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    800

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片思いクロリン/Ⅳ第一相克後
    休息、その一幕
    クロウとの第一相克を終えた一行は、エリンの里でつかの間の休息をとっていた。
     里の中心部で生徒らと戯れながら釣りを楽しむリィンをなんとなしに眺める。和気藹々と過ごしている彼らは、釣れた魚の大きさで勝負をしてるようだった。
     ルールを逸脱しない範囲でおこなわれた不意打ちともいえる第一相克は、オルディーネがヴァリマールの眷属となることで決着がついた。そして、それぞれの起動者であるリィンとクロウもまた、騎神らの影響を受けて目には見えないなにかで結ばれていた。
     お互いの感情の機微や、目を閉じて集中すれば居場所まで掴むことができる。不思議な感覚だ。
    「なんでこんなことになったかね」
    「そんなの、アンタが望んだからに決まってんじゃない」
    「黒猫……、セリーヌだったか」
     ぬっと出てきた姿に、つい懐から猫じゃらしを取り出してしまう。試しに彼女の目の前で振ってみてもいい感触は得られず、ふたたび懐へしまった。
    「本当は分かってんでしょ。あの子が望んだだけじゃ、この結果は得られなかったこと」
     不意に釣りをしていたリィンと視線が絡む。手を振ってやると遠慮がちに振り返してきた。
     じわりと胸に広がったあた 826

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン+新Ⅶ組/Ⅳ後/第二分校流節分の日の過ごし方
    「ああもう! なんで出現してくる敵がみんな鬼のお面なんかつけてるのよ!」
    「ユウナ、教官からきちんと説明を受けただろう。今日は東方由来の行事、節分というものを参考に訓練を用意したと」
     地団駄を踏むユウナへ冷静なツッコミを披露するクルトにアルティナはため息を落とした。
    「そういう話ではないかと思いますが」
    「まあまあ。これも教官からの愛の鞭、ですから」
    「それも違うと思うのですが」
     アルティナの肩に両手を置いたミュゼを見上げて否を突きつけるも、けろりと躱される。
    「んなこと置いといて、さっさと進むぞ。当然この奥にはシュバルツァーが待ってんだろうしなァ?」
     アッシュに習い、全員が目の前の扉を見つめる。
     アインヘル小要塞、最奥。Ⅶ組の面々はそれぞれの得物を構え直して突入した。
    「やっぱりリィン教官も付けてるんですか。鬼のお面……」
    「鬼役なんだ。当たり前だろう」
     げんなりするユウナとは打って変わってリィンは満面の笑みを浮かべている。彼の隣りにいる男、クロウも疲れた表情を見せていた。
    「お兄さんなんか、突然リィンに呼び出されてこれ付けさせられてんだからな」
    「ご、ご愁傷さまです」
    826

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/移り香/Ⅳ後くらい
    「リィン教官、昨日はクロウさんが来てたんですか」
    「ああ、そうだ。よく分かったな」
     授業を終えてリィンの元へ質問をしに来ていたユウナが鼻を鳴らしている。てっきり昨夜の酒が残っているのかと口元を覆うも、すぐさま否定されてしまい困惑する。
     彼女の言う通り、昨夜はふらりと訪ねてきたクロウと取り留めのない話を肴にして、翌日に響かない程度の酒を飲み交わしていた。最終列車がなくなったからと自室に転がり込んできた彼と文句を言い合いながらもひとつのベッドで夜を明かしはしたものの、職場で酒の匂いをさせたくないリィンは早朝から宿舎で風呂を浴びてきていたのだった。
     酒が残っていないとなると、なぜクロウが来ていたのをユウナが知っているのかという疑問が残る。
    「だって香りが――んぐっ」
     突然、ユウナの口が塞がれる。彼女の背後からミュゼが顔を出した。
    「ユウナさんは少しお口を閉じていましょうか」
    「教官もお気になさらず」
    「あ、ああ」
     ミュゼに続いてアルティナも現れ、ユウナを連れて廊下へと姿を消してしまった。
     香り。ユウナの言葉に引っ掛かりを覚え、ついつい己の袖に鼻先を寄せた。石鹸の香りがする程度で、 805

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    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    付き合ってないクロリン/Ⅳ後/ハンドケア
    「んっ、なんだ?」
     手を洗った途端、指先に痛みが走った。石鹸を洗い流し、タオルで水気を拭き取ってから改めて観察してみると案の定、指先にささくれをいくつか見つけた。
    「ああ。これのせいか。傷薬……、は要らないな」
     とっさに分校内にある医務室へ行くか迷ったものの、ささくれ立った指先に出血は認められず、そのまま手袋をはめ直した。
     乾燥する季節にはよくあることだ。わずかに刺すようだった痛みも、慣れてきたのか次第に薄れていった。
    「こーら。お前またなんか隠してるだろ」
    「クロウ、またこっちに来ていたのか」
     放課後、格納庫に立ち寄るとクロウに出迎えられた。予想外の邂逅についつい頬が緩む。
    「そんなことよりお前だよお前。下手に隠し立てするようなら、裸にして全身チェックしてやるからな」
    「そんな大袈裟な。少し、指先が荒れているだけなんだ。気にしないでくれ」
     なんでもないと言い張るリィンなんてお構いなしに、見せてみろと手を引かれた。
     無駄な抵抗は諦め、ソファに並んで腰を下ろす。彼の手で手袋を剥かれ、荒れた指先が晒された。手を取られて入念に検分され、どうにも居心地が悪い。
    「こんな些細な傷でも 858

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/月夜の下でダンスを。
    創後の話
    マーテル公園内にあるクリスタルガーデンのなかから、ガラス張りの天井を眺めていた。星空の切り取られたそこから月光を取り込んだ庭は、クロウとリィン、ふたりしかいない。
     足元を照らすライトがぽつりぽつりと点灯しているだけで、風の吹かない屋内庭園は静寂を保っていた。
    「おい、なんかあったか」
     屋内庭園の奥まで見回りに行っていたクロウがリィンの元まで戻ってきていた。すぐさま首を横に振り、否定する。
    「ああ。いや、学院祭のときのことを思い出していたんだ」
    「確かにここ、ステラガルデンに少し雰囲気が似てるかもな。しっかし、あのときはお前もかわいこちゃんじゃなくてわざわざ俺を誘うなんてと驚かされたぜ」
    「仕方ないだろ。あの頃からクロウのこと……」
     顎を掴まれ、見上げさせられる。強引なそれとは裏腹に、降ってきた口付けは優しい。月明かりの下で見たクロウの瞳が赤く煌めいていた。
     背中に回された、抱き寄せる腕が熱い。
    「分かってるって」
     不意に、庭園の外からかすかに演奏が聞こえてくる。
    「ここ、音楽院が近いから生徒がよく練習しているって前にエリオットから聞いたんだ。夏至祭も近いし、たぶん」
    「そっか 826

