取り返してきなよ! 最初は小さな違和感だった。優しいと思っていた村上の言葉の端に、小さな引っ掛かりを感じた。ただそれは簡単に流してしまえる程度のもので、市河もすぐに忘れてしまった。
市河は籠いっぱいのカブトムシを眺める。それは洗って干したもので、冬に食べるために乾燥させたものだ。
「本当に市河殿はカブトムシがお好きですね」
村上の嗅ぎ当てた場所で市河は山ほどのカブトムシを獲った。一度に獲れる量としてはこれまで貞宗と獲った量とは比べ物にならなかった。
「これほど獲れたのだから、貞宗殿にも差し上げなくては」
貞宗殿もこれほどのカブトムシを見ればきっと機嫌を直してくれる。市河は籠の中から特に大きいものを選りすぐった。
すると村上が小さなため息をついた。僅かに空気が張り詰める。市河が見ると、村上は優しげな顔をしていた。
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