800
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING出島のマーケットを夜歩く話。800文字チャレンジ17日目。
月のない夜(あなたのいる夜) 出島は景観整備がほとんどされていないから、夜にマーケットを歩くとほとんど空に月はない。星もないし、店から登る湯気や、煙草の煙なんかで薄くけぶっている。けれど俺はその風景が好きだった。それこそが彼が日本に戻ってきた理由のような気がして。
狡噛が日本に戻って再び寝るようになった時、彼はここでは月は見えないのだなと、少し寂しそうに言った。そりゃあそうだろう、彼が道を作るように進んでいた発展途上国には夜には明かりはない。みな早くに寝て、早くに起きて仕事をする。こんなふうに夜を楽しむのは、電気が通っているところだけだ。
「飲んで帰るか?」
「今日はそうするか」
花城と離れたら本当はすぐにでも官舎に戻らねばならないのに、俺たちは彼女の監視がルーズなのをいいことに聞きなれない言葉を話す店主に勧められて、読めもしない文字が書かれたビールを二本頼んだ。狡噛はそれを温かい夜にぐいぐい飲んで身体を暖かくして、俺の指先に、ベンチに手を置くふりをして触った。俺もそれに同じように触った。あたりにはまだ人がいて、月はなくて、通りに掲げられたぼんやりとした明かりだけが夜市を照らしていた。美しい夜だった。
867狡噛が日本に戻って再び寝るようになった時、彼はここでは月は見えないのだなと、少し寂しそうに言った。そりゃあそうだろう、彼が道を作るように進んでいた発展途上国には夜には明かりはない。みな早くに寝て、早くに起きて仕事をする。こんなふうに夜を楽しむのは、電気が通っているところだけだ。
「飲んで帰るか?」
「今日はそうするか」
花城と離れたら本当はすぐにでも官舎に戻らねばならないのに、俺たちは彼女の監視がルーズなのをいいことに聞きなれない言葉を話す店主に勧められて、読めもしない文字が書かれたビールを二本頼んだ。狡噛はそれを温かい夜にぐいぐい飲んで身体を暖かくして、俺の指先に、ベンチに手を置くふりをして触った。俺もそれに同じように触った。あたりにはまだ人がいて、月はなくて、通りに掲げられたぼんやりとした明かりだけが夜市を照らしていた。美しい夜だった。
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。ED後、入院中の食事風景。■いたれりつくせりBONDの四人は揃って入院生活を余儀なくされた。四人とも大怪我を負っていたが、中でも重傷だったのはモクマだ。今でも彼は鎮痛剤を打たれて、ほとんどずっと眠っている状態である。
ルークとアーロンは持ち前の若さと体力で早々に病床から離れ、日中は中庭で二人過ごしていることが多いようだ。
そろそろ昼食の時間だ。チェズレイはベッドから身を起こす。カーテンがふわりと揺れて、暖かな光が射し込む。
鎮痛剤が切れ始めたのか、隣のベッドでモクマが身じろぎする。
「目が覚めましたか、モクマさん」
「ん……腹減ったなって思って」
それを聞いたチェズレイは嬉しくてくすくす笑う。空腹を覚えるのは生きている証だからだ。
ルークとアーロンも戻ってきて、看護師が四人のベッドに食事を運ぶ。
「チッ。こんな精進料理みたいなんじゃ治るもんも治らねえっつうの。肉食わせろってんだ」
「さすがに我慢してくれよ、アーロン。スイさんが差し入れしてくれた果物、僕の分も食べていいから」
梅干しの入った薄味の粥をすすりながら、二人はやいやい言っている。その様子をよそにチェズレイは玉子焼きを箸で食べていた。 817
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。ED後で入院中の四人。■まだ、始まったばかり恋だの愛だのでこんなに苦しい思いをすることになるなんて、思ってもみなかった。チェズレイは病院のベッドの上で寝返りをうつ。
現在、ミカグラ島の危機を救ったチームBONDは仲良く入院中。四人とも医者からはよくぞ生きていたと言われるほどの重傷を負っていた。ナデシコの根回しもあり、同室で日がなベッドの上でぼうっとする日々を過ごしている。
――かと思いきや。
「アーロン! 筋トレは早すぎるって医者にも止められただろう!?」
「うっせえ! 治ったか治ってないかを決めるのは医者じゃなくて当人のオレだ!」
病院の中庭から騒がしい声が聞こえてくる。
「ははは。全く、お若い二人は元気だねぇ」
売店へ暇つぶしの雑誌を買いに行っていたモクマが戻ってきて、チェズレイのベッドの傍の丸椅子へ腰を下ろす。
「モクマさん。あなたが一番重傷なんですからベッドに戻ってください」
「ん? でもね」
そう言ってモクマがシーツの上に投げ出されたチェズレイの手を取る。それはあの指切りをした時と同じく、温かい手だった。
「ベッドに戻ったんじゃ、こんなことできないだろ?」
その言葉だけで容易く 819
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。もうすぐ春ですね。■さくら、ふわりチェズレイとモクマは、作戦決行前にはいつも二人で散歩をする。裏通り、繁華街、公園。それは二人の上に空さえあればどこでも良かった。
極東の小国でそこそこ上質なホテルに腰を落ち着け、敵アジトについての捜査も済んだ。だから今夜、敵地へと潜入することになっている。
川べりの遊歩道。あたりは初春といった雰囲気で、明るい陽の光に梅が花をほころばせている。
「梅は咲いたか桜はまだかいな、っと」
隣でモクマがそう口に出すと、チェズレイは考え込んでいた様子から顔を上げた。
「なんです、それ」
「マイカの里に古くから伝わる唄さ。
――お前さん、ちょっと緊張してるね?」
首を傾げてチェズレイの顔を覗き込めば、端正な顔が少し困ったように微笑んだ。
「していないといえば嘘になります。今夜は私の夢への第一歩を踏み出すのですから」
「まあ、考えるのはお前さんに任せておくよ。俺ブルーカラー、お前さんはホワイトカラー、ってね。
でも、たまには俺も頼ってよ? バディなんだからさ」
そう言ってモクマが笑うと、チェズレイは風にそよぐ長い髪を首筋に押さえつけながら小さなため息を付いた。
「 835
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。うっすらネタバレしているのでクリア後推奨。香りについて。■香りの話朝食後。ヴィンウェイのセーフハウスのキッチンで、チェズレイが食器を洗っている。そこへモクマが使い終わった湯呑みを手に近づいた。
「それも私が洗いますので置いておいてください」
「あ、いいの? 悪いねえ」
そう言ってチェズレイが洗い物をしているシンクに湯呑みを置く。すると近づいた拍子にふわりとほのかな香水の匂いがした。石鹸のような、清潔感のある香り。
「お前さん、いつもいい匂いがするねぇ」
「それはどうも」
そうしてモクマはチェズレイの隣に立ったまま、あの夜を思い出す。ACE本社ビルから落下していく際に、この男に抱き込まれた時。これとは違う匂いがしていたことを。
「そういえばお前さん、潜入の時はいつも香水をつけてなかったよね? ACE本社に乗り込んだ時は何かつけてた?」
完璧主義者のチェズレイは、香りが邪魔になってはいけないからと潜入ミッションの時はいつも香水をつけていないはずだった。モクマはそのチェズレイの傍にいたこともあるが、忍者の嗅覚でもわからないほど何の匂いもしなかったことを覚えている。
「いえ、あの時も何もつけていませんでしたけど……どうかしました?」
825
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。バディエピ「モーニングコーヒー」のその後の話。■その後のモーニングコーヒーすべてが終わった後、BOND四人はミカグラ島を離れることになった。
朝、オフィス・ナデシコのリビングにピアノの音が響いている。弾いているのはチェズレイだ。鍵盤の上を指が踊るたびに流麗な旋律が室内に満ちる。
「――いつまで、そうしているつもりですか」
手を止め、背後の気配に振り返らずチェズレイは問う。
「いやー、いつ聴いても見事な腕前だと思ってさ」
そう言って近づいてきたモクマの手にはカップがふたつあった。チェズレイがひとつを受け取って中を覗き込む。それはカフェオレらしく、コーヒーとミルクの香りがした。
「俺もお前さんも病み上がりだからさ、胃に優しいカフェオレにしたんだけど」
「ありがたく頂きますよ」
そう言って微笑むとカップに口をつける。少しぬるくなったカフェオレが喉を通っていく。
「そういえば、ボスはどうしています?」
「部屋ノックして声かけてみたけど、まだ寝てるみたい。まあルークも色々あって疲れてるだろうしさ」
ちなみにアーロンはすでに故郷のハスマリー公国へ向けて出立していた。入院中のアラナのことも気にかかるが、もう快復に向かっていると 817
