駒の安寧海沿いに聳え立つカインの屋敷は、言わずもがな豪華絢爛である。分かりやすい豪勢さは家主曰く釣り餌代わりとのことだったが、俺から見ればむしろ逆。足を竦ませる抑止力だ。見渡す限りの巨大な彫刻、手入れの行き届いた庭の植生、そして玄関前を塞ぐ大仰な門。もしも俺がカインとまったく面識がなく、サウスタウンのいち住民としてこの屋敷を眺めたのなら、間違っても立ち寄ろうなどとは思わないだろう。
(俺の身の丈には絶対に合わない場所、だと思ってたんだけど。慣れるもんだな)
貴族然とした空間にどこか肩身の狭さを覚えていたのも今は昔。この屋敷で寝起きをするようになって幾月もの時間が流れ、今やどの部屋を覗くにもさしたる抵抗はなくなってきている。日付が変わろうかというこの時間になって、手持無沙汰にベースを鳴らしているのが羽を伸ばせるようになったいい証拠だった。どんな時間になろうと好きに楽器をかき鳴らせるのは、あたりに他の居住区のないこの場所故の特権である。無論、屋敷内の人間には気を遣わねばならないがこの規模の家だ。部屋同士の距離とて十二分に離れているのでさして心配はいらない。アンプを繋がない生音であれば、せいぜい憚るべきは目の前にある一部屋くらいのもの。そしてありがたいことに、その部屋の主はそれなりに音楽が好きときている。
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