時緒🍴自家通販実施中 短い話を放り込んでおくところ。SSページメーカーでtwitterに投稿したものの文字版が多いです。無断転載禁止。 ☆quiet follow Yell with Emoji Tap the Emoji to send POIPOI 192
ALL 狡宜版深夜の創作60分勝負 文体の舵をとれ ワードパレット 夏五版ワンライ 800文字チャレンジ 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題:「昔話」「リラックス」「見惚れる」盗賊団の伝説を思い出すネロが、ブラッドリーとの初めてのキスを思い出すお話です。軽いキス描写があります。かつての瞳 ブラッドは酔うと時折、本当に時折昔話をする。 普段はそんな様子など見せないくせに、高慢ちきな貴族さまから後妻を奪った話だとか(彼女はただ可哀想な女ではなく女傑だったようで、しばらく死の盗賊団の女神になり、北の国の芸術家のミューズになった)、これもやはり領民のことを考えない領主から土地を奪い、追いやった後等しく土地を分配したことなど、今でも死の盗賊団の伝説のうちでも語り草になっている話を、ブラッドは酒を飲みながらした。俺はそれを聞きながら、昔の話をするなんて老いている証拠かなんて思ったりして、けれど自分も同じように貴族から奪った後妻に作ってやった料理の話(彼女は貧しい村の出で、豆のスープが結局は一番うまいと言っていた)や、やっと手に入れた土地をどう扱っていいのか分からない領民に、豆の撒き方を教えてやった話などを思い出していたのだから、同じようなものなのだろう。そしてそういう話の後には、決まって初めて俺とブラッドがキスをした時の話になる。それは決まりきったルーティーンみたいなものだった。 1852 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題「愛」「誕生日」「食べる」盗賊団に入る前の食事を思い出すネロが、みんなに誕生日お祝いをされるお話です。君はいい子 満足に食事をとることが出来たのは、ブラッドの盗賊団に加わってからのことだった。それまでの俺は三食なんてもってのほかで、俺をいいように使っていた人間の男たちから、薄い塩味のくず野菜のスープにありつけたら万々歳、そこにうすっぺらい肉が浮かんでいたら狂喜乱舞、といった感じだった。残り物だからと腐った肉を食わされた時もあったし、当然何もない日が続くこともあった。とにかく、力のなかった俺には、北の国での生活は過酷だった、というわけだ。 ブラッドは部下に対して、愛を惜しまなかった。どんな寡黙な男たちだって彼の優しさに触れれば涙して、あなたに一生ついてゆくと言った。そして危険な仕事につき、みなボスのためならと喜んで石になっていった。 3632 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題:「花火」「熱帯夜」「一途」ムルたちが花火を楽しむ横で、賢者の未来について語ろうとするブラッドリーとそれを止めるネロのお話です。優しいあなた 夏の夜、魔法舎に大きな花火が上がった。俺はそれを偶然厨房の窓から見ていて、相変わらずよくやるものだと、寸胴鍋を洗う手を止めてため息をついた。食堂から歓声が聞こえたから、多分そこにあのきらきらと消えてゆく炎を作った者(きっとムルだ)と賢者や、素直な西と南の魔法使いたちがいるのだろう。 俺はそんなことを考えて、汗を拭いながらまた洗い物に戻った。魔法をかければ一瞬の出来事なのだが、そうはしたくないのが料理人として出来てしまったルーティーンというものだ。東の国では人間として振る舞っていたから、その癖が抜けないのもある。 しかし暑い。北の国とも、東の国とも違う中央の暑さは体力を奪い、俺は鍋を洗い終える頃には汗だくになっていた。賢者がいた世界では、これを熱帯夜というのだという。賢者がいた世界に四季があるのは中央の国と一緒だが、涼しい顔をしたあの人は、ニホンよりずっと楽ですよとどこか訳知り顔で俺に告げたのだった。——しかし暑い。賢者がいた世界ではこの暑さは程度が知れているのかもしれないが、北の国生まれの俺には酷だった。夕食どきに汲んできた井戸水もぬるくなっているし、これのどこが楽なんだろう。信じられない。 3531 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/5 ブラネロ版ワンドロライお題:「エスコート」「秘めたもの」「赤面」ネロが寝ているところに、不思議な指輪を持って箒で訪ねてくるブラッドリーのお話です。ちょっと甘め。月の魚 夏の日の夜半すぎ、コツコツと窓が叩かれる音がした。 俺はちょうどその時自室のベッドでまどろんでいて、意識があやふやだったから、最初のうちはそれを夢の中の幻だと思った。けれどその音はしつこく鳴り続けたので、俺はいよいよ目を覚まし(久しぶりに早寝をして気分がよかったのに最悪だと思った。汗はかいていたが)身体を起こし窓を見た。 あたりは月と星の明かりしかなく薄暗かったけれど、分厚い硝子窓越しに映る人影はきちんと見えた。それは紛れもない、俺の元相棒であるブラッドのものだった。どういうわけか知らないが、彼は愛用の箒に乗り、何やらリズムを刻んで不透明な窓を叩いている。鼻歌を歌うようなそれに俺はため息をついたけれど、彼が何かを思いついてしまった時にはことは全て遅く、俺に出来ることは一つもなかった。今夜も、ブラッドは空想を現実にしようとしているか、もうしてしまったのだろう。 3448 時緒🍴自家通販実施中TRAINING12/17ワンライお題【断れない・飛行機】花城の命令により捜査で夜飛行場に行った狡宜が、行動課に帰るまでのお話です。キスを送る 俺たちは花城の命令を断れた試しがない。それは彼女の強引さによるものものも大きかったが、俺たちが、いや俺がどうも彼女に弱いところがあるのが原因のように思える。今夜薄暗い中もこうやって飛行場で飛行機が飛ぶのを見上げながら殺人事件の捜査にあたっているのも、そもそもが俺が彼女の命令を断りもせず(それが公安局に捜査権があったとしても、だ)、しずしずと車を駆ったのが理由の一つだった。 今回、高濃度汚染水で溺死した男の捜査にあたったのは、彼が外務省の職員だからだった。公安局に任せればいいものを、もし彼が担当していた事件の秘密が漏れてはまずいと、上層部が花城に声をかけたのである。そういうことならば、彼女も俺と同じで、上の命令を断れない人種なのだろう。それがいいのかどうかは分からないが、そういう性質を持つということだけは確かだった。 2661 時緒🍴自家通販実施中TRAINING2022年宜野座さんお誕生日おめでとうSSです。パーティーを開いてもらって遊ぶお話です。お誕生日おめでとうございます!in the room 欲しいものを欲しいと言えたのは、父がまだ俺の元にいた頃のことだ。あの人が去ってから、俺は心から何かを求めることがなくなってしまった。誕生日を祝う会を催すと花城に言われた時、暗に欲しいものを聞かれて、俺はとっさに何も答えられなかった。欲しいものはなかった。ずっと、父がいなくなってしまってから、俺に欲しいものはなかった。あの人が帰ってきて、母と一緒に暮らせるのなら、他には何もいらなかった。だが、それは幼い頃の幻だ。絶対に叶うことのない、ゆめまぼろしだった。 「酒、進んでないじゃないか」 花城が借りたらしい、薄暗いホテルの一室の中で、馬鹿高いウィスキーを片手に狡噛が言う。昨日までの任務の疲れからなのだろうぼんやりとしていた俺は、それにすぐに答えられず、手に持ったやはり樽の香りが芳ばしいウィスキーのグラスを無意味に揺らすだけだった。 