くろりん
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/いつかの未来
回避不能の会心の一撃「クロウ、出たぞ」
降ってきた声に読んでいた雑誌から目をあげると、ほのかに湯気を纏ったリィンがこちらを見下ろしていた。風呂上がりの湿った髪をしきりにタオルで拭っている。
「お、リィン今日は風呂長かったな。さてと、俺も入ってくるかね」
石鹸の香りを腕のなかに閉じ込め、胸一杯に吸い込みそうなところをどうにか思い留まる。伸ばしかけた手で頭を掻き、重い腰をあげた。
「その、クロウ……」
くん、と袖を引かれ、風呂場へ向かう足が止められた。クロウの袖を掴んだまま視線を彷徨わせているリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返している。
普段は外に跳ねている横髪は濡れて大人しく、赤く色付いた頬にまつ毛の影が落ちて妙に色気がある。
シャツから覗く、無防備な喉仏から視線を逸らしているとふたたび袖を引かれた。
「クロウ、待ってる、から」
言葉を絞り出すたび頬に赤みが増し、のぼせたような顔になっていく。
遅々とした思考で、これがリィンからのお誘いだと理解するまですっかり硬直してしまったうえ、渇いて張り付いた喉からは上手く言葉が出てこない。
くぐり抜けてきた修羅場の数が霞んだ。
そうこうしているう 818
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/ティナ視点/創、後日談の前
わたしも貴方も彼の相棒「ブリューナク、照射」
「おっと、今の当たってたらヤバかったな」
黒の戦術殻から照射された光線を難なく避ける男にふたたび構える。
「……クラウ=ソラス」
訓練で精も根も尽きたアルティナはカレイジャスⅡ艦内、総合訓練所の天井を眺めさせられていた。同じく先ほどまで動き回っていたはずのクロウは床にゆったり座っている。
「貴方は、帝国へ戻ったら、また教官の前からいなくなるんでしょう」
上がった息が整わないまま言葉を振り絞った。隣に並びたいリィンにも、彼に並ぶこの男にも力が及ばない。悔しさが目尻に浮かんだ。
「いなくなるって」
「そうじゃないですか。貴方が一度いなくなって、どれだけあの人が悲しい思いをしたのか、分からない貴方ではないでしょう」
「そうだよな。お前はずっと、あいつを見てきたんだもんな」
追憶に浸っているらしい彼が目を細めた。どうにか起き上がり、その顔をじっと睨む。
「あの人の相棒だというのなら、なぜ側を離れるんですか」
「なあ知ってるか。あいつ、黄昏が終わった今も、お前さんが直したネックレス大事に持ってるんだよ。お守りみたいにさ」
「エリン、の、」
「そ。大事な生徒からもら 812
さらさ
MOURNING遅刻大魔王によるすったもんだクロリンがバレンタインデーにくっついて分校全体に知られるまで。ポイピク練習も兼ねてる舌先の魅惑「え、え~!?クロウくんにチョコレートあげてないの!?」
トワの素っ頓狂な声が、第Ⅱ分校の食堂に響き渡った。七耀歴1208年、2月。もうすぐバレンタインデーだ、食堂やら寮のキッチンを貸し切っての菓子作りに女子生徒たちが浮足立っている。去年の同時期と言えばクロスベル解放作戦当日だ、直接参加した訳ではないとは言えど親しみある教官と生徒が参加するともなればムードもそれどころではなかった。実質、今年が初めてのトールズ第Ⅱ分校バレンタインデーである。男子生徒も一部落ち着かない様子ではあるが、それも今更と言ってしまえばそれまでなのだが。ともあれ、青春では割とお約束のイベントが差し迫ったことを踏まえ、生徒たちの押しに負けて食堂にやってきたリィンなのだが。
「えっと、俺はクロウとは何もないですしチョコレートもあげてませんよ?」
という言葉で冒頭に戻る。指し手であるミュゼでさえ予想外だったその回答に、誰もが頭を抱えた。この朴念仁め、は共通の認識であるが故に誰も口には出さないが。
「で、でもでも!リィン教官はクロウさんのこととても好きですよね!?」
ここでもユウナから容赦ない一 4406
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅠ学院祭前/くっついてないクロリン
ラストノート帝都近郊、トリスタの街に建つトールズ士官学院第三学生寮の一室にて、白熱した議論が繰り広げられていた。
「確かに見栄えはするかもしれないが、さすがにここまでの露出は」
「いーや、試しにここのデザインをこう、こうするだろ」
リィンのベッドに散らばった紙を拾いあげ、同じようなデザインを描いたクロウがさらに袖を描き加えていく。短いスカートはそのままなんだな、とは言い出せない気迫に固唾を呑んで見守った。
「ほれ、見比べてみな。断然、こっちのデザインのほうがいいだろ」
「うーん……」
クロウの言い分は理解したものの、果たしてこれが受け入れられるのか疑問は残る。ステージ上では映えるのは間違いないだろうが、同級生らが着てくれるかはまた別の問題だった。
「あのな、俺は腹出しからヘソチラまで譲歩してやったんだ。ここの露出は絶対に譲れねえ。それに作っちまえばこっちのもんだ」
「いや、それは」
遮るようなノックの音で同時に扉を見やった。返事をすればエリオットだったので、辺りに散乱する紙をかき集めてから扉をあける。
「リィン、クロウもここにいたんだね。そろそろ夕食だから降りてきなよ」
「わざわざ呼びに来て 821
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/クロウが分校生やっている
夕暮れに溶ける「クロウ、ここにいたのか」
「んあ?」
机に突っ伏している頭へ手刀を入れた。のろのろ起き上がり、寝ぼけ眼で見上げてくるクロウをリィンは呆れた顔で眺める。
放課後、教官室で書類仕事を終えてから校内を巡回している途中、Ⅶ組の教室で見慣れた銀髪を見つけて驚かされた。
「なんだリィンか」
「なんだ、じゃないだろう。今何時だと思っているんだ」
腕を組んで指摘してやれば、ARCUSで時刻を確認したクロウが目を白黒させていた。
「……アイツら、起こしていかなかったな」
「あのな。ユウナたちはクラスメイトだが、あくまでクロウが年上だっていうところは忘れてないでくれ。頼むから」
分かってる分かってると繰り返した彼が背中を伸ばしている。
突然クロウがリーヴス第二分校へ編入してきてひと月余り、いまだ制服に身を包んだ姿が見慣れない。学生時代は身に付けていたバンダナまで装着して、ますます落ち着かなかった。
「んで、リィン教官はお仕事終わったのかよ」
「ああ。お前がぐっすり寝ているあいだにな」
机を挟んで向こうにいる彼が立ち上がり、かけていた眼鏡を引き抜かれる。目を伏せた瞬間、掠め取るようなキスをされ 779
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅣ後/クロリン/覚悟の結末巨イナル黄昏の終幕とともに世界大戦も終わりを告げた。今はまだ、トールズ関係者や大戦に関わった者たちはその後始末に奔走していた。
