時緒🍴自家通販実施中 短い話を放り込んでおくところ。SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。無断転載禁止。 ☆quiet follow Yell with Emoji Tap the Emoji to send POIPOI 192
ALL 狡宜版深夜の創作60分勝負 文体の舵をとれ ワードパレット 夏五版ワンライ 800文字チャレンジ 時緒🍴自家通販実施中TRAININGうとうとする狡噛さんのお話。800文字チャレンジ96日目。not awaken(ねんねこねんねこ) 狡噛が寝入っている時の顔を見るのが好きだ。密集して生えたまつ毛が影を作って、それは少し歳を重ねて痩せた頬に影を作る。形のいい鼻筋には癖っ毛がかかり、薄く開いた唇は小さく開閉している。狡噛はあまり眠りが深くないから、こういうのを見せることは少ない。長い間一緒に寝ているけれど、これで二度目くらいだ。だから俺は深く観察する。美しく滑らかな頬、かさついてもなだらかに膨らむ唇、そしてゆっくりと開いてゆく青い瞳。俺は青い瞳が一番好きだ。そこに自分が映るのが一番好きだ。かすれた声でギノ、と呼ばれるのが一番好きだ。彼がそばにいればなんだっていいんだけれど、彼が俺を確認するさまが好きなのだった。 「……何時間寝てた?」 944 時緒🍴自家通販実施中TRAINING狡噛さんの癖について。800文字チャレンジ95日目。癖(あなたの好きなところ) 狡噛は唇をいじる癖がある。考え事をする時それは頻繁になって、それはよくある癖なのに、俺はそれが気になってたまらなくなる。唇。言葉を発するところ、唇同士を重ね合わせて愛情を伝えるところ、苦しそうに、気持ちよさそうに声を出すところ。俺はそんなことを想像してしまって、彼がブリーフィングルームで新しい事件のファイルを見ているのに目をやれなかった。ただ唇をいじっているだけなのに、花城だって、須郷だって同じ仕草をすることがあるのに、狡噛のそれは俺に取って毒で、甘くて、ほとんど致死量なのだ。認めたくはないことだけれど。狡噛はそれを知っているのだろうか? 心臓の動きが活発になって、体温が上がる。狡噛と視線が合う。彼はゆっくりと舌で持って唇を舐める。セックスをしている時みたいにゆっくりと、俺の唇を舐める時みたいにゆっくりと。 920 時緒🍴自家通販実施中TRAININGベッドの上での2人。800文字チャレンジ94日目。気まぐれな熱情(どっちも同じ) かさついた指があごをくすぐる。手のひらが喉仏をさすって、それはだんだんと胸元に下がってゆく。俺はもうほとんど服を着ていなくて、彼は直接俺の肌に触っている。セックスは嫌いじゃない。肌と肌を合わせるのは嫌いじゃない。けれど彼の気まぐれなそれには驚いてしまう。こうやって気まぐれに彼が俺を抱く時、彼は何かを抱えている。俺に言えない何か、機密として秘することを強いられている何かを彼は持っているのだ。だから彼は俺に触る。そうしたら楽になるような気がして。そうしたら秘密を持つ苦しみから逃れられるような気がして。そんなの幻なのに、彼は俺を使って楽になろうとする。俺はそれを拒まない。彼が楽になるのなら、楽になった気分になるのならそれでいい。だって俺も同じようなことをするから。楽になろうとして彼に抱かれることがままあるから。 939 時緒🍴自家通販実施中TRAINING狡噛さんの教室で宿題をする2人のお話。800文字チャレンジ93日目。ホームワークが終わらない(誰もいない教室) 狡噛の宿題が終わらないことは、本当に滅多にないことだった。いつもはホームルーム中にさっさと終わらせてしまうのに、今日は何故かそれをしなかったらしい。クラスの役員か何かを引き受けさせられたのだろうか? 俺はそんなことを聞いていないから想像なんだけれど、何かあるような気がした。だから俺は狡噛のクラスで一緒に居残りをして、同じように違う宿題をした。するとどうしてかクラスメイトになった気分になって、他に誰もいない、もう皆帰ってしまった教室でタブレットを操作した。 「すまないな、忘れる前にやっときたくってさ。ギノは遊んでくれてていいんだぜ」 狡噛はそう言った。でもそう言われて遊ぶほど俺は怠惰じゃない。友人が勉強しているんなら俺も勉強するさ。 811 時緒🍴自家通販実施中TRAINING結婚式の警護をする行動課の話。800文字チャレンジ92日目。ジューンブライド(指輪の交換) 梅雨の季節になると、ぱらぱらと雨が降る中結婚式を挙げるカップルが増える。それはジューンブライドの弊害だが、雨に降られる彼らはどこか誇らしげで、今回そんな結婚式の警護に当たることになった俺は、昔した約束を思い出していた。まぁ、くだらない約束だ。結婚式は何月がいい? 俺は六月がいい。雨の中でもきっとギノは綺麗だから。狡噛はそんなふうに言って、その約束はまだ果たされないのだが、まぁ、子どもの頃の約束とはそういうものなんだろう。もしかしたら彼も忘れているかもしれない。結婚式についてなんて、ありきたりな熱っぽい時期の約束だから。 「雨が降り始めました。滑らないよう気をつけてください」 俺は新婦たちにそう言いながら彼女を庇う。彼女は海外調整局のお偉方の娘で、その伝手で俺たちが警護にあたることになっていた。念のためだが恨みを買っている可能性もある。俺たちを手駒にして動かすことをなんとも思わない人間の娘なのだからそれも仕方がないのだろう。 968 時緒🍴自家通販実施中TRAINING海外で過去の約束を思う狡噛さんのお話。800文字チャレンジ91日目。壊れた約束(あなたのために) ずっと一緒にいるから、そんな約束をしたのは、俺たちがまだ日東学院にいた頃だった。その言葉は存外にするりと出てきた。俺はギノを喜ばせたくて、彼の家庭環境を知ってそう言った。ずっと一緒にいるから、一人にはしないから、だから俺の手を取ってくれないか。そんなふうに、映画みたいな台詞を使った。今ではバカだったと思うがあの時は本気だったし、恋愛における約束というものは大体そんなものなのだろう。 俺がその約束を破ったのは、きっと執行官堕ちをしてからだ。もしあのまま、平穏なまま時が過ぎ去っても、一生執行官として生きるしか術がなかった俺と、公安から厚生省に上がる約束があったギノじゃあ上手くはいかなかっただろう。青柳とその恋人がそうだったように、俺もあんなふうに終わっていたかもしれない。