2802 時緒🍴自家通販実施中TRAINING11/19ワンライお題【上司・録音】縢くんと仕事終わりに喋ってる狡噛さんが、佐々山のことを思い出したり、宜野座さんとのことを考えている執監です。過去と終わり ギノが俺の上司になったのは、全てこちらの至らなさによるところが大きい。もし俺が執行官堕ちなどしなければ、彼はいつまでも同僚であり、親友であり、恋人であっただろうから。それでも、そんなに大切な人と思っていたくせに、譲れないものがあると彼を苦しめたのは他でもない俺だった。情けないことだ、あれだけ愛していると言ったくせに、俺はかつての部下だった、憧れてやまなかった、刑事らしい刑事であった猟犬が残した事件に今も夢中になっているのだから。犯人という亡霊に夢中になっているのだから。 しかし、それでも、ギノの鋭い視線を受ける度に、こちらを傷つけているように見えるくせに自分が傷ついているあの視線を受ける度に、俺はどうしてもあの本当の自分を見せずに生きている彼を愛おしく思うのだった。狡噛、狡噛と俺の名を呼んでくれたあの青年のことを、自分が取りこぼしてしまったものの大きさにおののくのと同時に、彼の秘めた優しさを愛おしく思うのだった。 3758 時緒🍴自家通販実施中TRAINING11/05ワンライお題【文化祭・縁】何十年かぶりに復活した文化祭で映画を見る狡宜のお話です。the plup クラブ活動すらない現代の高等課程で、その目玉のような学園祭を復活させようという動きは、どういうわけか数年に一度起こるのだという。それは考査に向けて忙しい生徒を除いての話らしいのだが、まだ人生の全てを決めるそれには関係のない俺も、やはりというかなんというか、皆で一つの何かを成し遂げるという行事には興味が持てなかった。 けれど、狡噛はそうではなかった。そして学年の中心にいる狡噛が心動かされるものには、みんなが心動かされたのだ。 結果的に狡噛を含めた数人が動き、教師の黙認のもと、文化を尊んだらしい秋のこの時期に、シビュラシステムに違反しない限りで前世紀のそれを模倣することになった。とはいえ、それらはフードプリンターで作った菓子を喫茶店方式で売るとか、不用品を持ち寄ってバザーをするとか、芸術家志望の学生が記念にコンサートをするとかの、ごくごく気楽なものだった。もちろん公式の行事ではないため参加しないでも許されたから、俺はその日を勉強に充てることにした。図書室にはそんな生徒も多くいて、だから俺はあの特別教室の中で浮かなかった。外のざわつきは気になったけれど、集中すればすぐに忘れてしまった。忘れたかったのもある。皆に囲まれている狡噛を見るのが、少しつらかったのもある。でも、そんな俺を連れ出した人間がいた。もちろん、狡噛である。俺のたった一人の友人で、親友で、縁があってつい最近恋人になった男が、また俺を外に連れ出してしまったのだ。 3562 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/29ワンライお題【木枯らし・ふわふわ】東京で事件を解決した後ホテルに泊まった狡噛さんと宜野座さんが、ノナタワーを見て縢くんを思い出すお話です。外外です。君を喪う 木枯らし一号が関東に吹いた時、俺たちはたまたま公安局との合同捜査で現地にいた。そんな日に懐かしい面々との再会もそこそこに俺たちは仕事に向かうことになったのだが、その任務については守秘義務があるし、霜月もいい顔をしないだろうからここでは割愛しておこう。 ただ、俺たちに割り振られたのは厄介な仕事だったことは確かだ。だからこそ行動課が呼ばれたのは分かっていたが、街中や廃棄区画を走り回らされたし、慎導らとともにドローン頼りでない、熱心な聞き込みまでやらされた。そのおかげで無事犯人は捕まり事件は解決し、俺と狡噛は今、騒がしい喧騒が消えた夜の東京で、霜月がとってくれたホテルにいる。 てっきり潜在犯である俺たちは執行官官舎にでも押し込められると思ったのだけれど、外務省とパワーゲームをする公安局は俺と狡噛、そして須郷を他省庁の特別捜査官であることを重視したのだろう。その結果がこのホテルなのだろうと、俺はいやに豪華なアメニティを見て思った。公安局にツテを持つ入国者が開いたこのホテルは、嫌味なくらい何もかもが丁重で重厚感があり、そして高級だった。 2761 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/22ワンライお題【明るい・髪】朱ちゃんが来る前の執監のお話。狡噛さんはほとんど出てきません。唐之杜さんとお話する宜野座さんが色々考えるお話。前の作品の対になっています。春が過ぎる 明るい青の色を灯していた瞳が暗くなってゆくのを、俺はただ見つめているだけだった。曲がりなりにも恋人だったのに、まるで他人事のように彼が堕ちてゆくのを見ていた。狡噛は俺にとっての光だったというのに、その光が消えてゆくのを、ただぼんやりと眺めているだけだった。 違法なストレスケア薬剤の密売ルートの摘発を行うのは、今回が初めてだったわけではない。売人はいくらでも現れるし、廃棄区画で主に行われる薬の製造を止めることはできないからだ。もし本当に違法薬物の売買を止めたいのなら廃棄区画を潰してしまえばいいのだろうが、それは厚生省が許さなかった。あそこはある種の隔離施設だったからだ。 製造元の工場を突き止めた時は、正しくは唐之杜が突き止めた時は高揚すらした。俺は何かに向かって突き進んでいなければ生きているという実感が湧かなかった。それは、狡噛が佐々山の最後の事件に執着しているのと同じ理由なのだろう。そして俺の瞳もきっと、彼と同じように暗く光っているのだろう。 2966 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/15ワンライお題【メンタル・派手】朱ちゃんが来る前の憔悴しきっている執監のお話。事件現場に突入した宜野座さんが怪我をして意識を失い、そんな宜野座さんに話しかける狡噛さんです。ちょっと暗め。永遠ことあれかし ギノが俺に隠れてメンタルケア薬剤を飲んでいることは知っていた。 監視官は厳しい仕事だ。狭い部屋に押し込められた執行官よりもずっと自由がなく、ただ事件を解決することだけを考えて一日が終わる。精神をすり減らして辞めてゆく者も多かったし、出世に固執していたというのに執行官に堕ちる者、矯正施設送りになる者もいた。それでもギノはぎりぎりの場所で、その地位にしがみついていた。まるで自分にはそれしかないと言わんばかりに、まるでそれしか自分には求められてはいないと言わんばかりに。 監視官は基本的に執行官の監督にあたる立場にある。猟犬を使い、彼らに犯人の思考をトレースさせ、自分たちは色相を悪化させないまま事件を解決するのだ。だが彼はどういうわけか、自分でドミネーターの引き金を引くことが多かった。それは監視官としては珍しいことだった。今の一係の監視官は彼だけで、それでも脅威的な検挙数を誇るのは、ギノの存在によるところが多い。だが、まるで彼は自傷するようにドミネーターの引き金を躊躇なく引き、犯人を執行してゆく。俺はそれを見るたびにいつ自分に向かってドミネーターの引き金に指をかけるのか気が気じゃなかった。執行官の俺が言ってもしょうがないのだろうけれども、俺はかつての恋人を心から心配していた。そしてそんなある日に、彼はあろうことか任務中に犯人と揉み合いになり派手な怪我を負ったのだった。 3080 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/10〜10/11開催『全国一斉色相調査会』、及びプチオンリー『二人の係数24時』のウェブ展示作品です。