クロスベル市の南、エリム湖畔に建てられた聖ウルスラ医科大学は、そんな喧騒を忘れさせるような静けさに包まれている。至宝の力によりふたたび肉体を得たクロウは、一時的にその一室へ滞在させられていた。
検査室から指定の病室へ戻ってくると、廊下に見知った顔を見つけて肩をすくめた。
贄の影響が抜け、濡羽色の髪と紫黒の瞳へ戻ったリィンが心ここに在らずといった調子で立ち尽くしている。その肩を叩き、病室へ招き入れた。
「ったく、検査結果が分かったらすぐにARCUSで連絡してやるって言っただろ」
「その、ユウナたちから邪魔だからここにいるようにと言われて」
ベッドに座るクロウの傍ら、勧めた椅子に腰掛け、頬をかく彼は弱り果てているようだった。生徒らにけしかけられる光景がありありと見える。
「それで、その」
口ごもり、視線を彷徨わせる姿にすぐさま合点がいく。そんな彼へ愛嬌たっぷりにウインクを送った。
「ああ。結果な。異常なし。健康そのものだとよ。明日からはお前らに合流するか 830
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅳ決戦前夜ミシュラムにて
星降る夜にキスをして「マキアス、無事に戻れたかな」
先に失礼すると去っていった背中を思い出し、リィンは眉を曇らせた。
「どうだろうな、かなり酔ってたからな。お前もあんま飲みすぎるなよ」
「分かっている」
最初は困った様子を見せていたクロウが途中からからかうような口振りになり、つっけんどんな返事をしてしまう。からから笑う彼を横目に、ため息をついた。
そうしていくらか酒を飲み交わした頃、そろそろお開きにしようとホテルへ向かっていた時だった。
「少し、酔い醒ましに歩かねえか」
そう言ったクロウに連れられてやってきたレイクビーチはすっかり静まり返っていた。窓から見上げた、星の数ほど空に浮かんでいたスカイランタンはなく、花火さえ上がっていない。
ただ、寄せては返す波の音だけが辺りに響き渡っていた。
「ほれ、リィンの分」
こよりを差し出され、思わず受け取ったリィンは暗闇のなかでそれをじっと見つめた。
「手持ち花火、にしては細くないか」
「これは線香花火。ま、試しにやってみな」
クロウの手で先端に火をつけられたそれは、派手なものではないが、粘り強く火花を散らしている。柔らかな炎に浮かび上がったクロウの輪郭 822
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジジクリン(クロリン)/Ⅲ途中/届かない想い歓楽都市ラクウェルは、夜でも賑やかさを失わない。
リィンは昼間に西の渓谷で遭遇した傭兵団や、別勢力らしい傭兵らの調査するため、この地へ舞い戻っていた。調査に同行してくれたアンゼリカやサラ、途中から合流したクレアとともに情報収集して回っていた、そのときだった。
「すみません、ちょっと」
見知った気配を察知して居ても立っても居られずに駆け出す。背後から聞こえた、サラたちの慌てるような声に気を配る余裕なんてなかった。
飛び込んだ路地裏の奥、暗闇のなかに浮かび上がった背中を捉える。
リィンの記憶と酷似するその背格好に特徴的な銀髪は、改めて見てもクロウにしか見えない。しかし彼はこの腕のなかで息を引き取った。もう一年以上前の話だ。
目の前にいるこの男はクロウと別人だと理解しても、彼を求める心がそれを否定する。
「やはりお前か。《蒼》のジークフリード」
かけた声に振り返った彼は、こちらへ興味を示すことなくふたたび歩み出してしまった。
「待て!」
縋るように肩を掴む。手のひらから伝わってくる、機械に触れたような彼の体温に怯んだ。
「お前は今、俺に構っている場合ではないと思うが?」
仮面 795
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅱラスト前日/不器用なキスユミルの里、その渓谷道の奥に顕現していた氷霊窟で用事を済ませたクロウは、貴族連合の本拠地へと帰ろうとしていた。
「ク、ロウ……なのか」
雪の踏み締める音で双刃剣を構える。振り返ると今はユミルに居るはずのないリィンが呆然とした顔で立っていた。
「来てたのか」
構えていた双刃剣を背に戻す。リィンもまた鞘から引き抜いた太刀を収めた。しかし、彼がクロウの元へ歩み寄ってくることはない。
ふたりのあいだを冷たい風が吹き抜けていった。
「あ、ああ。それで、こちらから嫌な気配がして」
「それならアレだな。ま、俺が一足先に片付けさせてもらったが」
背後にあった氷霊窟を指した。最深部で待ち構えていた魔煌兵は、先ほどクロウが倒したばかりだった。
もしもリィンのほうが先にあの霊窟へたどり着いていたなら、あの魔煌兵とやり合っていたのは彼だったのかもしれなかった。
今はもう、過ぎた話だ。
「そういうわけだ。じゃあな」
戸惑い瞳を揺らす彼に背を向け、オルディーネと向き合う。
騎乗しようとした途端、肩を掴まれよろめいた。胸ぐらを掴まれ、崩れた体勢のままリィンの唇が押し付けられる。勢い余ってぶつかった歯 832
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ両片思いクロリン/Ⅰ夏頃/雨の日の失敗「雨、降ってきちゃったな」
「ったく寮まであと少しってところでついてないよな」
ようやく木の下に身を落ち着けたリィンはポケットからハンカチを取り出し、雨で濡れた顔や首筋を拭った。半袖から出た腕も拭っていると、クロウがバンダナを外して顔を拭っているところだった。ハンカチを差し出すも断られ、もう一度額を拭う。
トリスタの公園は人気もなく寂しい。晴れているときには憩いの場になるそこも、今は急な通り雨のせいで誰もいなかった。
「本降りになってきちまったし、ここで雨宿りしていこうぜ」
「あ、ああ。そうだな」
身を乗り出して雨の様子を伺う彼は、億劫そうに濡れた前髪をかき揚げている。バンダナのない、秀でた額がリィンの眼前に晒され、初めて見るその風貌に慌てて目を逸らした。
なぜか、見てはいけないものを見てしまった心待ちになる。
「こらこら、あんまりそっち行くと濡れるぞ」
ぐ、と肩を掴まれて引き寄せられる。冷えた肩を掴んだ手のひらの熱さに眩暈を覚えた。頬に滴る雫を追って顔をあげると、思いのほかクロウが近い。
「クロウ、先輩……」
彼を呼んだ声が震える。先輩、なんて久しく使っていなかった呼び方 858
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創数年後/負けず嫌いに火がつく四方八方を魔獣に囲まれたリィンは、背後に保護した子どもを庇いながら襲いかかってくる魔獣を切り捨てていた。魔獣の数が多く、保護対象がいるなかで状況を打破する手立てもない。
「お兄さんは遅れて登場って相場が決まってるんだよ!」
突如上空から導力バイクが飛び込んでくる。そのバイクに跨ったまま双拳銃を構えるクロウに、子どもをコートで包み、その場で膝を折った。
「クロウさん真面目にやってください」
絶え間なく鳴り響いていた銃声が収まった頃、黒の戦術殻《クラウ=ソラス》に乗ってアルティナが降下してきた。
「クロウ! アルティナも」
「さて、リィン。お前はどうしたい」
「教官、指示をお願いします」