俺の場合は槙島がそうさせたが、また違った事件で独断専行をして、彼から離れたかもしれない。そして今は海外を放浪している。これじゃあ一緒にいるどころか、他の国に渡航してしまって同じ言葉も喋れない。 942 時緒🍴自家通販実施中TRAINING廃棄区画での話。どこで寝ても同じ話。800文字チャレンジ90日目。目を閉じておいでよ(全て同じ) 何にも知らない恋人に、何もかもを教えた気がする。手の繋ぎ方、口付けの仕方、抱擁の方法、それからどうやってセックスをするのか。なのに想いを伝える方法は教えなかったのだから屈折している。俺は彼が俺以外では失敗すればいいと思っていて、わざと恋人の作り方を教えなかった。俺以外では失敗するように、そんなふうに何もかもを教えた。彼がそれを知っていたかどうかは分からない。純粋な性格だし、案外気づいていないかもしれない。でも気づいていたら、俺はどう思われていただろう。独占欲の強い恋人だろうか。別にそれでもいいが、嫌われたくはない。 「痴情のもつれの上での殺人ねぇ……」 縢が珍しそうにぼろぼろになった男の残骸を見つめた。監視官であるギノは、色相悪化を避けるためパトカーで待機している。俺たち猟犬が推理をし、それを献上するのがいつものパターンだった。 877 時緒🍴自家通販実施中TRAINING職場でのイチャイチャ。800文字チャレンジ89日目。触れた指先(それはあなた) ギノの身体はどこもかしこも美しい。頭のてっぺんからつま先まで、どこまでも美しい。それは誰もが知るところだろうが、それに触れられるのは俺だけだということは、この強い独占欲を満足させた。彼のうなじ、唇、人が望むところ全てに俺は触れることが出来る。ギノは俺の欲望を満たしてくれる。決して拒否なんてしない。俺はそれに満足していて、そしてこれからもそうであってくれと願っている。 「狡噛、その……」 コーヒーを片手にサーバー近くでのんびりしていると、ギノが言いづらそうに俺に切り出した。一体何なんだろう。俺は何かしでかしたか? そんなことを思いながら自分の手を見ると、彼の髪をくすぐっていることに気づく。もしかしてこれだろうか? いつもの癖でやってしまったが、さすがに職場ではまずかっただろうか。 883 時緒🍴自家通販実施中TRAININGくだらない喧嘩をしちゃった二人の仲直りのお話です。800文字チャレンジ88日目。他愛のない喧嘩(仲直りの方法) 別に大した理由があったわけじゃない。そんな大した理由があっての喧嘩じゃない。かといって、他愛のない喧嘩と言われればそうじゃない。それなりに真剣に喧嘩をしたと思う。狡噛は哲学書を引用して俺を責め、俺は過去の彼の不出来を持ち出して責めた。どちらも本気の喧嘩だった。喧嘩の原因はそうだ、多分食事後の皿をそのままにしていた狡噛を俺が注意したのが始まりだったのだけれども。あぁ、これじゃあ他愛のない喧嘩か。 「あなたたち、喧嘩をするのはいいけど、オフィスにまで持ち込まないでよね」 喧嘩の当日、花城はそう言った。そんなに剣呑さが顔に出ていただろうかと思うが、ここで素直に謝るのも少し違う気がして黙っていると、「そういうのをやめなさいって言ってるのよ」とたたみかけられた。狡噛はこうなるのが分かっていたのか煙草休憩で、さっきからずっと姿が見えない。すると花城は言った。「追いかけて謝りなさいよ」でも、皿を出しっぱなしにしたのは狡噛が悪いんじゃないか? そう言いかけると、「先に謝るとこれから立場が上になるわよ」との花城の提案が追いかけてくる。それならいい。上の立場に立てるなら、謝ってやってもいい。でも、どうやって謝る。すまなかったって、どんなふうに? 984 時緒🍴自家通販実施中TRAINING狡噛さんを慰める宜野座さんのお話。800文字チャレンジ87日目。儚い季節(それはあなた) 狡噛はある種の事件が終わると、センチメンタルになることがある。そう、少女が絡んだ事件だ。ハッピーエンドに終われば彼はご機嫌で俺に酒を奢り、そうでなければ俺が彼を抱きしめ慰める。狡噛は優しい男だった。きっと紛争地でも多くの少女を看取ったのだろう。今回の事件は後味の良くない、少女たちが搾取され死ぬ物語だった。彼が耐えられるかどうかは分からないが、なるべく側にいようと俺は思う。 「狡噛、水は?」 彼は首を振る。 「栄養バーでも食べたらどうだ?」 やはり彼は首を振る。俺は見ていられなくて、狡噛が寝転ぶソファに座って、癖のある髪を撫でてやった。嫌だとは言われなかった。彼は彼で弱っているのかもしれない。 「お前は嫌がるかもしれないけど、最後に優しくしてもらって女の子たちは喜んでいると思う」 868 時緒🍴自家通販実施中TRAINING結婚式に着ていく服を見繕ってもらってそれからのお話。800文字チャレンジ86日目。ドレスアップ(キス) 海外調整局で繋がりがある職員が結婚した。ので、俺たち行動課はまとめて呼ばれることになったのだが、残念ながら、俺たちは祝祭の日に着る服を持っていなかった。以前はスーツで通していたが、それも格闘が増えてからは安っぽいものに変わったし、それではあまりにも二人に義理立てできない。というわけで我らが課長に見繕ってもらったのだが、それはそれはゴージャスなもので、ただ一度きりの結婚式のためにはもったいないほどだった。そう、例えば記念日にはこれを着て、それなりのレストランで祝うくらいしなくてはもったいないほどに。それくらい、ゴージャスな彼に俺はやられていた。 「忘れていたけど、お前ってなかなか見栄えがするんだな」 924 時緒🍴自家通販実施中TRAINING狡噛さんからもし手紙が来ていたら、の話。800文字チャレンジ85日目。The day after(ラブレター) 狡噛がいなくなってから世界は色を失って、彼に再び会ってから色をとりもどした。彼が海外ででも生きていることに俺は安心して、どうにかこうにかやっていけた。狡噛は便りをよこさなかった。一通も。頭の回る彼のことなのに、俺に合図を送らなかった。俺はそれに安堵したような、悲しかったような、不思議な感覚を覚えたのを思い出す。一人でも生きていけるから便りはいらない。一人でも生きていくために便りが欲しい。そんな時に見つけたのが、彼が公安局を出奔する前に俺に置いて行った手紙だった。 それは非公式には存在しないことになっている。というのも、俺が報告しなかったからだ。狡噛の手紙を見つけたのは彼とよく遊んだ廃棄区画のガレージだった。仕事のついでにどうなっているか見に行った時、そこに一通の、埃をかぶった手紙が置かれていた。