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/湯たんぽだけじゃ、足りなくて
    「さすが豪雪地帯の冬、と言ったところか」
     鳳凰館に宿泊しているクロウは、生地の厚いカーテンの隙間から窓の外に広がる雪景色を眺めていた。夕刻から降りはじめた雪は、強くなる一方だ。
     冬のユミルに行かないか。そうリィンに誘われたクロウは、お互いの休みを利用して彼の故郷、ユミルを訪れていた。
    「おお、さみいさみい。――ん?」
     寝間着のうえに羽織ったコートの襟をかき合わせる。不意にドアの向こうへ近づく気配で振り返った。
    「リィンか。どうしたんだ」
     律儀にノックをしてから入ってくる姿に目を瞬く。彼は実家の男爵家へ、クロウはこの鳳凰館へ泊まることになっていた。
    「その、今日は特に冷えるから。湯たんぽ、持ってきたんだ」
     おそるおそる差し出されたものを受けとる。その体温ほどの温かさが冷えた身体に染みた。
    「おっ。サンキューな」
     すっかり手持ち無沙汰になってしまったリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返していた。寒さに慣れている彼が二の腕をさすっている。
    「ほれ、早く入れって。寒がりの俺にはこんなんじゃ全然足りないんだよなあ」
     腕ごと引き寄せ、彼の身体を抱き留める。そのままふたりでベッドへ雪 854

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/思い出話に花が咲く
    Ⅳ後のどこか
    「どうやってクロウと知り合ったか?」
    「はい。ずっと気になってたんです。この機会に是非、聞かせてください」
     ずい、と前のめりになったユウナが引く様子はない。彼女同様、リィンとテーブルを囲む生徒らも聞きたそうな顔をしていた。
     隣りに座る男、クロウへ視線を投げた。彼は無言で肩をすくめている。その様子から話してもよいと判断し、ユウナらと改めて向き合った。
    「クロウと最初に会ったのは、俺がトールズに入学して日が浅い頃だったな。たまたま生徒会室を探していたときに会ったんだ。そういえば、どうしてあのとき俺の名前知っていたんだ」
    「来年度クラスを新設するとかで、色々とトワに手伝わされたんだよ。そんときにな」
    「そうだったのか。まあ、それで色々あって、夏頃、期間限定でクロウが俺たちのクラスへ編入してきたんだ。そのときにミリアムもやってきて。懐かしいな。あのときは驚かされたよ」
    「でも、クロウさんって上級生だったんですよね。どうして下の学年に編入したんですか。ミュゼやアッシュみたいに同級生なら分かるんですけど」
    「ああ。クロウが一年時の単位を取り逃がしていたから、だったな」
    「くっ。言ってくれるな」 827

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後/今を永遠にする日
    求婚の日なので。
    「これ、今日の朝刊な」
    「ああ。ありがとう」
     エプロンを外し、隣の椅子にかけたクロウから新聞紙を受け取った。席についた彼と食事前の挨拶を交わし、朝食に手をつける。偶然、オレンジジュースに口をつけた彼と目が合い、笑みを交わした。
     午前五時。いつもの時間に起きたリィンは、まだクロウの眠るベッドを先に抜けだして家の前で素振りをする。ついでに軽く身体を動かしてから家に戻れば、すでに朝食がテーブルに並んでいた。日課のシャワーを終えたクロウとともに残りの準備を手伝い、こうしてふたりで朝食を摂る。食べ終えればふたり並んで食器を片付け、リィンはリーヴス第二分校へ赴き、クロウは日毎に異なる依頼をこなしに出かける。これがクロウとリィンの日課だ。
     夕刻になれば、お互いに時間が合うようなら外で待ち合わせをして夕食を済ませ、ふたり揃ってこの家へ帰ってくる。遠征で彼がいない日は、味気ない朝食をひとりで食べた。
     隣りにクロウがいない時間がいやに長く感じるようになったのは、いつからだったか。
    「そろそろ出るぞー」
    「あ、ああ。今行く」
     コートのポケットに入っていた小箱を取り出し、玄関先で待つクロウの元へ急い 831

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    両片想いクロリン/創から数年後/好きだけど言えなくて
    「なあ、リィン。好きだ」
     射抜くような目だった。不意打ちの告白に硬直する。飲みかけのグラスを包む手を、上から覆ったクロウの手が熱い。
     クロウとふたり、リィンの自室で酒瓶を空けていただけだった。旅に出たクロウから知らない地方の話を聞き、リィンは今世話をしている生徒の話をする。彼の持ち込んだ酒瓶がなくなれば終わり。今日もそうなるはずだった。
    「――すまない」
     腹の底から沸き上がった歓喜を飲み込んだ。嘘を吐いた手前、彼の真摯な目は見返せない。
    「それがお前の答えか」
    「ああ」
     覆っていた彼の手が離れていく。リィンより少し高い体温がなくなったそこが寂しい。追いかけそうになった手でグラスを強く掴んだ。
     分かったと一言残した彼はリィンの前から去っていった。
    「クロウはもう、会いに来ないかも知れないな」
     微苦笑がこぼれる。振っておきながら勝手な言い草だ。今の心地よい距離に甘え、二の足を踏んでしまったのだ。
     彼のグラスにはまだ酒が残っていた。
     それからひとり、残った酒をひたすら煽った。
    「おそようだな、リィン。珍しく酒が残ってる顔してるぞ」
     物音に目を覚ますと、相変わらずの事後ノック 856

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創から数年後/当たり前であるがゆえに
    「リィン、さっきの物件どうだった」
    「どうだもなにも。そこそこよかったと思うぞ」
     先ほどまで内見をしてきた物件は、なかなかによかった。ひとつ難を挙げるとするなら新婚向けの内装だった点くらいだ。クロウには似合わない。が、彼が誰と住むための家なのか皆目検討がつかないので、その良し悪しが分からなかった。
    「そこそこ、ねえ」
     グラスを傾けた彼は、煮え切らない様子だ。
     物件をいくつか見たい。クロウにそう誘われたリィンは休みの合った今日、すでに三箇所の下見を終えていた。今はベーカリーカフェ《ルセット》で小休憩を挟んでいるところだ。
     それにしても、どこの誰と一緒に住むような仲へ発展したのか。相棒であるリィンの預かり知らぬところで愛を育んでいた事実に多少傷つきはしたものの、何事も要領がいい彼のことだ。そういうこともあるのだろう。
    「三件め、庭の広さはよかっただろ」
    「まあ、そうだな。よかったと思うよ」
     花壇を作るならやや広いが、もしもリィンが素振りをするなら丁度いい広さだ。
    「部屋数は多すぎるな。一階はブチ抜いて導力バイクを入れちまうか」
    「いや、今は多すぎるかも知れないが、ゆくゆくは丁度良 852

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅳ後/勝負の女神が微笑んだわけ
    「これで終いだ」
     クロウの手でマスターカードが動かされ、攻撃が宣言される。こうしてリィンのマスターカードの体力はなくなり、敗北が決定した。
     ヴァンテージ・マスターズ。通称VMと呼ばれるカードゲームをクロウに教えたのはリィンだった。それまでは横で見ていた程度だと言っていた彼に初戦で苦戦を強いられたのも、今はいい思い出だ。それからは正直、一進一退。お互いに勝っては負けてを繰り返していた。
     そんな彼相手に手を抜くなんて真似は当然しなかったが、こうも差をつけられるのは正直堪えた。
    「……負けた。今日はやけに真に迫っていたな?」
     敗北を宣言したリィンは、テーブルにひろがったカードをケースへ片付けた。クロウのマスターカード、クラウンシーフは動きが読みづらく、こちらは遠隔攻撃を得意とするウィッチで迎え撃ったのだが、結果はこの有り様だ。
    「まあな。さてと、約束通りひとつだけ俺のお願い聞いてもらおうか」
     勝者の笑みを浮かべるクロウは、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどだ。勝負をする前、珍しく賭けを申し出た彼にリィンは難色を示したものの、賭けるものが金銭でなかったので、つい容認してしまったのだ。
    810

