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TRAINING9/10ワンライお題【合宿・月】
外務省の子女たちの合宿を監督することになった狡噛と宜野座が川の近くで取り留めもなく喋るお話です。
死んだっていいわ 深夜、川べりでのキャンプファイヤーに気を良くした学生が、メディカルトリップでない本物の酒に手を出すのにはそれほど時間はかからなかった。俺と狡噛は確かに彼ら——外務省高官の子女たち——を監督する立場にあったのだが、何せ彼らからは距離があったので、合宿にはしゃぎパーティーを始めた子どもたちに気づくまでには時間がかかった。それに監督といったって、危険な侵入者から彼らを守るのが俺たちに期待される行動であって、健全な合宿生活を送れるようにする教師の役割は求められていない。あくまでも俺たちは彼らの警護を仰せつかっているのであって、その守るべき存在が勝手に馬鹿をやるのなら止める方法はなかった。
ちなみに今回の合宿は、最終考査が終わり、学生生活が終わり、その思い出づくりで行われたものらしい。多くが中央省庁に就職が決まったエリートたちだから本当の馬鹿はやらないだろうが(たとえば違法なストレスケア薬剤に手を出すとか)、アルコールを許すかどうかは微妙なラインだった。酒はその依存性から、現在では煙草と同じく色相を曇らせるものとして扱われている。俺の隣でスピネルを嗜んでいる潜在犯がいい例だ。彼の現在のサイコ=パスは知らないが、俺よりも濁っているのは確かだろう。それに俺も人のことは言えないくらいの色相だ。健全な学生たちが一夜だけ楽しむくらい、見逃してやってもいいのかもしれない。そう思い、俺は報告書に彼らがアルコールを楽しんだのは書いてやらないことにした。
3001ちなみに今回の合宿は、最終考査が終わり、学生生活が終わり、その思い出づくりで行われたものらしい。多くが中央省庁に就職が決まったエリートたちだから本当の馬鹿はやらないだろうが(たとえば違法なストレスケア薬剤に手を出すとか)、アルコールを許すかどうかは微妙なラインだった。酒はその依存性から、現在では煙草と同じく色相を曇らせるものとして扱われている。俺の隣でスピネルを嗜んでいる潜在犯がいい例だ。彼の現在のサイコ=パスは知らないが、俺よりも濁っているのは確かだろう。それに俺も人のことは言えないくらいの色相だ。健全な学生たちが一夜だけ楽しむくらい、見逃してやってもいいのかもしれない。そう思い、俺は報告書に彼らがアルコールを楽しんだのは書いてやらないことにした。
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TRAINING9/3ワンライお題【花火・行方】
雨で順延になってしまった花火大会を残念に思う狡噛さんを、宜野座さんがマーケットに連れ出す話です。ご飯を食べたり、マフィアの末端から聞き出した取引を追ったり、花火をしたりします。
花火の雨 大雨が降って、狡噛が楽しみにしていた花火大会が順延になった。俺は中止になったんじゃない分よかっただろうと思ったのだが、彼はそうではなかったらしく、大きく落ち込んでいた。俺はそれが珍しく、面白く、暗闇の中雨が降りつけるベランダで未練がましくハイネケンの瓶ビールを飲む恋人を見つめながら、さて、どうやって慰めるかなんてことを思っていた。
出島での花火大会は珍しくない。ここでは宗教行事と結び付けられることの多いそれは、クリスマスや新年を祝う時、旧正月を祝う時などに何発も豪華に上がった。思うに狡噛は花火が見たかったのではなく、そういう雑多な行事、東京にいては感じられない移民たちの生の生活が見たくて、それが叶わなくて落ち込んでいるのだろう。
2694出島での花火大会は珍しくない。ここでは宗教行事と結び付けられることの多いそれは、クリスマスや新年を祝う時、旧正月を祝う時などに何発も豪華に上がった。思うに狡噛は花火が見たかったのではなく、そういう雑多な行事、東京にいては感じられない移民たちの生の生活が見たくて、それが叶わなくて落ち込んでいるのだろう。
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TRAINING8/27ワンライお題【きらきら・歯ブラシ】
出島の夜景を見る狡噛さんと宜野座さんが、征陸さんの昔話をするお話です。
光の連なり 歯みがきを終えてリビングに行くと、ベランダに続くガラス窓が開いていた。俺はまた狡噛が煙草を吸いに出たのかと思い、蒸し暑い風が吹き込んで来るその窓をくぐる。するとやはり彼はスピネルを咥え、空になったハイネケンの瓶ビールを足元に置いていた。
狡噛が見つめているのは高層ビル群のきらきらとした夜景と、その裏側に位置する猥雑な地域のどぎつい色味のネオンだった。彼はそれを等しく愛しているように思えて、俺はそんな恋人の仕草に安心感を覚えた。
狡噛は等しく人を愛する。博愛主義者と言ってもいい。赤の他人のために大切な全てを捨てられる人間なのだ、彼は。槙島に出会う前の彼を知っている者ならきっとそれを理解してくれると思うが、あの男に出会ってしまった後の彼しか知らない者なら、それも難しいかもしれない。何せ狡噛は長くあの犯罪者に執着していたので、そのせいで自分が身につけてきた者全てを捨ててしまっていたので。
2815狡噛が見つめているのは高層ビル群のきらきらとした夜景と、その裏側に位置する猥雑な地域のどぎつい色味のネオンだった。彼はそれを等しく愛しているように思えて、俺はそんな恋人の仕草に安心感を覚えた。
狡噛は等しく人を愛する。博愛主義者と言ってもいい。赤の他人のために大切な全てを捨てられる人間なのだ、彼は。槙島に出会う前の彼を知っている者ならきっとそれを理解してくれると思うが、あの男に出会ってしまった後の彼しか知らない者なら、それも難しいかもしれない。何せ狡噛は長くあの犯罪者に執着していたので、そのせいで自分が身につけてきた者全てを捨ててしまっていたので。
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TRAINING練習問題⑨問二:赤の他人になりきる
視点は自分と意見の異なる人物にすること。
彼女の赦し 課長室のソファに座り、テーブルで昼食を取っていると、法定執行官となった先輩が現れた。彼女は今は私の部下だ。今までの何でも私に指示をしていた人とは違う。
「一緒に食べてもいい?」
彼女の手には公安局内で売られているサンドイッチの包みがある。私はそれに「いいですよ。私はすぐに終わりますけど」と返し、また弁当に箸をつけた。塩鮭、卵焼き、桜でんぶ、プチトマトにブロッコリー、それから白米にふりかけ。質素なものだ。想像していた課長としての生活とは違い、豪華な昼食を取ることもままならない。
「いいの、一人きりだとさすがに寂しいから。それに私早食いだよ」
先輩が言う。私はそれに胃がきりきりした。私は先輩の祖母を東金に差し出した張本人だ。彼女の仇と言ってもいい。なのに先輩はそんな私に優しくする。消去法で言ったら、あの東金に情報を差し出した人間なんて、頭のいい先輩だから気づいているだろうに。
951「一緒に食べてもいい?」