振り返ったふたりに破顔するも、すぐさま顔を引き締めた。
「アルティナはこの子の避難を頼む。クロウは俺の援護を」
黒の戦術殻で子どもを抱え、ふたたび上空へあがっていくアルティナを見送り、改めて周囲を囲む魔獣を見据えた。
「クロウ、腕は鈍ってないだろうな」
太刀を構えなおし、背中を預けるクロウへ視線を投げる。双拳銃から双刃剣に持ち替えた彼はゆったりとした動作で得物を構えていた。
「おいおい。誰に聞い 845
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ両片思いクロリン/Ⅳ第一相克後
休息、その一幕クロウとの第一相克を終えた一行は、エリンの里でつかの間の休息をとっていた。
里の中心部で生徒らと戯れながら釣りを楽しむリィンをなんとなしに眺める。和気藹々と過ごしている彼らは、釣れた魚の大きさで勝負をしてるようだった。
ルールを逸脱しない範囲でおこなわれた不意打ちともいえる第一相克は、オルディーネがヴァリマールの眷属となることで決着がついた。そして、それぞれの起動者であるリィンとクロウもまた、騎神らの影響を受けて目には見えないなにかで結ばれていた。
お互いの感情の機微や、目を閉じて集中すれば居場所まで掴むことができる。不思議な感覚だ。
「なんでこんなことになったかね」
「そんなの、アンタが望んだからに決まってんじゃない」
「黒猫……、セリーヌだったか」
ぬっと出てきた姿に、つい懐から猫じゃらしを取り出してしまう。試しに彼女の目の前で振ってみてもいい感触は得られず、ふたたび懐へしまった。
「本当は分かってんでしょ。あの子が望んだだけじゃ、この結果は得られなかったこと」
不意に釣りをしていたリィンと視線が絡む。手を振ってやると遠慮がちに振り返してきた。
じわりと胸に広がったあた 826
甘味。/konpeito
DONEⅡクロリン/近付けども遠い人フォロワーさんの呟きを書かせて頂きました。ナイフで服が切り裂かれた。
その音がリィンとクロウ、ふたりしかいない部屋に寂しく響き渡る。今はもう、会話も交わせないほどふたりの距離は遠かった。
冷えた空気が素肌を撫でる感触に身じろぎ、リィンの手首に拘束具が食い込む。擦れてできた傷に顔をしかめた。
「クロウ、もう十分確認は済んだだろう。さっきから何度も言ってる通り、なにも持ってない」
路地裏で偶然クロウと邂逅したリィンは抵抗虚しく両手を縛り上げられ、今はこの、小窓からわずかな光の入る小部屋へ押し込められていた。革製の拘束具はそのまま、こうして部屋のなかに唯一鎮座していた簡易ベッドのうえに投げられ、いささか乱暴な身体チェックを受けている。
足を封じるように跨り、コートの上から全身を弄った手がなんの躊躇もなくダガーナイフを構え、リィンのシャツを切り裂いた。革手袋が腹のうえを這い、見下ろす冷たい眼差しにごくりと喉が上下する。
腰のベルトに手をかけられ、肩が跳ねた。これから先の行為へ期待をしてしまう己を叱咤する。
「――なんでもっと抵抗しねえんだよ」
リィンに跨ったまま、すっかり項垂れてしまったクロウの下から這いずり出る。力無く垂 603
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン+新Ⅶ組/Ⅳ後/第二分校流節分の日の過ごし方「ああもう! なんで出現してくる敵がみんな鬼のお面なんかつけてるのよ!」
「ユウナ、教官からきちんと説明を受けただろう。今日は東方由来の行事、節分というものを参考に訓練を用意したと」
地団駄を踏むユウナへ冷静なツッコミを披露するクルトにアルティナはため息を落とした。
「そういう話ではないかと思いますが」
「まあまあ。これも教官からの愛の鞭、ですから」
「それも違うと思うのですが」
アルティナの肩に両手を置いたミュゼを見上げて否を突きつけるも、けろりと躱される。
「んなこと置いといて、さっさと進むぞ。当然この奥にはシュバルツァーが待ってんだろうしなァ?」
アッシュに習い、全員が目の前の扉を見つめる。
アインヘル小要塞、最奥。Ⅶ組の面々はそれぞれの得物を構え直して突入した。
「やっぱりリィン教官も付けてるんですか。鬼のお面……」
「鬼役なんだ。当たり前だろう」
げんなりするユウナとは打って変わってリィンは満面の笑みを浮かべている。彼の隣りにいる男、クロウも疲れた表情を見せていた。
「お兄さんなんか、突然リィンに呼び出されてこれ付けさせられてんだからな」
「ご、ご愁傷さまです」
「 826
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ付き合ってないクロリン/Ⅳ後/ハンドケア「んっ、なんだ?」
手を洗った途端、指先に痛みが走った。石鹸を洗い流し、タオルで水気を拭き取ってから改めて観察してみると案の定、指先にささくれをいくつか見つけた。
「ああ。これのせいか。傷薬……、は要らないな」
とっさに分校内にある医務室へ行くか迷ったものの、ささくれ立った指先に出血は認められず、そのまま手袋をはめ直した。
乾燥する季節にはよくあることだ。わずかに刺すようだった痛みも、慣れてきたのか次第に薄れていった。
「こーら。お前またなんか隠してるだろ」
「クロウ、またこっちに来ていたのか」
放課後、格納庫に立ち寄るとクロウに出迎えられた。予想外の邂逅についつい頬が緩む。
「そんなことよりお前だよお前。下手に隠し立てするようなら、裸にして全身チェックしてやるからな」
「そんな大袈裟な。少し、指先が荒れているだけなんだ。気にしないでくれ」
なんでもないと言い張るリィンなんてお構いなしに、見せてみろと手を引かれた。
無駄な抵抗は諦め、ソファに並んで腰を下ろす。彼の手で手袋を剥かれ、荒れた指先が晒された。手を取られて入念に検分され、どうにも居心地が悪い。
「こんな些細な傷でも 858
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/月夜の下でダンスを。
創後の話マーテル公園内にあるクリスタルガーデンのなかから、ガラス張りの天井を眺めていた。星空の切り取られたそこから月光を取り込んだ庭は、クロウとリィン、ふたりしかいない。
足元を照らすライトがぽつりぽつりと点灯しているだけで、風の吹かない屋内庭園は静寂を保っていた。
「おい、なんかあったか」
屋内庭園の奥まで見回りに行っていたクロウがリィンの元まで戻ってきていた。すぐさま首を横に振り、否定する。
「ああ。いや、学院祭のときのことを思い出していたんだ」
「確かにここ、ステラガルデンに少し雰囲気が似てるかもな。しっかし、あのときはお前もかわいこちゃんじゃなくてわざわざ俺を誘うなんてと驚かされたぜ」
「仕方ないだろ。あの頃からクロウのこと……」
顎を掴まれ、見上げさせられる。強引なそれとは裏腹に、降ってきた口付けは優しい。月明かりの下で見たクロウの瞳が赤く煌めいていた。
背中に回された、抱き寄せる腕が熱い。
「分かってるって」
不意に、庭園の外からかすかに演奏が聞こえてくる。
「ここ、音楽院が近いから生徒がよく練習しているって前にエリオットから聞いたんだ。夏至祭も近いし、たぶん」
「そっか 826
