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砥石の音が部屋に響く。一抹の椿油を垂らす。
研ぎ澄まされた刃が机に並べられ、ランタンの明かりで煌めいている。
静寂に包まれた闇夜に一人、部屋の中でナイフの手入れをするのがクレオの日課となっていた。
皇帝の位を簒奪したゲイル・ルーグナーによる継承戦争が終わりを迎えてからというもの、クレオはテオ・マクドール直々の命により戦線を退き、マクドール邸に身を置いている。どこよりも安全であったはずの帝都で発生した五将軍嫡男の誘拐は、戦争の影に隠れ大事にはならなかったが、黄金の都と称されたグレッグミンスターの名に傷を付けるには十分な出来事でもあった。
二度と同じことを起こさぬよう、せめて息子が成人するまで家を守ってはくれないかと乞われ、尊敬する将軍の願いならと、クレオはそれを了承した。
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