内容は次のようなものだ。これから仕事を一つ片付けなきゃならない、すまない、愛している、あの時からずっと。 889 時緒🍴自家通販実施中TRAINING傷跡についての夜の話。800文字チャレンジ84日目。傷跡(痛み) 狡噛には傷跡がたくさんある。執行官となってからそれは目に見えてのことだったが、ナノマシンで傷が完治する日本とは違い、海外を放浪していた彼はいびつな傷跡がたくさんあった。銃撃戦でやられた足、肉をえぐったナイフ、それは彼の身体を確かめる度に見付かって、俺はなんとも言えない気分になった。狡噛は強い男だ。彼が傷跡を残しているのには理由はない。ただ、身体を重ねている時、いっそこれらを消してくれたらいいのにと思うことがある。俺の知らない恋人を知るようで怖いのだ。俺の知らない恋人を知るようで悔しいのだ。流石に、顔の近く、こめかみにある傷跡は花城が消させたようだけれど。そんなんでは海外調整局のメンバーが気にすると言って。仕事にも差し障りが出ると言って。彼女は狡噛の傷をどこまで知っているのだろう。俺しか知らない傷はあるのだろうか? それは独占欲を満たすようで満たさない。海外について語らないから、俺は彼の秘密を知れない。 824 時緒🍴自家通販実施中TRAINING青っぽい学生時代狡宜。800文字チャレンジ83日目。鼓動が限界(ある夏の日に) 初めてギノと口づけをした時、心臓が痛すぎて病気になったと思った。不恰好にも手の汗がびしょびしょだったし、それで嫌われやしないかまた心臓の鼓動が早くなった。何回も歯磨きした、歯磨きしすぎて血が出るくらい歯磨きした。ガムも噛んだしミント味のラムネも食べた。そうして俺はやっとギノと先送りにしていたキスをして、恥ずかしそうに笑う彼にもう一度キスがしたくなった。でももう鼓動が限界だ! これ以上キスしたら死んでしまうかもしれない。死因、キスをしたこと、愛する人とキスをしたこと、少しロマンチックだけれど、もっとしたいことがたくさんある。海に行きたい、山に行きたい、俺が好きなところ全てにギノを連れて行きたい。廃棄区画にある古本屋とか、やっぱり廃棄区画にあるジャンキーなハンバーガーショップとか、そんなところにギノを連れて行きたい。ギノは嫌がるだろうな。でも俺を知って欲しいんだ。俺はまだ童貞でデートの仕方も知らなくて、だから自分の好きなものを教えるくらいしか思いつかない。でもそれだって充分だろう? 俺の好きなものは、俺を構成するものなんだから。それを差し出すってことは、俺を差し出すってことなんだから。 910 時緒🍴自家通販実施中TRAINING宿の窓から見る月とそれに当てられてしまった2人の話。800文字チャレンジ82日目。月明かり(夜と朝) 空に明かりはひとつしかない。そう、月の明かりだ。地には多くの明かりがある。そう、出島のネオンだ。俺たちはそんな中で小さな木賃宿にいた。娼婦が客を取るのよりも、もっと昔ながらの場所。大昔から日本人がやっている場所。俺たちはそこで情報屋からデータを受け取って、そのまま官舎に直帰する予定だった。しかし珍しくギノが言ったのだった、ここで朝まで過ごさないかって。見れば、彼が覗く窓には美しく丸い月があった。官舎では見られないほど大きな月だった。 「これは見事だな。データに……いや風流じゃないな。記憶に留めておくだけにするよ」 俺がそう言うと、ギノは笑って窓に寄りかかった。磨りガラスは星の形が散りばめられていて、とても古いもののように思えた。この宿は、いつからこの出島で時を過ごしているのだろう。 853 時緒🍴自家通販実施中TRAINING宜野座さんの髪の毛について。800文字チャレンジ81日目。ほどけた髪(そのうなじに) ギノの乱れた髪を撫でるのが好きだ。激しくセックスをして絡まった髪を解いてやって、それに口付けるのが好きだ。もちろん彼は嫌がって、自分の手櫛で直そうとする。まぁ、それを見るのも好きなのだけれど。ギノがなぜ髪を伸ばしたのかは知らない。俺の記憶の中の彼はずっと髪を短くしていて、だからSEAUnで再会した時は驚いたものだ。彼の知らないことなど、絶対にないと勝手に思っていたから。でもそんな彼の変化にももう慣れてしまって、歩くときにひょこひょこと揺れる様とか、セックスの度に解く様とか、好きな様子も増えた。多分、俺は彼ならば何でもいいんだろう。でも、俺の変化を彼はどう思っているのだろう。俺が佐々山を真似て煙草を始めた時も、酒を嗜むようになった時も、ギノは何も言わなかった。ただ顔をしかめて、俺を見るだけだった。それが答えなんだろうか? 何も言わないでいる、それが彼の答えなんだろうか? 880 時緒🍴自家通販実施中TRAININGごろごろする二人。なんでもない時間。800文字チャレンジ80日目。クラシック(悩みとコーヒー) 狡噛の部屋に行くと、音楽が流れていた。それもクラシック、詳しくは知らないから分からないが、ざっくりというと管弦楽で、いかにも彼が好きそうなものだった。本を読む彼にこれは? と言う顔をすると、出島のマーケットで捨てられそうになったのを買い取ったのだという。馴染みの店主だから安くしてもらったよ、とは彼の弁だ。俺は売りつけられたのではないかと疑ったが、それにしては音の状態は良く美しい調べだった。 「コーヒーは?」 狡噛が言う。俺は砂糖を二つ、と甘い注文をして、くるくると回るレコードを見つめた。狡噛の部屋には本だけではなくレコードも多かった。俺はどちらにも興味はなかったから知らないが、これも彼を構成するものの一つなのだろう。 830 時緒🍴自家通販実施中TRAINING学校終わりに秘密の場所に行く二人。800文字チャレンジ79日目。それじゃバイバイ(二人だけのさよなら) 学校でさようならをするのが好きだった。その瞬間のために学校に行っているような気すらしていた。その瞬間が来てやっと、俺は自由になったから。子どもたち、同級生たちは帰りにどこで遊んで行くか笑いながら思案しているが、俺は秘密の道をどうやって帰るか、珍しくホロじゃない植物が生えている道をみんなにバレずにどうやって訪ねるか、家に帰ってダイムとどうやって遊ぶか、そんなことばかり考えていた。俺は潜在犯の息子で、何かあったらいじめられていたけれど、楽しい放課後にかまって来る奴なんていなかった。それくらいその時間はみんなにとって大切だったんだろう。俺にだって大切だったさ、授業の復習をしたら、ようやく一人の時間が出来るから。 