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/誰も知らない彼らの秘密
    Ⅳ第一相克後、この腕の重みに想う後アッシュ視点
    「しかし、ここまで運んでからブッ倒れるとか、パイセンも流石すぎんだろ」
     ブリオニア島にあった管理小屋で、ベッドへ倒れ込んだ途端に寝息を立てる銀髪の男をアッシュは呆れた目で見下ろした。
     リィンをここのベッドに下ろすまで疲れなんて微塵も見せなかった彼は、やはりリィン同様に消耗していたらしい。
     黒の工房からリィンを救出後、この島にある陽霊窟で相克という、騎神に選ばれた起動者同士の戦いを終えたリィンとクロウは、お互いの意思によって力の融合を拒み、新たな絆を結んだようだった。アッシュらにとっては落ち着いている印象が強い彼の、予想外な一面を見せられた気分だった。
    「ところで。結局、教官の言ってる利子ってなんなんですか」
     ユウナの素朴な疑問に答える声はない。顔を見合わせては首を振り合うリィンの同級生、旧Ⅶ組の様子にアッシュは首をさすった。
    「僕たちもその辺りは詳しく知らないんだ。以前からふたりでそういうやりとりはしていたんだけれど、どうにも改まって聞けるような雰囲気じゃなくてね」
     旧Ⅶ組を代表して答えたエリオットは、眉を下げ、返答に困っているふうだった。どうやら、このふたりのあいだにはヒン 846

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/この腕の重みに想う
    Ⅳ第一相克後
    「おいおい、こんなのってアリかよ。……ん? おい、リィン」
     クロウの肩口に顔を埋め、微動だにしなくなったリィンの身体を揺する。彼の腕は変わらずクロウを抱き締めていて、その表情は窺い知れない。
     ブリオニア島に出現した陽霊窟の最深部で行なわれた第一相克は、リィンの勝利で幕を閉じた。敗者は勝者に力として吸収される。相克をはじめる前からその事実を受け止めていたクロウは、彼に敗北した時点で覚悟を決めていた。
     そうして相克を終えるも、オルディーネからヴァリマールへ流入するはずだった力の流れが突如として変化した。それにより、オルディーネは消失を免れ、結果としてクロウの存在は、不完全ながらもこの世に繋ぎ止められたのだった。
    「これは、完全に意識を失っていますね」
    「ん。しかもリィンってば、がっつりクロウを掴んじゃってるし」
     リィンの様子を伺っていたアルティナとフィーに、彼を剥がすのは諦めるよう諭されて肩を落とす。ただでさえ贄として消耗していたところに相克をおこない、さらに予想外の事態を引き起こした代償だ。クロウもまた、相克や消失しかけた反動も相まって消耗が激しく、リィンの身体を支えるのもやっと 822

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/一時休戦
    Ⅱ終盤、氷霊窟/あり得たかも知れない因果の話
    「まさかこれほどとは。今までの手配魔獣とは次元がちがうぞ」
     膝をついたユーシスは、傾ぐ身体を支えるように地面へ剣を突き立てていた。
    「くっ」
     後方にいるエマやエリオットの前に立ち、リィンが敵の攻撃を受け止める。四本の腕から繰り出された衝撃で、踏みしめた足が後ろへ押し戻された。
    「こんなところで、こんなところでやられるわけにはいかないんだ!」
     太刀を握りなおし、巨大な魔煌兵へ斬りかかった。しかし、リィンの攻撃は無情にも見えない壁に弾かれる。
     帝都の解放作戦前、リィン一行はユミルを訪れていた。そこで妙な冷気の流れを感じとったリィンは、辿るように到着したユミル渓谷道の最奥で、五つ目の精霊窟を発見した。そして、その最深部で待ち受けていたのは今まさに対峙している、この二対の腕を持った魔煌兵だった。
    「しまった! また攻撃が」
    「まずいっ……」
     アーツの駆動体勢に入っていた敵が、攻撃体勢へ移行する。
    「ふふ。クレセントミラー」
    「させねえよ。フリーズバレット!」
     敵の攻撃から守るようにリィンらを見えない膜が覆い、さらには敵の足元から氷柱が現れた。背後から飛び出してきた背中に息を飲む。ク 823

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創後/レジストできない誘惑
    「ただい、ま?」
     一日の勤務を終えてようやくリーヴスにある宿舎へたどり着いたリィンは、自室の扉をあけたまま固まってしまった。一度、扉を閉め、あける。残念ながら目の前に広がる光景に、なんら変化は訪れなかった。
     部屋のなかへ滑り込み、後ろ手に扉を閉める。それから慎重にベッドへ歩み寄った。
    「これってクロウのコート、だよな。なんでこんなところに」
     自室のベッドのうえには、襟にファーの付いたコートが無造作に投げ出されていた。手に取ってよく見てみても、やはりクロウの愛用しているコートに似ている。
     確かにクロウは、今日も突然土産を渡しに来たと分校へ顔を出していた。けれども宿舎のほうへは寄っていなかったはずだ。いつもならば土産をリィンへ渡すのもそこそこに、こちらが引き留めるのも待たずさっさと帰ってしまうほどで、てっきり今日もそうなのだろうと、書類を片付けながら残念に思っていたほどだった。
     一体なぜ。こんなところに。疑問は尽きないが、答えも出ない。
     手にしたままのコートを見ているうちに、好奇心がむくむく沸いてくる。逡巡したのち、自前のコートを脱いでクロウのものに袖を通した。当然、彼に合わせ 851

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/あの日見た茜色/Ⅳ後
    「あんま変わってなかったな」
    「まだ俺が卒業してから一年経っていないんだぞ。そうそう変わらないだろ」
    「まあ、それもそうか」
     僅かに埃の被った机をクロウの指がなぞる。茜色で縁取られたその横顔が、リィンには寂しそうに映った。
     今日はクロウとふたり、トールズ士官学院のある帝都近郊都市、トリスタに来ていた。リィンが卒業してからは閉鎖されているままの第三学生寮や、互いによく出入りしていた生徒会室のある学生会館。それから灰の騎神、ヴァリマールと出会った旧校舎を外から眺め、最後に夕焼けで染まる校舎を思い出話に花を咲かせながら散策した。
     最後に行き着いたⅦ組の教室で、お互いが使っていた席に腰を下ろす。頬杖をつき、外を眺める姿が以前見た光景と重なった。
     まだ、クロウが帝国解放戦線のリーダーを務めていたことも、蒼の騎神、オルディーネの起動者であることも知らなかったあの頃、彼はどんな思いでこの窓から夕焼け空を眺めていたのだろう。
    「そういや、寮の部屋に置いていった俺の荷物、やっぱりなくなってたな。さすがに残っているとも思っていなかったが」
    「あるぞ。あの部屋にあったクロウの荷物、俺の部屋に」
    「へ 821