任務が終わって報告書を書いている怪我をした宜野座さんに、狡噛さんがコーヒーとマフィンを買ってくるお話です。イベント開催おめでとうございます!コーヒー&チョコチップマイフィン「ねぇ、その怪我大丈夫なの?」 もう少しで朝だという時間帯に、行動課のオフィスで書類仕事に励んでいると、花城はそう言って胸に抱えた情報共有用のタブレットを静かにデスクに置いた。そこには先ほど逮捕した男の情報が載っており、それは今まさに俺が上に上げる報告書に必要だったものだった。俺は「ありがとう」と言い、タブレットからデータを吸い上げる。 「あなたが頑丈なのは知ってるけど、絵面が危ないのよね。また医務室に行ったら? その包帯は目立つわ」 花城は額を指さし、すぐには俺から離れなかった。俺の容姿が、いや、頭に包帯を巻き、生身の手に止血テープを貼った部下の姿が気になったのだろう。とはいえ、絵面のわりにはそれほど怪我がひどいわけではない。数日経てば傷跡も消えてしまうようなものだ。ただ出血量が多かったので、念入りに手当てをされてしまっただけで。 4260 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/08ワンライお題【気晴らし・ダイエット】厄介な仕事を終えて狡噛さんの部屋をビールを持って訪ねた宜野座さんが、狡噛さんに過去について語られるお話です。need to be in love なんとはなしに狡噛の部屋を訪ねることはよくある。それは時に友人としてであったり、時に恋人としてであったりしたが、気晴らしを求めてということも少なくなかった。何せ彼の部屋には多くの希少な古本があり(日本語翻訳されていないものも多く読めるものは少なかったが)、紙のスリーブに入ったレコードや父が残した酒に負けないくらいのブランデー、そして今や色相悪化を理由に流通していない映画のディスクがあった。俺はそれを旧式のプレーヤーで見るのが好きだった。最新の流行映画にはない砂嵐ですら、芸術のように思えたからだ。レコードもよかった。かすかな雑音が、まるで耳のすぐ側で囁いているようだったから。 今夜もドアを開けたら、レコードプレーヤーから耳に馴染むなめらかで軽やかな女の歌声が聞こえてきた。三オクターブの声域を持つ、アルトの声の美しさ。狡噛が気に入るには少し甘すぎる声。批評家にロマンチックすぎると評価されたにもかかわらず、何度もグラミー賞を取りやがて殿堂入りした兄妹のポップ・ソング・グループ。世界的人気を得た彼らだったが、けれどヴォーカルが無理なダイエットから拒食症になり亡くなり、活動は突然終わりを告げる。彼女の死は摂食障害を世界にしらしめるものとなった。 2871 時緒🍴自家通販実施中TRAINING10/1ワンライお題【靴・スパイス】喧嘩をした後狡噛の部屋を訪ねた宜野座が、散らばった靴を見つけて…というお話です。狡噛が宜野座の機嫌をとっています。愛しき草原 狡噛の部屋にゆくと、見たこともない量の靴が散らばっていた。いや、これは散らばっているというか、靴箱を開いて放り出した、と言った方が正しいかもしれない。スニーカー、ブーツ、ローファーに正装用の革靴、それらが玄関を埋め尽くしているのだ。俺はまず何事かと思った。誰かが泥棒に入ったかと思った。けれど金になりそうな置物は取られていなかったことから、犯人は存在しないように思えた。いや、犯人の目的は金目のものではなかったのかもしれない。俺たちが一般人より持っているものといったら一番に情報だ。ということは、これはデバイスを狙った犯行かもしれない。だがそれにしても、靴箱を漁るなんて間抜けな泥棒だが。 「狡噛、いるのか」 3157 時緒🍴自家通販実施中TRAINING9/24ワンライお題【やわらかい・ゴリラ】本を読んでいる狡噛さんと話す宜野座さんです。※ダイムの生死に触れている場面があります。苦痛のない穴にさようなら とある仕事が終わったある日の夜、コーヒーを淹れている俺の側で、狡噛はいつものようにソファで本を読んでいた。いつもと違うのは、彼が眼鏡をかけていたことだ。まだ老眼には早いだろうに、戦場で目をやってしまったのだろうか? 俺はそんなことを思い、マグカップを二つ手にして彼の側に座った。 「何を読んでるんだ?」 湯気の立つマグカップをローテーブルに置き、俺は尋ねる。すると狡噛は眼鏡を外して、「とあるゴリラの一生についての話さ」と言った。 「ゴリラ? 探偵ごっこの次は霊長類研究でもするのか?」 彼はここ数日イギリスの推理小説に夢中になっていたので、俺はそうからかった。だが、彼はそれに惑わされることもなく、俺に説明を続ける。 2586 時緒🍴自家通販実施中TRAINING9/17ワンライお題【宇宙・かわいい】仕事終わりに空を見上げる狡噛さんと、そんな狡噛さんの昔のことを思い出す宜野座さんのお話です。天の光は全て星 夜、狡噛は空を見ることが多い。とはいえ出島では高層ビル群が放つ光や、猥雑なネオンなどで、ほとんど星は見えないのだが、それでも彼はベランダに立ってスピネルを吹かし、月や宵の明星を見つめるのだった。 狡噛が星が好きだと聞いたのは、学生時代のころのことだ。彼は一時期取り憑かれたように宇宙の神秘についての本を読みあさっており、それは暇さえあれば教科書を読んでいるような俺が心配してしまうほどだった。あと五十億年したら太陽はなくなるんだ、暗黒物質の正体はまだ解明されていないんだ、生命が誕生するには二十五メートルプールにばらばらの時計の部品を入れて、自然に完成するくらい奇跡的なんだ。素粒子物理学、天体物理学、一般相対性理論、プラズマ物理学、現象学、超弦理論、量子力学。とにかくあのころの狡噛の喋る言葉は意味が分からず、会話をするにも一苦労したのを思い出す。なにせハンバーガーを食べる時ですら、彼は重ね合わせの原理について思考していたのだから。それが収まったのは、彼がまた違った分野に興味を持ったからだったが、あの時は安心したものだ。それは珍しく俺にも理解できる程度の問題で、会話に取り入れることもできたので。 3157 時緒🍴自家通販実施中TRAINING9/10ワンライお題【合宿・月】外務省の子女たちの合宿を監督することになった狡噛と宜野座が川の近くで取り留めもなく喋るお話です。死んだっていいわ 深夜、川べりでのキャンプファイヤーに気を良くした学生が、メディカルトリップでない本物の酒に手を出すのにはそれほど時間はかからなかった。俺と狡噛は確かに彼ら——外務省高官の子女たち——を監督する立場にあったのだが、何せ彼らからは距離があったので、合宿にはしゃぎパーティーを始めた子どもたちに気づくまでには時間がかかった。それに監督といったって、危険な侵入者から彼らを守るのが俺たちに期待される行動であって、健全な合宿生活を送れるようにする教師の役割は求められていない。あくまでも俺たちは彼らの警護を仰せつかっているのであって、その守るべき存在が勝手に馬鹿をやるのなら止める方法はなかった。 ちなみに今回の合宿は、最終考査が終わり、学生生活が終わり、その思い出づくりで行われたものらしい。多くが中央省庁に就職が決まったエリートたちだから本当の馬鹿はやらないだろうが(たとえば違法なストレスケア薬剤に手を出すとか)、アルコールを許すかどうかは微妙なラインだった。酒はその依存性から、現在では煙草と同じく色相を曇らせるものとして扱われている。俺の隣でスピネルを嗜んでいる潜在犯がいい例だ。彼の現在のサイコ=パスは知らないが、俺よりも濁っているのは確かだろう。それに俺も人のことは言えないくらいの色相だ。