Luciole 神々がおわすという、大仰な伝説には見合わない。
その岩山は観光名所程度の、のどかな展望台だった。
ほとんど失われた古代の信仰を、村人はいまだに大切にしている。
「絶景だから」とヒュンケルに誘われたラーハルトは半信半疑だったが、日も暮れたころに、理由が分かった。
「以前、先生と訪れたことがあって」
中腹の洞穴に、ささやかな滝の音。
泉が隠されていた。ところどころ差し込む月明かりを湛えて、この世ならぬ涼風をまとって。
「そろそろだ。ほら」
ヒュンケルが指し示す闇色の中に、何か、点のようなものが浮かび上がった。
「何」
ラーハルトが目を凝らすと、それはみるみる輝きを増して、やがて滑るように水面へ落ちた。
ひとつ、またひとつ。あっという間に洞穴は光の粒で満ち、彼らにしか分からない言葉でお喋りを始めた。
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