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/桃の誘惑
    「これ、桃か」
     帰宅早々、リビングテーブルの果物籠を見つけたリィンは目を輝かせた。
    「お、さすがに知ってたか。今日たまたま見つけてな。買ってきた。もう大分熟れているから追熟もいらないだろうぜ」
    「そうか。楽しみだな」
     ひとつ、桃を手に取った。赤みがかった白色の薄皮に、うっすら生えた産毛のようなそれがリィンの手をくすぐる。窪みに鼻先を埋めると、なるほど、確かにもうすっかり熟れた香りがした。
    「こらこら。それは夕食を食ってからのお楽しみだぞ」
     キッチンから夕食を運んできたクロウに釘を刺される。スープ皿にはクラムチャウダーがなみなみ入っていて、リィンの空腹を刺激した。湯気とともに立ちのぼる、磯の香りに目を細めた。
    「おっと。その前におかえり、リィン」
    「……、ただいま」
     頬に口付けられ、促されるままリィンも同じようにする。この挨拶がいまだに慣れない。赤らんだ頬をさすり、食事の席へついた。
    「そんじゃ、早速剥いていくぜ」
     ふたり並んで夕食の片付けを済ませ、フルーツナイフと皿を持ってリビングへ戻った。
     彼の手のなかにある桃は、薄皮を丁寧に剥がされ、瑞々しい果肉を晒している。中心にある 820

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/俺が遅刻をするワケ
    一人称を練習しようキャンペーン
    リィンとの待ち合わせには、ほとんど遅刻する。
     そして今回も、待ち合わせ場所には先にリィンがいた。待ち時間を潰すため持ってきただろう文庫を片手に、日陰のあるベンチで休んでいる。
     前に俺が夏向けに選んでやった、涼しげな生成りの白いジャケットに黒のスラックスを卒なく着こなした姿は、通りすがりの視線を独占していた。
     本人はあれで目立っている自覚がない、というところが困る。
     側に植わった樹木の木漏れ日がまた、憎い演出をしていた。黒と白の対比がアイツの清廉な横顔を彩っている。
     救国の英雄、灰色の騎士。俺の好きなヤツは本人の気質も相まって、それはそれはよくモテた。
     少しずれたらしい伊達眼鏡のブリッジを、中指で律儀に直している。顔を隠す目的でかけているそれは、なんとも彼に似合っていない。
     また、リィンがページをめくっている。これ以上待たせるのも悪いだろう。俺は眺めるのもそこそこにリィンへ歩み寄った。
    「よっ、待たせたな」
     声をかけた途端、本に目を落としていたリィンが顔をあげる。
     俺を視界に入れたアイツの顔が緩んでいく。こっちが気恥ずかくなるくらい、俺のことを好きなんだと教えてくれるこ 813

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/Ⅰ夏至祭前/夏の気まぐれ
    「クロウ先輩、こんなところでサボりですか」
     最近は見慣れるようになった銀髪が、校舎の隅に植えられた、樹木の根元に寝転んでいた。
     額に滲んだ汗を半袖で拭う。ここはちょうど風の通り道のようで、涼やかな風が吹き抜けていた。
    「クロウ、先輩?」
     先ほどの呆れた声は形を潜め、心配の色が帯びる。膝を折り、彼の顔を覗き込んだ。
     目蓋は閉じ、胸部がわずかに上下している。耳を澄ませば、微かな寝息まで聞こえてきた。
    「ね、寝てる……」
     すわ熱中症か脱水症状か、と肝を冷やされたリィンは安堵しながらも恨みがましい目を向けた。
     健やかな寝顔を晒す彼は、いっこうに起きる様子がない。
     しばし逡巡してから彼の隣へ腰を下ろした。
    「先日の、旧校舎ではありがとうございました。エリゼを助けられたのは先輩たちのおかげです。それから、――俺の力のこと、黙っていてくれて、ありがとうございます」
     見上げた木漏れ日を、吹き抜けた風が揺らしていく。寄りかかった幹が冷たい。汗はもうすっかり引いていた。
    「俺、あのとき先輩たちの目が変わってしまうんじゃって、思って、怖かった、です」
     クロウやパトリックを巻き込んでしまった 845

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/鈍い鈍いも好きのうち
    「だから、俺だってリィンのことが好きだって」
     ようやく見つけた背中が吠えた。あがった息を整え、その肩を叩く。
    「俺もクロウのこと好きだぞ。相棒、だからな」
     振り返り、なぜか硬直しているクロウに向かって、気恥ずかしげにはにかんだ。
     放課後の第二分校食堂に、不自然な静寂が訪れる。
    「すまない。クロウが来ていると聞いて、探していたんだ」
     あれからクロウの周りに集まっていた女生徒らは散っていき、ふたり残った食堂で並んで珈琲を飲んでいた。
     リィンが顔を出した途端、満面に喜色を浮かべた彼女らの顔に、落胆の色が広がっていく光景にはうろたえた。口々に気にしなくていいと聞かされても、気にしないで済むような性格でもない。
    「で、結局みんな集まってなんの話をしていたんだ」
    「あー。ほら、もうすぐあいつらも卒業だろ」
     卒業。クロウのその言葉にぎこちなく頷く。
     今月の末には、もう二年生になって一年経つ彼らを見送るのだ。初めてリィンが受け持った生徒の卒業でもある。同級生らの一年早い卒業を見送ったときに似た物悲しさに包まれていた。
    「お前さんも、難儀な職業を選んだもんだよなあ」
     テーブルに頬杖をつき 827

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/過去捏造/異国で出会った初恋の人
    「んじゃ、俺はちょっとこの辺探索してるわ。十五時までには戻ってくるから」
     祖父と入った百貨店⦅プラザ・ビフロスト⦆からひとり飛び出したクロウは、初めて来た街に目を輝かせた。九歳の誕生日を迎えたばかりの目には、どれもこれも目新しく映る。
     エレボニア帝国の中心、帝都ヘイムダルは、故郷とは比べ物にならないほど巨大な都市だった。ヴァンクール通りを抜け、トラムに乗り、ドライケルス広場へ出る。そうして背の高い銅像をまじまじと見上げていたときだった。微かに鼻を啜る音が耳に入った。
    「お前、ここで何してんの」
     音を頼りに銅像の裏側を覗くと、膝を抱えた黒髪の子どもがいた。クロウが声をかけた途端、顔をあげる。こぼれそうな涙に怯んだ。
    「知らない人とは、話しちゃいけないんです」
     ぐぐぐ、と涙が競り上がっている。律儀な迷子だ。頬を掻いたクロウは膝を折り、迷子の頭を撫でた。
    「俺、クロウ。お前は」
    「リィン……」
    「リィン、俺の名前分かる?」
     リィンの眉根が不機嫌そうに寄る。
    「それくらい分かる。クロウだ」
    「そうだ。んじゃ、俺は知らないヤツじゃないな」
     固まったリィンが、あれそうだっけと戸惑いなが 828

