上司である花城は「あなた、早く行ってやりなさいよ」と勝手に俺の休暇を申請して、行動課のオフィスから送り出した。そして「風邪が移ることも考慮して三日ほど休みにしとくわ」と扉越しに笑った。俺は自分の時との差に愕然としながらも、ぼんやりと官舎に続く廊下を歩いた。するとどこで何を聞きつけたのか、俺の知らない顔をした男女が「宜野座さんにゆっくりなさるようお伝えください」だの何だの、りんごやオレンジ、ミネラルウォーターやレトルト食品などを俺に押し付けて去っていった。というわけで、俺が官舎のギノの部屋に入る頃には両手がものでいっぱいだったのだが、これは一体、どういうことなんだろう。財宝でも手に入れたみたいだ。もっとも、それは俺のものではないのだが。
918時緒🍴自家通販実施中
TRAINING日本に帰ってきて二度目の告白をする狡噛さんのお話。800文字チャレンジ21日目。
告白(君に誓うこと) 彼に思いを告げた時、いったいどんな言葉を使ったのかは覚えてはいない。ただ冷たいエアコンの風や、窓越しに差し込む夏の日差しや、誰もいない理科室に響く水滴や、握った手の熱さだけは今でもきちんと覚えている。
俺がギノに恋をしたのは、多分運命なんだと思う。今まで誰も好きになったことなんてなかったから。誰かに告白されても、全然心は動かなかったから。美しいもの、可愛らしいもの、信頼や、友情のようなもの、それらは全て俺を動かさなかった。そんな尊大な俺を動かしたのは、ギノの涙だった。俺たちが友達だろうと言った時に頬を流れた一筋の涙が、彼を加なしませたのか喜ばせたのか分からないが、あの涙が、俺を変えてしまったのだった。
799俺がギノに恋をしたのは、多分運命なんだと思う。今まで誰も好きになったことなんてなかったから。誰かに告白されても、全然心は動かなかったから。美しいもの、可愛らしいもの、信頼や、友情のようなもの、それらは全て俺を動かさなかった。そんな尊大な俺を動かしたのは、ギノの涙だった。俺たちが友達だろうと言った時に頬を流れた一筋の涙が、彼を加なしませたのか喜ばせたのか分からないが、あの涙が、俺を変えてしまったのだった。
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TRAINING仕事で傷だらけになった二人の話。800文字チャレンジ20日目。
おそろい(同じ傷) 身体中にある傷だけが俺たちが共に持つものだった。俺たちは生き方すら違っていて、愛情の持ち方すら違っていて、同じところを探すのなら、仕事で負った傷ぐらいしかお揃いのものがなかった。銃弾をくり抜いた傷、ナイフで切り付けられた傷、爆弾の破片が減り込んだ傷。俺はそれが自分の身体にあることを、それほど気に病んではいなかったが、同じものが恋人の体にあることは気になった。あの美しい身体が、俺と同じもので汚されてしまった、そう思うと辛かった。
だから一度だけ、傷をとってみないかと、任務にかこつけて言ったことがある。あの時は潜入捜査をすることになっていて、身体に目立つ傷があるとよくなかったのだ。一流の諜報員は傷一つから過去を探るから、少ない方がいいと俺は言った。しかし彼はすぐにはそれに同意しなかった。これは自分の勲章だと、かつていた、頑固な軍人のように譲らなかったのだ。それに自分と俺とを繋ぐものだとも言った。俺は信じられなかったが、彼のそのロマンチストな部分を見てしまうと、もう何も言えなかった。
821だから一度だけ、傷をとってみないかと、任務にかこつけて言ったことがある。あの時は潜入捜査をすることになっていて、身体に目立つ傷があるとよくなかったのだ。一流の諜報員は傷一つから過去を探るから、少ない方がいいと俺は言った。しかし彼はすぐにはそれに同意しなかった。これは自分の勲章だと、かつていた、頑固な軍人のように譲らなかったのだ。それに自分と俺とを繋ぐものだとも言った。俺は信じられなかったが、彼のそのロマンチストな部分を見てしまうと、もう何も言えなかった。