彼女の手には公安局内で売られているサンドイッチの包みがある。私はそれに「いいですよ。私はすぐに終わりますけど」と返し、また弁当に箸をつけた。塩鮭、卵焼き、桜でんぶ、プチトマトにブロッコリー、それから白米にふりかけ。質素なものだ。想像していた課長としての生活とは違い、豪華な昼食を取ることもままならない。
「いいの、一人きりだとさすがに寂しいから。それに私早食いだよ」
先輩が言う。私はそれに胃がきりきりした。私は先輩の祖母を東金に差し出した張本人だ。彼女の仇と言ってもいい。なのに先輩はそんな私に優しくする。消去法で言ったら、あの東金に情報を差し出した人間なんて、頭のいい先輩だから気づいているだろうに。
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TRAINING練習問題⑨方向性や癖をつけて語る
問一:A & B
二人の登場人物を会話だけで提示する。
AとBの事件「だからさ、それは間違ってるんだ、前提条件がまずおかしい」
「前提条件? 犯人がいる、被害者がいる、それのどこがおかしい?」
「犯人には背景があるべきだろう? なのにこの犯人はとってつけたような犯罪を突然犯しただけで、何の理由もなく女を殺しているんだ」
「無秩序型の犯人かもしれないじゃないか」
「じゃあ無秩序型を再定義しよう。社会不適応で、孤立していて、それほど知能も高くない。外見に無頓着で衛生状態の悪いところに住んでいて、総じて無秩序だ」
「そのままじゃないか。この女は突然殺された。理由もなく。それに犯人が残していった残留物も多い。ダンゴムシにかかればすぐにD N Aが特定される」
「でもダンゴムシはまだデータを寄越さない」
884「前提条件? 犯人がいる、被害者がいる、それのどこがおかしい?」
「犯人には背景があるべきだろう? なのにこの犯人はとってつけたような犯罪を突然犯しただけで、何の理由もなく女を殺しているんだ」
「無秩序型の犯人かもしれないじゃないか」
「じゃあ無秩序型を再定義しよう。社会不適応で、孤立していて、それほど知能も高くない。外見に無頓着で衛生状態の悪いところに住んでいて、総じて無秩序だ」
「そのままじゃないか。この女は突然殺された。理由もなく。それに犯人が残していった残留物も多い。ダンゴムシにかかればすぐにD N Aが特定される」
「でもダンゴムシはまだデータを寄越さない」
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TRAINING練習問題⑧声の切り替え
問二:薄氷
読者に対する明確な目印なく視点人物のPOVを数回切り替えながら書くこと。
サンシャイン・オブ・ラブ2 ラジオを聴くのをやめた狡噛は、ソファの隣に座り、デバイスを操作する恋人のうなじにキスをした。拒否はされなかった。宜野座は基本的に狡噛の欲望を拒否しない。愛されていると思うが、彼が仕事でヘマをした時は別だった。彼は罰されたいと思っている。狡噛の青い目で、宜野座は罰されたいと思っている。宜野座は狡噛の深い青い目を見つめつつ、自分からワイシャツを脱ぎ始める。それがまるで最初から決まっていたかのように、決まりごとを自分で処しているだけのように。だが、狡噛にとってそれはショックな出来事だった。隙間を埋めるようなセックスが嫌いなわけではない。ただ、そんなものに自分が関わるということを、狡噛は少し恐れているきらいがあった。狡噛は愛を知って生きてきた、いや、愛を疑わず生きてきた。それは宜野座とは全く違った生き方で、佐々山を失った時ですら、執行官に堕ちた時ですら、宜野座の愛を疑うことはなかった。それで無茶もしたし、彼には迷惑もかけただろう。だが狡噛は、それでもやはり自分は愛されていると思っていたのだ。だが宜野座は違った。幼い頃から潜在犯の息子として一人生きて来た彼にとって、狡噛の傲慢とも言える愛情は毒のようなものだった。ラジオを使った愛の告白が嫌だったわけじゃない。あれが彼の本心だと宜野座は断言出来る。もうすぐ夜が開ける/朝日が疲れたまぶたを閉じさせる時/もうすぐ俺の愛するお前の側に行くよ/お前に驚きの全てをやるために向かってるところだ/今すぐダーリン、お前の側へ行くからさ/星たちが降り落ちて来たら、俺がお前と一緒にいるから。きっと歌の通りに夜が明ける時狡噛は宜野座の隣にいるのだろう、いてくれるのだろう。だが、宜野座はワイシャツを脱ぎ、狡噛にまたがりながら、それを信じられないでいた。狡噛は戻ったというのに、いつかこの安寧が破られやしないかと、そう思ってしまったのだ。狡噛はそんな身の入らないセックスをしようとしている宜野座を見て、かわいそうに、と思った。それも傲慢な感想だったが、彼の心からの理解だったのは事実だ。狡噛はそんな可哀想な恋人にキスをしてやりながら歌をつぶやいた。俺ったら、もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ/お前の愛が輝く陽の光の中で。お前は拒否するかもしれないが、理解出来ないというかもしれないが、それが事実なんだ。二人はキスをする。狡噛は優しいそれを
1124時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑧声の切り替え
問一:三人称限定視点を素早く切り替えること。切り替え時に目印をつけること。
サンシャイン・オブ・ラブ1 狡噛は移民向けのラジオを聴いていた。古いチューナーから漏れ出るそれは、大昔のサイケデリックロックのラブソングだった。もうすぐ夜が開ける/朝日が疲れたまぶたを閉じさせる時/もうすぐ俺の愛するお前の側に行くよ/お前に驚きの全てをやるために向かってるところだ/今すぐダーリン、お前の側へ行くからさ/星たちが降り落ちて来たら、俺がお前と一緒にいるから。狡噛はソファに沈み込みながらそれを口ずさむ。隣に座る宜野座は歌詞を分かっているのか、時折深いため息をつく。きっと浮かれている自分がおかしいのだろうと狡噛は思う。今夜は金曜の夜で、明日は休みだ。それが自分をおかしくさせるのだと狡噛は思う。明日は休みだ、いつまででも寝ていたっていい。どんなに酷いセックスをしたっていい。俺ったら、もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ/お前の愛が輝く陽の光の中で。それは自分のことのように思えたし、そう感じるのは尊大である気もした。エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー。イギリスのロック界のレジェンドたちの歌は、投げやりだが耳どころか心にも響く。
953時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑦視点(POV)
追加問題:一人称で別の物語を書く。
煙草の煙に消えるものは5私が死んだその部屋に、数人の男と一人の女が入って来た。私はこの部屋に突然入って来た銃を持つ、明らかに薬をやっている男に囚われ、殺された。彼らはその男を私が死んだ後に確保した。私はそれを残念に思ったが、それが彼らの限界だったのだろう。だが、長髪の男はまだ何かを考え込んでいるようだった。部屋の隅に立ち、私の血で汚れた部屋を見つめている。その時、彼の後ろについていた男が煙草に火をつけた。私はそれを鎮魂の祈りのようで歓迎したが、長髪の男はそうではなかったらしく、彼に煙草を止めるように言った。そして煙草の男は、携帯灰皿にまだ長い煙草をにじり消した。畳の上には割れた茶碗や、私がまだ手をつけていなかった食事が湯気を立てて転がっている。私はそれを残念に思ったが、私はもう死んでしまっているのだった。彼らは傍観者でしかない。それにあの犯人も人を殺したのだ、公安局によって執行されるだろう。