健全な学生たちが一夜だけ楽しむくらい、見逃してやってもいいのかもしれない。そう思い、俺は報告書に彼らがアルコールを楽しんだのは書いてやらないことにした。 3001 時緒🍴自家通販実施中TRAINING9/3ワンライお題【花火・行方】雨で順延になってしまった花火大会を残念に思う狡噛さんを、宜野座さんがマーケットに連れ出す話です。ご飯を食べたり、マフィアの末端から聞き出した取引を追ったり、花火をしたりします。花火の雨 大雨が降って、狡噛が楽しみにしていた花火大会が順延になった。俺は中止になったんじゃない分よかっただろうと思ったのだが、彼はそうではなかったらしく、大きく落ち込んでいた。俺はそれが珍しく、面白く、暗闇の中雨が降りつけるベランダで未練がましくハイネケンの瓶ビールを飲む恋人を見つめながら、さて、どうやって慰めるかなんてことを思っていた。 出島での花火大会は珍しくない。ここでは宗教行事と結び付けられることの多いそれは、クリスマスや新年を祝う時、旧正月を祝う時などに何発も豪華に上がった。思うに狡噛は花火が見たかったのではなく、そういう雑多な行事、東京にいては感じられない移民たちの生の生活が見たくて、それが叶わなくて落ち込んでいるのだろう。 2694 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/27ワンライお題【きらきら・歯ブラシ】出島の夜景を見る狡噛さんと宜野座さんが、征陸さんの昔話をするお話です。光の連なり 歯みがきを終えてリビングに行くと、ベランダに続くガラス窓が開いていた。俺はまた狡噛が煙草を吸いに出たのかと思い、蒸し暑い風が吹き込んで来るその窓をくぐる。するとやはり彼はスピネルを咥え、空になったハイネケンの瓶ビールを足元に置いていた。 狡噛が見つめているのは高層ビル群のきらきらとした夜景と、その裏側に位置する猥雑な地域のどぎつい色味のネオンだった。彼はそれを等しく愛しているように思えて、俺はそんな恋人の仕草に安心感を覚えた。 狡噛は等しく人を愛する。博愛主義者と言ってもいい。赤の他人のために大切な全てを捨てられる人間なのだ、彼は。槙島に出会う前の彼を知っている者ならきっとそれを理解してくれると思うが、あの男に出会ってしまった後の彼しか知らない者なら、それも難しいかもしれない。何せ狡噛は長くあの犯罪者に執着していたので、そのせいで自分が身につけてきた者全てを捨ててしまっていたので。 2815 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑨問二:赤の他人になりきる視点は自分と意見の異なる人物にすること。彼女の赦し 課長室のソファに座り、テーブルで昼食を取っていると、法定執行官となった先輩が現れた。彼女は今は私の部下だ。今までの何でも私に指示をしていた人とは違う。 「一緒に食べてもいい?」 彼女の手には公安局内で売られているサンドイッチの包みがある。私はそれに「いいですよ。私はすぐに終わりますけど」と返し、また弁当に箸をつけた。塩鮭、卵焼き、桜でんぶ、プチトマトにブロッコリー、それから白米にふりかけ。質素なものだ。想像していた課長としての生活とは違い、豪華な昼食を取ることもままならない。 「いいの、一人きりだとさすがに寂しいから。それに私早食いだよ」 先輩が言う。私はそれに胃がきりきりした。私は先輩の祖母を東金に差し出した張本人だ。彼女の仇と言ってもいい。なのに先輩はそんな私に優しくする。消去法で言ったら、あの東金に情報を差し出した人間なんて、頭のいい先輩だから気づいているだろうに。 951 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑨方向性や癖をつけて語る問一:A & B二人の登場人物を会話だけで提示する。AとBの事件「だからさ、それは間違ってるんだ、前提条件がまずおかしい」 「前提条件? 犯人がいる、被害者がいる、それのどこがおかしい?」 「犯人には背景があるべきだろう? なのにこの犯人はとってつけたような犯罪を突然犯しただけで、何の理由もなく女を殺しているんだ」 「無秩序型の犯人かもしれないじゃないか」 「じゃあ無秩序型を再定義しよう。社会不適応で、孤立していて、それほど知能も高くない。外見に無頓着で衛生状態の悪いところに住んでいて、総じて無秩序だ」 「そのままじゃないか。この女は突然殺された。理由もなく。それに犯人が残していった残留物も多い。ダンゴムシにかかればすぐにD N Aが特定される」 「でもダンゴムシはまだデータを寄越さない」 884 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑧声の切り替え問二:薄氷読者に対する明確な目印なく視点人物のPOVを数回切り替えながら書くこと。サンシャイン・オブ・ラブ2 ラジオを聴くのをやめた狡噛は、ソファの隣に座り、デバイスを操作する恋人のうなじにキスをした。拒否はされなかった。宜野座は基本的に狡噛の欲望を拒否しない。愛されていると思うが、彼が仕事でヘマをした時は別だった。彼は罰されたいと思っている。狡噛の青い目で、宜野座は罰されたいと思っている。宜野座は狡噛の深い青い目を見つめつつ、自分からワイシャツを脱ぎ始める。それがまるで最初から決まっていたかのように、決まりごとを自分で処しているだけのように。だが、狡噛にとってそれはショックな出来事だった。隙間を埋めるようなセックスが嫌いなわけではない。ただ、そんなものに自分が関わるということを、狡噛は少し恐れているきらいがあった。狡噛は愛を知って生きてきた、いや、愛を疑わず生きてきた。それは宜野座とは全く違った生き方で、佐々山を失った時ですら、執行官に堕ちた時ですら、宜野座の愛を疑うことはなかった。それで無茶もしたし、彼には迷惑もかけただろう。だが狡噛は、それでもやはり自分は愛されていると思っていたのだ。だが宜野座は違った。幼い頃から潜在犯の息子として一人生きて来た彼にとって、狡噛の傲慢とも言える愛情は毒のようなものだった。ラジオを使った愛の告白が嫌だったわけじゃない。あれが彼の本心だと宜野座は断言出来る。もうすぐ夜が開ける/朝日が疲れたまぶたを閉じさせる時/もうすぐ俺の愛するお前の側に行くよ/お前に驚きの全てをやるために向かってるところだ/今すぐダーリン、お前の側へ行くからさ/星たちが降り落ちて来たら、俺がお前と一緒にいるから。きっと歌の通りに夜が明ける時狡噛は宜野座の隣にいるのだろう、いてくれるのだろう。だが、宜野座はワイシャツを脱ぎ、狡噛にまたがりながら、それを信じられないでいた。狡噛は戻ったというのに、いつかこの安寧が破られやしないかと、そう思ってしまったのだ。狡噛はそんな身の入らないセックスをしようとしている宜野座を見て、かわいそうに、と思った。それも傲慢な感想だったが、彼の心からの理解だったのは事実だ。狡噛はそんな可哀想な恋人にキスをしてやりながら歌をつぶやいた。俺ったら、もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ/お前の愛が輝く陽の光の中で。お前は拒否するかもしれないが、理解出来ないというかもしれないが、それが事実なんだ。二人はキスをする。狡噛は優しいそれを 1124 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑧声の切り替え問一:三人称限定視点を素早く切り替えること。切り替え時に目印をつけること。サンシャイン・オブ・ラブ1 狡噛は移民向けのラジオを聴いていた。