甘い香りに騙されて 牙崎漣が様々な屋根の下を渡り歩いて覚えたこと。その中のほんの一部。
彼が「カフェなんとかのケーキ作るやつ」と呼ぶ男──名を東雲という──の家に行けば甘いものが食べられるということ。甘く満ちる香りの温度を自分は案外好きだと言うこと。パンケーキの生地を生のまま舐めるとやんわりと窘められるということ。
そして、その男は気まぐれに来訪しても自分を無碍にしないこと。
今日、牙崎は甘いものが食べたかった。ラーメンではなく、甘いものが食べたかった。だから、足は彼がらーめん屋と呼ぶ人間の家には向かず、普段は曲がらない角を右に。
当然のように目当ての家の扉を叩けば、いつものように東雲が出迎えた。彼は漣を見て柔らかく笑ったあと、まだ何もできていないこと、これから気まぐれな来訪者の為に何かを作るということを告げた。
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