389時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑦視点(POV)
問四:潜入型の作者
煙草の煙に消えるものは4そのポニーテールの男、宜野座伸元が部屋の隅に立った時、彼は友人の狡噛慎也の方から煙草の匂いを感じた。それに宜野座は窮屈そうに抗議した。彼は優秀な狙撃手だったが、今回の事件、つまり立てこもり犯が被害者を射殺してしまった事件についてヘマをやらかしていた。そう、犯人を確保するために撃つための銃が、ジャムを起こしたのだ。だから宜野座は部屋のあちこちに飛び散る血を見、畳の上に転がった割れた茶碗を見、まだ湯気を立てる手付かずの料理を見つめて煙草を吸わないように狡噛に求めた。宜野座は元は執行官だったから、今も事件のかけらを探しているのだ。先に現場に入った須郷徹平や花城フレデリカがダンゴムシと呼ばれる鑑識ドローンを操作して事件をあらかた検分し終えてしまっても、それでも自分の嗅覚を信じていた。そして狡噛は煙草を携帯灰皿ににじり消した。彼はこんな時友人である宜野座に逆らわない方がいいと思っていた。それは暗黙のルールで、ヒエラルキーのようなものでもあった。
423時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑦視点(POV)
問三:傍観の語り手
煙草の煙に消えるものは3私が見たのは、狡噛の煙草に抗議する宜野座の姿だった。今回の事件は悲惨だったから、それも仕方ないのかもしれない。私は須郷と共にあらかた事件をダンゴムシを使い捜査を終えたが、宜野座がまだ何か猟犬の嗅覚に頼っていることは分かった。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺し、それを須郷が確保したものだった。宜野座は狙撃手として隣のビルに待機していたが、彼が役に立つことはなかった。いや、役に立つ機会はなかった。血が飛び散る部屋には、茶碗が転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。花城は宜野座と狡噛を見守った。すると狡噛は驚くほど早く煙草を携帯灰皿でにじり消した。宜野座はそれに納得したのか、また事件現場に潜る。私はそれを見て暗澹たる気持ちになった。彼はまだ猟犬であった時代が忘れられていないのだと、そう思ったのだ。
363時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑦視点(POV)
問二:遠隔型の語り手
煙草の煙に消えるものは2その背の高い男たちが三人、そしてこれも長身の女が一人部屋に入ると、すぐさま立てこもり事件の捜査が始まった。一番歳の若い男と、その上司である女は事件現場を真っ先に検分した。しかしそれほどの収穫はなかった。あちこちに散らばる茶碗は割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てていた。それを見ていたポニーテールの男が、煙草を咥えた男に窮屈そうに抗議した。狡噛、やめろと。今回の事件の被害者を救えなかったことを、狙撃手であるポニーテールの男は後悔しているようだった。それに煙草を咥えた男は携帯灰皿で火を消す。彼らは友人同士だったが、こういう時はヒエラルキーが存在した。いわく、不機嫌な友人には逆らわないということだ。
304時緒🍴自家通販実施中
TRAINING練習問題⑦視点(POV)
問一:二つの声
①単独のPOV(三人称限定視点)
②別の関係者一人のPOV(三人称限定視点)
煙草の煙に消えるものは1① 狡噛は宜野座が部屋の隅で立ち止まったのを良いことに、煙草に火をつけた。ずっとヤニ切れだったから、とにかく吸いたくてたまらなかったのだ。ここは事件現場だが、たったそれだけのことで証拠は失われないだろう。花城も須郷も、事件現場を検分し終わった。それにもうこの部屋の匂いは覚えていた。違和感はなかった。しかし当然ながら、宜野座はそれに抗議した。狡噛、やめろと、どこか窮屈そうに。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺して確保されたものだった。その証拠に、部屋のあちこちには血が飛び散っている。茶碗は転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。狡噛はそれにすぐに煙草を携帯灰皿に消した。こういう時、この友人には逆らわない方がいいことを本能的に知っていたからだ。
700時緒🍴自家通販実施中
TRAINING8/20ワンライお題【涼やか・夏野菜】
エアコンが壊れた部屋で酔っ払った狡噛さんが管を巻いて宜野座さんに絡むお話です。
夏のあやまち 狡噛の部屋に入ると、そこは蒸し風呂といってもいいような場所だった。窓は大きく開け放たれているのだが、そこから夕暮れ時の太陽の光が入って来ていて、余計に夏の暑さを感じさせるのだ。窓際に吊るされた風鈴だけが涼しげというか、和の雰囲気を持つ風流なもので、俺はそれだけでこの暑さを乗り切ろうとしている恋人に少々呆れてしまった。
「狡噛、どうしたんだこれは……」
俺は外よりも蒸すここで吹き出す汗を拭いながら、ソファに座る彼に向かって言った。すると狡噛は疲れた顔をして、「ギノ、来たのか」と答えた。あぁ、来たさ、約束していたからな。今日は俺が夕食の当番だったから、出島に新しく出来た日本料理屋のデリで、この暑さでも食べられそうな夏野菜と豚肉の大根サラダや、なすの揚げ浸し、とうもろこしご飯や冷汁なんかを買い求めてこの部屋にやって来た。しかしそれにしてもここは暑すぎる。西日が差しているのを差っ引いても、暖房でも入ってるんじゃないかってレベルだ。
2513「狡噛、どうしたんだこれは……」
俺は外よりも蒸すここで吹き出す汗を拭いながら、ソファに座る彼に向かって言った。すると狡噛は疲れた顔をして、「ギノ、来たのか」と答えた。あぁ、来たさ、約束していたからな。今日は俺が夕食の当番だったから、出島に新しく出来た日本料理屋のデリで、この暑さでも食べられそうな夏野菜と豚肉の大根サラダや、なすの揚げ浸し、とうもろこしご飯や冷汁なんかを買い求めてこの部屋にやって来た。しかしそれにしてもここは暑すぎる。西日が差しているのを差っ引いても、暖房でも入ってるんじゃないかってレベルだ。
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TRAINING8/16 狡噛さんお誕生日おめでとうございますSSです。誕生日に自分で料理を作ろうとした狡噛さんが、あろうことか幼い売春婦を買って理由を知らない宜野座さんが激怒して?というお話です。
