あの頃は「マトリフさん……ですよね」
低い声に呼び止められて、マトリフはこのまま逃げてしまおうかと考えた。先ほどから後をつけられていることには気付いていた。盗み見た風体から、どこかの金貸しだと思ったからだ。
だが走って逃げるには難しい状況だ。ここはオフィス街で人通りが多く、すぐ先には横断歩道があるが信号は赤だ。路地に入って捕まったりしたら何をされるかわからない。
ここは穏便に済まそうとマトリフは振り返る。そしてその巨躯を見上げた。遠目に見た時から大きいと思ったが、直近で見るとかなりの迫力だ。スキンヘッドに刺青、スーツをきっちりと着込んでいるが、鍛え上げた肉体がはっきりとわかる。
「人違いだな」
まさかこんな言葉を信じるとは思わなかったが、大男ははっきりと動揺した。
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