古いチューナーから漏れ出るそれは、大昔のサイケデリックロックのラブソングだった。もうすぐ夜が開ける/朝日が疲れたまぶたを閉じさせる時/もうすぐ俺の愛するお前の側に行くよ/お前に驚きの全てをやるために向かってるところだ/今すぐダーリン、お前の側へ行くからさ/星たちが降り落ちて来たら、俺がお前と一緒にいるから。狡噛はソファに沈み込みながらそれを口ずさむ。隣に座る宜野座は歌詞を分かっているのか、時折深いため息をつく。きっと浮かれている自分がおかしいのだろうと狡噛は思う。今夜は金曜の夜で、明日は休みだ。それが自分をおかしくさせるのだと狡噛は思う。明日は休みだ、いつまででも寝ていたっていい。どんなに酷いセックスをしたっていい。俺ったら、もう随分と長いこと、自分の行くべき場所を待ち続けて来たよ/お前の愛が輝く陽の光の中で。それは自分のことのように思えたし、そう感じるのは尊大である気もした。エリック・クラプトン、ジャック・ブルース、ジンジャー・ベイカー。イギリスのロック界のレジェンドたちの歌は、投げやりだが耳どころか心にも響く。 953 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑦視点(POV)追加問題:一人称で別の物語を書く。煙草の煙に消えるものは5私が死んだその部屋に、数人の男と一人の女が入って来た。私はこの部屋に突然入って来た銃を持つ、明らかに薬をやっている男に囚われ、殺された。彼らはその男を私が死んだ後に確保した。私はそれを残念に思ったが、それが彼らの限界だったのだろう。だが、長髪の男はまだ何かを考え込んでいるようだった。部屋の隅に立ち、私の血で汚れた部屋を見つめている。その時、彼の後ろについていた男が煙草に火をつけた。私はそれを鎮魂の祈りのようで歓迎したが、長髪の男はそうではなかったらしく、彼に煙草を止めるように言った。そして煙草の男は、携帯灰皿にまだ長い煙草をにじり消した。畳の上には割れた茶碗や、私がまだ手をつけていなかった食事が湯気を立てて転がっている。私はそれを残念に思ったが、私はもう死んでしまっているのだった。彼らは傍観者でしかない。それにあの犯人も人を殺したのだ、公安局によって執行されるだろう。 389 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑦視点(POV)問四:潜入型の作者煙草の煙に消えるものは4そのポニーテールの男、宜野座伸元が部屋の隅に立った時、彼は友人の狡噛慎也の方から煙草の匂いを感じた。それに宜野座は窮屈そうに抗議した。彼は優秀な狙撃手だったが、今回の事件、つまり立てこもり犯が被害者を射殺してしまった事件についてヘマをやらかしていた。そう、犯人を確保するために撃つための銃が、ジャムを起こしたのだ。だから宜野座は部屋のあちこちに飛び散る血を見、畳の上に転がった割れた茶碗を見、まだ湯気を立てる手付かずの料理を見つめて煙草を吸わないように狡噛に求めた。宜野座は元は執行官だったから、今も事件のかけらを探しているのだ。先に現場に入った須郷徹平や花城フレデリカがダンゴムシと呼ばれる鑑識ドローンを操作して事件をあらかた検分し終えてしまっても、それでも自分の嗅覚を信じていた。そして狡噛は煙草を携帯灰皿ににじり消した。彼はこんな時友人である宜野座に逆らわない方がいいと思っていた。それは暗黙のルールで、ヒエラルキーのようなものでもあった。 423 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑦視点(POV)問三:傍観の語り手煙草の煙に消えるものは3私が見たのは、狡噛の煙草に抗議する宜野座の姿だった。今回の事件は悲惨だったから、それも仕方ないのかもしれない。私は須郷と共にあらかた事件をダンゴムシを使い捜査を終えたが、宜野座がまだ何か猟犬の嗅覚に頼っていることは分かった。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺し、それを須郷が確保したものだった。宜野座は狙撃手として隣のビルに待機していたが、彼が役に立つことはなかった。いや、役に立つ機会はなかった。血が飛び散る部屋には、茶碗が転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。花城は宜野座と狡噛を見守った。すると狡噛は驚くほど早く煙草を携帯灰皿でにじり消した。宜野座はそれに納得したのか、また事件現場に潜る。私はそれを見て暗澹たる気持ちになった。彼はまだ猟犬であった時代が忘れられていないのだと、そう思ったのだ。 363 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑦視点(POV)問二:遠隔型の語り手煙草の煙に消えるものは2その背の高い男たちが三人、そしてこれも長身の女が一人部屋に入ると、すぐさま立てこもり事件の捜査が始まった。一番歳の若い男と、その上司である女は事件現場を真っ先に検分した。しかしそれほどの収穫はなかった。あちこちに散らばる茶碗は割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てていた。それを見ていたポニーテールの男が、煙草を咥えた男に窮屈そうに抗議した。狡噛、やめろと。今回の事件の被害者を救えなかったことを、狙撃手であるポニーテールの男は後悔しているようだった。それに煙草を咥えた男は携帯灰皿で火を消す。彼らは友人同士だったが、こういう時はヒエラルキーが存在した。いわく、不機嫌な友人には逆らわないということだ。 304 時緒🍴自家通販実施中TRAINING練習問題⑦視点(POV)問一:二つの声①単独のPOV(三人称限定視点)②別の関係者一人のPOV(三人称限定視点)煙草の煙に消えるものは1① 狡噛は宜野座が部屋の隅で立ち止まったのを良いことに、煙草に火をつけた。ずっとヤニ切れだったから、とにかく吸いたくてたまらなかったのだ。ここは事件現場だが、たったそれだけのことで証拠は失われないだろう。花城も須郷も、事件現場を検分し終わった。それにもうこの部屋の匂いは覚えていた。違和感はなかった。しかし当然ながら、宜野座はそれに抗議した。狡噛、やめろと、どこか窮屈そうに。今回の事件は立てこもり犯が被害者を射殺して確保されたものだった。その証拠に、部屋のあちこちには血が飛び散っている。茶碗は転がり、割れ、手付かずの料理はまだ畳の上で湯気を立てている。狡噛はそれにすぐに煙草を携帯灰皿に消した。こういう時、この友人には逆らわない方がいいことを本能的に知っていたからだ。 700 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/20ワンライお題【涼やか・夏野菜】エアコンが壊れた部屋で酔っ払った狡噛さんが管を巻いて宜野座さんに絡むお話です。夏のあやまち 狡噛の部屋に入ると、そこは蒸し風呂といってもいいような場所だった。窓は大きく開け放たれているのだが、そこから夕暮れ時の太陽の光が入って来ていて、余計に夏の暑さを感じさせるのだ。窓際に吊るされた風鈴だけが涼しげというか、和の雰囲気を持つ風流なもので、俺はそれだけでこの暑さを乗り切ろうとしている恋人に少々呆れてしまった。 「狡噛、どうしたんだこれは……」 俺は外よりも蒸すここで吹き出す汗を拭いながら、ソファに座る彼に向かって言った。すると狡噛は疲れた顔をして、「ギノ、来たのか」と答えた。あぁ、来たさ、約束していたからな。