真夜中の昼食 誕生日だというのに、狡噛は自分で夕食を作ると言って聞かなかった。俺はそれに少し困惑して——というのもこの日のために出島のホテルを予約していたからなのだが——、けれど言い出したら押さえ込めない彼のことだったので、仕方なく従うことにした。俺たちはもうそろそろいい歳だから、大袈裟に祝うことでもないと思ったのかもしれない。けれどこんな日くらい非日常を味わってもいいのにと、俺は思わずにはいられなかった。
「出島のマーケットで準備するから、連絡したら俺の部屋に来てくれよ」
そう甘くかすれた声で言われてしまうと、俺はもう反論出来なかった。誕生日だ、一体どんなことをしてやろう。何をしたら彼は喜ぶだろうか。俺は勝手な妄想にひたり身体の隅々まで綺麗に洗って、彼からの連絡を待った。だが日にちを跨いでも、狡噛からデバイスにコールが来ることはなかった。
3085「出島のマーケットで準備するから、連絡したら俺の部屋に来てくれよ」
そう甘くかすれた声で言われてしまうと、俺はもう反論出来なかった。誕生日だ、一体どんなことをしてやろう。何をしたら彼は喜ぶだろうか。俺は勝手な妄想にひたり身体の隅々まで綺麗に洗って、彼からの連絡を待った。だが日にちを跨いでも、狡噛からデバイスにコールが来ることはなかった。
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TRAINING8/13ワンライお題【怪談・山】
山で不思議なおじいさんを見た狡噛さんが中国の故事を持ち出して色々喋るお話です。
月夜の壺 任務を終え、月が大きな夜中に、木々の連なる山の中をバンで移動していた時の話だ。
花城は珍しくアイマスクをして眠り入り、須郷は勤勉にもデバイスで報告書を書いていた。俺は愛用の銃の手入れをしていて、狡噛は古びた本を小さなライトで照らしながらゆったりと読んでいた。運転手はこちらには話しかけて来ず、俺たちの間に会話はなかった。ただ少しおかしいことに、狡噛はどういうわけか、ふとした瞬間からバンの窓の外を見つめて動かなくなってしまった。本のページをめくる手も止まり、彼は夜中の山の景色に釘付けになっているようだった。
「どうしたんだ?」
俺は不思議に思って、銃の手入れを中断し、恋人に話しかけた。すると彼は狸にでも化かされたかのように「壺を持った老人を見たんだ」と言い、何かを考えるそぶりを見せた。こんな夜中に、こんな山の中を壺を抱えてすごすごと歩く老人か。案外その壺の中には骨が入っていたりして、と、俺は安い怪談のような空想をして、きっとそれとは全く違う想像をしているだろう狡噛を見た。
2357花城は珍しくアイマスクをして眠り入り、須郷は勤勉にもデバイスで報告書を書いていた。俺は愛用の銃の手入れをしていて、狡噛は古びた本を小さなライトで照らしながらゆったりと読んでいた。運転手はこちらには話しかけて来ず、俺たちの間に会話はなかった。ただ少しおかしいことに、狡噛はどういうわけか、ふとした瞬間からバンの窓の外を見つめて動かなくなってしまった。本のページをめくる手も止まり、彼は夜中の山の景色に釘付けになっているようだった。
「どうしたんだ?」
俺は不思議に思って、銃の手入れを中断し、恋人に話しかけた。すると彼は狸にでも化かされたかのように「壺を持った老人を見たんだ」と言い、何かを考えるそぶりを見せた。こんな夜中に、こんな山の中を壺を抱えてすごすごと歩く老人か。案外その壺の中には骨が入っていたりして、と、俺は安い怪談のような空想をして、きっとそれとは全く違う想像をしているだろう狡噛を見た。
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TRAINING8/6ワンライお題【ハーブ・蜂蜜】
海辺で死体で見つかったセラピストの事件を解決した後、夕暮れ時にカクテルやビールを飲みながら自分のことを振り返る宜野座さんのお話です。
さざなみの夢 夏の日の夕暮れ時のことだ。
俺は狡噛とともに、フェンスで囲まれた海辺の内側を歩いていた。高濃度汚染水で満たされた海に入ることは死すら意味するから、プールと間違えて子どもたちが入らぬよう、黄色地にどくろのマークが入った注意書きが一定間隔で、多くの国の言語を添えて掲げられている。そのフェンスには有刺鉄線も付いていて、好奇心で誰も入らぬよう強く海辺近くの歩道を歩く者にメッセージを寄越していた。
だというのに俺たちはさざなみが寄る海辺を歩き、道路脇でプラスチックのボトルに入れられて売られている、カンパリオレンジを飲んでいた。それはハーブのリキュールがきいて美味いカクテルだった。蜂蜜を隠し味にひと匙垂らしたと店主は言っていたから、少し甘味が勝っていたけれども。
2624俺は狡噛とともに、フェンスで囲まれた海辺の内側を歩いていた。高濃度汚染水で満たされた海に入ることは死すら意味するから、プールと間違えて子どもたちが入らぬよう、黄色地にどくろのマークが入った注意書きが一定間隔で、多くの国の言語を添えて掲げられている。そのフェンスには有刺鉄線も付いていて、好奇心で誰も入らぬよう強く海辺近くの歩道を歩く者にメッセージを寄越していた。
だというのに俺たちはさざなみが寄る海辺を歩き、道路脇でプラスチックのボトルに入れられて売られている、カンパリオレンジを飲んでいた。それはハーブのリキュールがきいて美味いカクテルだった。蜂蜜を隠し味にひと匙垂らしたと店主は言っていたから、少し甘味が勝っていたけれども。
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TRAINING7/30ワンライお題【幽霊・筋肉】
出島のマーケットで古い幽霊映画の記録媒体を買ってきた狡噛さんが宜野座さんと一緒に見たり、ビールを飲んだり、SEAUnで撮った写真を見ながら昔の話をしたりするお話です。
夜に浮かぶもの 狡噛はどんな映画でも見るが、今日彼が出島のマーケットで買った記録媒体は、大昔のアメリカの幽霊映画だった。夏だから涼しくなるものを見よう、とでも言うのだろうか? 俺はその単純な考えにまず食傷気味だったのだけれど、彼はこれは貴重な映画なんだ、と言って聞かなかった。見ると呪われる、伝説の映画らしい。かくして俺は一時間と少し、興味も持っていないおどろおどろしいそれを見るわけになり、やけっぱちになってハイネケンのスペシャルダークを数本飲んだ。アルコール度数が七度のそれは少し足をふらふらさせて、映画の中と現実を曖昧にさせた気がする。まぁ、それなりに怖かったのだ、結論から言うと。
「どうだった?」
「幽霊の泣き声が不気味だったかな。探偵が出てきたのはアメリカ映画ぽかった。ちゃんと伏線が張ってあって面白かったよ、割り合い」
2695「どうだった?」
「幽霊の泣き声が不気味だったかな。探偵が出てきたのはアメリカ映画ぽかった。ちゃんと伏線が張ってあって面白かったよ、割り合い」
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TRAINING7/23ワンライお題【ボードゲーム・海】
出島のマーケットでバックギャモンを買ってきた狡噛さんが宜野座さんに映画の話をしたり、ビールを飲んだり、一緒に水風呂に入ったりするお話です。先日アップしたナイトプールのお話と少し続いています。