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/待ち合わせもいとおかし
    「そこのお兄さん、今ヒマ?」
     読んでいた本から顔をあげる。目の前には待ち合わせ相手のクロウがいた。
     また新調したのだろう、蒼みがかった灰色のライダースジャケットを羽織った姿は、今日もかっこいい。黒い革の手袋もよく似合っていた。ファッションには疎いが、クロウが選んだものには間違いがないことを俺はよく知っている。俺が今着ている服も、以前に選んでもらったものだった。
    「新手のナンパか? それに暇ではないな。待ち合わせ相手待ちだ」
     俺の座るベンチの隣りに、落ち葉を払ってクロウが座った。本を読ませてくれるつもりなのだろう。紙の栞を挟み、本を閉じる。クロウの眉があがった。気にしなくていいと首を振る。気遣いは素直に嬉しかった。
    「こんなにキレイなお兄さんを待たせるなんてな。どんなヤツなんだ」
    「嫌になるくらいかっこいい奴、かな」
     クロウの顔が、渋い紅茶を飲んだときのものになる。あのときは、それでも捨てずに最後まで飲み干していたのを思い出して笑った。
    「前は顔を赤くして、そりゃあもう初々しかったのに」
     俺がクロウの言葉に振り回されていたのは、もう随分昔の話だ。あの頃は安易に気持ちも言葉にでき 836

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅳ後両片思いクロリン/エリオット視点
    恋は盲目
    「なあ。エリオットは知ってるか。リィンの好きなヤツが誰か」
     一瞬思考が止まったエリオットは思わず、それってクロウのことだよねと口走りそうになった。
    「え、っと。なんでそんな話になったの」
     今日は、クロウと喫茶店で待ち合わせていた。そこに現れた彼があんまり悲壮な雰囲気を醸し出していたので、見事な肩透かしを食らってしまう。
     ふたりの微妙な関係に周囲は歯噛みしつつも、温かく見守っていこうと決めていた。ふたりとも大切な友人だ。幸せになってほしかった。
     巨イナル黄昏によって引き起こされた大戦終結後、リィンは忙しいながらも平和な日々を過ごしているようだった。クロウもまた、一度終わった生をふたたび歩みはじめたところだ。彼らなりの速度というものがあるだろう。
    「このあいだ、バレンタインがあっただろ。リィンはもらったのかって話になったんだが、新Ⅶの連中が、アイツは本命がいるからチョコは全部断ったって」
     はあ、と気のない相槌をしてしまった。注文していたカフェオレが美味しい。
    「しかも、よくよく聞いたらいい加減でお調子者で? 頼りがいがあって面倒見はいいらしいが、今はあっちこっちをフラフラしている 858

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/Ⅰ学院祭後
    今だけは優しい夢を
    「クロウ。貴方も分かっているのでしょう。間も無く御伽噺の幕が上がろうとしていることを」
     蒼の導き手、ヴィータが歌うように言った。悲しい声だった。
     彼女の語る御伽噺も、その結末のすり替えもクロウにはなんの興味もなかった。ただ祖父の仇討ちを遂行する。それだけだ。
    「ああ。分かってる。もうすぐこんな学院生活ともオサラバだってな」
     自室で双拳銃の調整をしている手は止めず、宵闇に溶けそうな淡い光を放つ魔女を横目に頷く。蒼の騎神による試しの試練を一度は通った身だ。残された時間が少ないなんて理解していた。おそらく騎神にリィンが起動者として選ばれるだろうことも想定済みだ。
     ガタン。列車の揺れで目が覚める。隣りに座るリィンはクロウの肩に寄りかかり、眠っているようだった。
    「寝ちまってたか。トリスタは――、まだだったな」
     放課後にリィンとふたり、帝都にあるブティックへ学院祭でのライブの成功を知らせた帰り道だった。
     列車の窓から見える夕日は燃えるように赤い。
     後夜祭の夜、焚き火で赤く照らされた彼の顔がちらついた。置いていかないでと迷子のような目をしていた彼に、繋がりを許してしまった。
     なんて 767

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/レモン味はキスの味
    創後の話
    十月最後の日。オーレリア分校長の思いつきではじまったリーヴス第二分校のハロウィンは、生徒会の尽力により大盛況のまま幕を閉じた。
    「やっぱりここにいたか」
    「クロウ。ああ、少しだけ仕事を片付けていこうかと」
     職員室に顔を出したクロウはまだ顔半分に包帯を巻いたままだった。ふたたび書きかけの報告書へ目を落とす。
    「そういうのはまた明日にすりゃあいいんだよ」
    「まあ、そうなんだが」
     紙のうえで止まっていた手をふたたび動かす。軽く頭を撫でた彼が近くの椅子へ腰掛けた気配に頬を緩めた。
     クロウが第二分校に復学したのは先月のことだった。突然やってきた彼は、学校くらいきっちり卒業しておかないとな、なんていたずらが成功した子供みたいな顔をしていた。
    「教官業おつかれさん。ほらよ、飴くらい舐めて糖分補給しとけ」
    「ああ。ありがとう」
     仕事を片付け、クロウと並んで歩く宿舎への帰り道、かわいい包みの飴玉をもらった。今日のハロウィンイベントで配られたものだろう。早速口のなかへ放り込む。レモンの味だ。
     カロ、と飴玉が転がった。柑橘特有の爽やかな酸味に目を細める。じとりと汗ばんだ手でクロウに縋り、いいように 850

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    Ⅰの頃の両片思いクロリン/夏の暑さのせい
    「ファーストキスって、本当にレモンの味がするんですか」
    「なんだよ。さっきの鵜呑みにすんな。ゼリカが言ったことだぞ」
     学生会館の階段を降りるリィンは心ここに在らずだった。先ほど生徒会室でアンゼリカから聞かされた話を反芻しているのだろう。
    「クロウ先輩のファーストキスは、どうでしたか」
     降り途中の階段で、足を止めたリィンがこちらを見下ろしていた。踏み込んだ質問だと自覚があるらしい。夏服の半袖から伸びた腕をしきりにさすっている。
    「それについてはコメントを控えさせて貰うぜ」
     汗ばんだ頸を拭う。口のなかで飴玉が転がり、カロ、と軽い音を立てた。爽やかな酸味が広がる。
     お節介なアンゼリカに押し付けられたレモン味の飴だ。素敵に演出してあげるといい、だなんてお節介でポケットにねじ込まれた飴だ。それを素直に口へ放り込んでいるのもどうかしている。
     夏の暑さのせいだ。
     また、飴玉が転がる。
    「なあ、ファーストキスの味。本当に知りたいか」
     クロウの問いかけにリィンは胸元のシャツを握り、戸惑いながらも頷いた。
     降りた階段をふたたび上がる。彼とのあいだにあった段差が埋まった。
     一段下から背伸び 834