985 時緒🍴自家通販実施中TRAINING二人きりに通じる言葉。800文字チャレンジ78日目。サイン(二人きりの言葉) 二人きりのサインがある。二人きりしか分からないサインがある。俺たちはそれを使ってやりとりをする。暗号のようなものだ。といっても、その内容は簡単なもので、今日の夜は外で食べようとか、今日部屋を訪ねていいかとか、そんな他愛のないものだった。でも俺はそのやりとりが好きだった。狡噛と俺だけに分かる言葉のようで、二人だけの言語のようで。今日もサインをもらって俺の部屋に狡噛が訪ねてくることになっていた。とびっきりの酒を持って、そのあとは俺の部屋に泊まることに。けれど、それに少し陰りが入ったのは、仕事を終えそうになった夕方のころのことだった。 「ねぇ、狡噛。仕事が終わりそうで悪いんだけどちょっと一緒に来てくれないかしら。この状況を説明するのにはやっぱり海外を放浪してたあなたがいる方が相手方を説得しやすいと思うのよ」 1121 時緒🍴自家通販実施中TRAINING愛しているとどうやって言ったらいいんだろうというお話。800文字チャレンジ77日目。ひゃくまんつぶの涙(愛している) 誰かを愛して泣くことがあるなんて知らなかった。それも自分の前から去られるのじゃなく、愛していると言われて泣いてしまうなんて。 狡噛はよく俺のことを愛していると言う。朝起きてキスをした時、出勤前、休憩中、仕事が終わって官舎に戻ってから。俺はその度に泣きそうになって、自分の気持ちを引き締める。この男は自分を一度捨てたやつだって思い出せって、そんなことを繰り返しながら。 「ギノ、愛してる」 セックスの最中も、彼はよく愛をささやく。俺はその度に泣きそうになる。身体をつなげているだけで幸せなのに、愛を伝えてもらえるなんてと泣きそうになる。言葉は嘘が多い。それでも狡噛の言葉は本当だ。重なった手のひらや、繋げた身体や、重なった唇が俺にそれが真実だと伝える。でも、俺は愛していると言えない。自信がなくて、彼を愛しているのに言葉に出来ない。だからただ泣く。愛していると、俺も愛していると、それを伝えたくて彼にしがみついて泣く。すると狡噛は分かったと背中を撫でてくれて、俺は彼にとびきり愛されるのだ。 900 時緒🍴自家通販実施中TRAINING探し物をする狡噛さんのお話。800文字チャレンジ76日目。探しもの(ラブレター) 狡噛の様子が昨日からおかしい。おかしいと一言で言ってしまうのが難しいくらいおかしい。そわそわして落ち着かず、俺を見る目もどこかいびつだ。けれど彼は秘密を作るのが上手かったから、俺が尋ねたところで教えてもらえるはずもなかった。と言うわけで、俺は彼と距離をとっていつものように暮らしているのだが、存外に早くその秘密を知ることになる。 朝出勤すると、狡噛は自分のデスクを漁っていた。一体何を探しているのかと俺は彼に隠れ、様子を伺った。探すものなんて俺たちにあっただろうか? それとも、俺に隠れて探したいものなのだろうか? 例えば浮気の証拠だとか? そこまで考えて俺は頭を振り、馬鹿らしいと切り捨てた。狡噛は浮気をするような男じゃない。でも、だとしたら何を探しているのだろう。 974 時緒🍴自家通販実施中TRAINING結婚式に出会う狡宜。800文字チャレンジ75日目。Marry me 出島を歩いていると、時折様々な地方の結婚式に出会うことがある。オーソドックスな白のドレスや、刺繍が細かく施された民族衣装など、少女が憧れるドレスに、こんなにも種類があるのだと思わされるのだ。 今日見たのは山岳地方に住むヨーロッパの移民のドレスで、それは花々の刺繍があちこちに施され、彼女の周りの子供たちは花びらを巻いていた。俺はそれを踏みそうになって、あわてて狭い通りの端に寄る。しかし狡噛は邪魔した詫びにとあめ玉をやっていて、そうやって子どもを手なずけるのかと、俺はどこかで感心していた。 「おめでとう」 「おめでとう」 「幸せにね」 「幸せになれよ」 そんな言葉があふれる通りで花嫁と花婿が通り過ぎるのを俺たちは見て、日本に来て幸せになった人々がいることに、俺は単純に嬉しくなった。俺が担当するのは基本的に血生臭い事件だ。誰が誰を殺したとか、移民たちが不幸になる事件ばかりだ。それが今日は違った。人が幸せになる瞬間を見ることができた。花嫁の微笑み、花婿の緊張した表情。それは普段は滅多に見られない。 898 時緒🍴自家通販実施中TRAININGcase3あたりの話。800文字チャレンジ74日目。迷い込んだ風(あなたのこと) 風が吹いていた。ここ高山地方では、珍しくもない風が。七色の旗がはためくごつごつとした道を歩いていると、外で編み物をしていた老婆が、「あれは、仏様の生まれ変わりの合図だよ」と言った。いつか旅立って行った家族がそろそろ帰ると、風を吹かせていることで合図をしているらしい。頭の中の槙島が言う。僕はまだ生まれ変わりたくないな、君の頭の中で遊んでいたいよ。馬鹿、出てくるな。死人はじっとしていろ。灰になって帰ってくるな。「誰が帰ってくるかは分かるのか?」俺はまだ編み物を続ける老婆に尋ねる。すると、皺の寄った顔でくしゃりと笑った老婆は、「今回はうちのじゃないね、あんたのだよ」と言った。誰だろう。俺が失った人々。とっぁんに、縢に、槙島。狡噛慎也、それは間違ってるよ、僕はまだここにいるじゃないか。それから、ギノ。もう会えないのなら、死んだのと同じだ。「あんたと縁の深い人が帰ってくると出てる。それに会いたい人にももうすぐ会えるよ。ほら、拝んで行きな」老婆はそう言うと小さな手持ちのマニ車を取り出して、しゃんしゃん、と鳴らした。俺はどう反応していいか分からず、ただ感謝の意を示すために、ここいらで流通する銅貨を何枚か彼女の前に置いた。ここに来て、しばらく経ってのことだった。 887 時緒🍴自家通販実施中TRAININGちょっとした秘密のお話。800文字チャレンジ73日目。君には秘密(秘密なんて) お互いに持つ秘密を知った時、初めて好きという感情を知れた気がした。とはいえ秘密と言っても簡単なもので、本当はコーヒーに砂糖を二杯入れていることとか、そんなくらいだ。狡噛の方は少しだけ不穏で、減らしたと言っていた煙草が全然減らせてなかったことだった。どうして嘘をついたんだ、秘密を作ったんだって二人で笑って、馬鹿らしいなと抱き合った。どうしてだろう? 全部知ったつもりになっていたのに、そうじゃなかっなんて、少しプライドが傷つくな。それは彼も同じかも知れないけれど。 