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/湯たんぽだけじゃ、足りなくて「さすが豪雪地帯の冬、と言ったところか」
鳳凰館に宿泊しているクロウは、生地の厚いカーテンの隙間から窓の外に広がる雪景色を眺めていた。夕刻から降りはじめた雪は、強くなる一方だ。
冬のユミルに行かないか。そうリィンに誘われたクロウは、お互いの休みを利用して彼の故郷、ユミルを訪れていた。
「おお、さみいさみい。――ん?」
寝間着のうえに羽織ったコートの襟をかき合わせる。不意にドアの向こうへ近づく気配で振り返った。
「リィンか。どうしたんだ」
律儀にノックをしてから入ってくる姿に目を瞬く。彼は実家の男爵家へ、クロウはこの鳳凰館へ泊まることになっていた。
「その、今日は特に冷えるから。湯たんぽ、持ってきたんだ」
おそるおそる差し出されたものを受けとる。その体温ほどの温かさが冷えた身体に染みた。
「おっ。サンキューな」
すっかり手持ち無沙汰になってしまったリィンは、口をひらいては閉じてを繰り返していた。寒さに慣れている彼が二の腕をさすっている。
「ほれ、早く入れって。寒がりの俺にはこんなんじゃ全然足りないんだよなあ」
腕ごと引き寄せ、彼の身体を抱き留める。そのままふたりでベッドへ雪 854
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/思い出話に花が咲く
Ⅳ後のどこか「どうやってクロウと知り合ったか?」
「はい。ずっと気になってたんです。この機会に是非、聞かせてください」
ずい、と前のめりになったユウナが引く様子はない。彼女同様、リィンとテーブルを囲む生徒らも聞きたそうな顔をしていた。
隣りに座る男、クロウへ視線を投げた。彼は無言で肩をすくめている。その様子から話してもよいと判断し、ユウナらと改めて向き合った。
「クロウと最初に会ったのは、俺がトールズに入学して日が浅い頃だったな。たまたま生徒会室を探していたときに会ったんだ。そういえば、どうしてあのとき俺の名前知っていたんだ」
「来年度クラスを新設するとかで、色々とトワに手伝わされたんだよ。そんときにな」
「そうだったのか。まあ、それで色々あって、夏頃、期間限定でクロウが俺たちのクラスへ編入してきたんだ。そのときにミリアムもやってきて。懐かしいな。あのときは驚かされたよ」
「でも、クロウさんって上級生だったんですよね。どうして下の学年に編入したんですか。ミュゼやアッシュみたいに同級生なら分かるんですけど」
「ああ。クロウが一年時の単位を取り逃がしていたから、だったな」
「くっ。言ってくれるな」 827
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創後/今を永遠にする日
求婚の日なので。「これ、今日の朝刊な」
「ああ。ありがとう」
エプロンを外し、隣の椅子にかけたクロウから新聞紙を受け取った。席についた彼と食事前の挨拶を交わし、朝食に手をつける。偶然、オレンジジュースに口をつけた彼と目が合い、笑みを交わした。
午前五時。いつもの時間に起きたリィンは、まだクロウの眠るベッドを先に抜けだして家の前で素振りをする。ついでに軽く身体を動かしてから家に戻れば、すでに朝食がテーブルに並んでいた。日課のシャワーを終えたクロウとともに残りの準備を手伝い、こうしてふたりで朝食を摂る。食べ終えればふたり並んで食器を片付け、リィンはリーヴス第二分校へ赴き、クロウは日毎に異なる依頼をこなしに出かける。これがクロウとリィンの日課だ。
夕刻になれば、お互いに時間が合うようなら外で待ち合わせをして夕食を済ませ、ふたり揃ってこの家へ帰ってくる。遠征で彼がいない日は、味気ない朝食をひとりで食べた。
隣りにクロウがいない時間がいやに長く感じるようになったのは、いつからだったか。
「そろそろ出るぞー」
「あ、ああ。今行く」
コートのポケットに入っていた小箱を取り出し、玄関先で待つクロウの元へ急い 831
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ両片想いクロリン/創から数年後/好きだけど言えなくて「なあ、リィン。好きだ」
射抜くような目だった。不意打ちの告白に硬直する。飲みかけのグラスを包む手を、上から覆ったクロウの手が熱い。
クロウとふたり、リィンの自室で酒瓶を空けていただけだった。旅に出たクロウから知らない地方の話を聞き、リィンは今世話をしている生徒の話をする。彼の持ち込んだ酒瓶がなくなれば終わり。今日もそうなるはずだった。
「――すまない」
腹の底から沸き上がった歓喜を飲み込んだ。嘘を吐いた手前、彼の真摯な目は見返せない。
「それがお前の答えか」
「ああ」
覆っていた彼の手が離れていく。リィンより少し高い体温がなくなったそこが寂しい。追いかけそうになった手でグラスを強く掴んだ。
分かったと一言残した彼はリィンの前から去っていった。
「クロウはもう、会いに来ないかも知れないな」
微苦笑がこぼれる。振っておきながら勝手な言い草だ。今の心地よい距離に甘え、二の足を踏んでしまったのだ。
彼のグラスにはまだ酒が残っていた。
それからひとり、残った酒をひたすら煽った。
「おそようだな、リィン。珍しく酒が残ってる顔してるぞ」
物音に目を覚ますと、相変わらずの事後ノック 856
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創から数年後/当たり前であるがゆえに「リィン、さっきの物件どうだった」
「どうだもなにも。そこそこよかったと思うぞ」
先ほどまで内見をしてきた物件は、なかなかによかった。ひとつ難を挙げるとするなら新婚向けの内装だった点くらいだ。クロウには似合わない。が、彼が誰と住むための家なのか皆目検討がつかないので、その良し悪しが分からなかった。
「そこそこ、ねえ」
グラスを傾けた彼は、煮え切らない様子だ。
物件をいくつか見たい。クロウにそう誘われたリィンは休みの合った今日、すでに三箇所の下見を終えていた。今はベーカリーカフェ《ルセット》で小休憩を挟んでいるところだ。
それにしても、どこの誰と一緒に住むような仲へ発展したのか。相棒であるリィンの預かり知らぬところで愛を育んでいた事実に多少傷つきはしたものの、何事も要領がいい彼のことだ。そういうこともあるのだろう。
「三件め、庭の広さはよかっただろ」
「まあ、そうだな。よかったと思うよ」
花壇を作るならやや広いが、もしもリィンが素振りをするなら丁度いい広さだ。
「部屋数は多すぎるな。一階はブチ抜いて導力バイクを入れちまうか」
「いや、今は多すぎるかも知れないが、ゆくゆくは丁度良 852
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅳ後/勝負の女神が微笑んだわけ「これで終いだ」
クロウの手でマスターカードが動かされ、攻撃が宣言される。こうしてリィンのマスターカードの体力はなくなり、敗北が決定した。
ヴァンテージ・マスターズ。通称VMと呼ばれるカードゲームをクロウに教えたのはリィンだった。それまでは横で見ていた程度だと言っていた彼に初戦で苦戦を強いられたのも、今はいい思い出だ。それからは正直、一進一退。お互いに勝っては負けてを繰り返していた。