海に沈む彗星 狡噛は出島のマーケットでなんでも買ってくる。それは彼の趣味である古書から始まり、珍しい皿であったり(大概が貧しさ所以に金持ちが手放した品だった)、持ち主が死んでしまった小さな祈りの像であったりしたが、今回は古びたボードゲームだった。見慣れないそれに俺が一体何だと興味を惹かれていると、狡噛は「バックギャモンだよ」とどこかニヒリスティックに休日の昼間から笑った。
赤と黒の駒がある、サイコロとダブリングキューブ、ダイスキャップがついた四角いボード。それが世界最古にして、今も最も難しいと言われるゲームらしい。彼は将棋や囲碁、チェスなどにも親しんでいたから、嬉々として披露されても大した驚きはなかった。ただ、それに自分がつき合わされるのだとしたら、どうか御免願いたかったが。
2687赤と黒の駒がある、サイコロとダブリングキューブ、ダイスキャップがついた四角いボード。それが世界最古にして、今も最も難しいと言われるゲームらしい。彼は将棋や囲碁、チェスなどにも親しんでいたから、嬉々として披露されても大した驚きはなかった。ただ、それに自分がつき合わされるのだとしたら、どうか御免願いたかったが。
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TRAININGお題 黄昏【見間違い・騙されてあげる・終わらせない】諫早の祭りに違法薬物の売買の検挙のついでに行った狡噛さんと宜野座さんが、学生時代のことを考えたり手を繋いだり来年の約束をしたりする甘い狡宜です。18時の続きです。
光の道 狡噛と諫早の祭りに行ったのは、彼の提案した通り七月末のことだった。
とはいえ俺たちは二人きりだけでなく、行動課全員と、協力を申し出てきた長崎の公安局の刑事課監視官、執行官たちがそこにいた。今夜、ここで違法薬物の大規模な取り引きが行われるとのタレコミがあり、その確実性から俺たちは祭りの他はさびれた街にやって来ていたのだった。公安局は当初情報に及び腰だったが、俺たちが出るとなると出動しないわけにはいかなかったのだろう。祭りが仕事で潰れたことは悔しかったが、それでも夕暮れ時に太い川に浮かぶ灯明と、橋や川辺を飾る明かりが美しく、道ゆく人々はその灯りと終わってしまった太陽に薄ぼんやりと照らされていて俺は見惚れてしまった。そして俺はそれに、古い時代の詩人の短歌を思い出す。
3065とはいえ俺たちは二人きりだけでなく、行動課全員と、協力を申し出てきた長崎の公安局の刑事課監視官、執行官たちがそこにいた。今夜、ここで違法薬物の大規模な取り引きが行われるとのタレコミがあり、その確実性から俺たちは祭りの他はさびれた街にやって来ていたのだった。公安局は当初情報に及び腰だったが、俺たちが出るとなると出動しないわけにはいかなかったのだろう。祭りが仕事で潰れたことは悔しかったが、それでも夕暮れ時に太い川に浮かぶ灯明と、橋や川辺を飾る明かりが美しく、道ゆく人々はその灯りと終わってしまった太陽に薄ぼんやりと照らされていて俺は見惚れてしまった。そして俺はそれに、古い時代の詩人の短歌を思い出す。
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TRAINING7/16ワンライお題【同窓会・手軽な】
公安局ビル占拠事件について聞きたくて狡噛さんに同窓会の連絡をしてきた同級生と、そんな連絡を聞いて胸をざわつかせる宜野座さんのお話です。最後にはラブラブな狡宜です。
あなたとともにいる時 その便りが狡噛に届いたのは、夕暮れ時も終わり、一日も終わりかけた頃、彼の部屋で食事をしている時のことだった。狡噛はチベットで覚えたというラブシャという名の大根と羊肉などを煮込んだスープを振る舞ってくれていて、俺はその料理の辛味に舌をやられながら、空になったグラスに入った氷をかじっていた。狡噛のプライベート用のデバイスにコールがあるのは珍しいことだったから、俺は少しばかり驚いて、また出島のマーケットの友人からだろうかと思った。
狡噛は長崎で多くの友人を作っており、それは多くが東京を目指すのを諦めた移民だった。彼らの生活の面倒を見てやっているうちに自然と情報が集まるようになったから、潜在犯と判断される人々との交流は花城も黙認している。狡噛と友人は、いわゆる雇い主と情報屋の関係でもあったのだ。狡噛はそうは思ってはいないだろうけれども。
2893狡噛は長崎で多くの友人を作っており、それは多くが東京を目指すのを諦めた移民だった。彼らの生活の面倒を見てやっているうちに自然と情報が集まるようになったから、潜在犯と判断される人々との交流は花城も黙認している。狡噛と友人は、いわゆる雇い主と情報屋の関係でもあったのだ。狡噛はそうは思ってはいないだろうけれども。
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TRAININGお題 23時【声が聞きたくて・いい子・名前を呼んで】狡噛さんと須郷さんが潜入捜査に入って、寂しがる宜野座さんが仕事中毒になってしまいます。花城さんが出てきます。夜二人きりで秘匿回線を使って話すのはいつも…というお話です。
ワーカーホリック 狡噛が須郷とともに任務につくことになった。
それ自体は珍しいことではないが、今回は彼らはとある新興勢力のギャングに潜入捜査することになっており、それは俺の胸を強くざわつかせた。自分の理性的な部分では、彼らの命を心配しているわけじゃないと思う。俺だって今回の任務以上に危険なそれについてきたし、そのどれもどうにか危険を回避し成功させてきた。けれどいつだって狡噛と離れる時、これが最後ではないのかと、感情が震えてしまうのだった。馬鹿げていると思う。けれどそれは本能みたいなもので、自分ではどうにもならないのだから困ったものなのだった。
「そんなふうに恋人の不在を仕事で埋めてると、中毒になって戻れなくなっちゃうわよ」
3434それ自体は珍しいことではないが、今回は彼らはとある新興勢力のギャングに潜入捜査することになっており、それは俺の胸を強くざわつかせた。自分の理性的な部分では、彼らの命を心配しているわけじゃないと思う。俺だって今回の任務以上に危険なそれについてきたし、そのどれもどうにか危険を回避し成功させてきた。けれどいつだって狡噛と離れる時、これが最後ではないのかと、感情が震えてしまうのだった。馬鹿げていると思う。けれどそれは本能みたいなもので、自分ではどうにもならないのだから困ったものなのだった。
「そんなふうに恋人の不在を仕事で埋めてると、中毒になって戻れなくなっちゃうわよ」
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TRAININGお題 18時【明日の約束・一番星・子供みたいに】諫早の祭りに行こうと誘う狡噛さんと、そんな誘いに思い出を残すためじゃないかと勘繰ってしまう宜野座さんのお話です。お酒を飲みながら仕事の話をしたり、ぽつぽつ先のことを話す割と甘い狡宜です。
光とゆうつづ「なぁ、今月末、諫早に祭りに行かないか?」
まるで子どもが気まぐれに明日の遊びの約束をするように、そう狡噛がこちらに言い放ったのは、彼が俺の部屋を訪れてしばらく経った、土曜の夕暮れ時のことだった。狡噛は窓際に置いたソファに座り、真剣な目でじっと俺を見つめていた。一方の俺はその時父の遺した酒を氷の入った二つのロックグラスに開けていて、飴色がたたえられたそれを一つ彼に差し出し出すところだった。でも、急な誘いに思わず手をすべらせそうになってしまったのを、今でもあの時の彼の表情とともに印象的に覚えている。