今日は俺が夕食の当番だったから、出島に新しく出来た日本料理屋のデリで、この暑さでも食べられそうな夏野菜と豚肉の大根サラダや、なすの揚げ浸し、とうもろこしご飯や冷汁なんかを買い求めてこの部屋にやって来た。しかしそれにしてもここは暑すぎる。西日が差しているのを差っ引いても、暖房でも入ってるんじゃないかってレベルだ。 2513 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/16 狡噛さんお誕生日おめでとうございますSSです。誕生日に自分で料理を作ろうとした狡噛さんが、あろうことか幼い売春婦を買って理由を知らない宜野座さんが激怒して?というお話です。真夜中の昼食 誕生日だというのに、狡噛は自分で夕食を作ると言って聞かなかった。俺はそれに少し困惑して——というのもこの日のために出島のホテルを予約していたからなのだが——、けれど言い出したら押さえ込めない彼のことだったので、仕方なく従うことにした。俺たちはもうそろそろいい歳だから、大袈裟に祝うことでもないと思ったのかもしれない。けれどこんな日くらい非日常を味わってもいいのにと、俺は思わずにはいられなかった。 「出島のマーケットで準備するから、連絡したら俺の部屋に来てくれよ」 そう甘くかすれた声で言われてしまうと、俺はもう反論出来なかった。誕生日だ、一体どんなことをしてやろう。何をしたら彼は喜ぶだろうか。俺は勝手な妄想にひたり身体の隅々まで綺麗に洗って、彼からの連絡を待った。だが日にちを跨いでも、狡噛からデバイスにコールが来ることはなかった。 3085 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/13ワンライお題【怪談・山】山で不思議なおじいさんを見た狡噛さんが中国の故事を持ち出して色々喋るお話です。月夜の壺 任務を終え、月が大きな夜中に、木々の連なる山の中をバンで移動していた時の話だ。 花城は珍しくアイマスクをして眠り入り、須郷は勤勉にもデバイスで報告書を書いていた。俺は愛用の銃の手入れをしていて、狡噛は古びた本を小さなライトで照らしながらゆったりと読んでいた。運転手はこちらには話しかけて来ず、俺たちの間に会話はなかった。ただ少しおかしいことに、狡噛はどういうわけか、ふとした瞬間からバンの窓の外を見つめて動かなくなってしまった。本のページをめくる手も止まり、彼は夜中の山の景色に釘付けになっているようだった。 「どうしたんだ?」 俺は不思議に思って、銃の手入れを中断し、恋人に話しかけた。すると彼は狸にでも化かされたかのように「壺を持った老人を見たんだ」と言い、何かを考えるそぶりを見せた。こんな夜中に、こんな山の中を壺を抱えてすごすごと歩く老人か。案外その壺の中には骨が入っていたりして、と、俺は安い怪談のような空想をして、きっとそれとは全く違う想像をしているだろう狡噛を見た。 2357 時緒🍴自家通販実施中TRAINING8/6ワンライお題【ハーブ・蜂蜜】海辺で死体で見つかったセラピストの事件を解決した後、夕暮れ時にカクテルやビールを飲みながら自分のことを振り返る宜野座さんのお話です。さざなみの夢 夏の日の夕暮れ時のことだ。 俺は狡噛とともに、フェンスで囲まれた海辺の内側を歩いていた。高濃度汚染水で満たされた海に入ることは死すら意味するから、プールと間違えて子どもたちが入らぬよう、黄色地にどくろのマークが入った注意書きが一定間隔で、多くの国の言語を添えて掲げられている。そのフェンスには有刺鉄線も付いていて、好奇心で誰も入らぬよう強く海辺近くの歩道を歩く者にメッセージを寄越していた。 だというのに俺たちはさざなみが寄る海辺を歩き、道路脇でプラスチックのボトルに入れられて売られている、カンパリオレンジを飲んでいた。それはハーブのリキュールがきいて美味いカクテルだった。蜂蜜を隠し味にひと匙垂らしたと店主は言っていたから、少し甘味が勝っていたけれども。 2624 時緒🍴自家通販実施中TRAINING7/30ワンライお題【幽霊・筋肉】出島のマーケットで古い幽霊映画の記録媒体を買ってきた狡噛さんが宜野座さんと一緒に見たり、ビールを飲んだり、SEAUnで撮った写真を見ながら昔の話をしたりするお話です。夜に浮かぶもの 狡噛はどんな映画でも見るが、今日彼が出島のマーケットで買った記録媒体は、大昔のアメリカの幽霊映画だった。夏だから涼しくなるものを見よう、とでも言うのだろうか? 俺はその単純な考えにまず食傷気味だったのだけれど、彼はこれは貴重な映画なんだ、と言って聞かなかった。見ると呪われる、伝説の映画らしい。かくして俺は一時間と少し、興味も持っていないおどろおどろしいそれを見るわけになり、やけっぱちになってハイネケンのスペシャルダークを数本飲んだ。アルコール度数が七度のそれは少し足をふらふらさせて、映画の中と現実を曖昧にさせた気がする。まぁ、それなりに怖かったのだ、結論から言うと。 「どうだった?」 「幽霊の泣き声が不気味だったかな。探偵が出てきたのはアメリカ映画ぽかった。ちゃんと伏線が張ってあって面白かったよ、割り合い」 2695 時緒🍴自家通販実施中TRAINING7/23ワンライお題【ボードゲーム・海】出島のマーケットでバックギャモンを買ってきた狡噛さんが宜野座さんに映画の話をしたり、ビールを飲んだり、一緒に水風呂に入ったりするお話です。先日アップしたナイトプールのお話と少し続いています。海に沈む彗星 狡噛は出島のマーケットでなんでも買ってくる。それは彼の趣味である古書から始まり、珍しい皿であったり(大概が貧しさ所以に金持ちが手放した品だった)、持ち主が死んでしまった小さな祈りの像であったりしたが、今回は古びたボードゲームだった。見慣れないそれに俺が一体何だと興味を惹かれていると、狡噛は「バックギャモンだよ」とどこかニヒリスティックに休日の昼間から笑った。 赤と黒の駒がある、サイコロとダブリングキューブ、ダイスキャップがついた四角いボード。それが世界最古にして、今も最も難しいと言われるゲームらしい。彼は将棋や囲碁、チェスなどにも親しんでいたから、嬉々として披露されても大した驚きはなかった。ただ、それに自分がつき合わされるのだとしたら、どうか御免願いたかったが。 2687 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題 黄昏【見間違い・騙されてあげる・終わらせない】諫早の祭りに違法薬物の売買の検挙のついでに行った狡噛さんと宜野座さんが、学生時代のことを考えたり手を繋いだり来年の約束をしたりする甘い狡宜です。18時の続きです。光の道 狡噛と諫早の祭りに行ったのは、彼の提案した通り七月末のことだった。 とはいえ俺たちは二人きりだけでなく、行動課全員と、協力を申し出てきた長崎の公安局の刑事課監視官、執行官たちがそこにいた。今夜、ここで違法薬物の大規模な取り引きが行われるとのタレコミがあり、その確実性から俺たちは祭りの他はさびれた街にやって来ていたのだった。公安局は当初情報に及び腰だったが、俺たちが出るとなると出動しないわけにはいかなかったのだろう。祭りが仕事で潰れたことは悔しかったが、それでも夕暮れ時に太い川に浮かぶ灯明と、橋や川辺を飾る明かりが美しく、道ゆく人々はその灯りと終わってしまった太陽に薄ぼんやりと照らされていて俺は見惚れてしまった。そして俺はそれに、古い時代の詩人の短歌を思い出す。 3065 時緒🍴自家通販実施中TRAINING7/16ワンライお題【同窓会・手軽な】公安局ビル占拠事件について聞きたくて狡噛さんに同窓会の連絡をしてきた同級生と、そんな連絡を聞いて胸をざわつかせる宜野座さんのお話です。