Sip, Don't Sink「郁弥、もうすぐできるけど」
「うん、ありがとう」
ソファに腰を下ろしたままスマホの画面をぼんやりと眺める姿にそっと声を掛ければ、いつもよりも少しざらついて輪郭のぼやけた返事が投げかけられて返ってくる。なんだか懐かしいな、寮にいたころみたいだ。
そういえば、家族や夏也くん以外の誰かが部屋に泊まっていくだなんてこれが初めてだったな、だなんてことが不意に頭をよぎる。……本当なら、いま頃こうしてここに居るのは鴫野くんだったはずなのに。いや、何を考えているんだろう。残念に思うだなんてそんなの、絶対におかしい。第一、わざわざこうして来てくれた郁弥に失礼だ。身勝手極まりない願望をぶんぶんと乱雑に頭を振って掻き消すようにしながら、フライパンの上で等分に切り分けた目玉焼きをお皿の上へと滑らせる。
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