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。モクにオーダーメイドのスーツを着せたかっただけなので細かいことは許されたい……■知らないチェズレイはモクマと共に、今夜は裏社会のパーティーに潜入することになった。そこにはマフィアのボスなども顔を出すそうだ。狙いはそいつらの尻尾を掴むこと。
「ちょっとチェズレイ。おじさん、ネクタイの結び方なんてわかんないから頼んでいい?」
ホテルのツインの部屋でスーツに着替えたモクマ。申し訳なさそうに、ネクタイを差し出してきた。モクマはチェズレイのボディガードという名目で潜入するので、それらしい身なりをしなければならない。チャームポイントの無精髭は綺麗に剃り落とされ、オーダーメイドの黒スーツを身にまとったモクマに、チェズレイはため息を漏らす。
「あぁ……素敵です、モクマさん」
そう言ってネクタイを受け取ると、チェズレイは手早くモクマの首にネクタイを巻き、結び目まで丁寧に整えた。
「ありがとさん」
モクマが礼を言うと、チェズレイはその額にキスを落とす。
「ちなみに今夜はパーティーから帰った後に、そのままあなたを抱いても?」
含み笑いでお伺いを立てるチェズレイに、モクマは苦笑する。
「パーティー会場で何事も起こらなきゃね。無事に生きて帰るまでが潜入ミッション、ってやつ 828
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING七夕の時思い出す宜野座さんの願い事のお話。800文字チャレンジ16日目。
願いごと(七夕の話) たった一つ願いが叶うというのなら、彼よりも一呼吸先に死にたいと思っていた。そして死ぬ時は看取られたいと思っていた。それは俺が父と母を見て思ったことであり、狡噛が健全な愛情を向けてくれる度に、そんな薄暗いことを思った。狡噛は輝く太陽のようだ。そして俺はその影に入って、暑い日をやり過ごす人間のようだった。狡噛を愛している。最後まで一緒にいたい。けれど、この薄ら寂しい心の中に、俺が死んですぐ彼を引き摺り込みたい、俺はそう思っていたのだ。
「はい、今日はこれで仕事はおしまい。私は上と飲みに行くから、みんな適宜解散してね」
花城がそう言うと、俺たち行動課に所属する三人は、皆それぞれ頷いた。出島に来て長いが、今日はどうしようか。飲みにでも行くか。それとも家に帰って食事でも作るか? デリバリーもいいな。
939「はい、今日はこれで仕事はおしまい。私は上と飲みに行くから、みんな適宜解散してね」
花城がそう言うと、俺たち行動課に所属する三人は、皆それぞれ頷いた。出島に来て長いが、今日はどうしようか。飲みにでも行くか。それとも家に帰って食事でも作るか? デリバリーもいいな。
高間晴
DOODLEぼんど800字。バレンタインのチェズモク。■チョコレートよりも甘いものよし、とチェズレイは決意を固めるとテーブルに手をついて、椅子から立ち上がった。
今日は二月十四日。バレンタインデーだ。モクマも喜びそうなミカグラ料理のフルコースを出す店にディナーの予約を入れたし、渡すペアリングもしっかり確認した。あとはどうやってスマートにモクマを誘うか、だが。それについてはまだ何も考えていない。ちょっとその辺の道でもぶらついてこようと思ってセーフハウスの玄関まで来ると、モクマとばったり出くわした。
「あぁ、おかえりなさい、モクマさん」
「ただいま~っと。……えーと、チェズレイ」
モクマが左手で背後に何か隠しているのがわかった。またこっそり酒でも買ってきたのだろうかと思っていると、目の前に赤とピンクのハートでカラフルなラッピングのされた小さな包みが差し出される。
「バレンタインおめでとう! ……ってのも変かな? なんて言えばいいのかおじさんわかんない」
てへへ、と少し困ったような顔で笑うモクマ。それを目の前にしてチェズレイは彫刻のように固まってしまった。
「あ、チェズレイ? どったの? ……あ、これね、チョコレートだよ?」
「… 817
高間晴
DOODLEぼんど800字。チェズモク。チェズレイの左目のメイクの下についてバレというほどではないネタバレを含みます。■インクルージョンカーテンから射し込む朝の光を感じてモクマは、ベッドの上でうっすら目を開ける。眼前には規則正しい寝息を立てて眠っているチェズレイの顔。目覚めてすぐ近くにこの男の気配があるのにも慣れたもんだな、とモクマはチェズレイのプラチナブロンドを指で梳いた。その感覚に身じろぎしてチェズレイがまぶたを震わせて静かに目を開く。
「……おはようございます、モクマさん」
「おはようさん、チェズレイ」
二人は挨拶を交わすと小さく微笑む。
そういった行為をしない場合でも同じベッドで眠るようになったのはいつからだったろう。チェズレイはもはや左目の周りに残る傷跡さえ隠しはしない。モクマは手でそっとその傷跡を撫でた。
「お前さん、ほんとに美人だな。美人は三日で飽きるって言うけどありゃ嘘だってつくづく思うよ」
「ありがとうございます」
しかしモクマの称賛の言葉を素直に受け取れるまでに、チェズレイはチェズレイで悩んだようだった。完璧主義者のこの男が、自分の美貌に傷があるのを許すにはそれなりに時間がかかる。だからこそモクマは初めて出逢った頃のように「傷があるからこそ素敵だ」と言って聞かせたのだ 829
高間晴
DOODLEぼんど800字。何もネタバレしていませんが本編終了後の時間軸です。ルークに送るものを探してスーパーで買い物するチェズモク。■夏の北国にて久々にヴィンウェイのセーフハウスに帰ったチェズレイとモクマ。大きな仕事がひとつ片付いたし、しばらくの間のんびりしようということになったのだ。
「モクマさん、洗濯物あったら出しておいてください」
「はいよ。――じゃあ俺は買い出しにでも出かけようかね」
そこでチェズレイはほんの少し思案する。
「――待ってください。ボスにはこの間野菜を送りましたし、今度はヴィンウェイ名物のものを何かしら送りたいので私も同行します」
「ははっ。チェズレイはすっかりルークのお母さんだねぇ」
モクマが笑うと、チェズレイはほんの少し目をみはる。それから小さくくすくす笑った。
「お父さんはあなたですからね」
「あはは。そうだった」
二人で笑うと、チェズレイは洗濯機にとりあえずモクマの分の洗濯物を入れてスイッチを押す。チェズレイの服の大半は素材がデリケートなので、あとでクリーニングに出される予定だ。
それから二人は揃ってセーフハウス付近のスーパーマーケットへ向かった。
買い物かごを載せたカートを押しながら、モクマはチェズレイの後をついていく。チェズレイは手袋の手で野菜を手に取って見定めて 822
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING征陸さんとお母さんのオルゴールと狡噛さんと宜野座さんのオルゴール。学生時代から外務省時代まで続いた二人のお話です。
800文字チャレンジ15日目。
オルゴール(あなたを思うということ) 父が母に贈ったプレゼントの中に、木箱を薔薇模様を彫ったオルゴールがある。母はもう意識を失ってしまったが、まだ薬を打ちつつ俺の世話をしてくれていた頃に、夜中そのオルゴールを鳴らしていたことがあった。エリーゼのために。ベートベンが愛した女のために書いた曲。父は音楽知識も豊富だったから、それを贈ることに何か意味があったのかもしれない。母と示し合わせた何かがあったのかもしれない。けれど俺はそれが分からないで、悲しい曲を夜中、空を見ながら聴く母を、家に帰って来ない父を、そしてそんな両親と暮らしていかねばならない自分を不安に思ったのだった。
だから狡噛がオルゴールをくれた時、それがエリーゼのためにだった時、俺は少し驚いた。何となく父を思わせるところのある彼は(会ったこともないというのに、狡噛は父に似たことをよく言った)、五年目の記念に、と進級したばかりの俺にそう言った。俺はいつものようにあたふたしてしまって、ちゃんと答えられなかったと思う。でもそれをもらった時、俺はもしかしたら、二人に別れが来るかもしれない、と思わずにはいられなかった。狡噛を思って、空を見上げながらオルゴールを鳴らす時が来ると思わずにはいられなかった。そして数年後に、それは現実となったのだった。
936だから狡噛がオルゴールをくれた時、それがエリーゼのためにだった時、俺は少し驚いた。何となく父を思わせるところのある彼は(会ったこともないというのに、狡噛は父に似たことをよく言った)、五年目の記念に、と進級したばかりの俺にそう言った。俺はいつものようにあたふたしてしまって、ちゃんと答えられなかったと思う。でもそれをもらった時、俺はもしかしたら、二人に別れが来るかもしれない、と思わずにはいられなかった。狡噛を思って、空を見上げながらオルゴールを鳴らす時が来ると思わずにはいられなかった。そして数年後に、それは現実となったのだった。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING狡噛さんちに初めて泊まる日は案外くだらなことがきっかけだった、というお話。800文字チャレンジ14日目。