「ギノが甘党だったとはな。ブラック飲んでるようにしか見えなかったよ」 「いいだろう別に。それよりお前は煙草を減らす努力をしろ」 散々笑い合って、セックスをして、着替えながらぶつくさ言う。何もかもが日常になって、やっぱり秘密なんて全くないような気がした。俺の秘密なんて砂糖の数だけだった。狡噛も同じくらいだ。でも、お互い口にしないでも、任務に関して、放浪中の出来事に関して、永遠にしゃべらないことがあると思ってはいた。二人とも。 858 時緒🍴自家通販実施中TRAINING父親の命日にナーバスになる宜野座さん。800文字チャレンジ72日目。翳りゆく部屋(思い出すのはあなた) 日の光をカーテンで閉め切って、ベッドに寝転ぶ。今日は休日だったから、迷惑をかける人もいない。捜査に使用するデータも渡してあるし、悩むことはなかった。だが、こんなにも何もする気がおきないのは、少し異常だった。いつもなら仕事をせずともスパーリングくらいするのに、起きて朝食を取るのに、それすらする気にならないのだ。でも本当は分かっている、父の命日が近づいてきて、狡噛が俺を捨てた日が近づいてきて、だから俺は憂鬱なのだと。 父の人生を思い返すと、奪われてばかりのものだった。仕事を奪われ、妻を奪われ、子も奪われた。執行官になったのは意地だろう。刑事としての意地。何もかも奪われてもなお真実を突き止めようとした意地。 926 時緒🍴自家通販実施中TRAINING1期後の狡宜。ずっと狡噛さんのことを思っている宜野座さん。800文字チャレンジ71日目。報われない努力(あなたという人) 狡噛を忘れられたらと思ったことは数え切れない。彼を愛さなかったら、きっと俺はもう少し上手くやれたんじゃないだろうか? 上司からもたらされる見合いの写真を断ることもなく、執行官たちの立場を思って腹芸をすることもなく、狡噛が少しでも自由に動けるよう青柳に彼を託すこともなかった。でも、彼は俺の手を離れて、遠い所へ行ってしまった。行方は知れない。シビュラの範疇外ということくらいしか俺には分からず、俺の上司となった常森が知るのもそれくらいだった。監視官の強力な権限があってもそれなのだから、きっと今頃は自由に野良犬として生きているのだろう。 狡噛を忘れられたら、そう思って学生時代から撮り溜めていた写真のメモリーを消そうとしたことは数知れない。けれど俺はみっともなくそれに縋ってしまい、記憶の中で薄れつつある彼の声や、肌や、熱を思い出そうと努力するのだった。でも駄目だ、それも最近は駄目になってきてしまった。彼はどんな声だった? 俺を抱いた日の肌はどんなふうだった? あの瞬間に感じた熱はどんなものだった? 思い出そうとしても、それはいつも中途半端で終わる。まるで、彼がもうこの世には存在しないかのように。 945 時緒🍴自家通販実施中TRAINING昔のキスを思い出す宜野座さん。800文字チャレンジ70日目。ふいうち(星空) 狡噛はハプニングを好むところのある男だった。たとえばレンタカーが動かなくなった時、レンタルしたAIにバグを発見した時なんかにそれは発揮される。それから彼はサバイバル技術にも長けた男で、学生時代には全時代的なキャンプもした。火を起こすところからは流石に始めなかったが、それに近いことはした。杭を打ったり、湖の水を汲んだり。それでも一番俺が予見できなかったのは彼が密かに持ち込んだ酒で酔っ払ってしたキスだった。あれは俺にとって初めてのキスで、彼はそうじゃないかもしれないが俺にとっては衝撃的なことで、へらへらと笑うでもなく、真剣な表情で、今まで親友だった男が恋人に変わる瞬間を見てしまって、俺は混乱したのだった。ふいうちのキス。あれから俺たちの全てが始まったのだ。 1028 時緒🍴自家通販実施中TRAINING指輪をつけるかつけないかの話。ちょっとしたお遊び。800文字チャレンジ69日目。プラチナリング(いつもとは違うキス) 左腕を失ってから、指輪をつけようと思うことはなくなった。狡噛は密かに準備をしていたらしい。だがそれはともに監視官時代だった頃の話で、彼も変わったし、俺も変わってしまった。今さら指輪ひとつでどうにかなる関係じゃないのも分かっている。けれどとある潜入捜査で、証券会社勤めのカップルを演じるときに、ホロでともに指輪をつけた時はくすぐったかった。仕事が終わってホロを消しても、狡噛の左手には、薬指にはまだプラチナリングがあって、それは俺が彼を独り占めしているようで気分が良かった。狡噛に支給されたプラチナリングは明日には返却しなくてはならないから、それまでのものなのだけれども。 「なぁ、ホロがあるとグラスの持つのは不自由か?」 865 時緒🍴自家通販実施中TRAININGフレ様の昔話。800文字チャレンジ68日目。彼女の恋人(今はいない人) 花城が酔った時、過去の恋人について語られたことがある。とてもいい人だったの、優しくて、賢明で、人を分け隔てしなくて。私も夢中で、この人と暮らす人生も悪くないって思った。復讐なんてやめて、一人の女として過ごせたらって。でもそう上手くはいかないのよね。彼、スパイだったの。私の思考を全部理解したスパイ。最後は私の手で葬ったわ。 花城はカクテルを傾けて笑った。今日は仕事が少ない日で、狡噛と須郷は別の部署に手伝いに出ていた。それでも仕事は終わってしまって、俺たちは彼らが解放されるまでバーで待つことにしたのだ。 笑っちゃうのは、彼も私の恋人として生きる方が幸せだって思いつつあったってこと。スパイの不安定な暮らしより、祖国を裏切って私と生きる方を選びつつあった。でも私がそれを無しにしたの。いつもの拳銃でね。 899 時緒🍴自家通販実施中TRAINING人事ファイルを読みながら昔のことを思い出す宜野座さん。800文字チャレンジ67日目。あの頃の僕ら(人事ファイル) 長く続く恋人になんて、なるとは思っていなかった。浅い恋人同士のまま終わると思っていた。狡噛に公安局の適性が出て、俺も同じく適性が出た時、もしかしたら、と思った。このまま不安定な友人のまま終わるんじゃなく、先があるんじゃないかって、俺は思ってしまった。しかし俺は不器用な人間だったから、例えば恋人たちがするようなことは分からなかったし、友人より先に進んでも面白くない人間だったと思う。けれど狡噛と長く一緒にいたら変われて、彼に相応しい人間になるんじゃないか、そう思ったりもしたのだった。 