最後にはラブラブな狡宜です。あなたとともにいる時 その便りが狡噛に届いたのは、夕暮れ時も終わり、一日も終わりかけた頃、彼の部屋で食事をしている時のことだった。狡噛はチベットで覚えたというラブシャという名の大根と羊肉などを煮込んだスープを振る舞ってくれていて、俺はその料理の辛味に舌をやられながら、空になったグラスに入った氷をかじっていた。狡噛のプライベート用のデバイスにコールがあるのは珍しいことだったから、俺は少しばかり驚いて、また出島のマーケットの友人からだろうかと思った。 狡噛は長崎で多くの友人を作っており、それは多くが東京を目指すのを諦めた移民だった。彼らの生活の面倒を見てやっているうちに自然と情報が集まるようになったから、潜在犯と判断される人々との交流は花城も黙認している。狡噛と友人は、いわゆる雇い主と情報屋の関係でもあったのだ。狡噛はそうは思ってはいないだろうけれども。 2893 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題 23時【声が聞きたくて・いい子・名前を呼んで】狡噛さんと須郷さんが潜入捜査に入って、寂しがる宜野座さんが仕事中毒になってしまいます。花城さんが出てきます。夜二人きりで秘匿回線を使って話すのはいつも…というお話です。ワーカーホリック 狡噛が須郷とともに任務につくことになった。 それ自体は珍しいことではないが、今回は彼らはとある新興勢力のギャングに潜入捜査することになっており、それは俺の胸を強くざわつかせた。自分の理性的な部分では、彼らの命を心配しているわけじゃないと思う。俺だって今回の任務以上に危険なそれについてきたし、そのどれもどうにか危険を回避し成功させてきた。けれどいつだって狡噛と離れる時、これが最後ではないのかと、感情が震えてしまうのだった。馬鹿げていると思う。けれどそれは本能みたいなもので、自分ではどうにもならないのだから困ったものなのだった。 「そんなふうに恋人の不在を仕事で埋めてると、中毒になって戻れなくなっちゃうわよ」 3434 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題 18時【明日の約束・一番星・子供みたいに】諫早の祭りに行こうと誘う狡噛さんと、そんな誘いに思い出を残すためじゃないかと勘繰ってしまう宜野座さんのお話です。お酒を飲みながら仕事の話をしたり、ぽつぽつ先のことを話す割と甘い狡宜です。光とゆうつづ「なぁ、今月末、諫早に祭りに行かないか?」 まるで子どもが気まぐれに明日の遊びの約束をするように、そう狡噛がこちらに言い放ったのは、彼が俺の部屋を訪れてしばらく経った、土曜の夕暮れ時のことだった。狡噛は窓際に置いたソファに座り、真剣な目でじっと俺を見つめていた。一方の俺はその時父の遺した酒を氷の入った二つのロックグラスに開けていて、飴色がたたえられたそれを一つ彼に差し出し出すところだった。でも、急な誘いに思わず手をすべらせそうになってしまったのを、今でもあの時の彼の表情とともに印象的に覚えている。 単純な言葉だったというのに、その誘いに俺はすぐには答えられなかった。というのも、月末はずいぶん先の話だったし、仕事柄イレギュラーが多かったから、予定を組むのが難しかったという事務的な理由があったのだ。花城に話したら調整してくれるだろうとも思ったけれど、彼がわざわざ言い出すことなのだからと、俺は勘繰ってしまった。例えば、またどこか遠くに行ってしまうのではないか、その前触れなんじゃないか、だから最後に特別な思い出を作ろうとしているんじゃないかって、恋人を信用しない馬鹿げたことを思ったのだ。 3648 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題 15時【お菓子・どこからともなく・油断】インド系の入国者の事件を解決した行動課。関係者からもらった紅茶で一息つこうと言う花城から隠れていちゃいちゃする狡宜のお話。実在の団体名が登場しますがフィクションです。狡噛さんがいたずらっ子な感じです。15時、チャイの下で「こんな時間だし、そろそろ休憩にしましょうか」 そう花城が言ったのは、行動課のオフィスにかかった時計の針が十五時をさした時のことだった。 ここにおいて、こういった休憩は珍しくない。というのも、俺たちはあくまでも実働部隊だったので、事件が起こらない日はくだらないデスクワークにかかりきりになるだけで、はっきり言って暇だったからだ。他の課と折衝をする課長の花城だけがその例外だったが、彼女が休憩したいというのだからここは従っておくのが賢明だろう。 須郷が立ち、無言でコーヒーサーバーに向かう。しかし花城は彼がカップを手に取ったところで止めて、「今日は紅茶にしない?」と言った。 「紅茶、ですか?」 須郷が言う。誰が決めたわけでもないが、このオフィスには泥水のようなどす黒くまずいコーヒーを飲むという習慣があった。そう、誰が決めたわけでもないのに、俺がここに来た時には既にそうなっていたのだ。もしかしたら外務省全ての課がそうなのかもしれない。とはいっても、食堂のコーヒーはもう少しましな味だったのだけれど。 3467 時緒🍴自家通販実施中TRAINING7/9ワンライお題【七夕・ファッション】雨の日の七夕と、そんな七夕についての朝鮮の伝承について喋る狡噛さんのお話。再会した日のことも考えたり、征陸さんのことを考えたりする宜野座さんがいます。星祭りの日の涙 今日は七夕だというのに、明朝から雨が降っていた。今年は珍しく梅雨が早く開けた分戻り梅雨があり、織姫と彦星は不幸にもそれに見舞われてしまったのだ。 正直なところ、別にもう歳だから昔話の二人が会えなくたって残念にも思わない。それに一年間会えないからといって、心が変わらないことを俺は知っているからというのもある。狡噛と離れていたのは何年間だっただろうか? 彼が執行官になってからも心は離れていたから、海外を放浪していた最中に感じた孤独を長いこと俺は痛みも感じずに抱えていた気がする。けれど当時感じなかっただけで痛みはあり、再会した今でも、長い間会っていなかった気がするのだった。 「どうしたんだ、浮かない顔をして」 2696 時緒🍴自家通販実施中TRAININGお題 3時【中途覚醒・冷たい・人の気も知らず】狡噛さんの部屋でセックスをした後夜中に起きてしまった宜野座さんが、ベッドを抜け出し炭酸水を飲みながら出島の夜景を見るお話です。36種の時間のワードパレットをお借りしました。ネオンと炭酸水 揺らぐ浮遊感の中で目が覚めた。照明が落とされた真っ白な天井から目をそらし、辺りを見回すと、眠り入る前と同じ景色が丑三つ時をいくらか過ぎた暗がりの中広がっているのが分かる。 そこは自室と比べたら、ずいぶんと殺風景な部屋だった。黴の生えたような古い文庫本や新書、図録などがそこかしこに積み上げられ、今時手に入れるのも難しい旧式のレコードプレーヤーなんかに、縁が朽ちかけた、銀のスパンコールのドレスを着た、黒人の女たちが笑う紙製のジャケットが立てかけられている。トレーニング用の器具には昨日散々楽しんだ時の黒のワイシャツがかかっていて、あぁ、クリーニング用のドローンを使うのを忘れたな、と俺はぼんやりと思った。 3565 時緒🍴自家通販実施中TRAINING7/2ワンライお題【晴れ・ゼリー】宜野座さんの機嫌を取るためにお菓子をプレゼントする狡噛さんのお話。征陸さんのことを思い出したりしています。ご機嫌取りとプレゼント 喧嘩をした時や、言葉を選び間違えて気まずくなった時、狡噛は食べ物で俺の機嫌を取ろうとすることがある。