友人以上恋人未満(恋人以上友人未満) 友達だ、と意識するのにはそれほど時間はかからなかったし、恋人だ、と意識するのにもそれほど時間はかからなかった。狡噛は同級生で友人で恋人で、いつかパートナーになる男だって俺は真剣に思っていて、だから恋人になるまでの焦ったいラブコメディ映画の感覚なんて、俺は彼と一緒にいても分からなかった。
苦しく思うようになったのは、むしろ彼と恋人になってからだった。彼が他の誰かと喋っているだけで苦しい、彼が他の誰かから告白されているだけで苦しい、狡噛は夜寝る前に必ず俺におやすみの挨拶と愛してるの挨拶をしてくれるが、俺はその贅沢なメッセージをもっても、学校が始まるまで悶々とした。学校が始まってもデバイスを見ては悶々とした。恋人ならずっとデバイスを繋げて寝て、起きて挨拶をするのに、狡噛はなぜかそれをしてくれなかったからだ。これはまぁ、同じクラスの女子たちで流行していることなので、狡噛は知らないのかもしれないけれど。
826苦しく思うようになったのは、むしろ彼と恋人になってからだった。彼が他の誰かと喋っているだけで苦しい、彼が他の誰かから告白されているだけで苦しい、狡噛は夜寝る前に必ず俺におやすみの挨拶と愛してるの挨拶をしてくれるが、俺はその贅沢なメッセージをもっても、学校が始まるまで悶々とした。学校が始まってもデバイスを見ては悶々とした。恋人ならずっとデバイスを繋げて寝て、起きて挨拶をするのに、狡噛はなぜかそれをしてくれなかったからだ。これはまぁ、同じクラスの女子たちで流行していることなので、狡噛は知らないのかもしれないけれど。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING狡噛さんが初めてプロポーズした日の話。800文字チャレンジ13日目。
未来予想図(プロポーズ)「厚生省に上がったら、一緒に住まないか?」
狡噛がそう言ったのは、俺が部下の文句を言いながらランチを口に運んでいた時のことだった。俺は少しの間ぼうっとした。それは少し考えにくいように思えたからなのだが、何年もずるずると学生時代から付き合っていて、先のことを考えないのも、そう言われればおかしいような気もする。
「それは友人として? 恋人として? それとももっと深い間柄として?」
公安局のランチスペースじゃなく、外の店を選んだのはこれか、と俺は思う。狡噛は少し赤い顔をしていて、それは寒空の元可愛らしく俺に映った。これじゃあまるでプロポーズを催促しているみたいだな、なんて思う。恋人としてじゃなく、もっと先に進みたいっていうんなら俺だってやぶさかじゃない。俺は魚のフリッターを食べる。狡噛はパンをちぎる。プロポーズみたいなものは何度もされているが、直接こんなふうに言われようとしていたのは初めてのことだった。最近は血生臭い事件が多くて、俺たちは駆り出されてばかりだったし。
972狡噛がそう言ったのは、俺が部下の文句を言いながらランチを口に運んでいた時のことだった。俺は少しの間ぼうっとした。それは少し考えにくいように思えたからなのだが、何年もずるずると学生時代から付き合っていて、先のことを考えないのも、そう言われればおかしいような気もする。
「それは友人として? 恋人として? それとももっと深い間柄として?」
公安局のランチスペースじゃなく、外の店を選んだのはこれか、と俺は思う。狡噛は少し赤い顔をしていて、それは寒空の元可愛らしく俺に映った。これじゃあまるでプロポーズを催促しているみたいだな、なんて思う。恋人としてじゃなく、もっと先に進みたいっていうんなら俺だってやぶさかじゃない。俺は魚のフリッターを食べる。狡噛はパンをちぎる。プロポーズみたいなものは何度もされているが、直接こんなふうに言われようとしていたのは初めてのことだった。最近は血生臭い事件が多くて、俺たちは駆り出されてばかりだったし。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING思ったより父親の思い出がない宜野座さんが自分たちのことも忘れてしまうのかもなと悩むお話。800文字チャレンジ12日目。
たぶん、僕は忘れてしまうだろう 父との思い出はほとんどない。元々あの人は家に帰らない人だったからかもしれないが、例えばセーフハウスで過ごした日々が俺の一生の思い出になったように、俺がずっと覚えていられるのは、ほんのわずかなものなのだろう。今日狡噛が俺の髪の毛を褒めてくれたこととか、筋肉の付け方を教えてくれたこととか、夜は旅先で覚えた料理をしようと約束してくれたこととかは、俺は多分すぐに忘れてしまうのだろう。大切にしているセックスの最中に言われた言葉も最近じゃルーティーンになってあやふやだし、俺が本当に覚えているものは、彼に捨てられた時のことだとか、彼と再会して初めてキスをした時のことなどだった。印象的なことしか、俺の頭は覚えていてくれない。それが苦しみを含むものであっても、覚えていてくれない。ただ幸せな思い出だけを、この頭は覚えていてはくれない。
930時緒🍴自家通販実施中
TRAINING最終考査が終わって旅行に行く学生時代の狡宜です。東北に行きます。
800文字チャレンジ11日目。
冬の星座(モラトリアムのキス) 学生時代、最終考査を終えて二人で旅行に行ったことがある。本当は大人の許可が必要で、IDだって就業証明があるものじゃなきゃいけなかったのだが、狡噛はどこかに手を回して(多分廃棄区画だろう)本物と見紛うばかりのIDを俺に用意した。旅行先に選んだのは、東北に近い、人が住むぎりぎりの地区だった。もう少し行けばハイパーオーツ畑といったところだ。そこはひなびた温泉宿で、女将も不思議がっていた。もうここらには何もありませんよ。名物の祭りもあったんですけどねぇ、シビュラシステムの命令で、みぃんな宿を仕舞ってしまって。私ももうそろそろ終わりにする予定です。
美味しい料理をたくさん食べて、掛け流しの湯に浸かって、そのまま寝るのかと思ったら、狡噛は俺を散歩に誘った。女将は懐中電灯を持たせてくれたのだが、それはとても狡噛の散歩には役に立った。何せ彼は林の中の一本道を歩き、光などなかったから。
807美味しい料理をたくさん食べて、掛け流しの湯に浸かって、そのまま寝るのかと思ったら、狡噛は俺を散歩に誘った。女将は懐中電灯を持たせてくれたのだが、それはとても狡噛の散歩には役に立った。何せ彼は林の中の一本道を歩き、光などなかったから。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING監視官時代から外務省時代まで。変わったことと変わらないことがある二人の話。
800文字チャレンジ10日目。
抱きしめたい(雑踏) 俺たちを知らない人しかいない雑踏の中で、不意に抱き締められることがあった。信号が赤に変わって、立ち尽くすしかない時に、彼は後ろから俺を抱き締め、甘えるように鼻をこするのだった。周りの人間は何も言わない。だって俺たちはただの通りすがりで、狡噛慎也と宜野座伸元が抱き合っているなんて、誰も知るところにないから。あの時、狡噛が何を考えていたのかは分からない。ただ見知らぬ誰かに俺を自分のものだと主張するのが、彼の幼い独占欲であることは分かった。でも、俺なら自分を知る人の前でも抱き合えるのに、彼はそうではないらしい。
「あなたたちって、本当によくくっつくわね。そんなに寒いの? 部屋の温度を上げましょうか?」
935「あなたたちって、本当によくくっつくわね。そんなに寒いの? 部屋の温度を上げましょうか?」
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING学生時代の狡噛さんと宜野座さんのラブレターにまつわるお話。800文字チャレンジ9日目。
手紙(ラブレター) 狡噛は変にアナクロなところがある男だった。授業はほとんど重ならなかったが、教師の講釈をタブレットにまとめるでなくノートに書き写したり、そして今ではほとんど見ない小説を読んでいたり。だからからなのか、狡噛にかぶれた少女たちは、彼と同じ本を読みたがった。そしてその本に感化された少女たちは、狡噛に手紙を書くのだった。愛しています、好きです、そんな簡単な、けれど想いを込めたラブレターを書くのだった。狡噛の靴箱には、いつだってラブレターが詰まっていた。俺はそれに胸を痛めながら、彼が学生鞄にそれを入れるのをじっと見た。そしてその手紙はどこに行くのだろうかと、俺は思うのだった。