そんな彼相手に手を抜くなんて真似は当然しなかったが、こうも差をつけられるのは正直堪えた。
「……負けた。今日はやけに真に迫っていたな?」
敗北を宣言したリィンは、テーブルにひろがったカードをケースへ片付けた。クロウのマスターカード、クラウンシーフは動きが読みづらく、こちらは遠隔攻撃を得意とするウィッチで迎え撃ったのだが、結果はこの有り様だ。
「まあな。さてと、約束通りひとつだけ俺のお願い聞いてもらおうか」
勝者の笑みを浮かべるクロウは、今にも鼻歌を歌い出しそうなほどだ。勝負をする前、珍しく賭けを申し出た彼にリィンは難色を示したものの、賭けるものが金銭でなかったので、つい容認してしまったのだ。
「 810
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/誰も知らない彼らの秘密
Ⅳ第一相克後、この腕の重みに想う後アッシュ視点「しかし、ここまで運んでからブッ倒れるとか、パイセンも流石すぎんだろ」
ブリオニア島にあった管理小屋で、ベッドへ倒れ込んだ途端に寝息を立てる銀髪の男をアッシュは呆れた目で見下ろした。
リィンをここのベッドに下ろすまで疲れなんて微塵も見せなかった彼は、やはりリィン同様に消耗していたらしい。
黒の工房からリィンを救出後、この島にある陽霊窟で相克という、騎神に選ばれた起動者同士の戦いを終えたリィンとクロウは、お互いの意思によって力の融合を拒み、新たな絆を結んだようだった。アッシュらにとっては落ち着いている印象が強い彼の、予想外な一面を見せられた気分だった。
「ところで。結局、教官の言ってる利子ってなんなんですか」
ユウナの素朴な疑問に答える声はない。顔を見合わせては首を振り合うリィンの同級生、旧Ⅶ組の様子にアッシュは首をさすった。
「僕たちもその辺りは詳しく知らないんだ。以前からふたりでそういうやりとりはしていたんだけれど、どうにも改まって聞けるような雰囲気じゃなくてね」
旧Ⅶ組を代表して答えたエリオットは、眉を下げ、返答に困っているふうだった。どうやら、このふたりのあいだにはヒン 846
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/この腕の重みに想う
Ⅳ第一相克後「おいおい、こんなのってアリかよ。……ん? おい、リィン」
クロウの肩口に顔を埋め、微動だにしなくなったリィンの身体を揺する。彼の腕は変わらずクロウを抱き締めていて、その表情は窺い知れない。
ブリオニア島に出現した陽霊窟の最深部で行なわれた第一相克は、リィンの勝利で幕を閉じた。敗者は勝者に力として吸収される。相克をはじめる前からその事実を受け止めていたクロウは、彼に敗北した時点で覚悟を決めていた。
そうして相克を終えるも、オルディーネからヴァリマールへ流入するはずだった力の流れが突如として変化した。それにより、オルディーネは消失を免れ、結果としてクロウの存在は、不完全ながらもこの世に繋ぎ止められたのだった。
「これは、完全に意識を失っていますね」
「ん。しかもリィンってば、がっつりクロウを掴んじゃってるし」
リィンの様子を伺っていたアルティナとフィーに、彼を剥がすのは諦めるよう諭されて肩を落とす。ただでさえ贄として消耗していたところに相克をおこない、さらに予想外の事態を引き起こした代償だ。クロウもまた、相克や消失しかけた反動も相まって消耗が激しく、リィンの身体を支えるのもやっと 822
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創後/レジストできない誘惑「ただい、ま?」
一日の勤務を終えてようやくリーヴスにある宿舎へたどり着いたリィンは、自室の扉をあけたまま固まってしまった。一度、扉を閉め、あける。残念ながら目の前に広がる光景に、なんら変化は訪れなかった。
部屋のなかへ滑り込み、後ろ手に扉を閉める。それから慎重にベッドへ歩み寄った。
「これってクロウのコート、だよな。なんでこんなところに」
自室のベッドのうえには、襟にファーの付いたコートが無造作に投げ出されていた。手に取ってよく見てみても、やはりクロウの愛用しているコートに似ている。
確かにクロウは、今日も突然土産を渡しに来たと分校へ顔を出していた。けれども宿舎のほうへは寄っていなかったはずだ。いつもならば土産をリィンへ渡すのもそこそこに、こちらが引き留めるのも待たずさっさと帰ってしまうほどで、てっきり今日もそうなのだろうと、書類を片付けながら残念に思っていたほどだった。
一体なぜ。こんなところに。疑問は尽きないが、答えも出ない。
手にしたままのコートを見ているうちに、好奇心がむくむく沸いてくる。逡巡したのち、自前のコートを脱いでクロウのものに袖を通した。当然、彼に合わせ 851
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/桃の誘惑「これ、桃か」
帰宅早々、リビングテーブルの果物籠を見つけたリィンは目を輝かせた。
「お、さすがに知ってたか。今日たまたま見つけてな。買ってきた。もう大分熟れているから追熟もいらないだろうぜ」
「そうか。楽しみだな」
ひとつ、桃を手に取った。赤みがかった白色の薄皮に、うっすら生えた産毛のようなそれがリィンの手をくすぐる。窪みに鼻先を埋めると、なるほど、確かにもうすっかり熟れた香りがした。
「こらこら。それは夕食を食ってからのお楽しみだぞ」
キッチンから夕食を運んできたクロウに釘を刺される。スープ皿にはクラムチャウダーがなみなみ入っていて、リィンの空腹を刺激した。湯気とともに立ちのぼる、磯の香りに目を細めた。
「おっと。その前におかえり、リィン」
「……、ただいま」
頬に口付けられ、促されるままリィンも同じようにする。この挨拶がいまだに慣れない。赤らんだ頬をさすり、食事の席へついた。
「そんじゃ、早速剥いていくぜ」
ふたり並んで夕食の片付けを済ませ、フルーツナイフと皿を持ってリビングへ戻った。
彼の手のなかにある桃は、薄皮を丁寧に剥がされ、瑞々しい果肉を晒している。中心にある 820
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/俺が遅刻をするワケ
一人称を練習しようキャンペーンリィンとの待ち合わせには、ほとんど遅刻する。
そして今回も、待ち合わせ場所には先にリィンがいた。待ち時間を潰すため持ってきただろう文庫を片手に、日陰のあるベンチで休んでいる。
前に俺が夏向けに選んでやった、涼しげな生成りの白いジャケットに黒のスラックスを卒なく着こなした姿は、通りすがりの視線を独占していた。
本人はあれで目立っている自覚がない、というところが困る。
側に植わった樹木の木漏れ日がまた、憎い演出をしていた。黒と白の対比がアイツの清廉な横顔を彩っている。
救国の英雄、灰色の騎士。俺の好きなヤツは本人の気質も相まって、それはそれはよくモテた。
少しずれたらしい伊達眼鏡のブリッジを、中指で律儀に直している。顔を隠す目的でかけているそれは、なんとも彼に似合っていない。
また、リィンがページをめくっている。これ以上待たせるのも悪いだろう。俺は眺めるのもそこそこにリィンへ歩み寄った。