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/愛してしまったが運の尽き
    捏造未来
    「アームブラスト教官って、やっぱりシュバルツァー教官と付き合っているんですか」
     放課後、クロウを呼び止めたのは噂好きの女生徒だった。彼女にかかれば三日で全校生徒、さらにはリーヴスの住人にまで噂話が流れていく。
     好奇心を隠しもせず、爛々とさせた女生徒の目に苦笑いを浮かべる。
    「そうだな。どっちだと思う?」
     クロウは噂を否定も肯定もしなかった。少し含みのある笑みを浮かべただけだ。途端に黄色い声をあげた彼女の背中を見送る。おそらく数日中にはリィンの耳へも入るだろう。
     機は熟した。
     ひたひたと外堀を埋めてきたクロウはようやく本陣へ切り込む覚悟を決めた。
     実際のところ、ふたりは数年前から同居しているものの、そこに色恋が絡むような仲ではなかった。もっとも、クロウは一方的にリィンへ想いを寄せていて、彼からも無自覚な好意をぶつけられてはいるが。
    「なあリィン。俺たち付き合ってるらしいぜ」
     昨夜からどこか落ち着かない様子のリィンを尻目に揃って朝食を食べ終え、いつも通り新聞を広げたクロウが口火を切る。
     ぶは、と彼の口から勢いよく食後の牛乳が吹き出た。グラス片手にわなわな震えている。
    「クロ 841

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/Ⅳのどこかの話/懐かしの味ふたたび
    「よっと。こんなもんかね」
     油から引き上げ休ませていた白身魚のフライをパンに挟み、次々皿へのせていく。鍋のなかで踊っていたポテトとオニオンリングも引き上げ、別の皿へのせた。
    「わあ、いい香り」
     エリンの里、ロゼのアトリエでキッチンを借りていたクロウの元へ食べ物の香りに釣られてユウナが顔を出した。続いてアッシュやクルト、アルティナにミュゼもやってくる。いつの間にかキッチンにリィンの教え子が勢揃いしていた。教官も呼びますとアルティナがいそいそ通信を入れるのを横目に料理を仕上げていく。
    「もうできるぜ。せっかくお前らが釣った魚、美味しく食わなきゃ損だろ」
    「へへへ。ありがとうございます。へえ、これが噂のクロウさん特製フィッシュバーガーですか」
    「噂? なんだそりゃ」
    「リィン教官が作ってくれたときに言ってたんです。あのときは、あいつが作ったものには及ばないけどなんて言ってましたけど。本家がいいのは分かりますけど、教官のも美味しかったんですよ」
     あの人、謙遜が過ぎますよね。なんて言うユウナに教え子一同が同意を示す。相棒の愛されっぷりに目を細めた。
     不意に馴染んだ気配を感知する。リィンの 811

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/ひとり占めしたい
    「ほらよ、リィン。エリゼちゃんとアルティナから手紙来てるぞ」
     ふたり揃ってまとまってとれた休日。普段より少しだけゆっくり起きたリィンは、玄関から入ってきた恋人の背中へ腕を回した。鍛え上げられた厚い胸板が腹立たしい。
    「クロウが、……起きたらいなかった」
     クロウの胸元に顔を埋め、くぐもった声で不満を訴える。彼は喉奥で笑っているのか、触れている首元から振動が伝わってきた。
    「そりゃすまんかった。あんまり気持ち良さそうな顔で寝てたもんだから起こしちまうのが惜しくてな」
    「そんなの気にしなくていいのに」
    「まだ寝ぼけてんなあ」
     起きていると抗議しても躱される。くつくつ笑う彼に抱きついたままソファに誘導された。
     隣りに座れば身体が離れてしまう。
     まごまごしているうちに腕を引かれ、クロウの膝上に乗り上げた。彼の胸にひたりと頬をつける。リィンを押し上げる強靭な鼓動に目を閉じた。
    「もう一回寝とけ。用があるなら間に合うよう起こすから」
     背中を撫で、あやす手つきにため息が出る。リィンより少し高い彼の体温が心地よかった。
    「クロウ、と、釣りに行きたい」
    「了解。久しぶりにオルディスまで出て海釣 815

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ→リン/一目惚れの末路
    「あれがリィン・シュバルツァーか」
     学生会館の前で右往左往している黒髪の青年がいた。おおかた、Ⅶ組の担当教官になったサラにいいように言いくるめられて生徒会室へ向かわされたに違いない。
     擦れていない、真面目そうな目が印象的な男だ。
    「さて、どの手でいくか。素直そうな顔してるからな。騙されてくれやすそうだ」
     手のなかのコインをいつものように弄ぶ。指の間を這っていくそれをポケットに入れ、彼に近づいた。
    「で? なんであのとき俺に声をかけたか思い出せたか」
     もう一度問われ、口に運びかけていたナッツを改めて口へ放り込む。
     追憶に浸っていたが、今はリィンが二十五歳を迎えた誕生祝いも含めた地酒飲み比べ会の真っ最中だ。クロウが旅先で見つけた酒をリィンへ送り、定期的に彼の元を訪れてふたりで貯まった酒瓶を空ける。なんとなくはじめたそれも、今年でもう五年目に突入していた。
    「なんだって、んなこと聞きたがるんだよ。まだまだ思い出話に花を咲かせるような歳でもないだろ」
     からかい交じりに肘で小突く。
     元々クロウの導き手であった深淵の魔女からある程度の助言を受けていたが、あの日彼に声をかけたのはほんの 765

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/今宵食べられたい
    「今日で三週間、か」
     バツの並ぶカレンダーを睨んだリィンは肩を落とした。
     クロウとセックスをしなくなってかれこれ三週間経つ。合間に二度ほどお互いの休息日が重なったものの、ベッドのなかでそわそわして待つリィンを置いて、彼は隣りで熟睡していた。
     ふたりで暮らしはじめてはや二年。
     同棲一年目は、ふたつ並んだ歯ブラシや二人分の食器にさえ喜んでいたものだった。
    「飽きた、とか」
     口からこぼれた言葉に首を振った。
     男を抱くのは確かに面倒だ。それでも毎回リィンがひとりで事前準備するのを、手伝わせろと文句をつける彼が飽きたとは到底考えられなかった。
    「……いつもクロウに誘われるばかりなんだ。俺からも誘ってみよう」
     随分前にⅦ組生徒一同からだとミュゼらから贈られた箱を開ける。
     ちょうど明日はふたりの休息日。リィンは今夜、クロウを誘う決心をした。
    「お、リィン風呂遅かったな。そろそろ寝るぞ」
     ベッドサイドの灯りで本を読んでいたクロウがこちらに目を向ける。分かりやすく固まった彼に歩み寄り、ベッドに乗り上げた。理性を捨て切れず羽織ったバスローブの下で擦れる薄着が擦れてむず痒い。
     これからク 800

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/ティナ視点/わたしの大好きな人
    創ed後
    リィン・シュバルツァーがトールズ士官学院、リーヴス第二分校に勤務する話を聞かされたアルティナ・オライオンはそうだろうなと妙な納得を得ていた。
     政府からの要請だろうと市民を守ることを第一に考える彼のことだ。上官の命令には逆らえない軍へ入る事態は元々想定していなかった。
     ノーザンブリア併合の際、鬼の力に振り回されていた彼の姿が脳裏をよぎる。三日間眠り続ける彼に付き添い、ただただ目覚めるまで待つしかなかったあの日々。
     胸のなかを占める焦燥感が理解できなかった。
    「――今後の任務は」
    「変わらない。今後も彼の支援についてくれ」
    「了解しました」
     その場を辞したアルティナは、そのまま彼の勤務先に潜入するべく行動を開始した。
    「アルティナ、こんなところにいたのか」
     キャンバスに落としていた絵筆を持ち上げ、声の主を振り返る。そこには陽だまりのような眼差しがあった。
     あの日感じた焦燥感がなんなのか、今のアルティナには理解できた。これが、守りたかったものだ。
     巨イナル黄昏を乗り越えてもなお、彼は寂しい顔を隠している。アルティナでは支援できないのも理解していた。彼の寂しさを埋められるのは、今 748