単純な言葉だったというのに、その誘いに俺はすぐには答えられなかった。というのも、月末はずいぶん先の話だったし、仕事柄イレギュラーが多かったから、予定を組むのが難しかったという事務的な理由があったのだ。花城に話したら調整してくれるだろうとも思ったけれど、彼がわざわざ言い出すことなのだからと、俺は勘繰ってしまった。例えば、またどこか遠くに行ってしまうのではないか、その前触れなんじゃないか、だから最後に特別な思い出を作ろうとしているんじゃないかって、恋人を信用しない馬鹿げたことを思ったのだ。
3648まるで子どもが気まぐれに明日の遊びの約束をするように、そう狡噛がこちらに言い放ったのは、彼が俺の部屋を訪れてしばらく経った、土曜の夕暮れ時のことだった。狡噛は窓際に置いたソファに座り、真剣な目でじっと俺を見つめていた。一方の俺はその時父の遺した酒を氷の入った二つのロックグラスに開けていて、飴色がたたえられたそれを一つ彼に差し出し出すところだった。でも、急な誘いに思わず手をすべらせそうになってしまったのを、今でもあの時の彼の表情とともに印象的に覚えている。
単純な言葉だったというのに、その誘いに俺はすぐには答えられなかった。というのも、月末はずいぶん先の話だったし、仕事柄イレギュラーが多かったから、予定を組むのが難しかったという事務的な理由があったのだ。花城に話したら調整してくれるだろうとも思ったけれど、彼がわざわざ言い出すことなのだからと、俺は勘繰ってしまった。例えば、またどこか遠くに行ってしまうのではないか、その前触れなんじゃないか、だから最後に特別な思い出を作ろうとしているんじゃないかって、恋人を信用しない馬鹿げたことを思ったのだ。
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TRAININGお題 15時【お菓子・どこからともなく・油断】インド系の入国者の事件を解決した行動課。関係者からもらった紅茶で一息つこうと言う花城から隠れていちゃいちゃする狡宜のお話。実在の団体名が登場しますがフィクションです。狡噛さんがいたずらっ子な感じです。
15時、チャイの下で「こんな時間だし、そろそろ休憩にしましょうか」
そう花城が言ったのは、行動課のオフィスにかかった時計の針が十五時をさした時のことだった。
ここにおいて、こういった休憩は珍しくない。というのも、俺たちはあくまでも実働部隊だったので、事件が起こらない日はくだらないデスクワークにかかりきりになるだけで、はっきり言って暇だったからだ。他の課と折衝をする課長の花城だけがその例外だったが、彼女が休憩したいというのだからここは従っておくのが賢明だろう。
須郷が立ち、無言でコーヒーサーバーに向かう。しかし花城は彼がカップを手に取ったところで止めて、「今日は紅茶にしない?」と言った。
「紅茶、ですか?」
須郷が言う。誰が決めたわけでもないが、このオフィスには泥水のようなどす黒くまずいコーヒーを飲むという習慣があった。そう、誰が決めたわけでもないのに、俺がここに来た時には既にそうなっていたのだ。もしかしたら外務省全ての課がそうなのかもしれない。とはいっても、食堂のコーヒーはもう少しましな味だったのだけれど。
3467そう花城が言ったのは、行動課のオフィスにかかった時計の針が十五時をさした時のことだった。
ここにおいて、こういった休憩は珍しくない。というのも、俺たちはあくまでも実働部隊だったので、事件が起こらない日はくだらないデスクワークにかかりきりになるだけで、はっきり言って暇だったからだ。他の課と折衝をする課長の花城だけがその例外だったが、彼女が休憩したいというのだからここは従っておくのが賢明だろう。
須郷が立ち、無言でコーヒーサーバーに向かう。しかし花城は彼がカップを手に取ったところで止めて、「今日は紅茶にしない?」と言った。
「紅茶、ですか?」
須郷が言う。誰が決めたわけでもないが、このオフィスには泥水のようなどす黒くまずいコーヒーを飲むという習慣があった。そう、誰が決めたわけでもないのに、俺がここに来た時には既にそうなっていたのだ。もしかしたら外務省全ての課がそうなのかもしれない。とはいっても、食堂のコーヒーはもう少しましな味だったのだけれど。
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TRAINING7/9ワンライお題【七夕・ファッション】
雨の日の七夕と、そんな七夕についての朝鮮の伝承について喋る狡噛さんのお話。再会した日のことも考えたり、征陸さんのことを考えたりする宜野座さんがいます。
星祭りの日の涙 今日は七夕だというのに、明朝から雨が降っていた。今年は珍しく梅雨が早く開けた分戻り梅雨があり、織姫と彦星は不幸にもそれに見舞われてしまったのだ。
正直なところ、別にもう歳だから昔話の二人が会えなくたって残念にも思わない。それに一年間会えないからといって、心が変わらないことを俺は知っているからというのもある。狡噛と離れていたのは何年間だっただろうか? 彼が執行官になってからも心は離れていたから、海外を放浪していた最中に感じた孤独を長いこと俺は痛みも感じずに抱えていた気がする。けれど当時感じなかっただけで痛みはあり、再会した今でも、長い間会っていなかった気がするのだった。
「どうしたんだ、浮かない顔をして」
2696正直なところ、別にもう歳だから昔話の二人が会えなくたって残念にも思わない。それに一年間会えないからといって、心が変わらないことを俺は知っているからというのもある。狡噛と離れていたのは何年間だっただろうか? 彼が執行官になってからも心は離れていたから、海外を放浪していた最中に感じた孤独を長いこと俺は痛みも感じずに抱えていた気がする。けれど当時感じなかっただけで痛みはあり、再会した今でも、長い間会っていなかった気がするのだった。
「どうしたんだ、浮かない顔をして」
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TRAININGお題 3時【中途覚醒・冷たい・人の気も知らず】狡噛さんの部屋でセックスをした後夜中に起きてしまった宜野座さんが、ベッドを抜け出し炭酸水を飲みながら出島の夜景を見るお話です。
36種の時間のワードパレットをお借りしました。
ネオンと炭酸水 揺らぐ浮遊感の中で目が覚めた。照明が落とされた真っ白な天井から目をそらし、辺りを見回すと、眠り入る前と同じ景色が丑三つ時をいくらか過ぎた暗がりの中広がっているのが分かる。
そこは自室と比べたら、ずいぶんと殺風景な部屋だった。黴の生えたような古い文庫本や新書、図録などがそこかしこに積み上げられ、今時手に入れるのも難しい旧式のレコードプレーヤーなんかに、縁が朽ちかけた、銀のスパンコールのドレスを着た、黒人の女たちが笑う紙製のジャケットが立てかけられている。トレーニング用の器具には昨日散々楽しんだ時の黒のワイシャツがかかっていて、あぁ、クリーニング用のドローンを使うのを忘れたな、と俺はぼんやりと思った。
