夏に溶ける「百々人先輩は『韜晦』って知ってますか?」
「とうかい?」
「はい。最近知った言葉なんですけど、なんかいいなって」
韜晦。秀はその言葉の意味を口にしなかった。ただ、その言葉の本質を愛したというよりは、例えば『きらきら星』で繰り返される音を気に入ったというような、そういうことをポツリと呟いた。口にした時に自らの声が、ぼんやりと間延びする様がいいと言う。
「どういう意味なの?」
百々人の問いかけに秀は目を細めて、小さな声で「教えたくないな」と息を吐く。
「この世にスマホも辞書もなければいいのに」
秀は百々人が取り出しかけたスマートフォンを手で押さえた。そうして、どうせ知られるのなら自分が教えると口を開く。
「行方を眩ますことです。あとは、地位や本心を隠すこと」
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