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/創ed後/乱されるなら夜がいい
    「ということで、今日は茶道部の見学に来ていただきます」
     学院祭を終えたある日の放課後、二年生に進級したミュゼが教卓に立ちそう言い放った。
    「んだよエセふわ」
    「先月、クロウさんたちと軽音楽部の部活見学に行かれたそうじゃないですか。ズルいです。リィン教官には他の部活も見学する義務があると思います」
     リィンの腕にしなだれかかるミュゼは頬を膨らませている。同様に学院へ残り、今年から生徒会長を務めているアッシュは嫌そうに顔を顰めた。
     結局、日替わりで各部活を巡ることに決まり、初日である今日はミュゼの所属する茶道部を見学する流れになった。
    「着物まで準備していたんだな」
     赤を基調にした東方由来の着物へ袖を通したリィンは帯を整え、一息つく。クラスメイトの着物もそれぞれしっかり用意していた彼女によりⅦ組の面々も見学に同行していた。
    「もちろんです。クロウさんの分も用意していますので、後ほどお渡しくださいね」
     渡された深い蒼を基調とした彼らしいそれに目を細める。ふたたび旅に出た彼を思い、そのうちなと曖昧に笑った。
    「んで、それがこの着物つーわけか」
     先に自身の着物へ袖を通したリィンはクロウ 789

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    新年初めての朝/創から数年後
    クロリン
    シーツから出た腕が冷え、目が覚めた。
    「クロウ……?」
     日の出を迎え、明るい室内に瞬く。
     昨夜、年越し祝いに彼とふたりで酒を数本あけたところまでは記憶があった。
     隣りにあるはずの体温を探していた腕をふたたび引き入れ、寝返りを打つ。頭痛に耐えながら裸体にシーツを巻きつけた。
     腰周りには馴染みのある鈍い痛み。足の付け根にも痛みがあり、受け入れたような感触も残っていた。
     お互い話さないでもなんとなく昨夜はそういうことになるだろうとは予想していたが、深酒が祟って記憶が途切れてしまうのは想定外だった。
    「お、リィン起きたか。気分はどうだ」
     嗅ぎ慣れた爽やかなハーブティーの香りに知らず知らずため息が出る。
     寝室の扉を開けたクロウがトレイにポットを乗せ入ってきた。
     渡されたカップを両手で包み、ゆっくり口に含む。二日酔いで気だるい身体によく染み込んだ。肩から落ちかけたシーツを手繰り寄せる彼は今日も甲斐甲斐しい。
    「クロウ、その」
    「ぶっちゃけ、どのへんまで覚えてる」
     まだ痛む眉間を揉み、言葉を濁す。
     クロウの手が髪を梳くように頭を撫でた。柔らかい声音におずおず口をひらく。
    「ブラン 789

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/十二月三十一日
    ⅡとⅢのあいだ
    キンと冷えた空気を肺いっぱいに吸い込む。
     十二月三十一日。今日はリィンのクラスメイトであり、敵であり、悪友であった男の命日だ。彼を失ってからもう、一年の歳月が経とうとしている。
    「さて、行くか」
     トリスタにある第三学生寮を出発したリィンはヒンメル霊園に向かう途中、花屋に寄って小ぶりな花束を見繕った。
     クロウの墓前に供えるための花束だ。
     店員には見栄えのあるそれを幾度も勧められたが、そのなかでも大人しそうなものを選んだ。
     冬の空気が頬を撫でる。灰色の雲に覆われた空からは今にも雪が降ってきそうだった。
     導力バイクで到着したヒンメル霊園は閑散としていた。
     年の瀬は家族で過ごす者が多い。
     リィンも例外ではなかったが、いつ出されるとも分からない政府からの要請にクロウの命日もあり、落ち着いてから帰省する旨を手紙にしたためていた。ユミルにいる両親も分かってくれるだろう。
     がらんどうな霊園をひとり登っていく。クロウの墓石に膝をつき、持ってきた花束を供えた。
    「クロウ、久しぶりだな。なかなか来れないけれど。今日だけはどうしても来たくて」
     彼の名前が刻まれた墓石を撫でる。冷たい石の感触 809

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/六月の憂鬱/Ⅰの頃の話
    改稿
    「リィンくんいつもありがとうね」
    「そんな、俺は手伝いをしているだけなので」
     もはや恒例となった生徒会の手伝いを終えたリィンはその報告をしに生徒会室を訪れていた。生徒会長であるトワへの報告を済ませ、彼女から礼を受け取りその場を辞した。
     朝から少し、身体が重い。指を引っかけネクタイを緩めた。
     六月に入ってから初めての中間試験、実技試験に加え、ノルド高原での特別実習。これくらいで疲れてしまうほど柔ではないつもりだったが、身体の疲れを意識した途端に頭痛までしてきた。早く寮へ戻って寝てしまおうと歩く速度を上げた。
    「よっ、後輩くん。またトワのお手伝いか」
     学生会館からトリスタにある第三学生寮へ帰る途中だった。
    話しかけてきたクロウは寮へ帰るリィンに並んで歩きはじめる。彼の寮もトリスタにあるのだから、途中まで同じ帰り道になるかとひとり納得した。
    「クロウ先輩。ええ、そうですね」
    「ふうん? 後輩くん、バンザイ」
    「え、あっはい」
     言われるまま両手をうえに挙げる。リィンの腹から背中に回った手に驚いている間に彼の肩へ担ぎ上げられていた。
    「う、わっ」
     視界が回る。目の前にある緑の背中へ手 803

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリンⅣED後/幼い恋人
    ク幼児化
    巡回魔女として地脈を鎮める旅をしているエマから珍しく通信が入った。ちょうど現在駐留している演習地付近だったこともあり、リィンは急ぎ彼女の元へと向かった。
    「ク、ロウ……?」
    「おう」
     待ち合わせに指定された酒場にいたのはエマと不機嫌を露わにするクロウだった。床に届かない足を揺らしてはいるものの、間違いなく彼だ。垂れた目尻はそのままに、なだらかだった頬骨の曲線はまろく幼い。背格好もリィンの半分にも満たなかった。
     見慣れない彼のつむじをまじまじと観察していると、彼の鋭い視線が刺さる。
    「どうやら姉さんの仕業みたいで」
     エマの姉、彼女と同じく魔女でありクロウの導き手だったクロチルダの仕業だと語るエマは数日経てば戻るというクロウを託して再び巡回へ戻り、子どもひとりで旅は続けられないからとクロウはそのままリィンとともにリーヴスへ帰ってきていた。
    「本当にクロウなんだな」
     自室で膝のうえに抱えたクロウの幼い手のひらをふにふに握る。繋ぐとリィンより少し大きな彼の手が、今はすっぽり包み込めた。
    「それにしても、ふふ」
     幼い彼を連れ歩いているせいで生徒らにからかわれるリィンの足にしがみつき、逐 768