3565そこは自室と比べたら、ずいぶんと殺風景な部屋だった。黴の生えたような古い文庫本や新書、図録などがそこかしこに積み上げられ、今時手に入れるのも難しい旧式のレコードプレーヤーなんかに、縁が朽ちかけた、銀のスパンコールのドレスを着た、黒人の女たちが笑う紙製のジャケットが立てかけられている。トレーニング用の器具には昨日散々楽しんだ時の黒のワイシャツがかかっていて、あぁ、クリーニング用のドローンを使うのを忘れたな、と俺はぼんやりと思った。
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TRAINING7/2ワンライお題【晴れ・ゼリー】
宜野座さんの機嫌を取るためにお菓子をプレゼントする狡噛さんのお話。征陸さんのことを思い出したりしています。
ご機嫌取りとプレゼント 喧嘩をした時や、言葉を選び間違えて気まずくなった時、狡噛は食べ物で俺の機嫌を取ろうとすることがある。たとえば出島で評判のレモンが入ったバターサンドだとか、最近の季節にぴったりの桃のシャーベットやゼリーだとか、さくさくでシナモンが効いたアップルパイだとか。彼はそんなものを携えて自然と口をきかなくなった俺の元にやって来て、無言でぐいと差し出すのだ。喧嘩や気まずさに疲れた俺はそれを受け取って、ひとまず休戦とするのだけれど、最近はそれが自然と増えて来ていた。つまり、気まずさを感じる日が増えて来ているのだった。
とはいえ、別に狡噛との生活が嫌になったわけじゃない。俺は彼を愛しているし、あの男以上の誰かとこの先出会う気はしない。だが、日本を出て海外を放浪しているうちに彼は変わってしまって——もちろん変わらないところもある、俺に全てを任せて、自分の好まない状況から逃げるところとだとか——俺はそれが時折怖くなるのだった。彼はまたいなくならないだろうかだなんて、そんなふうに思ってしまうのだった。微妙な感情のズレ、そんなものを恐れて、俺は狡噛への言葉を間違えてしまう。彼はきっと傷ついていると思う。晴れやかな顔をした狡噛なんて、俺は久しく見ていない。あんなに美しい笑顔を持った男だったのに。
2514とはいえ、別に狡噛との生活が嫌になったわけじゃない。俺は彼を愛しているし、あの男以上の誰かとこの先出会う気はしない。だが、日本を出て海外を放浪しているうちに彼は変わってしまって——もちろん変わらないところもある、俺に全てを任せて、自分の好まない状況から逃げるところとだとか——俺はそれが時折怖くなるのだった。彼はまたいなくならないだろうかだなんて、そんなふうに思ってしまうのだった。微妙な感情のズレ、そんなものを恐れて、俺は狡噛への言葉を間違えてしまう。彼はきっと傷ついていると思う。晴れやかな顔をした狡噛なんて、俺は久しく見ていない。あんなに美しい笑顔を持った男だったのに。
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TRAINING6/25ワンライお題【父・夏至】
出島のマーケットに買い出しに行き夏至祭の花を貰う狡噛さんが、宜野座さんにどうやってプロポーズするか悩むお話です。宜野座さんは出てきませんが甘いです。
夢の花 移民が多く住む出島では、夏至祭が盛大に行われる。色とりどりの花を冠にした少女が走り回り、苺やベリーを大声で売る商人が身振り手振りで客引きをし、古い言語で歌われる恋の歌がラジカセから流れ、花の葉についた朝露を老婆たちが健康を願って孫たちに含ませる。もちろん民族によって夏至祭は多くの種類に分けられるから、さまざまな国家から脱出した人間が集まるここでは、全てが統一されているわけではない。現に夏至祭が行われる日もばらばらだ。二十一日だったり、二十六日までだったり、そもそもが移動祝祭日だったり。冬至に祝う民族もいる。それでも共通して一つだけ残っているものがある。というか、日本人にも、特に若い女たちの間で広まりつつある風習があった。それは夏至祭のイブに、枕の下にセイヨウオトギリの黄色い花を敷いて眠るというものだ。俺がそれを聞いたのは、太陽が天に昇る頃のマーケットの果物屋で、腹の出っぱった親父から林檎やら何やらを買い、おまけだと黄色い花をもらった時だった。
2129時緒🍴自家通販実施中
TRAINING6/18ワンライお題【謝る・紫陽花】
出島のマーケットで紫陽花を買って過去の話とこれからの話をする甘い狡宜です。
そこに咲く花は 雨が降って来たのは、狡噛と出島のマーケットに行ってしばらく経った時のことだった。俺たちはその時ちょうどベランダに飾る花を探していて、やれ百合がいいだの、薔薇が無難だの、香りを楽しむならラベンダーだの、やはりここは紫陽花だのと、花屋の店先で話し込んでいた。店番をする老婆は、にこにこと笑いながら俺たちにどれもいいですよと、拙い日本語で言った。私の祖国では沖縄のデイゴに似た花が咲くんですよ、とも。百年ほど前に日本でも流行歌になったそれにもあった、咲けば咲くほど台風が強く来るとの迷信がある花。それに俺は惹かれて、けれどこの小さな店にそれはなく、世話も難しいことから俺は記憶の中のあの花を思い出していた。
2082時緒🍴自家通販実施中
TRAINING6/11ワンライお題【守る/傘】
雨の日にもだもだしてるラブラブな狡宜です。
部屋に雨が降る 雨はまだ止む気配をみせない。
俺はそんな大雨でもごった返す、出島のマーケットの景色を部屋の窓から見ながら、それに仕方がないか、とひとりごちた。仕方がないか、と思ったのは朝からずっとそわそわしつつ晴れを待っていたからだ。でも今はもう昼間を過ぎて、夕方近くになっている。夕食の材料を買い出しにゆくのなら、料理をする時間を考えたら、そろそろこの部屋を出なければならない。が、問題はこの部屋に傘がないことだった。いつもは走って済ませていたから必要なかったのだが、流石にギノと二人分の食糧を守って走るのは難しそうだ。それに急ぎ過ぎて足を滑らせでもしたら目も当てられない。割れた卵が雨に染みる様なんて、見たくもなかった。
1683俺はそんな大雨でもごった返す、出島のマーケットの景色を部屋の窓から見ながら、それに仕方がないか、とひとりごちた。仕方がないか、と思ったのは朝からずっとそわそわしつつ晴れを待っていたからだ。でも今はもう昼間を過ぎて、夕方近くになっている。夕食の材料を買い出しにゆくのなら、料理をする時間を考えたら、そろそろこの部屋を出なければならない。が、問題はこの部屋に傘がないことだった。いつもは走って済ませていたから必要なかったのだが、流石にギノと二人分の食糧を守って走るのは難しそうだ。それに急ぎ過ぎて足を滑らせでもしたら目も当てられない。割れた卵が雨に染みる様なんて、見たくもなかった。
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TRAINING6/4ワンライお題【掃除/禁煙】
征陸さんの新しいセーフハウスが見つかって、それを見に行く狡宜のお話です。
残された写真 父親のセーフハウスの一つが新しく見つかったとの情報を得たのは、偶然にも東京に出向いていた時のことだった。その時、花城は任務中にも関わらず、俺に向かって「行って来なさい」と言った。俺はその時少し驚いた。そう、その言葉は俺だけではなく、狡噛にも差し出された言葉だったからだ。
「でも今日一日だけよ。今日中に公安局が用意したホテルに戻ること。分かったわね?」