だから最終考査が終わったあの頃の俺たちはとても不安定で(主に俺がそうで)、公安局の訓練に体力を使い尽くしていた時なんてほとんどやり取りをしなかった。俺たちの時代は数人に監視官の適性が出た珍しい時代だったらしい。だから訓練教官は喜んで俺たちをしごいてくれた。そのおかげで、俺は狡噛を思う時間すら失ってしまったのだけれど。 1072 時緒🍴自家通販実施中TRAININGヤキモチを焼く宜野座さん。800文字チャレンジ66日目。ヤキモチ(恋人の立場では) 狡噛は無愛想だが女性人気は高い。あんなヤニくさい男の何がいいのか俺には分からないが、外務省に来てからというもの、告白されたりデートの誘いを受けているのを散々目にしたから、きっとここ出島では彼はモテる体質なのだろう。かくいう俺はさっぱりだった。元々モテた試しがないが、誰かから誘いを受けることもない。別に嫉妬はしていない。狡噛はああ見えて繊細で忠実な性格だから、俺以外にその身を許すことはない。心ももちろん許さない。でも俺はやはり彼が告白されているのを見つけてしまうとイライラするし、それは学生時代の青臭い自分のようで嫌だった。告白されるのは狡噛が悪いんじゃない。彼がその、かっこいいからいけないのだ、多分。 936 時緒🍴自家通販実施中TRAINING雨の日に仕事が休みになってしまった狡宜。800文字チャレンジ65日目。嵐嵐(雨の日に君とすること) 今日は嵐が来るから仕事は休みよ、そんなメッセージがやって来たのは、もう出勤の準備を終えて、靴を履いたところだった。今日は早く行って仕事を片付けようとしたのにどうも厄日だ。俺はそんなことを思いながら、スーツのジャケットを脱ぎ、ネクタイをほどく。 こんなふうに天候に左右されることはしばしばあるが、幼い頃、まだ幼稚園生や小学生だった頃にはよくあった。雨だから遠足は休みね、雨だから運動会は休みね、台風が来るから学校はお休みです、定期テストは延期します。その宣言に同級生たちは一喜一憂していたが、俺は雨で休みになること自体は嫌じゃなかった。しとしとと降る雨が母親の鼓動を聞いているようで嬉しかったのもあるし、家に帰れば母さんがいたのもある。幸せだった頃の記憶だ。父さんはいつもいなかったけれど、母さんと一緒に飛んで行っちゃわないようにと、庭から金魚を救い出すのも楽しかった。 907 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお酒を飲んだら思わぬ人の乱入があって、なお話。800文字チャレンジ64日目。stay with me(タクシーの中で) ずっと側にいて。どこにも行かないで。でもあなたは私の前から消えてしまう。 そんな歌詞を哀愁漂うメロディにのせて歌うゴージャスな巻き髪の歌手を横目に、狡噛はスパイシーな飴色の酒を飲んでいた。ここは出島にあるジャズバーだ。オーナーが百年以上前のレコードを持っているという噂の、ある種のコミュニティの中では有名な店。俺たちは今日、ここに仕事を終えてやって来ていた。仕事が忙しく疲れてしまったら、こういう店に来るに限る。周りもそんな男と女であふれている。 俺は上手にステアするバーテンダーを眺めながら、チャイナブルーを飲む。というのも、今日挙げたのがチャイニーズマフィアだったからでもあるのだが(我ながら単純だ)、あまり度数の高いものを飲んで、前後不覚になりたくなかったのもある。明日も仕事だし、いっそ言ってしまうなら、明日の方が仕事量が多い。デスクワークだが。 1192 時緒🍴自家通販実施中TRAINING着飾った花城さんと狡噛さんのお話。800文字チャレンジ63日目。彼のネクタイ彼女のルージュ 狡噛と花城がパーティーに潜入捜査した。いつもは俺と須郷や、俺と狡噛の組み合わせなのに、どうしても男女カップルでないといけない集まりだったので司令塔の花城が手を挙げたのだが、仕事が終わってバンに戻って来た二人は、どうしても他人同士には見えなかった。狡噛は太い首を花城が見立てたネクタイで締めていて、花城はいつもより濃い色をした赤いルージュを唇に引いていた。まつ毛も長く伸びて、胸元には何重にも重ねられたネックレスがある。腕には宝石の埋め込まれた(実は盗聴器である)ブレスレットがあり、狡噛のカフスも盗聴器になっている。二人が側に立っていることで干渉しはしないか心配だったがそうはならなかった。今はただ、顔のいい男と女が狭苦しい空間にいる。 1040 時緒🍴自家通販実施中TRAINING仕事中に居眠りする狡噛さんのハッピーなお話。800文字チャレンジ62日目。デイドリーム(白昼夢のその続き) 頭の中で俺とギノは抱き合ってキスをしている。白い教会で常守たちに花を散らされて、その中で俺たちは一生の愛を誓う。ギノは白いタキシードを着ている。俺も同じ格好をしていて、左手の薬指にはプラチナの指輪がある。彼は義手だが形式上左手の薬指に俺と同じようにつけて、生身の指にはぶかぶかだろうそれは後でネックレスに仕立て直してもらおうと二人で話し合った。 『おめでとうございます!』 『幸せになってくださいよね! ご祝儀包んだんですから!』 『慎也くん素敵よー』 『あら、宜野座もなかなかのものよ』 誰彼ともなく好き勝手言うのが聞こえる。幸せだなぁ、とぼんやりと思う。ギノが花束を投げる。それが花城の腕に落ちたところで目が覚めた。現実では花城が俺に意見を求めていた。 1061 時緒🍴自家通販実施中TRAININGあたりまえであることの奇跡。800文字チャレンジ61日目。あたりまえの奇跡(それはやはり奇跡) 起きたらまずミルでコーヒーの豆を挽く。出島の自然食材マーケットで仕入れたものだ。そして湯を沸かしてドリップ。丁寧に、ふっくらとした泡が立つように。朝食は簡単なもの。昨日仕込んでおいたフレンチトーストに野菜を散らしたサラダ、それから砂糖を抜いてミルクを入れただけのコーヒー。腹持ちがよくないと困るからスクランブルエッグを焼いて、胡椒を挽く。果物は旬のオレンジを剥いて皿に盛る。ここまでを済ませると、ベッドルームから眠たげな目をした恋人がやって来る。 「ギノ、先にシャワーにするか?」 そう確認して、俺は彼の髪を撫でてやる。しかし彼は何も答えずに俺にもたれかかって、「ニュースを確認する……」とつぶやくばかりだった。キスの一つでもしてやりたいが、彼はそういうのを好まない、と言ったら言い過ぎかもしれないが、苦手な男だった。長く伸びた髪をすいてやるだけにする。 905 時緒🍴自家通販実施中TRAINING狡噛さんの誕生日プレゼントの話。