「よっ、待たせたな」
声をかけた途端、本に目を落としていたリィンが顔をあげる。
俺を視界に入れたアイツの顔が緩んでいく。こっちが気恥ずかくなるくらい、俺のことを好きなんだと教えてくれるこ 813
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/Ⅰ夏至祭前/夏の気まぐれ「クロウ先輩、こんなところでサボりですか」
最近は見慣れるようになった銀髪が、校舎の隅に植えられた、樹木の根元に寝転んでいた。
額に滲んだ汗を半袖で拭う。ここはちょうど風の通り道のようで、涼やかな風が吹き抜けていた。
「クロウ、先輩?」
先ほどの呆れた声は形を潜め、心配の色が帯びる。膝を折り、彼の顔を覗き込んだ。
目蓋は閉じ、胸部がわずかに上下している。耳を澄ませば、微かな寝息まで聞こえてきた。
「ね、寝てる……」
すわ熱中症か脱水症状か、と肝を冷やされたリィンは安堵しながらも恨みがましい目を向けた。
健やかな寝顔を晒す彼は、いっこうに起きる様子がない。
しばし逡巡してから彼の隣へ腰を下ろした。
「先日の、旧校舎ではありがとうございました。エリゼを助けられたのは先輩たちのおかげです。それから、――俺の力のこと、黙っていてくれて、ありがとうございます」
見上げた木漏れ日を、吹き抜けた風が揺らしていく。寄りかかった幹が冷たい。汗はもうすっかり引いていた。
「俺、あのとき先輩たちの目が変わってしまうんじゃって、思って、怖かった、です」
クロウやパトリックを巻き込んでしまった 845
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/過去捏造/異国で出会った初恋の人「んじゃ、俺はちょっとこの辺探索してるわ。十五時までには戻ってくるから」
祖父と入った百貨店⦅プラザ・ビフロスト⦆からひとり飛び出したクロウは、初めて来た街に目を輝かせた。九歳の誕生日を迎えたばかりの目には、どれもこれも目新しく映る。
エレボニア帝国の中心、帝都ヘイムダルは、故郷とは比べ物にならないほど巨大な都市だった。ヴァンクール通りを抜け、トラムに乗り、ドライケルス広場へ出る。そうして背の高い銅像をまじまじと見上げていたときだった。微かに鼻を啜る音が耳に入った。
「お前、ここで何してんの」
音を頼りに銅像の裏側を覗くと、膝を抱えた黒髪の子どもがいた。クロウが声をかけた途端、顔をあげる。こぼれそうな涙に怯んだ。
「知らない人とは、話しちゃいけないんです」
ぐぐぐ、と涙が競り上がっている。律儀な迷子だ。頬を掻いたクロウは膝を折り、迷子の頭を撫でた。
「俺、クロウ。お前は」
「リィン……」
「リィン、俺の名前分かる?」
リィンの眉根が不機嫌そうに寄る。
「それくらい分かる。クロウだ」
「そうだ。んじゃ、俺は知らないヤツじゃないな」
固まったリィンが、あれそうだっけと戸惑いなが 828
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/待ち合わせもいとおかし「そこのお兄さん、今ヒマ?」
読んでいた本から顔をあげる。目の前には待ち合わせ相手のクロウがいた。
また新調したのだろう、蒼みがかった灰色のライダースジャケットを羽織った姿は、今日もかっこいい。黒い革の手袋もよく似合っていた。ファッションには疎いが、クロウが選んだものには間違いがないことを俺はよく知っている。俺が今着ている服も、以前に選んでもらったものだった。
「新手のナンパか? それに暇ではないな。待ち合わせ相手待ちだ」
俺の座るベンチの隣りに、落ち葉を払ってクロウが座った。本を読ませてくれるつもりなのだろう。紙の栞を挟み、本を閉じる。クロウの眉があがった。気にしなくていいと首を振る。気遣いは素直に嬉しかった。
「こんなにキレイなお兄さんを待たせるなんてな。どんなヤツなんだ」
「嫌になるくらいかっこいい奴、かな」
クロウの顔が、渋い紅茶を飲んだときのものになる。あのときは、それでも捨てずに最後まで飲み干していたのを思い出して笑った。
「前は顔を赤くして、そりゃあもう初々しかったのに」
俺がクロウの言葉に振り回されていたのは、もう随分昔の話だ。あの頃は安易に気持ちも言葉にでき 836
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅣ後両片思いクロリン/エリオット視点
恋は盲目「なあ。エリオットは知ってるか。リィンの好きなヤツが誰か」
一瞬思考が止まったエリオットは思わず、それってクロウのことだよねと口走りそうになった。
「え、っと。なんでそんな話になったの」
今日は、クロウと喫茶店で待ち合わせていた。そこに現れた彼があんまり悲壮な雰囲気を醸し出していたので、見事な肩透かしを食らってしまう。
ふたりの微妙な関係に周囲は歯噛みしつつも、温かく見守っていこうと決めていた。ふたりとも大切な友人だ。幸せになってほしかった。
巨イナル黄昏によって引き起こされた大戦終結後、リィンは忙しいながらも平和な日々を過ごしているようだった。クロウもまた、一度終わった生をふたたび歩みはじめたところだ。彼らなりの速度というものがあるだろう。
「このあいだ、バレンタインがあっただろ。リィンはもらったのかって話になったんだが、新Ⅶの連中が、アイツは本命がいるからチョコは全部断ったって」
はあ、と気のない相槌をしてしまった。注文していたカフェオレが美味しい。
「しかも、よくよく聞いたらいい加減でお調子者で? 頼りがいがあって面倒見はいいらしいが、今はあっちこっちをフラフラしている 858
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/レモン味はキスの味
創後の話十月最後の日。オーレリア分校長の思いつきではじまったリーヴス第二分校のハロウィンは、生徒会の尽力により大盛況のまま幕を閉じた。
「やっぱりここにいたか」
「クロウ。ああ、少しだけ仕事を片付けていこうかと」
職員室に顔を出したクロウはまだ顔半分に包帯を巻いたままだった。ふたたび書きかけの報告書へ目を落とす。
「そういうのはまた明日にすりゃあいいんだよ」
「まあ、そうなんだが」
紙のうえで止まっていた手をふたたび動かす。軽く頭を撫でた彼が近くの椅子へ腰掛けた気配に頬を緩めた。
クロウが第二分校に復学したのは先月のことだった。突然やってきた彼は、学校くらいきっちり卒業しておかないとな、なんていたずらが成功した子供みたいな顔をしていた。
「教官業おつかれさん。ほらよ、飴くらい舐めて糖分補給しとけ」
「ああ。ありがとう」
仕事を片付け、クロウと並んで歩く宿舎への帰り道、かわいい包みの飴玉をもらった。今日のハロウィンイベントで配られたものだろう。早速口のなかへ放り込む。レモンの味だ。
カロ、と飴玉が転がった。柑橘特有の爽やかな酸味に目を細める。じとりと汗ばんだ手でクロウに縋り、いいように 850
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジⅠの頃の両片思いクロリン/夏の暑さのせい「ファーストキスって、本当にレモンの味がするんですか」