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TRAINING狡噛さんが宜野座さんを見つけて色々考える話。800文字チャレンジ19日目。
ただ一つだけの真実(君がそこにいること) たった一人の誰かを愛しているってこと、それが俺にとってのただ一つだけの真実だ。ずっと孤独だった、と言っては彼を侮辱することになるが、俺は一人で孤独だと感じていた。確かに本が俺の孤独を救ってくれた。多くの知識を与えてくれ、多くの人々の生き死にを教えてくれ、歴史とはいかなるものかを教えてくれた。だが、俺はやはり一人だったのだ。彼に出会うまでは。彼は嫌がるかもしれないが、彼が、ギノが大勢に囲まれて殴られて、それでも立ち向かってゆく美しさを見た時、本で読んだ美しい人々の生き死にを、ようやく現実でも見たと、そう思ったのだった。
ギノにはこんなことは言ってない。ただ愛していると言っている。でも俺はギノのためなら強盗だって出来るし(金を稼ぐ方が簡単だからしないが)、知らない誰かの別荘を渡り歩いて寝泊まりをするカップルみたいな生き方もできる(これも別荘を買う方が簡単だからしないが)。ギノは俺にとっての神様みたいなものだった。本の中にしかいなかった、みんなに信仰されていたのに捨てられた神様みたいだった。ギノはとても美しくて、だからやっぱり神様なんだ。嫌がるから絶対に言わないけれど、俺はそれくらい参ってしまっているのだ。
954ギノにはこんなことは言ってない。ただ愛していると言っている。でも俺はギノのためなら強盗だって出来るし(金を稼ぐ方が簡単だからしないが)、知らない誰かの別荘を渡り歩いて寝泊まりをするカップルみたいな生き方もできる(これも別荘を買う方が簡単だからしないが)。ギノは俺にとっての神様みたいなものだった。本の中にしかいなかった、みんなに信仰されていたのに捨てられた神様みたいだった。ギノはとても美しくて、だからやっぱり神様なんだ。嫌がるから絶対に言わないけれど、俺はそれくらい参ってしまっているのだ。
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TRAINING美佳ちゃんが煙草の香りに思うこと。宜野座さんと狡噛さんはちょろっと出演で気持ち常霜です。
800文字チャレンジ18日目。
見かえしてやるんだわ(煙草の香り) 私が公安局に勤め出した時、歳は二十にもならなかった。桜霜学園の教育方針に半ばか逆らうようにして公安局入りした私を守ってくれる人などは誰もいなかった。伝説の事件を解決した先輩とはソリが合わず、かといって移動するわけにもいかず、私は自分が埋もれてゆく気がした。でもそれよりも私を揺さぶったのは、一人の男の存在だった。
彼の名前は宜野座伸元という。以前は私と同じ監視官をして、先輩が解決した事件で執行官堕ちした人間。ずいぶん優秀だったのよ、とは二係の青柳監視官の言だが、彼女は宜野座さんと同期というから信用はならない。ただ、多くの猟犬を一人でコントロールして、一人も死なせなかったというのは、私の興味を引いた。私はその頃の宜野座伸元の日誌を読むことにした。別に先輩に言う話でもないし、宜野座さんに許可を取るものでもないから、無断で読んだ。そこにはいつもより厳しい、私の前でいつも笑っている彼とは違う、苛烈な男の人生が描かれていた。
977彼の名前は宜野座伸元という。以前は私と同じ監視官をして、先輩が解決した事件で執行官堕ちした人間。ずいぶん優秀だったのよ、とは二係の青柳監視官の言だが、彼女は宜野座さんと同期というから信用はならない。ただ、多くの猟犬を一人でコントロールして、一人も死なせなかったというのは、私の興味を引いた。私はその頃の宜野座伸元の日誌を読むことにした。別に先輩に言う話でもないし、宜野座さんに許可を取るものでもないから、無断で読んだ。そこにはいつもより厳しい、私の前でいつも笑っている彼とは違う、苛烈な男の人生が描かれていた。