800文字チャレンジ60日目。プレゼントは君(読書人形) ギノが俺への誕生日プレゼントで悩んでいることは知っていた。というのも、二十年以上の付き合いになると、大抵のものはもらってしまっているし、同じものが続くのも耐えられない性質である彼は、出島の街を歩いては頭を悩ませているようだった。けれど今日は俺の誕生日だ。一体何を貰えるんだろう。俺はどきどきしながら官舎の部屋に戻る。今日はこの後ディナーを一緒に取って、そしてプレゼントを開けることになっていた。俺はこの上なく浮かれていた。緊張する彼が愛しかったのもあるし、ただ単に愛されていることが嬉しかったのもある。でも、プレゼントは思いもしなかったものだった。いや、想定はある程度していたのだが、ギノはそれ以上のものを俺によこしたのだった。 947 時緒🍴自家通販実施中TRAINING雨の中仕事をする狡噛さんのお話。800文字チャレンジ59日目。雨垂れ(手のひらの中の勲章) 梅雨に入ってからというもの、出島はずっと雨だ。空から降り注ぐ水滴はアスファルトを流れ、排水溝を目指す。俺はその水の流れを避けながら歩き、仕事場である行動課のオフィスへ向かった。オフィスにはもう花城も須郷も、ギノも揃っていて、皆熱心にコンピュータのディスプレイに向かっていた。俺は叱られるかと縮こまりながら時計を見るが、まだ九時までは五分以上ある。皆熱心すぎるほど熱心に仕事にあたっている。 俺は行動課のオフィスの窓を見る。そこには雨が叩きつけられていて、風景はひどく滲んでいた。そんな中で仕事をするのは不思議な感覚だった。エアコンが除湿になり辺りはカラッとしているのに、目の前に広がるのは海のような水たまりだった。 1449 時緒🍴自家通販実施中TRAINING学生時代、先生に呼び出された2人の話。800文字チャレンジ58日目。言えないひとこと(好きのひとこと) こんなに誰かを好きになるなんて、今までにない経験だった。女子に告白されたのは数え切れないし、数人と付き合ったこともある。けれどこんなに胸の奥がちりちりと熱せられるように誰かを愛したのは初めてだった。今までの経験全てが役にたたなくて、本を破り捨てたくなったのは初めてだった。そしてまだ二十年も生きていないのに、きっと自分の人生のほとんどをこの男と過ごすのだろうと思ってしまったのだ、俺は。それくらい宜野座伸元という青年は鮮烈な印象を俺に残してしまった。 「熱いな、エアコン壊れた部屋で待機ってのもゼミの先生もひどいよな」 「仕方ないだろう、廃棄区画に行ったのがバレたんだから。退学にならないだけ優しいよ」 847 時緒🍴自家通販実施中TRAININGチャリティに行く狡宜。800文字チャレンジ57日目。あどけない面影(あなたを愛せたら) ギノの部屋には写真が数枚飾られている。デジタルフォトフレームじゃなく、今では珍しいフィルムカメラで撮ったものだ。そこには小さな犬と戯れるギノがいて、そこに確かに彼の面影はあるのだけれど、どうもしっくり来なかった。それでもこの写真を撮った誰かはギノを心から愛していたのだろう、構図は美しく、賞にでも送ればいいのに、と思ってしまうほどの出来だった。でも、俺は聞いたことがない。旧一係の皆で撮った写真の横に置かれた自分の幼い頃の写真を並べる彼が一体何を考えているのか、それを尋ねたことはない。 「ママー! ママどこぉ! ママー!」 行動課も参加した海外調整局のチャリティで、迷子が数人見つかった。彼らは皆デジタルデバイスを持たされているから親の発見は容易だったのだが、それでも広い会場だ、中々親子の感動の再会とはいかない。俺たちは自分たちのブースを終えて暇だったから監護を請け負っているのだが、鳴き声の輪唱には少し気が狂いそうになる。子どもだから仕方ないというのに。 979 時緒🍴自家通販実施中TRAINING三徹目の2人。800文字チャレンジ56日目。モーニングコーヒー(ある種の報告書) 夜明けのコーヒーは美味い。それが愛する人とのものならばなおさらだ。しかしそれが愛する人とのものであっても、場所が場所じゃ不味くもなるというものだ。俺たちはもう三日も寝ていなくて、眠気覚ましのカフェインすら効きそうになかった。そんな中で飲む泥水のようなコーヒーは、どちらかというと泥水以下だ。 「あら、あなたたちまだ徹夜してたの? いいところで切り上げてって言ったじゃない」 滅私奉公をしているというのに、クールな花城は出勤して初めてそう口にした。そういう彼女も一昨日は徹夜をして必死の形相でデータと向き合っていたのだが、もうそれは忘れることにしたらしい。 「何このコーヒー、不味っ! あなたたちこんなの飲んでるの? ほら、さっさと仕事を終わらせて帰りなさい。その顔じゃあ私の監督不行届って思われちゃうわ」 923 時緒🍴自家通販実施中TRAINING記念日の二人。800文字チャレンジ55日目。アニバーサリー(記念日) ギノは記念日を祝うのを少し嫌がるところがある。別に本気なわけじゃないだろうが、ここまでは幸せだったと区切りをつけるのを、怖がっているようにも思えた。俺の考えすぎかもしれない。けれど付き合い始めた日や、初めてキスをした日、セックスをした日、可愛らしいプロポーズをした日なんかにギノはナーバスになる。それはきっと、俺がことごとく裏切ってしまったからなのだろう。きっとギノはまた俺がどこかに行ってしまうと思っているのだろう。だからあんなふうに、俺の申し出を断ったのだろう。 話は数日前にさかのぼる。付き合い始めた二十年ぶりの日が近づいてきたから、俺はディナーの予約を入れようとした。そのためにシフトを調節して、ギノも休むようにと促そうとした。しかし彼は仕事があるからと断り、今度にしようと言ったのだ。二十年目だ、に十年目なのにこれだ。俺はしばし呆然として、それを花城にからかわれた。そして今日が二十年目の日で、ギノはいつもと変わらず仕事に励んでいる。 888 時緒🍴自家通販実施中TRAINING宜野座さんの回想。800文字チャレンジ54日目。ひとりぼっち(今までのこと) 彼に会うまでは、俺はひとりぼっちだった。友人は離れていったし、親戚も離れていったし、父と付き合いがあった人々は軒並み自分たちは違うと主張して俺から離れていった。別にそれが悲しいのじゃあない。俺は子どもで、まだ人が離れていくことの意味がわかっていなかった。学校でいじめられてもそうか、としか思わなかった。それよりも母の病状が心配で、学校でぼろぼろにされたかばんを担いで、チューブと繋がった母の病室を訪れた。