たとえば出島で評判のレモンが入ったバターサンドだとか、最近の季節にぴったりの桃のシャーベットやゼリーだとか、さくさくでシナモンが効いたアップルパイだとか。彼はそんなものを携えて自然と口をきかなくなった俺の元にやって来て、無言でぐいと差し出すのだ。喧嘩や気まずさに疲れた俺はそれを受け取って、ひとまず休戦とするのだけれど、最近はそれが自然と増えて来ていた。つまり、気まずさを感じる日が増えて来ているのだった。 とはいえ、別に狡噛との生活が嫌になったわけじゃない。俺は彼を愛しているし、あの男以上の誰かとこの先出会う気はしない。だが、日本を出て海外を放浪しているうちに彼は変わってしまって——もちろん変わらないところもある、俺に全てを任せて、自分の好まない状況から逃げるところとだとか——俺はそれが時折怖くなるのだった。彼はまたいなくならないだろうかだなんて、そんなふうに思ってしまうのだった。微妙な感情のズレ、そんなものを恐れて、俺は狡噛への言葉を間違えてしまう。彼はきっと傷ついていると思う。晴れやかな顔をした狡噛なんて、俺は久しく見ていない。あんなに美しい笑顔を持った男だったのに。 2514 時緒🍴自家通販実施中TRAINING6/25ワンライお題【父・夏至】出島のマーケットに買い出しに行き夏至祭の花を貰う狡噛さんが、宜野座さんにどうやってプロポーズするか悩むお話です。宜野座さんは出てきませんが甘いです。夢の花 移民が多く住む出島では、夏至祭が盛大に行われる。色とりどりの花を冠にした少女が走り回り、苺やベリーを大声で売る商人が身振り手振りで客引きをし、古い言語で歌われる恋の歌がラジカセから流れ、花の葉についた朝露を老婆たちが健康を願って孫たちに含ませる。もちろん民族によって夏至祭は多くの種類に分けられるから、さまざまな国家から脱出した人間が集まるここでは、全てが統一されているわけではない。現に夏至祭が行われる日もばらばらだ。二十一日だったり、二十六日までだったり、そもそもが移動祝祭日だったり。冬至に祝う民族もいる。それでも共通して一つだけ残っているものがある。というか、日本人にも、特に若い女たちの間で広まりつつある風習があった。それは夏至祭のイブに、枕の下にセイヨウオトギリの黄色い花を敷いて眠るというものだ。俺がそれを聞いたのは、太陽が天に昇る頃のマーケットの果物屋で、腹の出っぱった親父から林檎やら何やらを買い、おまけだと黄色い花をもらった時だった。 2129 時緒🍴自家通販実施中TRAININGカミューを失いたくないマイクロトフのお話。女神の加護 自分が無神経な人間だということは分かっていた。そしてそれを強く感じるのは、カミューという男と、よりにもよって親友と話している時なのだった。神に誓って、心から誰かが傷付けばいいと思って行動したことはない。知り合う人皆が幸せに暮らせるよう、騎士として手を尽くして生きてきたと思うし、実際のところ周りからの評価もそんなところだった。真面目で面白味に欠ける男。祖国を離反しても騎士としてなお行動しようとする石頭。けれどそんな男の側にいるのは、馬が一番あったのは、西の国からやって来た、奔放な男なのだった。 その男が国に帰ると聞いたのは、同盟軍の勝利が決定的になり、城で記念の祭りが催された時のことだった。彼は最初に俺に話すつもりだったらしく、「実はまだ誰にも言っていないんだが」と、人々に配られたワインに口をつけ、自室の窓辺に寄りかかって言った。窓からは満点の星空と、誰かが組んだ焚き火の火が見えた。人々は歌い、踊り、花が舞い上がり、自分たちの勝利を喜んだ。人々は言葉に尽くせない高揚の中にいた。俺だってさっきまでその中にいた。脅威は去った。明日、盟主殿と軍師のシュウ殿によって、正式に建国が宣言される。各国の大臣もこちらに来る準備をしていると聞く。だというのに、お前は。 2543 時緒🍴自家通販実施中TRAINING6/18ワンライお題【謝る・紫陽花】出島のマーケットで紫陽花を買って過去の話とこれからの話をする甘い狡宜です。そこに咲く花は 雨が降って来たのは、狡噛と出島のマーケットに行ってしばらく経った時のことだった。俺たちはその時ちょうどベランダに飾る花を探していて、やれ百合がいいだの、薔薇が無難だの、香りを楽しむならラベンダーだの、やはりここは紫陽花だのと、花屋の店先で話し込んでいた。店番をする老婆は、にこにこと笑いながら俺たちにどれもいいですよと、拙い日本語で言った。私の祖国では沖縄のデイゴに似た花が咲くんですよ、とも。百年ほど前に日本でも流行歌になったそれにもあった、咲けば咲くほど台風が強く来るとの迷信がある花。それに俺は惹かれて、けれどこの小さな店にそれはなく、世話も難しいことから俺は記憶の中のあの花を思い出していた。 2082 時緒🍴自家通販実施中TRAINING6/11ワンライお題【守る/傘】雨の日にもだもだしてるラブラブな狡宜です。部屋に雨が降る 雨はまだ止む気配をみせない。 俺はそんな大雨でもごった返す、出島のマーケットの景色を部屋の窓から見ながら、それに仕方がないか、とひとりごちた。仕方がないか、と思ったのは朝からずっとそわそわしつつ晴れを待っていたからだ。でも今はもう昼間を過ぎて、夕方近くになっている。夕食の材料を買い出しにゆくのなら、料理をする時間を考えたら、そろそろこの部屋を出なければならない。が、問題はこの部屋に傘がないことだった。いつもは走って済ませていたから必要なかったのだが、流石にギノと二人分の食糧を守って走るのは難しそうだ。それに急ぎ過ぎて足を滑らせでもしたら目も当てられない。割れた卵が雨に染みる様なんて、見たくもなかった。 1683 時緒🍴自家通販実施中TRAINING自分の生い立ちを考えるカミューのお話馬上の懐中時計 自分の容姿が女に好まれるものだというのは、幼い頃から気づいていた。友人の母は遊びに来た子どもたちのうち、私にだけ飴玉やらクッキーやらを隠して渡して頬を愛おしげに撫でた。そばかすが印象的だった幼馴染の女の子は、ケーキを焼くのが得意で、特に一番の腕だと村でも評判だったキャロットケーキを焼く度に私を家に呼んだ。山に住んでいた赤毛の縮毛の女の子は、とびきり爽やかなレモネードを作って、山中にある恐ろしいくらい透明度が高い湖で泳がないかと誘って来た。何の取り柄もないと自分を揶揄しつつ、プラムが成ったから食べに来ないかと呼ぶ内気な子もいた。辺境の村では聖書以外に珍しかった、父親からもらった美しい本を一緒に読まないかという誘いもあった。 2170 時緒🍴自家通販実施中TRAINING6/4ワンライお題【掃除/禁煙】征陸さんの新しいセーフハウスが見つかって、それを見に行く狡宜のお話です。残された写真 父親のセーフハウスの一つが新しく見つかったとの情報を得たのは、偶然にも東京に出向いていた時のことだった。その時、花城は任務中にも関わらず、俺に向かって「行って来なさい」と言った。俺はその時少し驚いた。そう、その言葉は俺だけではなく、狡噛にも差し出された言葉だったからだ。 「でも今日一日だけよ。今日中に公安局が用意したホテルに戻ること。分かったわね?」 私は須郷と行くわ。花城はそう言って、すっきりとした耳たぶに付けられた赤いイヤリングを揺らした。俺はすぐには何も言えず、ただすまない、としか言葉が出なかった。 「何言ってるの。公安に先を越される前に行ってきて。いい情報があったら持ち帰ってね」 ピンク色の艶のある唇が曲がる。俺はそれに敵わないなと肩をすくめ、狡噛と、父の、征陸智己が残した部屋に行くことにしたのだった。それは梅雨も近い、そろそろ汗ばむ季節の昼間のことだった。太陽がてっぺんに上って、頭が熱っていたことを今も覚えている。 2080 1234