「なんだよ。さっきの鵜呑みにすんな。ゼリカが言ったことだぞ」
学生会館の階段を降りるリィンは心ここに在らずだった。先ほど生徒会室でアンゼリカから聞かされた話を反芻しているのだろう。
「クロウ先輩のファーストキスは、どうでしたか」
降り途中の階段で、足を止めたリィンがこちらを見下ろしていた。踏み込んだ質問だと自覚があるらしい。夏服の半袖から伸びた腕をしきりにさすっている。
「それについてはコメントを控えさせて貰うぜ」
汗ばんだ頸を拭う。口のなかで飴玉が転がり、カロ、と軽い音を立てた。爽やかな酸味が広がる。
お節介なアンゼリカに押し付けられたレモン味の飴だ。素敵に演出してあげるといい、だなんてお節介でポケットにねじ込まれた飴だ。それを素直に口へ放り込んでいるのもどうかしている。
夏の暑さのせいだ。
また、飴玉が転がる。
「なあ、ファーストキスの味。本当に知りたいか」
クロウの問いかけにリィンは胸元のシャツを握り、戸惑いながらも頷いた。
降りた階段をふたたび上がる。彼とのあいだにあった段差が埋まった。
一段下から背伸び 834
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/ひとり占めしたい「ほらよ、リィン。エリゼちゃんとアルティナから手紙来てるぞ」
ふたり揃ってまとまってとれた休日。普段より少しだけゆっくり起きたリィンは、玄関から入ってきた恋人の背中へ腕を回した。鍛え上げられた厚い胸板が腹立たしい。
「クロウが、……起きたらいなかった」
クロウの胸元に顔を埋め、くぐもった声で不満を訴える。彼は喉奥で笑っているのか、触れている首元から振動が伝わってきた。
「そりゃすまんかった。あんまり気持ち良さそうな顔で寝てたもんだから起こしちまうのが惜しくてな」
「そんなの気にしなくていいのに」
「まだ寝ぼけてんなあ」
起きていると抗議しても躱される。くつくつ笑う彼に抱きついたままソファに誘導された。
隣りに座れば身体が離れてしまう。
まごまごしているうちに腕を引かれ、クロウの膝上に乗り上げた。彼の胸にひたりと頬をつける。リィンを押し上げる強靭な鼓動に目を閉じた。
「もう一回寝とけ。用があるなら間に合うよう起こすから」
背中を撫で、あやす手つきにため息が出る。リィンより少し高い彼の体温が心地よかった。
「クロウ、と、釣りに行きたい」
「了解。久しぶりにオルディスまで出て海釣 815
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/今宵食べられたい「今日で三週間、か」
バツの並ぶカレンダーを睨んだリィンは肩を落とした。
クロウとセックスをしなくなってかれこれ三週間経つ。合間に二度ほどお互いの休息日が重なったものの、ベッドのなかでそわそわして待つリィンを置いて、彼は隣りで熟睡していた。
ふたりで暮らしはじめてはや二年。
同棲一年目は、ふたつ並んだ歯ブラシや二人分の食器にさえ喜んでいたものだった。
「飽きた、とか」
口からこぼれた言葉に首を振った。
男を抱くのは確かに面倒だ。それでも毎回リィンがひとりで事前準備するのを、手伝わせろと文句をつける彼が飽きたとは到底考えられなかった。
「……いつもクロウに誘われるばかりなんだ。俺からも誘ってみよう」
随分前にⅦ組生徒一同からだとミュゼらから贈られた箱を開ける。
ちょうど明日はふたりの休息日。リィンは今夜、クロウを誘う決心をした。
「お、リィン風呂遅かったな。そろそろ寝るぞ」
ベッドサイドの灯りで本を読んでいたクロウがこちらに目を向ける。分かりやすく固まった彼に歩み寄り、ベッドに乗り上げた。理性を捨て切れず羽織ったバスローブの下で擦れる薄着が擦れてむず痒い。
これからク 800
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/創ed後/乱されるなら夜がいい「ということで、今日は茶道部の見学に来ていただきます」
学院祭を終えたある日の放課後、二年生に進級したミュゼが教卓に立ちそう言い放った。
「んだよエセふわ」
「先月、クロウさんたちと軽音楽部の部活見学に行かれたそうじゃないですか。ズルいです。リィン教官には他の部活も見学する義務があると思います」
リィンの腕にしなだれかかるミュゼは頬を膨らませている。同様に学院へ残り、今年から生徒会長を務めているアッシュは嫌そうに顔を顰めた。
結局、日替わりで各部活を巡ることに決まり、初日である今日はミュゼの所属する茶道部を見学する流れになった。
「着物まで準備していたんだな」
赤を基調にした東方由来の着物へ袖を通したリィンは帯を整え、一息つく。クラスメイトの着物もそれぞれしっかり用意していた彼女によりⅦ組の面々も見学に同行していた。
「もちろんです。クロウさんの分も用意していますので、後ほどお渡しくださいね」
渡された深い蒼を基調とした彼らしいそれに目を細める。ふたたび旅に出た彼を思い、そのうちなと曖昧に笑った。
「んで、それがこの着物つーわけか」
先に自身の着物へ袖を通したリィンはクロウ 789
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ新年初めての朝/創から数年後
クロリンシーツから出た腕が冷え、目が覚めた。
「クロウ……?」
日の出を迎え、明るい室内に瞬く。
昨夜、年越し祝いに彼とふたりで酒を数本あけたところまでは記憶があった。
隣りにあるはずの体温を探していた腕をふたたび引き入れ、寝返りを打つ。頭痛に耐えながら裸体にシーツを巻きつけた。
腰周りには馴染みのある鈍い痛み。足の付け根にも痛みがあり、受け入れたような感触も残っていた。
お互い話さないでもなんとなく昨夜はそういうことになるだろうとは予想していたが、深酒が祟って記憶が途切れてしまうのは想定外だった。
「お、リィン起きたか。気分はどうだ」
嗅ぎ慣れた爽やかなハーブティーの香りに知らず知らずため息が出る。
寝室の扉を開けたクロウがトレイにポットを乗せ入ってきた。
渡されたカップを両手で包み、ゆっくり口に含む。二日酔いで気だるい身体によく染み込んだ。肩から落ちかけたシーツを手繰り寄せる彼は今日も甲斐甲斐しい。
「クロウ、その」
「ぶっちゃけ、どのへんまで覚えてる」
まだ痛む眉間を揉み、言葉を濁す。
クロウの手が髪を梳くように頭を撫でた。柔らかい声音におずおず口をひらく。
「ブラン 789
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリンⅣED後/幼い恋人
ク幼児化巡回魔女として地脈を鎮める旅をしているエマから珍しく通信が入った。ちょうど現在駐留している演習地付近だったこともあり、リィンは急ぎ彼女の元へと向かった。
「ク、ロウ……?」
「おう」
待ち合わせに指定された酒場にいたのはエマと不機嫌を露わにするクロウだった。床に届かない足を揺らしてはいるものの、間違いなく彼だ。垂れた目尻はそのままに、なだらかだった頬骨の曲線はまろく幼い。背格好もリィンの半分にも満たなかった。
見慣れない彼のつむじをまじまじと観察していると、彼の鋭い視線が刺さる。
「どうやら姉さんの仕業みたいで」