私は須郷と行くわ。花城はそう言って、すっきりとした耳たぶに付けられた赤いイヤリングを揺らした。俺はすぐには何も言えず、ただすまない、としか言葉が出なかった。
「何言ってるの。公安に先を越される前に行ってきて。いい情報があったら持ち帰ってね」
ピンク色の艶のある唇が曲がる。俺はそれに敵わないなと肩をすくめ、狡噛と、父の、征陸智己が残した部屋に行くことにしたのだった。それは梅雨も近い、そろそろ汗ばむ季節の昼間のことだった。太陽がてっぺんに上って、頭が熱っていたことを今も覚えている。
2080「でも今日一日だけよ。今日中に公安局が用意したホテルに戻ること。分かったわね?」
私は須郷と行くわ。花城はそう言って、すっきりとした耳たぶに付けられた赤いイヤリングを揺らした。俺はすぐには何も言えず、ただすまない、としか言葉が出なかった。
「何言ってるの。公安に先を越される前に行ってきて。いい情報があったら持ち帰ってね」
ピンク色の艶のある唇が曲がる。俺はそれに敵わないなと肩をすくめ、狡噛と、父の、征陸智己が残した部屋に行くことにしたのだった。それは梅雨も近い、そろそろ汗ばむ季節の昼間のことだった。太陽がてっぺんに上って、頭が熱っていたことを今も覚えている。
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TRAINING練習問題⑥老女現在時制と過去時制、一人称と三人称。
母なる国のひまわり①
好きでもない編み物をするようになったのは、ねじ曲がった指の訓練をするためだった。医者がそう勧めたのだ。手術をどれだけしても、これ以上良くはならないからと。
私は少女の頃この日本にやって来た。紛争地である母国を離れて、父母と幸せに暮らすために。日本での暮らしはサイコパスに気を付ければ天国だった。だが目を閉じた私がまぶたの裏に浮かべるのは、幼い自分が一面のひまわり畑で走り回っている姿だった。夏の匂い、母の作ってくれたレモネードの味、父が建てたサンルームでの読書。私は時折それを思い出し、この清潔な日本での暮らしを与えてくれた父と母の元に逝くことを望んだ。私はそれほどにも長く、幸せにここ出島で生きてしまったから。
647好きでもない編み物をするようになったのは、ねじ曲がった指の訓練をするためだった。医者がそう勧めたのだ。手術をどれだけしても、これ以上良くはならないからと。
私は少女の頃この日本にやって来た。紛争地である母国を離れて、父母と幸せに暮らすために。日本での暮らしはサイコパスに気を付ければ天国だった。だが目を閉じた私がまぶたの裏に浮かべるのは、幼い自分が一面のひまわり畑で走り回っている姿だった。夏の匂い、母の作ってくれたレモネードの味、父が建てたサンルームでの読書。私は時折それを思い出し、この清潔な日本での暮らしを与えてくれた父と母の元に逝くことを望んだ。私はそれほどにも長く、幸せにここ出島で生きてしまったから。
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TRAINING異国の軍隊に雇われた狡噛がマラリアにかかって宜野座の夢を見たり、襲撃されて怪我をしたりするお話です。やし酒と煙草を一本 ここでは、国家のために戦い傷を負い、入院した兵士は王から煙草を一箱下賜される。
それは傭兵の俺も例外ではなかったらしく、野戦病院で目が覚めると、枕元には太陽のマークが刻まれた赤い煙草が置かれていた。皆はそれをありがたがって万歳、万歳と蚊帳の中、汚れた額にこすり付けていた。俺はそこまでこの国の王に忠誠心がなかったから病室で吸っても良かったのだが、夜刺されてもまずいと思いやめた。だから俺は皆がそうするように■■■王万歳と言い、王室のマークを額にこすり付け、胸ポケットに入れた。
俺がこの野戦病院に入ることとなったのは、怪我が理由ではなく(勿論怪我はしていたが)マラリアが理由だった。最初のうちは気づかなかった。長い雨期が続き、鬱々としていた時に軽く発熱し、頭痛や悪寒に襲われ、嘔吐した時に従軍医師にマラリアと診断された。そこからは地獄だった。黒水熱を併発した俺は助かる見込みのない患者の部屋に隔離され、一週間と数日苦しんだ。死亡率は三十%というんだから、助かったのは奇跡だと言われた。流石に俺もこの時は神に感謝した。けれどまぁ、助かった俺はまた明日から軍という死地に戻る。生きてゆくために。
2711それは傭兵の俺も例外ではなかったらしく、野戦病院で目が覚めると、枕元には太陽のマークが刻まれた赤い煙草が置かれていた。皆はそれをありがたがって万歳、万歳と蚊帳の中、汚れた額にこすり付けていた。俺はそこまでこの国の王に忠誠心がなかったから病室で吸っても良かったのだが、夜刺されてもまずいと思いやめた。だから俺は皆がそうするように■■■王万歳と言い、王室のマークを額にこすり付け、胸ポケットに入れた。
俺がこの野戦病院に入ることとなったのは、怪我が理由ではなく(勿論怪我はしていたが)マラリアが理由だった。最初のうちは気づかなかった。長い雨期が続き、鬱々としていた時に軽く発熱し、頭痛や悪寒に襲われ、嘔吐した時に従軍医師にマラリアと診断された。そこからは地獄だった。黒水熱を併発した俺は助かる見込みのない患者の部屋に隔離され、一週間と数日苦しんだ。死亡率は三十%というんだから、助かったのは奇跡だと言われた。流石に俺もこの時は神に感謝した。けれどまぁ、助かった俺はまた明日から軍という死地に戻る。生きてゆくために。
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TRAINING練習問題⑤簡潔性形容詞も副詞も使わずに描写すること。
彼の汗を拭う 狡噛の額から汗が垂れる。それはベッドサイドのライトに光り、俺の目をくらませる。俺はそれが悔しくて彼の腹筋に触る。彼はやめろといったふうに俺の手を振り払う。俺はそれに抵抗し、彼の筋肉を触る。肩や背中、腰、太もも、それから惚れている顔のラインなどを。狡噛はそれを笑わない。俺のやり方を笑わない。セックスの仕方を笑わない。俺は身体を反転させ、彼の上に乗る。狡噛が笑う。彼は俺がどうやって楽しませるのか期待しているようだった。俺はそうセックスが上手くないから、そんなに期待されても困るのだが。
俺は一度ペニスを引き抜きしごく。コンドームが音を立てる。俺はそれが面白くて手首をストロークさせる。狡噛が歯を噛み締める。どうだ、俺も出来るだろう、俺はそう笑って、彼のペニスをまた挿入させる。狡噛は繰り返し息を吐く。俺のセックスが気に入らないのか、それともその逆なのか。俺は彼の額に浮かぶ汗を拭った。それを掬って飲むと、いつもよりずっと美味かった。彼が興奮しているせいだとしたら俺は喜ぶだろうし、彼もそうであるだろう。俺はそんなことを考え、またキスをした。
472俺は一度ペニスを引き抜きしごく。コンドームが音を立てる。俺はそれが面白くて手首をストロークさせる。狡噛が歯を噛み締める。どうだ、俺も出来るだろう、俺はそう笑って、彼のペニスをまた挿入させる。狡噛は繰り返し息を吐く。俺のセックスが気に入らないのか、それともその逆なのか。俺は彼の額に浮かぶ汗を拭った。それを掬って飲むと、いつもよりずっと美味かった。彼が興奮しているせいだとしたら俺は喜ぶだろうし、彼もそうであるだろう。俺はそんなことを考え、またキスをした。