彼の同級生がいたずらを思いついたのは、狡噛があまりにもラブレターをもらっていたからだろう。ラブレターで狡噛を呼び出して、待ちぼうけさせてやろう、という馬鹿ないじめだった。全国一位の男には敵わないから、せめてそんな男でも手に入れられないものがあることを教えてやる、ということなのだろう。俺は話を聞いても、それを狡噛には伝えなかった。ただ俺は狡噛が傷つくとどうなるのか少し気になった。そんなこと、どうでも良いことなのに。
1008彼の同級生がいたずらを思いついたのは、狡噛があまりにもラブレターをもらっていたからだろう。ラブレターで狡噛を呼び出して、待ちぼうけさせてやろう、という馬鹿ないじめだった。全国一位の男には敵わないから、せめてそんな男でも手に入れられないものがあることを教えてやる、ということなのだろう。俺は話を聞いても、それを狡噛には伝えなかった。ただ俺は狡噛が傷つくとどうなるのか少し気になった。そんなこと、どうでも良いことなのに。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING宜野座さんが好きと気づいた時の狡噛さんは混乱したのか、たくさん読んだ本の言葉をようやく理解したのかというお話。800文字チャレンジ8日目。
一目惚れ(あなたに気づいた日) 狡噛は俺の名前すら知らなかった。顔も何も知らなかった。ずっと学力考査で彼の二番手についていたというのに、この男は俺が殴られているところを見るまで宜野座伸元を認識しなかった。最初のうちはムカついたし、彼の他人への無関心さには驚いたが、付き合うちに狡噛の欠けた部分に気づいた。そしてそれを補おうとして、興味を持った他人に傾倒していく様とか。
佐々山を追いかけて、今のようになってしまった友人は、誰に習ったのかも分からない言葉で俺に愛をささやく。
「ギノ、お前が欲しがってた食パン」
ある日狡噛は紙袋に入ったそれを一斤俺に渡した。聞けば情報屋を使い走りに使ったのだという。駄賃を持たせたから大丈夫だと彼は言うが、そんな問題ではない。
909佐々山を追いかけて、今のようになってしまった友人は、誰に習ったのかも分からない言葉で俺に愛をささやく。
「ギノ、お前が欲しがってた食パン」
ある日狡噛は紙袋に入ったそれを一斤俺に渡した。聞けば情報屋を使い走りに使ったのだという。駄賃を持たせたから大丈夫だと彼は言うが、そんな問題ではない。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING狡噛さんが熱を出して仕事を休む話。令和なので感染するようなことは(ほとんど)しません。
鬼の霍乱です。
800文字チャレンジ7日目。
熱(高熱) 狡噛が高熱を出した。
それは普段から不摂生をしている彼にとっては当然のことのようにも思えたし、彼のあまりにも強い生命力を知っている身からすると、鬼の霍乱ではないかとも思った。今彼は俺とは離れて自室のベッドで養生している。すぐにでも訪ねたい気分だったが、二人も倒れられては困るから、見舞いには行くなとの花城に命令された。だったら俺はじっとしているしかない。彼の分のデスクワークが回って来たから、そんなに日まではなかったのだけれども。
狡噛の熱は三日ほど続いた。その間も連絡は取らなかった。デバイスを使えば接触せずとも語り合えるというのに、彼の体力が削られることを恐れて見舞いの言葉は送らなかった。なんて不誠実な恋人なのだろうか。そうは思ったものの、見舞いの言葉なんて限られている。いくらか身体を気遣って、最後はお大事に、だ。花城が面会を止めるくらいの高熱なのだから苦しいに決まっている。そんな中で定型文を読ませたくない。
1275それは普段から不摂生をしている彼にとっては当然のことのようにも思えたし、彼のあまりにも強い生命力を知っている身からすると、鬼の霍乱ではないかとも思った。今彼は俺とは離れて自室のベッドで養生している。すぐにでも訪ねたい気分だったが、二人も倒れられては困るから、見舞いには行くなとの花城に命令された。だったら俺はじっとしているしかない。彼の分のデスクワークが回って来たから、そんなに日まではなかったのだけれども。
狡噛の熱は三日ほど続いた。その間も連絡は取らなかった。デバイスを使えば接触せずとも語り合えるというのに、彼の体力が削られることを恐れて見舞いの言葉は送らなかった。なんて不誠実な恋人なのだろうか。そうは思ったものの、見舞いの言葉なんて限られている。いくらか身体を気遣って、最後はお大事に、だ。花城が面会を止めるくらいの高熱なのだから苦しいに決まっている。そんな中で定型文を読ませたくない。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING怪我をした狡噛さんとそれ以来悪夢を見るようになった宜野座さんの話。一人で乗り越えられるけど一緒にいたいな〜という感じのお話です。
800文字チャレンジ6日目。
昨日見た夢(花の銃弾) 夢見が悪くなったのは、狡噛が俺を庇って怪我をした日からだった。怪我自体は大したものではなかった。ただの銃弾のかすり傷だ。だがその場所が問題だった。こめかみ、もう数ミリずれていたら、失明どころか命さえ危うかったところ。狡噛はこんなのは紛争地帯じゃ日常茶飯事だと笑っていた。しかしそんな場所を知らない俺にとっては、やはり恐怖でしかなかった。
夢の内容は色々だ。狡噛が死んでしまうものが多いが、彼がそもそも俺の人生に存在しなかったものもあった。その世界では俺は無事に監視官を務め上げて厚生省の官僚となっていた。ただ父と和解することは最後までなく、彼は現場で死んでいたが。夢の話は狡噛には話さなかった。ただでさえ縁起が悪いし、それほどまでに弱っていると見られたくなかった。もちろん花城にも話していなかったのだが、彼女はどうしてか目の下にクマを作った俺を呼び出すと、よく眠れるサプリメントよと、私も使っているのと錠剤を渡してくれた。俺は眠るのが怖いんだ、と言った。花城はそれを聞いてこれは重症だといった顔をしたが、それ以上追及しなかった。狡噛と話し合え、ということなのだろう。
1165夢の内容は色々だ。狡噛が死んでしまうものが多いが、彼がそもそも俺の人生に存在しなかったものもあった。その世界では俺は無事に監視官を務め上げて厚生省の官僚となっていた。ただ父と和解することは最後までなく、彼は現場で死んでいたが。夢の話は狡噛には話さなかった。ただでさえ縁起が悪いし、それほどまでに弱っていると見られたくなかった。もちろん花城にも話していなかったのだが、彼女はどうしてか目の下にクマを作った俺を呼び出すと、よく眠れるサプリメントよと、私も使っているのと錠剤を渡してくれた。俺は眠るのが怖いんだ、と言った。花城はそれを聞いてこれは重症だといった顔をしたが、それ以上追及しなかった。狡噛と話し合え、ということなのだろう。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING二人は人前で仕事のこと以外喋っているのか問題。二人きりの時にしか喋らないのか案外そうでもないのか…。
ちょっとすけべです。
800文字チャレンジ5日目。
ありがとう(おしゃべりはベッドの中で)「あなたたちって、本当に何も喋らないのね。あ、私とじゃなくて、あなたたち二人きりの時の話」
花城はそう言うと、出島のカフェテリアの中でレモンティーを傾けた。もう底に甘ったるい砂糖が残っているだけで、後はほとんどが水だ。俺はそんな上司の言葉を受けて、彼女の買い物に付き合ったことにやや後悔した。狡噛も同じだっただろう。仕事があるからと来なかった須郷だけが、このややこしい状況から逃れられたのだから羨ましい。
「女の買い物に言葉は必要か?」
「違うわよ、あなたたちが二人きりで何も喋らないのが問題ってこと! 良いカップルカウンセラーを紹介しましょうか? 解決するかも」
狡噛はそんなやりとりを花城として、苦い顔になってコーヒーを飲み干した。ここでは大分時間を潰した。そろそろ官舎に戻る時間だ。まぁ、そんなわけで、俺たちは部屋に戻った、のだが。
1037花城はそう言うと、出島のカフェテリアの中でレモンティーを傾けた。もう底に甘ったるい砂糖が残っているだけで、後はほとんどが水だ。俺はそんな上司の言葉を受けて、彼女の買い物に付き合ったことにやや後悔した。狡噛も同じだっただろう。仕事があるからと来なかった須郷だけが、このややこしい状況から逃れられたのだから羨ましい。
「女の買い物に言葉は必要か?」
「違うわよ、あなたたちが二人きりで何も喋らないのが問題ってこと! 良いカップルカウンセラーを紹介しましょうか? 解決するかも」
狡噛はそんなやりとりを花城として、苦い顔になってコーヒーを飲み干した。ここでは大分時間を潰した。そろそろ官舎に戻る時間だ。まぁ、そんなわけで、俺たちは部屋に戻った、のだが。
時緒🍴自家通販実施中
TRAININGバラで宜野座さんと仲直りしようとする狡噛さんのお話。800文字チャレンジ4日目。
狡噛さんはかっこ良すぎるからかっこ悪いくらいがちょうどいいなぁと思いました。