エマの姉、彼女と同じく魔女でありクロウの導き手だったクロチルダの仕業だと語るエマは数日経てば戻るというクロウを託して再び巡回へ戻り、子どもひとりで旅は続けられないからとクロウはそのままリィンとともにリーヴスへ帰ってきていた。
「本当にクロウなんだな」
自室で膝のうえに抱えたクロウの幼い手のひらをふにふに握る。繋ぐとリィンより少し大きな彼の手が、今はすっぽり包み込めた。
「それにしても、ふふ」
幼い彼を連れ歩いているせいで生徒らにからかわれるリィンの足にしがみつき、逐 768
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/メリークリスマス
一足早いですが、思いついたときに書きたい人ユミルほどではないが、冬のジュライは寒い。
リィン・シュバルツァーは港の欄干に身を預け、波が次々に砕けていく様をなんともなしに眺めていた。港に停泊している船は暗い闇の波間に揺れ、静かだ。
「見つけた。ここにいたのか」
後ろからリィンより大きな身体に抱きすくめられ、穏やかな声が降ってくる。見上げるように振り向くと、垂れた目尻をますます下げた恋人、クロウ・アームブラストだった。
「クロウ。少し海が眺めたくて」
「やっぱり山育ちには珍しいもんかね」
彼の顎が肩口に乗せられる。寒い、寒いと言いながら彼のコートはしっかりリィンを包んでいた。
「過保護」
「俺も暖をとれるからいいんだよ」
抱き込む彼に寄りかかる。びくともしない。リィンもそれなりに鍛えていると自負しているが、得物が太刀であり、元々の体質も手伝って彼ほどしっかりした筋肉は未だに得られていない。
悔しさをぶつけるようにますます背後に体重を預けた。
「これだけ寒けりゃ雪でも降るかもな」
独り言のようなそれが白い息に交じる。吹き付ける海風に晒された鼻頭も赤くなっていた。
「積もるか?」
「わくわくすんな。お前んところほどじゃない 840
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジクロリン/特別な贈り物
創ED後「またクロウから荷物か」
カプア特急便から受け取った荷物を自室へ運び込んだリィンは重荷から解放され、ため息をついた。昔はよくこちらから土産を彼に渡したものだが、今はすっかり立場が逆転している。
彼が贈ってくるのはいつも旅先にある名産品の菓子で、食べてしまえば手元に残るものがないのがいささか寂しい。それでも、届いた連絡ついでの通信で味の感想を伝えたり、互いの近況報告が密かな楽しみだった。
「それにしても今回は包みが少し大きいな。それにこの香りは、もしかして」
菓子が入っているだけとは思えない、ずっしりとした重み。一抱えもある大きな荷。そして、鼻腔をくすぐるほのかな柑橘系の香り。
期待に胸を膨らませて段ボールを開封した。
開けた拍子に室内を特有の爽やかな香りが占める。なかには片手でなんとか掴めるほどの柚子がごろごろと入っていた。一番上に走り書きしたらしい紙が乗せられていた。
――寒い冬に湯船へ柚子を浮かべて風呂に入る風習があるそうだ。温泉マニアのお前にちょうどいい土産だろ。
なるほど、柚子がこれだけあれば宿舎にある大浴場へそれぞれ半分ずつ入れても満喫できる量だ。
クロウの細 831
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ両片想いクロリン/俺の好きな人の好きな人
創ED数年後「悪いな、好きなやつがいるから」
食堂裏、中庭のすみに探していた人影を見つけたリィンの足が止まる。相手の声は聞こえないもののクロウの話しぶりから、生徒からの告白を受けているのだと察した。
若い青葉たちにとって、身近な年上の色男は刺激が強いようだった。垂れた目尻の醸し出す柔らかな印象も手伝い、すとんと恋に落ちてしまう。
リィンもまた、初対面の一学年上の彼に淡い初恋を抱いたくちだった。
紅耀石の瞳にライノの花。あれからもう五年以上、彼に恋している。
「そうだな。ああ。悪いかよ。期待しているところ悪いが、残念ながら片想いだ」
リィンからは彼の背中しか見えない。生徒の髪をぐしゃぐしゃにしてからかう風景に自分のそれが重なった。
「どんなやつって、聞いてどうすんだよ。仕方ない。特別だからな。清々しいくらいまっすぐで、一度決めたら絶対に譲らない。そのくせ妙なところで悩んじまう。甘えベタなかわいい奴だよ」
ちらりと見えた横顔に胸が締め付けられる。いてもたってもいられず、踵を返してその場から逃げ出した。
「――クロウ、好きな人がいたんだな」
認めたくない事実が口からこぼれ落ちる。
休日だ 799
甘味。/konpeito
TRAINING本日の800文字チャレンジ寒い夜もふたりなら/同棲クロリン「夕食の準備はこれくらいでいいか」
野菜と肉を煮込んだ鍋を火から下ろし、愛用のエプロンを外す。
時刻はまもなく十九時になろうかというところだった。
隣で作っていた小鍋からマグカップにホットワインを注ぐ。シナモンスティックで混ぜながら口をつけた。喉を通過するほどよいアルコールが身体の芯から温めてくれる。恐らく冷えて帰ってくるに違いない恋人にも分けてやろうと頬を綻ばせた。
出窓から道路を見下ろせば肩を縮めて走ってくる影を見つけた。クロウだ。
見上げた彼と目が合い、小さく手を振る。
ますます速度を上げた彼はあっという間に我が家へ到達していた。
「おかえり、クロウ」
「ただいまリィン、寒い。すげえ寒い。暖めてくれ」
帰宅したクロウに両手を広げられ、そのなかに飛び込む。鼻の頭を赤らめた幼く見える彼の相貌が愛おしい。
「あー、あったかい。こんな寒い日くらい残業なしにしてもいいと思わないか」
「それはクロウが常日頃から仕事をしていればいい話なんだからな」
今飲んでいるものを彼にも出してやろうと腕のなかで身じろぐ。離れたのはつかの間で、今度は背後から抱き込まれた。仕方なく背中にそれをつ 821
甘味。/konpeito
TRAINING後ろ向きな覚悟は要らないⅣラスト、ミシュラムにて。クロリン
本日の800文字チャレンジ/12.21改稿「後ろ向きな覚悟じゃ女神は微笑んでくれない、か」
鏡の城、最奥にてベリルから聞かされた言葉だ。
誰にも知られず抱えたものを見透かされて決まりが悪いが、おかげで覚悟も決まった。
コートのポケットに差し込んだ指先に鎖が絡む。
似合うと思って、そんななんでもないふうに渡された銀狼の指輪が脳裏をよぎった。あのとき渡した彼は、どんな顔をしていただろう。
明日を見届けたあとは消える存在だ。このままなんの形も残さず、未練になりたくなかった。それが後ろ向きな覚悟なのだとしたら、出すべき答えはひとつだ。
妙な緊張が喉に絡む。先行くリィンの指を絡めとった。
「なあ、リィン。チケット一枚俺にくれないか」
緩やかに上昇していく観覧車のなか、向かいに座ったリィンは夜景も目に入らない様子だった。
当然かもしれない。彼の持っていたチケットでもう一度観覧車に乗らないかと誘ったのはクロウだった。
「こっち。隣こねえか」
ポケットのなかで鎖の感触を確かめ、口火を切った。
「クロウ、」
「リィン、こっち」
「……分かった」
察したリィンが渋々となりへ腰を下ろしてくれた。空いた距離を縮めると、隣の身体が強 895