▽
風が吹いている。
同盟軍本拠地の高台。灰色に沈む空の下、冬の気配を孕んだ風が山々を撫で、湖の水面を揺らし、遠くの稜線をぼんやりと霞ませている。冷たい空気は、肌を刺すような鋭さを持っていた。
けれど、カスミはその冷たさを拒まなかった。石壁に背を預け、胸いっぱいに風を吸い込む。凛とした冷気が肺に満ちるたび、心のどこかに溜まっていた澱が、ゆっくりと洗い流されていくような気がした。
以前は、この季節が苦手だった。武器を握る手は悴み、吐く息は白く、世界はただ静かで、寒さが孤独を際立たせた。
──けれど、この季節になると、必ず思い出す光景がある。
こういうとき、彼はふらりと現れて、決まって数言だけ交わして去っていくのだ。たったそれだけなのに、不思議と心は温かくなった。
3529