花束(花束を君に) バラの花束を抱えて帰って来た恋人に、俺は声が止まりそうになった。というか実際止まった。俺の目は一瞬で品種を見分け(オクラホマだった)、その赤い色から花言葉を探った。あなたを愛します。つぼみがあるから純粋な愛に染まるって意味もある? 狡噛は言葉をなくして突っ立っている俺に、「花売りに押し付けられて」と言った。顔色は変わらない。ならばそうなのだろう。基本的に俺に言い訳はしないし嘘もつかない男だし、だったら哀れな花売りに頼まれて買ったのだろう。時刻はそろそろ十二時過ぎで客も途切れる頃合いだ。
俺はバラを受け取って、とりあえず花をまとめるリボンを解いて包んであった紙を畳んで捨てて、棘がそげ落とされて縛られた茎をハサミで切るべくキッチンに向かった。狡噛は俺についてきて冷蔵庫でビールをあさっている。今日は青島ビール、軽いものがお好みらしい。
943俺はバラを受け取って、とりあえず花をまとめるリボンを解いて包んであった紙を畳んで捨てて、棘がそげ落とされて縛られた茎をハサミで切るべくキッチンに向かった。狡噛は俺についてきて冷蔵庫でビールをあさっている。今日は青島ビール、軽いものがお好みらしい。
時緒🍴自家通販実施中
TRAININGお母さんが亡くなった時、海に行った宜野座さんの話。思い出の全ては狡噛に支配されていて消えられない苦しさ。執監時代。800文字チャレンジ3日目。
波打ち際(サマータイム) 恋人と行きたいデートスポットは? もちろん海です、夏の海はロマンチックだもの。俺はそんな若い女の感想を耳にしながら、やがて海を模したプールの宣伝に変わってゆくコマーシャルを一つ無人タクシーの中で見た。途中でナイアガラの滝が出てきた時は笑ってしまったが(あれは川だ)高濃度汚染水で満たされていると分かっていても、彼女らにとっては海は憧れの場所なのだろう。
狡噛が読んでいた本にも海を賛美するものは多かった。詮索はしなかったけれど、事実彼は泳げもしない海を眺めに行っているようだった。誰かに影響されやすい、可愛らしい恋人。
俺は今、母の遺体を引き取りに沖縄に来ていた。そして何かに導かれるように、全てを終わらせると海に行った。多分、学生時代に俺の母の出身が沖縄と聞いた狡噛が、きっと色なんて全然違うんだろうなななんて、そんな馬鹿げたことを言ったからだった。その頃は俺は監視官で狡噛は執行官だったから、俺は意固地になって言わなかったが、彼の言葉はいつだって俺の中にあった。
866狡噛が読んでいた本にも海を賛美するものは多かった。詮索はしなかったけれど、事実彼は泳げもしない海を眺めに行っているようだった。誰かに影響されやすい、可愛らしい恋人。
俺は今、母の遺体を引き取りに沖縄に来ていた。そして何かに導かれるように、全てを終わらせると海に行った。多分、学生時代に俺の母の出身が沖縄と聞いた狡噛が、きっと色なんて全然違うんだろうなななんて、そんな馬鹿げたことを言ったからだった。その頃は俺は監視官で狡噛は執行官だったから、俺は意固地になって言わなかったが、彼の言葉はいつだって俺の中にあった。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING喧嘩した二人の話。仲直りしようとする狡噛さんだったが…?!編。狡宜800文字チャレンジ2日目。
いじわる(意地の悪い恋人について) ギノは意地が悪い。たとえばどちらも悪いような喧嘩をした後、彼は数日に渡って視線をそらし、あからさまに俺を避け、そしてデバイスのメッセージすら無視する。そしてその数日間俺は彼に触れることすら出来なくて、ようやく拝み倒してベッドに沈む頃には、もう一週間が過ぎていたりする。俺はこれでも彼を尊ぶようにしているつもりなのだが、どうやら、小さな一言が彼を傷つけてしまったりするようだ。二十年付き合ってそれが分からないというのだから笑ってしまうが、法律家にでも相談すればこれは内縁の夫に対する離婚事案らしいのだから恐ろしくて聞けはしないし詮索もしないのだが。
そして今日も喧嘩をしてしまった俺は途方に暮れてギノの部屋のドアを叩く。通常市民は犯罪者を恐れず鍵を開けっぱなしにするが、移民の多い出島ではかつて東南アジアで見たような、何十にも錠前をつけるのが主流だった。ギノは移民ではないけれど、どうも俺は敵対勢力と見られている気がする。彼を傷つけるもの、彼の辛い記憶を呼び覚ますもの、なぁ、それでも愛していてくれよ。俺はそう願って、「ギノ」とインターフォンに呼びかける。音声は返ってこない。しかし鍵は開いて、俺はあぁ良かったと思い、そして何も手土産のない自分を思い出しこれは説得に時間がかかるぞ、と頭を抱えた。せめて酒くらい持ってくればよかった。
978そして今日も喧嘩をしてしまった俺は途方に暮れてギノの部屋のドアを叩く。通常市民は犯罪者を恐れず鍵を開けっぱなしにするが、移民の多い出島ではかつて東南アジアで見たような、何十にも錠前をつけるのが主流だった。ギノは移民ではないけれど、どうも俺は敵対勢力と見られている気がする。彼を傷つけるもの、彼の辛い記憶を呼び覚ますもの、なぁ、それでも愛していてくれよ。俺はそう願って、「ギノ」とインターフォンに呼びかける。音声は返ってこない。しかし鍵は開いて、俺はあぁ良かったと思い、そして何も手土産のない自分を思い出しこれは説得に時間がかかるぞ、と頭を抱えた。せめて酒くらい持ってくればよかった。
時緒🍴自家通販実施中
TRAINING甘々狡宜。800文字チャレンジをやろうかなと思って…どうなるかは謎です!出会いを語りたがらない宜野座さんと無口なちょっと可愛い狡噛さんとフレ様。
須郷さんもいる設定ですが出て来ません…。
Boy Meets Girl(天使の話) 狡噛に初めて会った時の話は誰にもしたことがない。そもそも喧嘩でボコボコにされたところを助けられたというのが監視官時代には不恰好に思えたし、同じ上司のもとで対等に働く今となっては笑い話 ともいかないのが俺の駄目なところだった。役噛は多分、出会いを秘密にしたがる俺をからかわないだろう。それに俺がみじめに殴られていた話なんて彼からすることはないだろうし、たとえ俺がしたって乗ってはこないだろうけれど。
でも、俺は今彼とともに上官と仰ぐ花城に「二人の出会いは?」と真正面から尋ねられていたのだった。それもしたたかに酔っ払って、手がつけられないくらいになった彼女に。また上層部から厄介ごとを押し付けられてしまってやけ酒に走る彼女に。
850でも、俺は今彼とともに上官と仰ぐ花城に「二人の出会いは?」と真正面から尋ねられていたのだった。それもしたたかに酔っ払って、手がつけられないくらいになった彼女に。また上層部から厄介ごとを押し付けられてしまってやけ酒に走る彼女に。
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ100dayクロリン/創から数年後
想い出をめくる「またアルバム見てたのか」
マグカップを手渡され、革張りのずっしり重いアルバムをひらいたままローテーブルに下ろした。ソファに座るリィンの隣へ腰掛けたクロウはからかいながらも優しい目でそれを眺めている。
「ああ。先月、ユウナたちの同窓会へ行っただろう。そのときに撮った写真がアルティナから送られてきたから」
「全員が揃ったのは卒業してから初めてだったな」
彼らが第二分校を卒業してはや数年。それぞれの立場や事情もあり、毎年同窓会の話題が登るものの実現には至っていなかった。
飲み干したマグカップをアルバムの隣においた彼が、ほかのページに貼られた写真に目を走らせているのを寄りかかって見つめた。卒業式に撮ったものや、彼らが家族と撮ったものもある。卒業後、リィンと再会したときに撮った写真も収められていた。
「寂しいか」
肩に預けていた頭を持ち上げる。クロウの目を見返すと、そういう顔してたぞと額を小突かれた。
「そうだな。教え子が卒業していくのは寂しい。でも、巣立っていく人たちだけじゃないから。クロウが俺の隣にいてくれるから、寂しいけれど笑顔で見送れるんだ」
「そっか」
ふと、ARCUSを取 837
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創、夢幻回廊にて
ねこねこerror――空間移送の際に異常を感知しました。
意識が浮上する直前、抑揚のない音が流れてくる。目蓋をあげれば創まりの円庭が広がっていた。
「つまり、ここへ連れてくるときに起こった異常とやらのせいでみんなに猫の耳と尻尾が生えちゃったってこと?」
エステルが地毛とよく似た色の、自身の頭頂部を占拠する猫耳をつつく。ロイドは目を閉じて同様に生えた猫耳が動かせるのか試しているようだった。リィンの頭の上にも黒い猫耳がついている。ゆったり揺れる黒い尾が視界の端をよぎった。
「ああ。戻るときには影響しないそうだ」
それなら問題ないわね、と笑ったエステルは仲間と階層へ向かい、苦い顔で笑ったロイドも支援課の面々とともに星霊樹の方角へ去っていくのを見送る。