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    ものぐさを後悔した日/クロ+リン/ノーパン
    「エリゼに知られたら怒られそうだ」
     溜め込んだ洗濯物をどうにか洗濯機へ詰め込んだリィンは肩を落とした。
     流石にエリゼが女学院にいた頃のように片付けをしに来ることはなくなったものの、定期連絡も兼ねた通信で洗濯物は溜めないよう、掃除は定期的にするよう苦言を呈されていた。
     それを忙しいを言い訳にのらりくらりと躱していたら、とうとう今朝になって替えの下着がなくなってしまったのだ。
     妹に知られでもしたら面倒な予感しかない。
     ひとまず今日が自由行動日であることに感謝して下着を身につけていないことを誰にも悟られないよう、今日一日乗り切ろうと誓った。
     そんな日に限って予定は入る。
     夕方頃、リーヴスの近くに立ち寄るというクロウから通信が入った。
     旅に出てからもこうして顔を見せに来てくれる彼の心遣いは嬉しいのだが、いくらなんでも今日は無理だ。彼に会えないと断りをいれようとして、結局リィンの自室で会うことになった。酒は各地からクロウが送ってきたものを、つまみも道中で仕入れてくるからとお膳立てされてしまえば容易には断れなかった。
     ARCUSⅡ片手に、まだ回っている洗濯機を呆然と見つめる。夕方 868

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    英雄が死んだ日/クロ+リン/創数年後
    トワの眼前で灯りを消した。焦点の合っていなかった目に生気が戻る。
    「――あれ、クロウくんが分校に来るなんて珍しいね」
     それまでのやりとりがなかったかのように話しはじめる彼女に胸を撫で下ろした。
    「おう、ちょっとヤボ用でな」
    「そうなんだ。えっと、そちらは」
     クロウの隣にいたリィンが居心地悪そうに背後へ隠れる。人見知りなんだと告げるとくすくす笑って初めましてとトワが挨拶した。
    「じゃ、もう行くわ」
    「うん。そちらの人も」
     手を振る彼女に会釈するリィンの横顔は泣き出そうなそれだった。震える彼の手を取り、リーヴス第二分校をあとにする。
     死期が近い。クロウにそう告げた彼はひとつ依頼をしてきた。内容は、古代遺物を用いてリィンの記憶のみ消去してほしいというものだった。
     自身の死後、悲しむ顔が見たくないと語る彼はエリュシオンの見せた別の因果が深く影響しているのだと察した。またあの光景を見たくないのだろう。
     みなに死期が近いことを伝え、ともに最期の時間を過ごしたほうが彼のためだ。しかし、クロウはそれをリィンへ伝えなかった。
     彼から依頼を受けてすぐにゼムリア大陸各地へ散らばる関係者の元を巡 762

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ+リン/手合わせ願います
    戦闘シーン練習
    右から飛んできた拳を避け、足払いする。当然避けられ、距離をとったリィンが身構えた。
     来る。軸足を踏み込んだ彼によって一気に距離が詰められる。早い。
    「くっ」
     重い手刀をクロウは肘から上で受けた。衝撃で眉根が寄る。まともに受ければ骨を損傷していた。
     彼の扱う無手の型は武器のない状態で使用する技だと聞いてはいたが、威力の程度は知らなかった。
    「まだだ!」
     ガードの空いた腹を狙って放たれた足を掴んで転ばせる。瞬間、頬を彼の踵が掠めた。
    「おいおい、随分お行儀が悪くなったじゃねえか」
    「誰かさんのお陰でな」
     転んだ拍子に地面に両手をつき、身体全体をばねにして跳ねてみせた彼はコートについた埃を払っている。
     未だ痺れの残る腕を振り、ふたたび戦闘態勢に入ったリィンと対峙した。
    「それで、決着はついたんですか」
     無感情に見下ろすアルティナに首を横に振った。もう一言も話す余裕がない。隣で同じように転がっているリィンも同様だった。
    「かわいい生徒ほったらかしにしてよくやるよな」
     アッシュに言われ、最初は訓練終わりに見本として手合わせしはじめたことに思い至る。途中からお互い夢中になって止まら 867

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロ←リン/プレゼント捕獲失敗
    「これは……、ぬいぐるみ?」
     生徒一同から教官へのクリスマスプレゼントだと渡された包みを開封したリィンは、あまりに想定外の中身でうろたえた。
     入っていたのは三〇リジュほどのファンシーなぬいぐるみだ。
    「はぐはぐシリーズなのですが、このふたつは特注品です。リィン教官とクロウさんを模してみました」
     ミュゼが率先して説明してくれるなか、改めて中身をよく見た。確かに彼女の言うとおり、相棒と自身をそれぞれ模しているのがよく分かる。凜々しい眉や垂れた目尻も忠実に再現されているはぐはぐクロウに頬を綻ばせた。
    「本当は、リィン教官には本物をプレゼントしたかったんです」
     はぐはぐクロウの手を握っていると、アルティナが不機嫌を隠さず言った。
    「そうなんですよね。かなり捜索範囲を広げたのですけれど」
    「ミリアムお姉ちゃんも、見つけられなかったそうで」
    「遊撃士協会にも依頼を出したんだがな」
    「父や兄からも見つかったと連絡がなく」
    「ロイドさんたちにもクロスベルの方面を探してもらったのにダメだったんです」
     生徒らが口々に嘆いて肩を落とす様に驚き目を瞬いた。
     旅に出てから一度も会いに来ない彼のことを 847

    甘味。/konpeito

    TRAINING本日の800文字チャレンジ
    クロリン/メリークリスマス
    一足早いですが、思いついたときに書きたい人
    ユミルほどではないが、冬のジュライは寒い。
     リィン・シュバルツァーは港の欄干に身を預け、波が次々に砕けていく様をなんともなしに眺めていた。港に停泊している船は暗い闇の波間に揺れ、静かだ。
    「見つけた。ここにいたのか」
     後ろからリィンより大きな身体に抱きすくめられ、穏やかな声が降ってくる。見上げるように振り向くと、垂れた目尻をますます下げた恋人、クロウ・アームブラストだった。
    「クロウ。少し海が眺めたくて」
    「やっぱり山育ちには珍しいもんかね」
     彼の顎が肩口に乗せられる。寒い、寒いと言いながら彼のコートはしっかりリィンを包んでいた。
    「過保護」
    「俺も暖をとれるからいいんだよ」
     抱き込む彼に寄りかかる。びくともしない。リィンもそれなりに鍛えていると自負しているが、得物が太刀であり、元々の体質も手伝って彼ほどしっかりした筋肉は未だに得られていない。
     悔しさをぶつけるようにますます背後に体重を預けた。
    「これだけ寒けりゃ雪でも降るかもな」
     独り言のようなそれが白い息に交じる。吹き付ける海風に晒された鼻頭も赤くなっていた。
    「積もるか?」
    「わくわくすんな。お前んところほどじゃない 840