彼女のユーストレス欠乏症がそれほど進んでいなかった頃、母は時折俺の勉強をみてくれ、それが終われば歌を歌い、遊んでくれた。身体は動かしにくかったから、今までのように一緒にかけっこはしてくれなかったけれど、俺はそれで充分だった。でも、それもある日突然終わってしまった。母がついに意識を手放し、ユーストレス欠乏症患者がそうであるように、現実を捨てた日に、俺は正真正銘のひとりぼっちになってしまったのだった。 955 時緒🍴自家通販実施中TRAINING眠れない宜野座さんのお話。800文字チャレンジ53日目。歌を聞かせて(眠り歌) なかなか眠れない日が続いて、花城にまで心配されて、俺は一日の休暇を与えられた。原因はとても簡単な話で、父の命日が近づいてきていたからだった。俺と似ているらしい目元は力を失い閉じられて、鍛えられたたくましい体は血に塗れて冷たくなっていった。腕をなくして出血が酷かった俺も頭がくらくらして、それほど悲壮感はなかった。現実味がなかったと言ってもいい。悪い夢を見ているとはこれだな、と思ったのも覚えている。でもあれは夢ではなかった。悪い夢でもなければいい夢でもなかった。父は俺を愛していると言外に言って、俺の目元を眺めた。幸せだった頃もそうだった。父は俺を愛してくれたけれど言葉が少ない人で、古い人だったのもあるだろうけれど、背中で語る人だった。そんな人に愛されたいと思ったのが間違いだったのかもしれない。人はそう変わらない。今だって俺は言葉少なな男を愛している。彼は滅多に愛していると言わず、セックスの最中も言葉は少ない。けれど彼は時折どうしようもなくなった時、俺に歌を歌ってくれる。眠れない俺が眠れるように、静かに歌を歌ってくれる。放浪の旅で覚えた各地の歌を、俺に歌ってくれる。 896 時緒🍴自家通販実施中TRAINING日常の何でもない日の話。800文字チャレンジ52日目。なんでもない日常(単なるシミュレーション) 行動課に所属しているからといって、ずっと仕事があるわけではない。俺たちは実働部隊だったから日々はほとんど訓練に費やされていて、それが終われば官舎に買える生活だった。それはサラリーマンの生活にも似ていて、狡噛はよく出島のマーケットに行っては自然派食材を買って俺に料理をしてくれた。煙草の匂い、香辛料の匂い、ビールやチェリーコークの匂い。石鹸の匂いにボディクリームの匂い。出島で掘り起こしてきたレコードを聴きながら俺たちはそんな匂いに囲まれて、一日を終える。多くの場合は、セックスをしてから。 これらがなんでもない日常になったのは、運命の巡り合わせというしかない。執行官はこれほど自由はないし、監視官だった頃だってこれほど幸せではなかった。狡噛も放浪中より自由そうで、俺たちは管理されているというのにそれを感じなかった。それは全て花城の手腕なのだろう。俺たちを生かさず殺さず猟犬として躾けて、うまく使うのだ。 989 時緒🍴自家通販実施中TRAINING捜査中に女の子を拾う二人。800文字チャレンジ51日目。悩みの種(出島小話) 狡噛はとても魅力的な恋人だったが、ある種根源的な悩みの種でもあった。それは友人としてでもあり、仕事仲間としてでもあり、恋人としてでもある。友人としては話を聞かないところ、仕事仲間としては独断専行しがちなところ、恋人としてはあまりにもロマンチストすぎるところがそうだろうか。とにかく経歴だけ見れば最高にすばらしい俺の恋人は、俺にとっては一番の悩みの種でもあったのだった。 捜査中出島を歩いている時、迷子を見つけた。上等な服を着た少女で、マーケットには似合わなかった。すぐにドローンに引き渡すべきだったのは分かっている。けれど捜査中だった俺たちは彼らに接触することは出来ず、少女の親を探すふりをして任務につくことになった。少女は最初のうちは静かだった。けれど段々と飽きて来たのか、次々に疑問を俺たちにぶつけ出す。 877 時緒🍴自家通販実施中TRAINING21回目の記念日の話。800文字チャレンジ50日目。Draw(ゲームの達人) 勝ち負けなんて考えたことはなかった。というより、彼を好きになった時点で負けだと思っていた。全国考査一位の天才、色相は限りなくクリア、周囲の人は皆彼を称賛する。そんな男が自分のことを愛してくれるなんて、そんなの想像出来るだろうか? 俺は何もしなかったというのに? 俺はただ愛されているだけで、特に愛されるために努力もしていない。魅力的であろうとしたこともない。彼に告白をする少女たちがするような努力、リップクリームを塗ったり、髪の毛を巻いたり、まつ毛をびっしりと生やしたり、手に入れられる限りの愛される方法を試したこともない。だから俺は負けなのだろう。彼が愛したい時にだけ俺は愛されるから、きっと最初から負けだったのだろう。 916 時緒🍴自家通販実施中TRAINING宜野座さんが香水をつける理由と付けない理由。800文字チャレンジ49日目。薔薇の香水(煙草の代わりに) セクシーで魅力的な花城は、いつだって誰かに求められている。けれど本人にその気はないのか、誰かと飲みに行ったなんて噂はとんと聞かない。プレゼントを受け取ってくれと押し付けられているのは見たことがあるが、俺が知りうる限りアプローチを受けているのを見たのはそれだけだ。花城は仕事一筋な女で、東京の公安の霜月美佳をからかうのを趣味にしている以外は地味な女だった。勿論仕事は出来るし装いは美しい。艶やかな金髪、赤いひし形の石をはめたイヤリング、金色のラメが入ったピンク色のルージュ、やはりピンク色のマニキュアに、赤いセットバックヒール、大きく胸元が空いたスーツは高級ブランドのもの。唯一つけないのが香水で、それは潜入捜査に邪魔だからという理由だったからなのだが、今日はどうしてか彼女は薔薇の匂いをさせていた。ディプティックの甘い香り、よく似合ってはいるが、今日は重要な会談か何かが入っているのだろうか? 俺は変に突きたくなくて黙っていたが、ギノはそんなこと気にしていなかったのか、直接「課長、新しい香水か?」なんて聞いていた。花城はその言葉に綺麗な眉を吊り上げ、不機嫌そうに腕を組む。そして自分のデスクチェアに身体を預けると、「断れない案件があってね」とだけ言った。俺はそれで全てを察してしまって心の中で十字を切る。おおよそ上層部の誰かがおせっかいを焼いて誰かと引き合わせたか何かなのだろう。香水はその相手からのプレゼントだ、きっと。 836 1234