「ということで、今回はこのまま訓練に出ようと思う」
Ⅶ組の生徒らのところへ話し合いの結果を持ち帰ったリィンは、生徒を引き連れ千年宝庫で装備を整えていた。
「あの人も行くんですか」
アルティナの指差す先には、石盤の前でクロチルダたちと談笑しているクロウがいた。彼にも銀色の猫耳がついていて、その光景についつい眦が下がる。
「強敵の出る階層を攻略するからクロ 855
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創後日談時空
a secret in the gift「そういえばクロウさん、リィン教官からお返しもう受け取りました?」
頼んでいた釘を持ってきたユウナに問われ、受け取る手が止まった。
急遽、学院祭で演劇をする運びになったⅦ組に例外として大道具係を買って出たクロウは、舞台に飾る背景をペンキで描いていた。
「だから、先月一緒にチョコ作ったじゃないですか。アレのお返しですよ」
「いや、リィンには俺が作ったなんて言ってねえし」
「でも、クロウさんのチョコを食べた教官、本当に嬉しそうだったから気がついてると思いますよ? それに、貰いっぱなしにするような人でもないですし」
納得のいっていない彼女はそのまま劇の予行練習のため、退室していった。
「なあ、休憩しないか」
まだ温かい缶コーヒーを持ってきたリィンとプルタブをあける。
「もしかしなくてもお前、飲み物配り歩いてんのか」
「生徒の自主性に任せたいとかで、教官は手伝えないんだ。これくらいはしてやりたくて」
「ったく、お前らしいよ」
肩を小突いたクロウに照れているらしいリィンとしばしの休息をとった。
「その、クロウ」
飲みかけの缶を揺らしていたリィンが顔をあげる。
「先月のお返しだ。クロウ 847
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅳ後/兄貴分と教官と俺「今度はあの屋台の串焼きが食べたい」
「おい待て。あの長蛇の列に並べってことか?」
クロウの指差した先には長々とした列があった。最近ジュライで話題になっている屋台だ。串に刺さった肉にシーソルトがよく合う。
スタークは笑みを深めて頷いた。
「敗者は勝者の言うことを聞く、だよね。クロウ兄ちゃん」
歯噛みしつつ屋台へ向かったクロウを心配そうに見送るリィンと近場のベンチに腰掛けた。遠くに見える港からの雑音や、カモメの声が聞こえる。
「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ、リィン教官。それよりどうでした。ジュライは」
「ああ。クロウの育った街に来ているんだと思うとなんだか不思議な感覚だよ」
「今はもう、昔の面影なんてほとんどないですけどね」
眉を下げた彼は何も言わなかった。
「――今でも、あのときクロウ兄ちゃんを引き止めていたら何かが変わったんじゃないかって思うんです。教官が陽霊窟で引き留めたみたいに」
分かりやすく驚いている彼に、兄貴分の絆されてしまった理由を見つけた。
「ユウナたちから聞きました。俺もあの日行かないでって言っていたらなんて、今さらですけど」
「どうだろうな」
ゆった 847
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロ+リン/創後
ふたり合わせて天下無敵「クロウ! そちらへいったぞ」
昆虫型魔獣を斬り伏せたリィンの目に、クロウの背後から飛びかかる魔獣の姿が映る。
「そっちもな」
リィンの太刀がクロウの背後にいた魔獣を貫いた瞬間、彼の双刃剣がリィンの背後にいた魔獣を切り裂いていた。お互い、魔獣から刃を引き抜き、付着した汚れを払い落とす。
「サンクス」
「それはこちらの台詞だ。それにしても数が多い。困ったな」
改めて背中合わせに得物を構え、次から次へ襲いかかってくる魔獣を始末していく。
逃亡の時間稼ぎに魔獣をけしかけていった奴らの姿はもう見えない。不意に耳へ届いた、空を切り裂く駆動音にあちらこちらへ目をやる。林の影から姿を現した小型飛行艇の操縦席に、先ほど取り逃した人影を見つけた。
「どうする。もたもたしてるうちに逃げられちまうぞ」
隣でゆったり双刃剣を肩に担いだクロウからは焦燥なんて微塵も感じない。絡んだ視線に頷き合い、太刀を鞘へ収める。
「一気に切り抜ける。神気合一。緋空斬!」
「まあ、そうなるわな」
一足先に小型艇の真下へ回り込んだクロウが武器を捨て、構える。その姿に彼の意図を汲み取り、さらに速度をあげた。
「リィン! 844
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創後
側にいるからできること「うん、やっぱりクロウのフィッシュバーガーは美味しいな」
両手で包んだバーガーを頬張ったリィンが破顔する。フライドポテトを齧っていたクロウはその幸せそうな顔を眺めながら、自身もバーガーへ手を伸ばした。こうして彼と食卓を囲むようになって随分経つ。
休養日の昼下がり。恋人と向かい合い、久方ぶりの故郷の味に舌鼓を打つのだった。
「魚以外の材料、用意してくれてありがとう」
使った皿を洗うリィンは上機嫌だった。彼から受け取った皿の水気を拭き取り、棚へ戻していく。料理をしなかったほうが皿を洗う、いつのまにか決まった分担だ。
「そりゃあ、ルセットのリーザさんが今日はまたフィッシュバーガー作られるんですってね、なんてパンを届けにきたら察しないほうが難しいだろ。だから昨日の夜、入念に釣具の点検していたわけね」
「ああ。ジョゼットさんに頼んで海釣りに。ルセット、クロウの教えたレシピが人気メニューになっているらしいぞ。如水庵から魚を卸してもらうようになったって」
「らしいな。ラドーのじいさんも言ってたわ。だいたいお前にも教えてやっただろ。ジュライ特製フィッシュバーガーの作り方。自分で作りゃあいいじゃね 844
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/いつかの未来
不意打ちラブサイン「おはよう。さて、ホームルームをはじめようか」
扉をあけ、Ⅶ組の教室に入ったリィンは当たり前な顔で机に座る銀髪に目を見開いた。
「おはようございます、リィン教官」
伊達眼鏡をかけ、生徒らに混じって着席しているクロウがにこやかな笑顔を向けてくる。入り口で固まっているリィンへ手を振ってくる余裕さも見せられ、つい顔をしかめた。
「なんでクロウがここにいるんだ」
どうにか無事にホームルームを終え、クロウを廊下へ引っ張り出す。無抵抗についてきた彼は整っていた髪を手櫛で乱した。
「今日はこっちで頼まれ事があったんだよ。そのついで」
眼鏡を外してリィンにかけさせたクロウは満足そうな顔をしている。そっちのほうが似合うぜ、なんて口角をあげる男に苛立ちが募った。
「だとしても、昨日連絡してきたときに教えてくれてもよかっただろう」
「あのな、察しろ」
「なにを」
素直に疑問をぶつけると、渋い紅茶を飲んだような顔になる。長い長いため息を吐き出す彼に毒気が抜かれた。
「昨日話してたら、お前の顔が見たくなったんだよ。察しろっていうのはそういうこと。それと、明日休みなんだろ。そう言ってたもんな。帝都に宿と 831
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/いつかの未来
回避不能の会心の一撃「クロウ、出たぞ」
降ってきた声に読んでいた雑誌から目をあげると、ほのかに湯気を纏ったリィンがこちらを見下ろしていた。風呂上がりの湿った髪をしきりにタオルで拭っている。
「お、リィン今日は風呂長かったな。さてと、俺も入ってくるかね」
石鹸の香りを腕のなかに閉じ込め、胸一杯に吸い込みそうなところをどうにか思い留まる。伸ばしかけた手で頭を掻き、重い腰をあげた。
「その、クロウ……」
くん、と袖を引かれ、風呂場へ向かう足が止められた。クロウの袖を掴んだまま視線を彷徨わせているリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返している。
普段は外に跳ねている横髪は濡れて大人しく、赤く色付いた頬にまつ毛の影が落ちて妙に色気がある。
シャツから覗く、無防備な喉仏から視線を逸らしているとふたたび袖を引かれた。
「クロウ、待ってる、から」
言葉を絞り出すたび頬に赤みが増し、のぼせたような顔になっていく。
遅々とした思考で、これがリィンからのお誘いだと理解するまですっかり硬直してしまったうえ、渇いて張り付いた喉からは上手く言葉が出てこない。
くぐり抜けてきた修羅場の数が霞んだ。
そうこうしているう 818
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/ティナ視点/創、後日談の前
わたしも貴方も彼の相棒「ブリューナク、照射」
「おっと、今の当たってたらヤバかったな」
黒の戦術殻から照射された光線を難なく避ける男にふたたび構える。
