ワインとマナー 北村想楽と九十九一希は、二人きりの時だけ酒を飲む。
ふわり、それは口にせずに決まった取り決めだった。
北村想楽、清澄九郎、九十九一希。彼らは北村想楽が成人した日にどこにでもある居酒屋で酒を飲んだ。個室は狭く、バイトであろう店員は彼らの顔を見て、あっ、と言ったけれど、騒ぎになることはなかった。
飲酒。全く変わらない北村想楽、少し赤くなった九十九一希、そして、嗚咽を漏らす清澄九郎。賑わう店内で、その個室だけは空気が薄くなったようだった。
緑茶サワーを二杯飲んだ清澄九郎は、残り二人が飲んでいる酒が緑茶サワーではないことを悲しみ、さめざめと泣いた。ごめんねー、とそれをなだめ、あやすように緑茶サワーを注文しようとした北村想楽の手を、思いの外強い力で清澄九郎が掴んだ。そして、泥のような声で己の鍛錬が足りないから貴方にお茶の魅力が伝わらないのだと泣き、それ故に気を使わせたことを泣き、やがて世界の酒をすべて緑茶サワーにすると誓い、泣いた。その決意の涙を九十九一希はぼんやりと眺め、その真摯な涙を北村想楽は拭ってやっていた。
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