「……クラウ=ソラス」
訓練で精も根も尽きたアルティナはカレイジャスⅡ艦内、総合訓練所の天井を眺めさせられていた。同じく先ほどまで動き回っていたはずのクロウは床にゆったり座っている。
「貴方は、帝国へ戻ったら、また教官の前からいなくなるんでしょう」
上がった息が整わないまま言葉を振り絞った。隣に並びたいリィンにも、彼に並ぶこの男にも力が及ばない。悔しさが目尻に浮かんだ。
「いなくなるって」
「そうじゃないですか。貴方が一度いなくなって、どれだけあの人が悲しい思いをしたのか、分からない貴方ではないでしょう」
「そうだよな。お前はずっと、あいつを見てきたんだもんな」
追憶に浸っているらしい彼が目を細めた。どうにか起き上がり、その顔をじっと睨む。
「あの人の相棒だというのなら、なぜ側を離れるんですか」
「なあ知ってるか。あいつ、黄昏が終わった今も、お前さんが直したネックレス大事に持ってるんだよ。お守りみたいにさ」
「エリン、の、」
「そ。大事な生徒からもら 812
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロ←リン/チョコレートに隠された秘密
Ⅳと創のあいだ「教官、少しお時間頂けますか」
「ん? ああ。構わないぞ」
教官室で書類仕事を片付けていると、放課後はいつも部活に勤しんでいるはずのアルティナがリィンの元へやってきた。彼女からの頼まれごとは珍しく、一も二もなく了承する。
一瞬ほっとしたような表情を見せた彼女とともにリーブス第二分校の食堂へと向かった。
「アル、教官呼んできてくれてありがとう」
「おふたりとも、お待たせしました」
食堂へ入るとリィンを先導していたアルティナが、先に来て待っていたらしいユウナとミュゼの元へ駆け出した。
「ユウナ、ミュゼもいたのか」
「はい。これ、あたしたちからです。受け取ってくれますよね」
ユウナの差し出したプレートには、いくつかのチョコレートを使ったお菓子が乗せられている。それぞれ一目で誰がどれを作ったのか分かる見た目をしていた。
「リィン教官、いつもありがとうございます!」
「ありがとうございます」
「私からは愛もたっぷり詰めました」
「そうか。今日はバレンタインか。ありがとう。大切に食べるよ。この兎のパンケーキはアルティナだろう。みっしぃはユウナだな。ミュゼはこの薔薇の形をしたこれだろう。それ 829
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロ→リン/Ⅳ後/本音を覆い隠すチョコレート「あれ、クロウさん来ていたんですか。アルも一緒?」
背後からした声に振り返ると、リィンの担当クラス、Ⅶ組所属のユウナが目をぱちくりさせていた。
クロウの隣で包丁を構えたアルティナは、まな板のうえに鎮座するチョコレートの塊と睨み合ったままだ。こちらが手を貸そうとした途端、言い表せない気迫を感じて静観していた。
「ユウナさんお静かに。現在、秘匿任務中です」
「ということで、いつもの如くリィンにはナイショで頼むわ」
溶けたチョコレートと生クリームの入ったボウルを片手に、人差し指を口元に添える。当のユウナからは呆れた目を向けられ、小さく肩をすくめた。
「またそんなこと言って。教官、会いたがっていましたよ」
「……。クラウ=ソラス」
「おいおい! 待て、頼むから待て」
包丁が刺さったままの塊と対峙したアルティナが片手を掲げて黒の戦術殻を召喚しようとするのを、ふたりががりで止めた。
リーヴス第二分校の食堂は、翌日に控えたバレンタインの準備に励む女生徒の戦場となっていた。
ユウナも持ってきたエプロンを装着し、ふたりに並ぶ。女生徒らの熱気漂う食堂は甘いカカオの香りが充満していた。
「どうせ 836
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅡその後/クロ+リン/幸福な悪夢「クロウ先輩、卒業おめでとうございます」
一輪のカーネーションをクロウへ差し出した。ライノの花に似た色の、丁寧にラッピングされているそれは、在校生から卒業生へ感謝の気持ちを伝えるためのものだった。
「なんか企んでやがるのか」
一向に受け取る気配のないクロウへカーネーションを押し付ける。ようやく受け取ってくれたそれを検分する彼にため息が出た。
「そんなんじゃないから」
「だったらいつも通りにしろよ」
「でも……」
言い淀むリィンの肩を叩くクロウは別れを惜しむ涙もなく、普段と全く変わらない。明日から会えないなんて考えもしない振る舞いだった。
「いいからいいから。それにお前から先輩なんて呼ばれると、こっちの調子が狂うんだよな」
「分かった。クロウ、卒業おめでとう」
「おう、あんがとな。トワたちにはもう渡したのか」
「ああ。先に会えて。クロウは卒業後はジュライへ帰るんだろう。寂しくなるな」
「男との別れを惜しんだってなんにも出ないんだからな。まあ、俺もお前さんの顔が見れなくなると思うと寂しくなるぜ」
とん、と彼の大きな手がリィンの頭を撫でた。滲んだ涙をごまかすために瞬きを繰り返す。
「 811
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅠ学院祭前/くっついてないクロリン
ラストノート帝都近郊、トリスタの街に建つトールズ士官学院第三学生寮の一室にて、白熱した議論が繰り広げられていた。
「確かに見栄えはするかもしれないが、さすがにここまでの露出は」
「いーや、試しにここのデザインをこう、こうするだろ」
リィンのベッドに散らばった紙を拾いあげ、同じようなデザインを描いたクロウがさらに袖を描き加えていく。短いスカートはそのままなんだな、とは言い出せない気迫に固唾を呑んで見守った。
「ほれ、見比べてみな。断然、こっちのデザインのほうがいいだろ」
「うーん……」
クロウの言い分は理解したものの、果たしてこれが受け入れられるのか疑問は残る。ステージ上では映えるのは間違いないだろうが、同級生らが着てくれるかはまた別の問題だった。
「あのな、俺は腹出しからヘソチラまで譲歩してやったんだ。ここの露出は絶対に譲れねえ。それに作っちまえばこっちのもんだ」
「いや、それは」
遮るようなノックの音で同時に扉を見やった。返事をすればエリオットだったので、辺りに散乱する紙をかき集めてから扉をあける。
「リィン、クロウもここにいたんだね。そろそろ夕食だから降りてきなよ」
「わざわざ呼びに来て 821
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/クロウが分校生やっている
夕暮れに溶ける「クロウ、ここにいたのか」
「んあ?」
机に突っ伏している頭へ手刀を入れた。のろのろ起き上がり、寝ぼけ眼で見上げてくるクロウをリィンは呆れた顔で眺める。
放課後、教官室で書類仕事を終えてから校内を巡回している途中、Ⅶ組の教室で見慣れた銀髪を見つけて驚かされた。
「なんだリィンか」
「なんだ、じゃないだろう。今何時だと思っているんだ」
腕を組んで指摘してやれば、ARCUSで時刻を確認したクロウが目を白黒させていた。
「……アイツら、起こしていかなかったな」
「あのな。ユウナたちはクラスメイトだが、あくまでクロウが年上だっていうところは忘れてないでくれ。頼むから」
分かってる分かってると繰り返した彼が背中を伸ばしている。
突然クロウがリーヴス第二分校へ編入してきてひと月余り、いまだ制服に身を包んだ姿が見慣れない。学生時代は身に付けていたバンダナまで装着して、ますます落ち着かなかった。
「んで、リィン教官はお仕事終わったのかよ」
「ああ。お前がぐっすり寝ているあいだにな」
机を挟んで向こうにいる彼が立ち上がり、かけていた眼鏡を引き抜かれる。目を伏せた瞬間、掠め取るようなキスをされ 779
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅣ後/クロリン/覚悟の結末巨イナル黄昏の終幕とともに世界大戦も終わりを告げた。今はまだ、トールズ関係者や大戦に関わった者たちはその後始末に奔走していた。
クロスベル市の南、エリム湖畔に建てられた聖ウルスラ医科大学は、そんな喧騒を忘れさせるような静けさに包まれている。至宝の力によりふたたび肉体を得たクロウは、一時的にその一室へ滞在させられていた。
検査室から指定の病室へ戻ってくると、廊下に見知った顔を見つけて肩をすくめた。
贄の影響が抜け、濡羽色の髪と紫黒の瞳へ戻ったリィンが心ここに在らずといった調子で立ち尽くしている。その肩を叩き、病室へ招き入れた。
「ったく、検査結果が分かったらすぐにARCUSで連絡してやるって言っただろ」
「その、ユウナたちから邪魔だからここにいるようにと言われて」
ベッドに座るクロウの傍ら、勧めた椅子に腰掛け、頬をかく彼は弱り果てているようだった。生徒らにけしかけられる光景がありありと見える。
「それで、その」
口ごもり、視線を彷徨わせる姿にすぐさま合点がいく。そんな彼へ愛嬌たっぷりにウインクを送った。
「ああ。結果な。異常なし。健康そのものだとよ。明日からはお前らに合流するか 830
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅳ決戦前夜ミシュラムにて
星降る夜にキスをして「マキアス、無事に戻れたかな」
先に失礼すると去っていった背中を思い出し、リィンは眉を曇らせた。
「どうだろうな、かなり酔ってたからな。お前もあんま飲みすぎるなよ」
「分かっている」
最初は困った様子を見せていたクロウが途中からからかうような口振りになり、つっけんどんな返事をしてしまう。からから笑う彼を横目に、ため息をついた。
そうしていくらか酒を飲み交わした頃、そろそろお開きにしようとホテルへ向かっていた時だった。
「少し、酔い醒ましに歩かねえか」
そう言ったクロウに連れられてやってきたレイクビーチはすっかり静まり返っていた。窓から見上げた、星の数ほど空に浮かんでいたスカイランタンはなく、花火さえ上がっていない。
ただ、寄せては返す波の音だけが辺りに響き渡っていた。
「ほれ、リィンの分」
こよりを差し出され、思わず受け取ったリィンは暗闇のなかでそれをじっと見つめた。
「手持ち花火、にしては細くないか」
「これは線香花火。ま、試しにやってみな」
クロウの手で先端に火をつけられたそれは、派手なものではないが、粘り強く火花を散らしている。柔らかな炎に浮かび上がったクロウの輪郭 822
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジジクリン(クロリン)/Ⅲ途中/届かない想い歓楽都市ラクウェルは、夜でも賑やかさを失わない。
リィンは昼間に西の渓谷で遭遇した傭兵団や、別勢力らしい傭兵らの調査するため、この地へ舞い戻っていた。調査に同行してくれたアンゼリカやサラ、途中から合流したクレアとともに情報収集して回っていた、そのときだった。
「すみません、ちょっと」
見知った気配を察知して居ても立っても居られずに駆け出す。背後から聞こえた、サラたちの慌てるような声に気を配る余裕なんてなかった。
飛び込んだ路地裏の奥、暗闇のなかに浮かび上がった背中を捉える。
リィンの記憶と酷似するその背格好に特徴的な銀髪は、改めて見てもクロウにしか見えない。しかし彼はこの腕のなかで息を引き取った。もう一年以上前の話だ。
目の前にいるこの男はクロウと別人だと理解しても、彼を求める心がそれを否定する。
「やはりお前か。《蒼》のジークフリード」
かけた声に振り返った彼は、こちらへ興味を示すことなくふたたび歩み出してしまった。
「待て!」
縋るように肩を掴む。手のひらから伝わってくる、機械に触れたような彼の体温に怯んだ。
「お前は今、俺に構っている場合ではないと思うが?」
仮面 795
inasima_3
INFO2/14パバステ発行予定の想雨新刊サンプルです!全8話/A5/56P/本文カラー印刷/通販予価¥800
数年後設定・年齢操作なんでもありのイチャイチャ短編集です
よろしくお願いしま〜〜す!!!! 16
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅱラスト前日/不器用なキスユミルの里、その渓谷道の奥に顕現していた氷霊窟で用事を済ませたクロウは、貴族連合の本拠地へと帰ろうとしていた。
「ク、ロウ……なのか」
雪の踏み締める音で双刃剣を構える。振り返ると今はユミルに居るはずのないリィンが呆然とした顔で立っていた。
「来てたのか」
構えていた双刃剣を背に戻す。リィンもまた鞘から引き抜いた太刀を収めた。しかし、彼がクロウの元へ歩み寄ってくることはない。
ふたりのあいだを冷たい風が吹き抜けていった。
「あ、ああ。それで、こちらから嫌な気配がして」
「それならアレだな。ま、俺が一足先に片付けさせてもらったが」
背後にあった氷霊窟を指した。最深部で待ち構えていた魔煌兵は、先ほどクロウが倒したばかりだった。
もしもリィンのほうが先にあの霊窟へたどり着いていたなら、あの魔煌兵とやり合っていたのは彼だったのかもしれなかった。
今はもう、過ぎた話だ。
「そういうわけだ。じゃあな」
戸惑い瞳を揺らす彼に背を向け、オルディーネと向き合う。
騎乗しようとした途端、肩を掴まれよろめいた。胸ぐらを掴まれ、崩れた体勢のままリィンの唇が押し付けられる。勢い余ってぶつかった歯 832
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ両片思いクロリン/Ⅰ夏頃/雨の日の失敗「雨、降ってきちゃったな」
「ったく寮まであと少しってところでついてないよな」
ようやく木の下に身を落ち着けたリィンはポケットからハンカチを取り出し、雨で濡れた顔や首筋を拭った。半袖から出た腕も拭っていると、クロウがバンダナを外して顔を拭っているところだった。ハンカチを差し出すも断られ、もう一度額を拭う。
トリスタの公園は人気もなく寂しい。晴れているときには憩いの場になるそこも、今は急な通り雨のせいで誰もいなかった。
「本降りになってきちまったし、ここで雨宿りしていこうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
身を乗り出して雨の様子を伺う彼は、億劫そうに濡れた前髪をかき揚げている。バンダナのない、秀でた額がリィンの眼前に晒され、初めて見るその風貌に慌てて目を逸らした。
なぜか、見てはいけないものを見てしまった心待ちになる。
「こらこら、あんまりそっち行くと濡れるぞ」
ぐ、と肩を掴まれて引き寄せられる。冷えた肩を掴んだ手のひらの熱さに眩暈を覚えた。頬に滴る雫を追って顔をあげると、思いのほかクロウが近い。
「クロウ、先輩……」
彼を呼んだ声が震える。先輩、なんて久しく使っていなかった呼び方 858
milouC1006
DOODLE800文字チャレンジいけるんじゃないか!?と思ったけど結局駄目だったレク未満と星空の話です。ふわふわなので頭をふわふわにして読んで頂けたらと……「先生は、星空って好きか?」
しばらくして小さく「好きだな」と一声帰ってきた。夜空に負けない濃紺の髪に、星より明るい肌。美しいのに表情はちっとも輝かないその人は、俺の横に寝そべって同じく空を見上げる。
深夜、出歩いていた所を見回りの先生に捕まった俺は、部屋に戻される前にこうして星を見ないかと誘ってみた。今まで規則や倫理とそう仲良くなかったこともあって、意外と簡単に許してくれた。ガルグ=マクの街から少し出て、小さな丘に誘う。山間のこの辺りでは唯一と言っていい草原だった。
「俺は昔から星空だとか、広くて大きいものを見るのが好きでね。夜なんかはついつい出歩いちまう」
まあ、半分本当で半分嘘。今日も書庫に行っていただけだし。
1282しばらくして小さく「好きだな」と一声帰ってきた。夜空に負けない濃紺の髪に、星より明るい肌。美しいのに表情はちっとも輝かないその人は、俺の横に寝そべって同じく空を見上げる。
深夜、出歩いていた所を見回りの先生に捕まった俺は、部屋に戻される前にこうして星を見ないかと誘ってみた。今まで規則や倫理とそう仲良くなかったこともあって、意外と簡単に許してくれた。ガルグ=マクの街から少し出て、小さな丘に誘う。山間のこの辺りでは唯一と言っていい草原だった。
「俺は昔から星空だとか、広くて大きいものを見るのが好きでね。夜なんかはついつい出歩いちまう」
まあ、半分本当で半分嘘。今日も書庫に行っていただけだし。
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創数年後/負けず嫌いに火がつく四方八方を魔獣に囲まれたリィンは、背後に保護した子どもを庇いながら襲いかかってくる魔獣を切り捨てていた。魔獣の数が多く、保護対象がいるなかで状況を打破する手立てもない。
「お兄さんは遅れて登場って相場が決まってるんだよ!」
突如上空から導力バイクが飛び込んでくる。そのバイクに跨ったまま双拳銃を構えるクロウに、子どもをコートで包み、その場で膝を折った。
「クロウさん真面目にやってください」
絶え間なく鳴り響いていた銃声が収まった頃、黒の戦術殻《クラウ=ソラス》に乗ってアルティナが降下してきた。
「クロウ! アルティナも」
「さて、リィン。お前はどうしたい」
「教官、指示をお願いします」
振り返ったふたりに破顔するも、すぐさま顔を引き締めた。
「アルティナはこの子の避難を頼む。クロウは俺の援護を」
黒の戦術殻で子どもを抱え、ふたたび上空へあがっていくアルティナを見送り、改めて周囲を囲む魔獣を見据えた。
「クロウ、腕は鈍ってないだろうな」
太刀を構えなおし、背中を預けるクロウへ視線を投げる。双拳銃から双刃剣に持ち替えた彼はゆったりとした動作で得物を構えていた。
「おいおい。誰に聞い 845